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第三章

4 小屋、完成しましたが

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 着工から十日後の夕方。

 いまだに呪いの魔法陣は手つかずだが、何事もなく工事終了となった。

 穴を掘らなければ結構いけるのか、一階建てなら問題ないのかは、分からない。



 かなり立派にできあがった小屋を前に、シシャルは呆然としていた。

「あの、大工のおっちゃん。この郵便受けの隣の箱はいったい……」

 人一人入りそうなでかい箱が鎮座しているのは、いったいなんなんだろうか。

 小屋自体の出来は問題ない。
 小屋というよりちょっとした家になっていることは、すでに把握済みだし、これでも費用は予定通りだ。

「カユシィーちゃんへの贈り物を入れておくための箱! 地面に直置きはどうかと前から思ってたんで、余り資材で作ってみた。どうだ、中は三段になっててたっぷり入るぜ」

 自慢げに開け閉めしてみせる大工は、それはもう良い笑顔だった。

 毎度おなじみ、町の人たちはカユシィーちゃんを好きすぎる件。

「なんでみなさんそんなに隊長さんが好きなんですか」

「えっ? だ、だって可愛いじゃんっ。勇者も言ってたけど、見ていると癒されるし、ぴょこぴょこ可愛くそしてちょっとバカっぽく跳ね回る姿を眺めてると、なんか日々の悩みがどーでも良くなるんだぜ?」

 この最辺境の田舎町は、神にも聖都にも見捨てられているのに税金として金をむしり取られまくる貧しい土地。
 そんなこの地で唯一無二の癒しだと、前に勇者が言っていた。

 貧しいといっても、よほど貧乏してない限り餓死しない程度の実りはあるのだが。

 大工の言い分も、だいたい似たものらしい。

「つーわけで、たまに差し入れするからヨロシクな?」

 この大工は何を差し入れしてくるんだろうか。

「と、ところで、カユシィーちゃんの好きな食べ物とか買いたい物って何か知ってる?」

 若干頬を染めて言われても、ものすごく反応に困る。

「知ってるけど、一般人じゃ買えないよ。一応教えるけど、破産しないでね」

「……おう。無理せずお小遣いの範囲でなんとかするから、教えてくれ」

「まず、食べ物は、真っ白なパンと霜降りお肉が好きだって」

「どっちも貴族しか食べられねえやつぅっ。買おうとするだけでも目ぇつけられかねないだろそれっ? 高くってもいいから平民が買えるものにしてくれや」

「それじゃあ、バターとお砂糖をたっぷり使った焼き菓子とか、半分乾かした果物に溶かした砂糖をかけてさらに粒々の砂糖をまぶしたものとか……。私は見たことないからどんなのか分かんないんだけど」

 砂糖は高級品だが、平民が食べちゃいけないなんて規定はない。

 この町で果物が貴重なのは果樹園が少ないからに過ぎない。

「俺にもわかんねえ。この町で買える物にしてくれ」

「んー……。たしかくるくる巻きは美味しかったって言ってたかなぁ。でもそんなに回数食べてるわけじゃないし、好物かは分かんないよ。嫌いなものならわかるんだけど……」

「じゃあ嫌いなもの避けるから教えて?」

「モツとヒトガタ野菜と手羽先の先と肥料キノコと……とにかく庶民も食べないような物は嫌いみたい。他は、なんだかんだ言いながらも食べてるよ。苦い野菜は嫌いだけど」

 モツその他も調理方法を工夫すれば食べてくれるが、最近は嫌がられることが多いので避けている。
 そんなに嫌ならもっと早く言ってよと思ったが、背に腹は代えられなかった事情の一端は知っているので口にはしなかった。

「そっかー。とりあえず無難に屋台飯買ってくるかぁ」

「唐揚げとか半身揚げとか買ってきてくれたら狂喜乱舞するよ?」

「それはあんただろが。闇属性のためになんかできるわけねえだろ。それ以外買ってくらぁ。どっちにしろ半身揚げ屋の親父は無駄にめざといかんな、騙すんはまず無理だ」

 大工は、もう帰ると言わんばかりに体の向きを変えた。

「あの。食べ物以外の欲しい物の話は」

「どうせ貴族限定か町にない高級品かこの世に存在するかも謎な邪霊除け関連しか欲しがってねえんだろ?」

「ものすごくひらひらした可愛い服とか可愛い髪飾りとかって、町にない?」

「……説明ざっくりしてんなー」

「私に可愛いものなんか分かるはずないじゃん」

「ごもっとも。まぁ、可愛いっつう言葉に該当する程度ならあるだろうが、貴族目線で欲しがるほどのもんはねえんじゃね?」

「隊長さん、どこまでお嬢様だったんだ……?」

「それ俺も知りてぇ。ま、今日のところはおとなしく帰るとするさ。家の修繕はいつでも受け付けるから、なんかあったら早めに言うようあの兄ちゃんに言っといてくれ」

 副隊長ドレのことをあの兄ちゃんと呼ぶ人は初めてだった。





 そして夜。
 夜空の下で、副隊長作の無難煮込みを囲む。

 小屋は調理場も食卓もないので、隊長の寝泊まりと荷物置き専門だ。

「みなさん、どうしてそんなにわたしに良くしてくださるんでしょう?」

「カユは可愛いからな。殺風景な町に咲く一輪の花なんだ。だから、ちゃんと髪を乾かしてとかそうな。ぼさぼさにしてたらみんなが悲しむし、カユ自身も貴族に戻った後に苦労するだろう?」

 隊長と副隊長は風呂上がりだ。
 小屋の隣に簡易浴場までできていたのだ。

 薪で火を起こし、鍋じみた巨大浴槽で水を温めて使う方式だ。
 水の準備が面倒で、火加減が難しいらしい。

「貴族に戻った後もこうやって可愛がっていただけるのでしょうか」

「貴族として必要な最低限の教養を身につけられればな。カユは貴族の中でも特別可愛いから、言動の馬鹿っぽさを解決できれば敵なしだ」

 この兄、可愛がりつつ持ち上げつつ息をするようにけなしている。

「ドレ。わたしがお馬鹿ならシシャルちゃんはどうなるんですか。自分の名前だって書けないし足し算引き算だって二桁になるとだめだめなのに」

「自分の名前くらいは書けるから。文章は書けないだけだから」

 名前を書く機会もなければ、文章を書く機会もないが。
 計算も、自力で買い物できない身には不要だ。

「シシャルは、必要性が見いだせない分野の努力を一切しないだけだからな。少なくとも馬鹿ではない。馬鹿だったら魔導書なんか読んで理解できるはずがない」

「わたしは魔導書読めませんけど、お馬鹿じゃないです。学校行ったことも家庭教師から勉強を教わったこともありませんけど……」

「家庭教師からは教わっていただろう。覚えていないかもしれないが」

「そうなのですか? てっきり、ドレに全部教わっていたのかと」

「俺は執事で、カユ専属の世話係で、多少は勉強も教えていただけだ。基本は本職に任せていた」

 隊長と副隊長の会話を聞きながら、煮込みのニンジンをほおばる。
 がりっといった。

(煮込みが足りない……。火力が弱い?)

 本日の昼間もシシャルは森に行っていたので、調理風景は見ていない。
 が、野外かまどか特大七輪のどちらかを使ったはずだ。

(燃料、買うお金はあると思うんだけど……。副隊長さんは料理下手じゃないから、慣れてないせいかな)

 ガリガリゴリゴリいうニンジンをかみ砕いて飲み込み、一息つく。
 ニンジンは嫌いじゃないが、煮込みなのにその食感はいただけない。

「ドレ。話は変わりますけど、明日からはまた三人で魔物討伐に行けるんですよね?」

「どうだろうな。小屋の完成を祝おうっていうカユ好きが押し寄せてきたら無理だ」

 土地を買った時も、ちらほらとそんな人たちが来ていた。
 シシャルは関わっていないので、人数も誰が来たかも知らないが。

「わたしのことが好きなのなら、シシャルちゃんと一緒にいられるよう計らってくれてもいいと思うのですよぅ……っ」

 その後、隊長はぶつぶつ言いながら煮込みのニンジンを口に運び、渋い顔をしていた。
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