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第三章

2 戦力強化と金稼ぎ加速と余計なもの その2

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 暗黒の森入り口で、シシャルと隊長副隊長は別れた。

 どうして一緒に来てくれないのかとむくれる隊長との間で一悶着あったが、隊長が寝る時間までには戻るからと説得し、なんとか落ち着いた。

「カユ。換金して瓦礫撤去して家を建てるための準備をしような。住み心地のいい家ができればシシャルも喜んで帰ってきてくれるようになるから」

 問題は住み心地だけでもないのだが、別れた後で聞こえてきた会話なので指摘はしない。
 隊長さんにあの凶悪な寝相を直せと言ってもどうにもならないのは、すでに痛いほど理解している。





 シシャルは森の中に戻り、認識阻害術をかけ、道をそれて歩いていく。
 万一の追っ手を警戒し、最短の道のりでは帰らない。
 途中で木に登ったり足跡をつけないよう移動したりもしつつ、時間をかけて野営地に戻ってきた。

「ニクス、みんな、ただいまー」

「おかえり、マスター。思ったほど疲れてなさそうだね」

「魔力的には全然だよ。何度か肝は冷やしたけどねー……。とりあえずお蚕様もふる」

「その前に身体綺麗にして着替えて。お蚕様を汚すのは御法度だよ」

「はぁい。水浴びしてくるー」

 近くの水場で水を汲んで防御魔術の応用で水を降らせて身体を洗うだけだが、意外ときれいになる。
 冬場は寒さだけが問題だ。

 ニクス作の寝間着に着替え、もこもこの防寒着をまとってお蚕様を抱える。

「しばらく動きたくない。ご飯は冷凍物を温め直せばいいや」

「マスターが食べ物への情熱を失うなんて……どれだけ疲れたの」

 まるで天変地異の前触れがごとくニクスが驚いている。
 怯えも入っているのか、耳としっぽの毛が逆立っている。
 これはこれでかわいいが、なんかもふりたい感じとは違った。

「いつも通りに荷物背負って魔物詰めてってしてただけなんだけどさ。切れ味強化魔術使ったら隊長さんの人格が豹変してさ……。あの子やっぱ怖い」

「どう怖かったのかは聞かないでおくね。この子もだっこしていいよ」

 ニクスは何をどう解釈したのか、優しい目で緑色のお蚕様を差し出してきた。

「あ、そうだ。今日はフルト君が遊びに来てくれて、果物のジャムをもらったよ」

「フルト君? 誰?」

 もふもふで癒されつつも、疑問は口にする。

「あー……、えーっと、僕の前世からの知り合い。魔族なんだけど」

「種族はどーでもいいよ。闇属性だからってなんかしてくる人じゃなければ」

「フルト君も闇属性だから、仲良くできると思うよ」

 ニクスの前世は謎だが、疲れた身で聞いても聞き流しそうなのでやめておく。

(今日はここでお蚕様たち抱きしめて休みたい。無理だけどさ……)

 なんで隊長は邪霊が視える上に寄ってこられる体質なのか。
 呪いか。

 そしてなぜただの寝返りで人の骨折るほど危険なのか。

「あ。そのフルト君って、邪霊に詳しい?」

「この間聞いてみたけど、ほとんど新情報はなかったよ。わずかな情報も役に立たない」

「聞かせて」

「フルト君の昔の知り合いなんだけどね、邪霊が視える一族の出身なんだって。全員見えるわけではないし、本人も見えないそうだけど、邪霊除けのお守りは持っていたって」

「存在するんだ、邪霊除け。どんなの?」

「銀の守護竜様が自らの鱗に魔力を込めてくださったもの」

「それ絶対手に入らない稀少品だよね。私でも分かる」

 闇の守護竜なら暗黒の森に住んでいて、装甲トカゲを倒せれば住処にたどり着けるらしいが、鱗や爪を手に入れるには実力か人柄を認めさせて譲ってもらわなければならない。
 勇者パーティも手ぶらですごすごと帰ってきたという。

 銀の守護竜がどこの竜かは知らないが、難易度はもっと高いに違いない。

「うん。銀の守護竜様から鱗をもらうなんて、お金を文字通り山のように積み上げて神聖魔力結晶使い放題するより難しいんじゃないかな。あそこに行くには超強力な魔物の生息地を突っ切らないといけないし、たどり着けたとしても認めてもらえないと……」

「稀少品として流通してたりしない?」

「ないんじゃないかな。あったとしても、国宝級のお宝として神殿が持っていきそう。それと、邪霊に触れられないようにできるだけで、視界から排除できるほどの力はないらしいよ。実家は特殊な祭殿を造ることで屋内のみ邪霊完全排除としていたそうだけど、守護竜様由来の特殊な品々が使われていたんだってさ」

「使えそうな情報はないの……?」

「あとは、そうだな。邪霊視の一族は邪霊を祓える者に依存してきたんだって」

 それは有力情報、と食いつきかけて、声を発する前に気付く。

「邪霊祓える者……って、光か神聖ならわりと誰でもできるんだっけ。見えない人だと非効率的で実用性が微妙なだけで」

「数の暴力でなんとかできた時代もあったそうだよ。その一族が自称移民船団の奴隷だった時代から、お偉いさんには光と神聖どっちかか両方持ってる人が多かったそうだから」

 自称移民船団のあたりがやたら刺々しかった気はするが、特に指摘はしない。

 先住民である魔族にとって、なんと自称しようとどんな大義名分を掲げようと人間たちが侵略者なのは紛れもない事実だ。

「手当たり次第に光や神聖の魔力を放出して空間全体を満たすのも有効だって」

 隊長の視界から常に邪霊を排除するには何人くらい必要なんだろうか。
 借家の一室くらいなら勇者パーティの仲間たちで間に合ったらしいが、外出するとなると何人いるのか。

「もしかして、隊長さんの実家の問題解決して聖都に送るか神殿に入れるかすれば解決するのでは?」

 神殿は邪霊除けになると以前どこかで聞いたような気がする。
 たしかその時は事情があって神殿とは関われないから無理となった気もする。

「マスター。それはたぶん無理。隊長さん、実家に帰りたいって言ってたし。いや、聖都から人呼べばいいのか。都合の良い人間を婿や使用人として迎えるのもありかも?」

「よし、隊長さんが実家に戻った後の問題は解決同然ってことで忘れましょう」

「え。それは棚上げに近いのでは……?」

「今日はもうなにも考えたくない。もふもふに埋まりたい」

「わかった……。ゆっくり休んで」



 夕食を冷凍魔導具から取り出して鍋で温めて食べている間に、日が暮れてきた。

「ここで寝たいけど、隊長さん暴れると副隊長さんが大変だし、片付けて少し休んだら向こうに行ってくる……」

「僕はここでお蚕様たちの世話と警備をしているね」


 それからしばらくして、日が完全に暮れた後。

 ニクスに見送られ、町の外れの新居もとい廃墟へと向かう。

「あ、やっときました。シシャルちゃーん! すごい額稼げたんですよーぅっ!」

 とりあえず門と言えなくもなさそうなあたりにつくと、隊長が駆け寄ってきた。
 杏色の髪はほどいてあって、ものすごく長いのにつやつやさらさら風に揺れている。
 浮かべられる満面の笑みは非の打ち所がないほど愛らしい。
 寝相の凶悪さの片鱗なんてちりほどもない。
 昼間の狂気じみた部分も皆無だ。

 相変わらず、見た目だけは無駄に可愛いのが癪すぎる。

「今日一日だけで小屋を建てられる資金が貯まりました! あとは業者さんを見つければ屋根の下で休めるのですよっ」

 冬は雨がほぼ降らないから、寒さに耐えられる防寒具さえあればテントでも暮らせる。
 が、春になるとたまに雨が降り始め、夏を目前にすると毎日雨になる。

 長雨の季節までに小屋を完成させないと、いろんな意味で大変なのだ。
 借家暮らし中の雨は雨漏りで大変だったから、雨漏りしないしっかりとした作りにする必要もある。

「それはよかったね」

「なんか喜んでないですね? 小屋はいいから立派な家を建てたい心は理解できますが」

「立派かはどうでもいいよ。部屋がいくつあるかが問題なの」

 隊長との雑魚寝の大変さは、野営での開放感を味わってしまった今だと耐えられる気がしない。
 数ヶ月前は当たり前だったのに。

「あのー、ドレ、小屋建てられるとは聞いたのですけど、くわしくは?」

 隊長の視線の先には、たき火のそばでへばる副隊長の姿があった。
 椅子からずり落ちそうだ。
 瓦礫が少し片付けられているから、作業疲れだろうか。

「ドレー? 聞こえてますかー?」

「休ませてくれ。疲れた」

 質問は聞こえていなかったで確定だ。
 隊長がパタパタと走っていって説明したら、盛大にため息をついていた。

「壁と屋根があるだけだ。カユの寝床と荷物置き場になる」

「あ、あの、副隊長さん。それだと荷物が全滅するよ。まさかずっと防御の術使えっていうのでしょうか?」

「いや……、だが、小屋の壁程度ではカユの寝返りには勝てないだろう。壁にはどちらにしても防御術を使わなければ。前の前の家の壁のように穴だらけになりかねない。小屋だと倒壊の危険もある」

 借家の前に住んでいたのがどんな家だったかはうろ覚えだが、隊長の部屋がひどいことになっていたのは覚えている。

 小屋ができたからといってシシャルの負担が軽くなることはない。

「動かすものへの防御術ってちょくちょくかけ直さないとだから面倒なんだけど」

「分かった。寝室と別に荷物置き場はなんとか作る」

 まともな家が建った後も防御術必要な気がするのは気のせいか。

 隊長の部屋の床付近だけ石造りにすればぎりぎり行けるかもしれないが、今度は怪我の治療で出費がかさみそうだ。

「ドレもシシャルちゃんもひどいですよっ。わたしは何もしてませんっ。朝起きたら壁が勝手に穴あきになっていただけですよぅ」

 拳を握りしめて振り回しながら抗議する姿は、勇者ならもだえていただろう。
 が、シシャルと副隊長には通用しない。

「……俺は、壁が壊される瞬間を見ているから」

「私も見たことあるし、防御壁にヒビ入ったのも見たことあるし」

「わ、わたしは、そんなことできるほど怪力じゃないですからっ」

 顔を真っ赤にして抗議する姿は、非力な乙女そのものなのだが。

「怪力……だよな。見た目に似合わず」

 鉄の剣は、隊長の身長に合わせた短めの品であっても、そこそこに重い。
 普通に考えたら、隊長の腕で振るえるわけがないのだ。

「筋力強化でいろいろやってるだけですよぅっ」

「寝てる時まで筋力強化してるわけじゃないだろう。制御が下手で無意識に使っていたとしても、ああはならないはずだ」

 隊長はむくれにむくれた末、「もう寝ます!」とテントに入ってしまった。

「シシャル、苦労をかける。後でおいしいもの買ってやるから、逃げないでくれ」

 疲れ果てた副隊長を前に、嫌だなんて言えるはずがなかった。
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