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第二章
27 墓荒らしへの鉄槌 その4
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正午ちょっと過ぎの、四人がお金問題で頭を悩ませていた時間帯のことだ。
シシャルは彼らと離れた場所でヒマを持て余していた。
「シシャル。ここで決めるから、もうしばらく待っていてくれ」
副隊長にそう言われてからしばらく経ったが、話が進んでいる様子はない。
案内してもらった残り二カ所よりここの方が良かったらしいし、買う方向で決定したはずなのに、すぐに契約とはいかないようだ。
「お腹すいた。まだ時間かかりそうだしお昼食べちゃっていいかな」
『ここじゃ調理できないけど、食べられる物あるのかい?』
「うん。お昼食べようとしてたところで呼び出されたから、冷めないようにとりあえず封印して保管庫に放り込んできたから」
『汁物こぼさないためだけに封印術?』
ふわふわ様が愕然とした声を出している。
「違うよ。熱々に保つため。こぼさないだけなら防御膜の応用でいけるし」
『だとしても、そんなことのために封印術使うのはよそうよ。数秒の封印だって難易度高いんだよ? 教えた私の言えたことじゃないけど』
「燃料節約になるからいいの。いただきます」
保管庫から取り出したモツ煮込みを口に運ぶ。
おいしい。
晴れているとはいえ日向とはいえ寒風吹きすさぶ中では、いつも以上においしい。
『いろんな意味で教育間違えたなぁ……』
ふわふわ様は、遠い目をして後悔を口にする人のような声になっていた。
そろそろ食べ終わる辺りになって、買う方向で決定したけど払えるお金がないから延々と似たような議論を繰り返しているのだと把握した。
はじめは勇者に立て替えてもらうつもりだったが、できなくなっているらしい。
「お金かぁ。おじさん直伝の魔物討伐で金貨の山作る方法を実践するか」
ディールクおじさんからは様々なことを教わった。
屋外での雨風のしのぎ方から、悪漢が襲撃してきた時の逃げ方、護身術、食べられる野草やキノコの知識に、炊事洗濯、服を髪の毛と木の枝で繕う方法、ぼろぼろの布団からノミやダニを追い払うための豆知識など、本当にいろいろだ。
安全で効率的な魔物討伐術でお金稼ぎは子守歌代わりに聞いたものなので、どれくらい役立つかは知れないが。
「とりあえず隊長さんの剣を一本借りて隠密に装甲トカゲのとこまで行って……」
『シシャル。それは本気でやめようか。いろんな意味で怪しまれて変なところに目をつけられて危険になる未来が見える』
「なんで? おじさんは普通の人間だし、武器も高級品とはいえ市販品だったらしいし、真似して実践したところで化け物認定はないと思うんだけど。買い取り交渉は副隊長さんに任せるか、勇者にやってもらえばいいし」
『誰がやるかじゃなくてだね、君が本気になると討伐数がおかしくなると思うんだよ。魔物は数に上限があるし再出現までの時間も強くなるほど長くなるから、人が言うほど無限に狩れるわけじゃないけどね……』
「お金足りないからって血眼になって魔物を狩って三日間魔物ゼロにしちゃった冒険者も昔いたんだっけ」
それは、昔おじさんとパーティを組んでいた仲間の一人の話。
何かの記念日にとんでもない贅沢をしてすっからかんになり、月末にツケを払うための金まで使っていたことに気付き、青ざめながら魔物狩りに行ったのだそうだ。
あの話の後、おじさんは、「そのせいで他の冒険者たちが困窮して治安が悪化したから、低級の魔物の狩りすぎは良くないんだ」と言っていた。
装甲トカゲは広い森の中では低級だが、この辺りの冒険者を基準にすると中級以上の扱いだ。
装甲トカゲ倒せたら一人前とは言いつつも、装甲トカゲを日常の討伐の標的にしている冒険者は一握り。
全力で戦って一度倒せて半人前脱却したら二度と標的にしない冒険者もざらだとか。
倒すための必要経費が収入を上回ってしまうため、だそうな。
「装甲トカゲ倒されまくって困る冒険者はあんまりいないんじゃない?」
『ゼロではないし、出所はどこだって絶対騒動になるし……。いつもより一割二割り増しならともかく、ゼロが一になるのはかなりの衝撃なんだよ?』
シシャルは首をかしげた。
たしかに初討伐で数十はおかしいかもしれないが、一月くらいかけて増やせばなんとかなるのではなかろうか。
『そもそも、ね。普通の人間は、木の枝で魔物斬れないし、音速で動くのも不可能だからね。隠密系の魔術だって持久力の問題で一日中ずっとは使えないんだからね』
「そうなの? 魔術併用すればなんとかなるもんだとばかり」
『理論上の可能と、実際問題としての可能は、だいぶ隔たりがあるから』
ディールクおじさん、昔はすごい冒険者だったとよく言っていたが、本当にすごかったんだろうか。
シシャルは彼には一度も勝てたことがないから当然のようにすごいと思っていたが、やせ細った五歳児基準のすごいはアテにならないから、成長するにつれて強さへの尊敬の念は薄れていっていたのだ。
非戦闘員多数の町の人たちに殺されたと思いこんでいたことも一因だが。
これは、認識を改めた方がいいのかもしれない。
「もしかして、おじさんも副隊長さんみたいに半分神霊とか?」
『それはないよ。ただの、とは言い難いけど、シシャルよりはずっと人間だった』
なんだろう、今の妙な言い回しは。
『九割九分人間だけど若干他種族の血が入っている程度のものだし、あの強さは先祖返りとはまったく異なるものだから、種族的な話をしてもあまり意味はないけどね』
微妙に納得しがたい気持ちを抱えつつ、食べ終わった食器を片付ける。
保管庫の使用済み用の枠にしまうだけだが。洗うのは野営地に戻ってからだ。
食後のひまつぶしにふわふわ様おすすめの古典文学を読み始めてしばし。
真ん中へんになって中だるみして飽き始めたので顔を上げたら、あの四人、どこからお金調達するかの話し合いをまだやっていた。
「はやく帰りたい。ニクスとお蚕様たち抱きしめて毛布にくるまって暖まりたい」
『冷えは健康の大敵だからね。……防御壁の応用で断熱してるから、あの人たちほど寒さ感じてないとは思うんだけど』
「完全に密閉しちゃうと空気薄くなるって少しずつ開けてるから、すきま風がつらい」
『あー……。熱は遮って空気だけ通すのってシシャルでも不可能だもんね』
「だから、早く帰りたい。私でも稼げる方法、ほんとにないの?」
『稼げる方法は分からないな。おじさんから受け継げているはずの口座からお金下ろせれば解決するんだけどね』
「え、なにそれ」
ふわふわ様とおじさんだけで話をしていることは時々あったが、なんの話をしているかは知らなかったし、知らなくても支障はまったくなかった。
が、今回は支障なしとは言い難い。
『あの人さ、治療が終わって帰ってきたらシシャルを養子に取るつもりでね。万一帰ってこなかった場合は預金をすべてシシャルの名義にする手続きしていたんだよ』
「なにそれ。聞いたことない」
『当時はシシャルに説明しても理解できるか怪しかった。それに、おじさん側が行うべき手続きは済ませて受理もされたけど、行方不明になって一年経ったところで正しく移行手続きを行ってもらえたか分からなかった。後ろ盾がない状態でその話題を出したら、なんだかんだと理由をつけて握り潰されたあげくに横領されかねなかったから、確認なんてできなかったし。手つかずでいたからって無事とは限らないけどさ』
勇者は有名だからある程度は抑止力にもなるが、権力者とは言い難い。
姫は紛れもない王女だが、権力なんて皆無に等しい。
後ろ盾として有効かは相手次第で、金が絡んだ悪相手にはおそらく無力だろう。
『後ろ盾が見つかるまでは手出ししようがないから、言っても無意味だって黙っていた』
おじさんの預金がいくらあるのかも、仮に引き出せるようになったとして本当に使っていいのかも、分からない。
シシャルはおじさんから直接その話を聞いたことがないし、おじさんから渡された様々な品の中に預金関係は存在しなかった。
(養子の話は、聞いたことがあるけど……、なんなのか理解できていなかった気が。親子になるためとか家族になるためとか言われても、親子も家族も分かんなかったし)
おじさんはシシャル相手にはわりとしゃべる方だったが、生存に役立つ技術を教える目的が多かった。
子守歌代わりに語り聞かせてくれるのはなんらかの役立ち情報だった。
ただの雑談はほとんどしなかったし、身の上話も今後の展望もあまり語らなかった。
それでも、怪我が治ってまともな暮らしできるようになったらたくさん話をしようと言われたことは覚えている。
『下手な出方すると、金のためにシシャルがおじさんを殺したなんてトンデモ話が捏造されかねなかったしさ』
「えー。おじさんに勝てたこと一度もないんだけど」
『倒す方法は物理とは限らないんだよ。毒とか呪いとかあるし』
「えー。おじさん直伝の見分け術だけで毒を見分けてたのに騙せるわけないでしょ」
『そうだね。そうなんだけど、世間は闇属性を不気味で恐ろしいものと思ってるから、悪いことにかけては万能なんて思いこみがあるんだよ』
はた迷惑な話だった。
「話を戻そうか。後ろ盾なんだけど、最低でも貴族階級は必要かな。この地の領主と同等かそれ以上の爵位と発言力も欲しい』
確信した。
それは無理な話だ。
闇属性への当たりは、底辺ほど激しい。
豊かな者ほど無関心となる。
だが、豊かかどうか関係なく、高貴さを自認する者ほど目の敵にする傾向が強い。
貴族は底辺冒険者のようにシシャルを探し回って暴力加えるような無駄はしないが、過去に一度だけ遭遇した貴族は、かなり遠くを横切っただけなのに「目が汚された」と言いがかりをつけてきて、部下にその場で斬り殺させようとしてきたのだ。
あの時はまだおじさんが近くにいたからなんとかなったが、怖かったのを覚えている。
今ならぼんやり歩いていても攻撃を防げる自信があるが、当時は無力だったのだ。
「結局、隊長さんと副隊長さんを矢面に立たせても違和感がない程度に稼ぐしかないんだね。大きく稼ぎたいなら実力つけさせるしかない、と」
『そうだね。地道にこつこつ、まっとうに稼ごうね』
その後、空が赤みを帯び始めるまで、シシャルは寒空の下でひたすら待たされた。
最終的には月々支払いで片がついたが、支払額は今までの収入以上だった。
「ふわふわ様。切れ味強化でどこまで収入増やせるかな」
『やってみないことには、なんとも。シシャルの肩にあの二人の将来がかかっている』
そんなこと言われるなんて、副隊長に拾われた時は想像もしていなかった。
(何がどうしてこうなったんだろー……)
シシャルは彼らと離れた場所でヒマを持て余していた。
「シシャル。ここで決めるから、もうしばらく待っていてくれ」
副隊長にそう言われてからしばらく経ったが、話が進んでいる様子はない。
案内してもらった残り二カ所よりここの方が良かったらしいし、買う方向で決定したはずなのに、すぐに契約とはいかないようだ。
「お腹すいた。まだ時間かかりそうだしお昼食べちゃっていいかな」
『ここじゃ調理できないけど、食べられる物あるのかい?』
「うん。お昼食べようとしてたところで呼び出されたから、冷めないようにとりあえず封印して保管庫に放り込んできたから」
『汁物こぼさないためだけに封印術?』
ふわふわ様が愕然とした声を出している。
「違うよ。熱々に保つため。こぼさないだけなら防御膜の応用でいけるし」
『だとしても、そんなことのために封印術使うのはよそうよ。数秒の封印だって難易度高いんだよ? 教えた私の言えたことじゃないけど』
「燃料節約になるからいいの。いただきます」
保管庫から取り出したモツ煮込みを口に運ぶ。
おいしい。
晴れているとはいえ日向とはいえ寒風吹きすさぶ中では、いつも以上においしい。
『いろんな意味で教育間違えたなぁ……』
ふわふわ様は、遠い目をして後悔を口にする人のような声になっていた。
そろそろ食べ終わる辺りになって、買う方向で決定したけど払えるお金がないから延々と似たような議論を繰り返しているのだと把握した。
はじめは勇者に立て替えてもらうつもりだったが、できなくなっているらしい。
「お金かぁ。おじさん直伝の魔物討伐で金貨の山作る方法を実践するか」
ディールクおじさんからは様々なことを教わった。
屋外での雨風のしのぎ方から、悪漢が襲撃してきた時の逃げ方、護身術、食べられる野草やキノコの知識に、炊事洗濯、服を髪の毛と木の枝で繕う方法、ぼろぼろの布団からノミやダニを追い払うための豆知識など、本当にいろいろだ。
安全で効率的な魔物討伐術でお金稼ぎは子守歌代わりに聞いたものなので、どれくらい役立つかは知れないが。
「とりあえず隊長さんの剣を一本借りて隠密に装甲トカゲのとこまで行って……」
『シシャル。それは本気でやめようか。いろんな意味で怪しまれて変なところに目をつけられて危険になる未来が見える』
「なんで? おじさんは普通の人間だし、武器も高級品とはいえ市販品だったらしいし、真似して実践したところで化け物認定はないと思うんだけど。買い取り交渉は副隊長さんに任せるか、勇者にやってもらえばいいし」
『誰がやるかじゃなくてだね、君が本気になると討伐数がおかしくなると思うんだよ。魔物は数に上限があるし再出現までの時間も強くなるほど長くなるから、人が言うほど無限に狩れるわけじゃないけどね……』
「お金足りないからって血眼になって魔物を狩って三日間魔物ゼロにしちゃった冒険者も昔いたんだっけ」
それは、昔おじさんとパーティを組んでいた仲間の一人の話。
何かの記念日にとんでもない贅沢をしてすっからかんになり、月末にツケを払うための金まで使っていたことに気付き、青ざめながら魔物狩りに行ったのだそうだ。
あの話の後、おじさんは、「そのせいで他の冒険者たちが困窮して治安が悪化したから、低級の魔物の狩りすぎは良くないんだ」と言っていた。
装甲トカゲは広い森の中では低級だが、この辺りの冒険者を基準にすると中級以上の扱いだ。
装甲トカゲ倒せたら一人前とは言いつつも、装甲トカゲを日常の討伐の標的にしている冒険者は一握り。
全力で戦って一度倒せて半人前脱却したら二度と標的にしない冒険者もざらだとか。
倒すための必要経費が収入を上回ってしまうため、だそうな。
「装甲トカゲ倒されまくって困る冒険者はあんまりいないんじゃない?」
『ゼロではないし、出所はどこだって絶対騒動になるし……。いつもより一割二割り増しならともかく、ゼロが一になるのはかなりの衝撃なんだよ?』
シシャルは首をかしげた。
たしかに初討伐で数十はおかしいかもしれないが、一月くらいかけて増やせばなんとかなるのではなかろうか。
『そもそも、ね。普通の人間は、木の枝で魔物斬れないし、音速で動くのも不可能だからね。隠密系の魔術だって持久力の問題で一日中ずっとは使えないんだからね』
「そうなの? 魔術併用すればなんとかなるもんだとばかり」
『理論上の可能と、実際問題としての可能は、だいぶ隔たりがあるから』
ディールクおじさん、昔はすごい冒険者だったとよく言っていたが、本当にすごかったんだろうか。
シシャルは彼には一度も勝てたことがないから当然のようにすごいと思っていたが、やせ細った五歳児基準のすごいはアテにならないから、成長するにつれて強さへの尊敬の念は薄れていっていたのだ。
非戦闘員多数の町の人たちに殺されたと思いこんでいたことも一因だが。
これは、認識を改めた方がいいのかもしれない。
「もしかして、おじさんも副隊長さんみたいに半分神霊とか?」
『それはないよ。ただの、とは言い難いけど、シシャルよりはずっと人間だった』
なんだろう、今の妙な言い回しは。
『九割九分人間だけど若干他種族の血が入っている程度のものだし、あの強さは先祖返りとはまったく異なるものだから、種族的な話をしてもあまり意味はないけどね』
微妙に納得しがたい気持ちを抱えつつ、食べ終わった食器を片付ける。
保管庫の使用済み用の枠にしまうだけだが。洗うのは野営地に戻ってからだ。
食後のひまつぶしにふわふわ様おすすめの古典文学を読み始めてしばし。
真ん中へんになって中だるみして飽き始めたので顔を上げたら、あの四人、どこからお金調達するかの話し合いをまだやっていた。
「はやく帰りたい。ニクスとお蚕様たち抱きしめて毛布にくるまって暖まりたい」
『冷えは健康の大敵だからね。……防御壁の応用で断熱してるから、あの人たちほど寒さ感じてないとは思うんだけど』
「完全に密閉しちゃうと空気薄くなるって少しずつ開けてるから、すきま風がつらい」
『あー……。熱は遮って空気だけ通すのってシシャルでも不可能だもんね』
「だから、早く帰りたい。私でも稼げる方法、ほんとにないの?」
『稼げる方法は分からないな。おじさんから受け継げているはずの口座からお金下ろせれば解決するんだけどね』
「え、なにそれ」
ふわふわ様とおじさんだけで話をしていることは時々あったが、なんの話をしているかは知らなかったし、知らなくても支障はまったくなかった。
が、今回は支障なしとは言い難い。
『あの人さ、治療が終わって帰ってきたらシシャルを養子に取るつもりでね。万一帰ってこなかった場合は預金をすべてシシャルの名義にする手続きしていたんだよ』
「なにそれ。聞いたことない」
『当時はシシャルに説明しても理解できるか怪しかった。それに、おじさん側が行うべき手続きは済ませて受理もされたけど、行方不明になって一年経ったところで正しく移行手続きを行ってもらえたか分からなかった。後ろ盾がない状態でその話題を出したら、なんだかんだと理由をつけて握り潰されたあげくに横領されかねなかったから、確認なんてできなかったし。手つかずでいたからって無事とは限らないけどさ』
勇者は有名だからある程度は抑止力にもなるが、権力者とは言い難い。
姫は紛れもない王女だが、権力なんて皆無に等しい。
後ろ盾として有効かは相手次第で、金が絡んだ悪相手にはおそらく無力だろう。
『後ろ盾が見つかるまでは手出ししようがないから、言っても無意味だって黙っていた』
おじさんの預金がいくらあるのかも、仮に引き出せるようになったとして本当に使っていいのかも、分からない。
シシャルはおじさんから直接その話を聞いたことがないし、おじさんから渡された様々な品の中に預金関係は存在しなかった。
(養子の話は、聞いたことがあるけど……、なんなのか理解できていなかった気が。親子になるためとか家族になるためとか言われても、親子も家族も分かんなかったし)
おじさんはシシャル相手にはわりとしゃべる方だったが、生存に役立つ技術を教える目的が多かった。
子守歌代わりに語り聞かせてくれるのはなんらかの役立ち情報だった。
ただの雑談はほとんどしなかったし、身の上話も今後の展望もあまり語らなかった。
それでも、怪我が治ってまともな暮らしできるようになったらたくさん話をしようと言われたことは覚えている。
『下手な出方すると、金のためにシシャルがおじさんを殺したなんてトンデモ話が捏造されかねなかったしさ』
「えー。おじさんに勝てたこと一度もないんだけど」
『倒す方法は物理とは限らないんだよ。毒とか呪いとかあるし』
「えー。おじさん直伝の見分け術だけで毒を見分けてたのに騙せるわけないでしょ」
『そうだね。そうなんだけど、世間は闇属性を不気味で恐ろしいものと思ってるから、悪いことにかけては万能なんて思いこみがあるんだよ』
はた迷惑な話だった。
「話を戻そうか。後ろ盾なんだけど、最低でも貴族階級は必要かな。この地の領主と同等かそれ以上の爵位と発言力も欲しい』
確信した。
それは無理な話だ。
闇属性への当たりは、底辺ほど激しい。
豊かな者ほど無関心となる。
だが、豊かかどうか関係なく、高貴さを自認する者ほど目の敵にする傾向が強い。
貴族は底辺冒険者のようにシシャルを探し回って暴力加えるような無駄はしないが、過去に一度だけ遭遇した貴族は、かなり遠くを横切っただけなのに「目が汚された」と言いがかりをつけてきて、部下にその場で斬り殺させようとしてきたのだ。
あの時はまだおじさんが近くにいたからなんとかなったが、怖かったのを覚えている。
今ならぼんやり歩いていても攻撃を防げる自信があるが、当時は無力だったのだ。
「結局、隊長さんと副隊長さんを矢面に立たせても違和感がない程度に稼ぐしかないんだね。大きく稼ぎたいなら実力つけさせるしかない、と」
『そうだね。地道にこつこつ、まっとうに稼ごうね』
その後、空が赤みを帯び始めるまで、シシャルは寒空の下でひたすら待たされた。
最終的には月々支払いで片がついたが、支払額は今までの収入以上だった。
「ふわふわ様。切れ味強化でどこまで収入増やせるかな」
『やってみないことには、なんとも。シシャルの肩にあの二人の将来がかかっている』
そんなこと言われるなんて、副隊長に拾われた時は想像もしていなかった。
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