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第二章

25 墓荒らしへの鉄槌 その2

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 ドレは敷地内に入るかどうかのところに立ち、魔術媒介用の腕輪に手を触れた。

 得意な魔術であれば詠唱も魔法陣も媒介も用いずに使えるが、危機的状況下や慣れない魔術は呪文詠唱と魔術媒介が必須だ。
 この腕輪は魔力収集循環補助の効果と、登録した魔術を呪文詠唱だけで使えるようにする効果を持っている。

(解析を始める前に、古代の呪いがどの辺りにあるか確かめなければ)

 腕を前に伸ばし、見えざる魔力の流れに色がつく様子を思い描く。

 無色透明の魔力を包み込むように、色を付けた魔力の粒子を付着させる。
 見え方は、寒い日の息が白くなったようなものとする。

 ドレが使う詠唱系魔術は呪文を唱えさえすれば発動するが、魔力消費や効果の大小の都合上、うまく操るには明確なイメージが必須だ。

「世界の循環、常人に見えざる神秘をこの目に映せ……魔力流可視化」

 唱え終わったところで、思い描いた通りの効果が発揮され、魔力に色がつく。

(よどみはないな。常に一定の方向に流れている……?)

 敷地の中に入り、流れを追っていく。

 土地の中心ではないが、中心近くに、巨大な魔法陣に似た文様があった。
 地面に直接描かれているわけではないが、限りなく地面に近い位置にある。

 どうやら、この土地にはうっすらと魔力の流れで文様が描かれているようだ。
 それだけでも高度なのに、何百年も残り続けるように設計されているらしい。

(ここに父様がいたら、これはなんだと問えばすぐ終わるんだが……。いや、あの人の知識は意外と抜けてるからそんな簡単でもないか。魔法陣は使わないし)

 揺らぎながらも形を崩さない魔力製魔法陣をじっくり眺める。

 現代の文字ではないし、一般に使われる魔法陣向きの文字でもない。
 ところどころ知っている神聖文字と酷似する文字はあるのだが、数が少なすぎてどうにもならない。

「ドレっ。あれが呪いを産む魔法陣なのですかっ?」

 魔法陣が見えるぎりぎりの距離から妹が声を張ってくる。
 ぴょんぴょん飛び跳ねたからといって見えやすくなるわけじゃないだろうに、せわしなく飛び跳ねている。

 その横で悶絶する勇者と、絶対零度の視線で勇者を見据えつつ殴ろうか蹴ろうか悩んでいる様子の姫は、見なかったことにしておこう。

「カユ。あんな勇者に近づくのは危ないが、シシャルを呼び出すよう言ってもらえるか」

 厳密には、必要なのはシシャルではなくていつも肩に乗っているふわふわ様なのだが。

 どうしてあの子は勇者にしか呼び出し用魔導具を預けていかなかったのかと、不便さに少し文句を言いたくなる。



 シシャルが目深にフードをかぶって認識阻害魔術も使いつつやってきたのは、ドレが試しに呪い発動しそうな作業をやって空振りに終わった後だった。

 足一本入りそうな直径の穴を膝くらいの深さまで掘った程度では反応しないらしい。
 深さの問題か広さの問題かは、まだ分からない。

 なんで穴掘ってるんだろうといぶかしげな顔をするシシャルからふわふわ様を預かり、魔力使って叩き起こしてから大まかな説明をする。

「――というわけで、知識と知恵を借りたいんだが。正体は分かるか?」

 話に興味なさそうなシシャルが敷地内を歩き回るのをちらちら視界に入れながら説明を終え、魔法陣の前に立つ。

『あー、すごい複雑な魔法陣だねぇ』

 目も鼻も口もない白い塊のどこを正面ととらえて魔法陣に向ければいいのか分からないが、適当でも問題なく見えているようだ。
 本当に謎な構造をしている、このふわふわ。

『へー、すごいなぁ。これは「墓荒らしへの鉄槌」だね。読んで字のごとく、墓荒らしに罰を下すための術式だよ。だいぶ効力が落ちているけど、まだ現役だ』

 あっさり過ぎるほどあっさりと、魔法陣の正体が判明した。

 古代の墓地、魔術で盗掘対策がされていたらしい。

「まさか全盛期は死人出るほどの罰が」

『さすがにそこまではしてないけど、複雑骨折くらいは普通に』

 即死はしないが下手すると死ぬんじゃないか、それ。

 複雑骨折は辺境の通常医療だと荷が重いし、大工や土木作業員が神殿治療を受けられるほどの金を持っていると思えないし、労災だからと金を出してくれる善良な雇い主など稀も稀で物語や伝説でさえ語られているか分からないほどだ。

 いや、数百年前までこの周辺に暮らしていたのはすべて人外種族だから、人間基準での治療難易度を基準にしても意味はないかもしれない。
 魔族と治療魔術はいまいち結びつかないが、魔力量だけ考えると魔族の方が難易度は低くなるはずだ。

「い、今は、どれくらいの傷を負わされるんだ?」

『そうだなぁ、単純骨折くらいかな? あとは、積み上げた物が崩れやすくなったり、立てかけていたものが倒れやすくなったり、ちょっとした不注意が大事故につながりかねない不運が起こりやすくなるね』

 弱まったといっても、下手したら死に至る呪いなのは変わっていないようだ。

『昔は盛大に副葬品を入れる風習のある民族もいたからね。墓荒らし対策に土地神や神霊の力を借りることも多かったのさ。これもその一つだよ』

「まさかと思うが、これ、慈悲の神霊の術式か?」

『いや、その前の神……正真正銘の偉大なる神霊だよ。慈悲の神霊なんかあのお方の足元にも及ばないからね。同列に扱うのは失礼だからね』

 魔族が聞いたら怒りそうだが、慈悲の神霊の正体に気付いているドレは何も言えない。

『私も昔は憧れていたなぁ……眼福だよ。拝んでおこう』

 本体側で拝むのだろうが、溶けている状態でどう拝むのか、この駄目神霊。

「そういうのは後にして解説を頼む」

『はいはい。えー、これは闇属性で効率化されていて、かなり高度な条件指定もされているね。一口に「墓荒らしへの鉄槌」といっても、基本が同じだけで、付属術式や追加術式によって様相が大きく変わるんだ。慈悲の神霊程度にはこんな術式とてもとても』

「事実そうだとしても、魔族に聞かれるとこじれるから発言は慎重に頼む」

『え? あぁ、そっか、今でも信仰してくれてる子たちいるんだっけ。何百年も休ませてもらえず死んだ目で流れ作業のごとく願い叶えていたただのパシリだったのになぁ』

 神霊界の闇とか世知辛い現実とかがちらりと見えた気がしたが、聞き流す。

「解除は、できるのか?」

『うちの子ならできるだろうけど、もったいないよ?』

 この場合のうちの子はシシャルを指す。
 ドレではない。
 ドレの才能面は、半分神霊と思えないほど平凡だ。
 母親似でも変な方向にすごくなりそうなのに、徹頭徹尾平凡なのだ。

「解除しなかったらまともな家建てられないだろう」

『いや、解除しなくても条件指定をいじれば問題ないね。便利な防犯術式になる。これはすごい拾い物だと思うよ』

 ふわふわ様は人間の常識が通じないことを平気で言う。

「誰がいじるんだ? そこらの魔術師による改変なんかできないだろ?」

『えーっと、この術式だと……、術者と敵対していないのが大前提で、神霊かその血を濃く引く者じゃないと無理だね』

「俺かシシャルがやるのか?」

『ドレには無理。力不足』

 事実だろうがなんだろうが、年中溶けているふわふわ様に言われるとカチンと来る。
 正体知っていても、溶け状態の印象が強すぎて駄目だ。

「シシャルにやらせると?」

『シシャルにも無理。この術式は闇属性だし、あの子は闇属性操れないし』

 微弱だろうと闇は闇とひどい目に遭ってきたのに、そうなのか。

(いたたまれない……っ)

『私の親友を派遣するからこき使ってあげてくれ。闇属性の神霊だから、シシャルとも仲良くできると思うよ』

「招くための準備は?」

 神霊はそこら辺に転がっているような存在じゃない。
 元々上位次元に適応している生命体だから、いくら性質が精霊に似ていようと、精霊に劣る実力しかない者も存在していようと、呼ぶためには入念な準備がいる。

 たいていの場合、祭壇や簡易神殿を造って御神体を用意して、呼びたい神霊と同じ属性の魔力で空間を満たした上で召喚の儀式をしなければならないのだ。

『必要ないよ。闇はどこにでもあるものだから、夜であればどこにでも行けるんだって。昼間でも影はあるから制限はあまりないんだって。なんかずるいよね』

 しかし、ふわふわ様は不平不満たっぷりに面倒を否定した。

『私はここから一歩も出られないのに。ずるいよね。傘なる高価な道具を使って影を作れば炎天下でも歩き回れるってなんなんだろうね。ねえ、ドレ、誰か持ち運べる祭殿造ってくれないものかな? そうすれば君たちの役にも立てるんだよ?』

 溶けていても腐っていても神聖属性の神霊ならただそこにいるだけでカユシィーの邪霊除けに貢献できるかもしれないのに、望みが薄く思えるのはなぜだろう。

「アホなこと言っているヒマがあるなら、母様のご機嫌取りした方がいいぞ」

 ドレの母、おっとりしていてふわふわした言動が目立つが、超がつくほど危険人物だ。

『必要ないよ。新入りの動物型との遊びに夢中だから……最近かまってくれないから……人間は面倒臭いからって動物型ばっかりかわいがってるから……』

「おとなしく溶けとけばグチ聞き要員くらいにはなれるだろ」

『え? ずっと溶けてるよ? 最近は魔導書探しする時しか人型取ってない』

 文字通りの意味で一年の大半溶けてて、供物用の器になみなみ注がれた黄金の液体金属状態だが、ふわふわ様はドレの父親と同一存在だ。

 盛大にため息をついてしまっても、仕方あるまい。

「その……ええと……、そうだな、動物型への変身でも覚えたらどうだ」

 言葉に悩んだ末に思いついた唯一の提案が、それだった。

『できたなら苦労しないよ。いくら神霊が肉体持たないからって自在に姿変えられるわけじゃないんだよ。この溶け状態だって何百年もの狭間漂いで身体が分解されたことによる副作用みたいなものであって変身とは異なるのだよ』

「そうか。ならば、あきらめて待て。母様はわりと飽きっぽい」

『ソウダネ』

 向こうでの暮らしは、極力聞かないようにしよう。
 これ以上心労増やしたくない。





 その後、シシャルの力を借りて、呪いが発動するくらい深く穴を掘ってみた。

 しかし、呪い自体は発動したが誰も傷つけることなくすぐに霧散した。

「あの、ドレ? なんか邪霊っぽいけど違う黒いもやみたいなのが魔法陣からあふれてシシャルちゃんの方に向かったと思ったら消えたんですけど、ドレにもそう見えました?」

「いや、俺には何も見えなかった」

 勇者に邪霊視の魔導具借りてもう一回穴を掘ってもらったら、おぼろげだが見えた。
 しかし、黒いもやのようなものが向かった先はシシャルそのものではなく、近くに転がっていたレンガだ。

 どうも、人にぶつかればうっかりミスを誘発しやすくなり、物にぶつかると安定性を揺らがせやすくなるらしい。

「シシャル、いるだけで呪いも打ち消せるのか」

「呪い? なんか魔法陣動いたのは分かったけど、不発だったんじゃないの?」

 呪いは背後で発生し、音も気配もなく近づこうとして消えていた。
 気付かないのも無理はない。
 しかし、無自覚にすぎないか、この子。

『前にも知らぬ間に呪い解いていたよね?』

「前? えーっと……、ディールクおじさんの呪いか。弱いものは近くにいるだけで勝手に解けるらしいね。見えないくらい弱いものだったから実感ないんだけど」

『わりと最近もあったんだけど……まあいいか』

「闇属性が呪いを吸着して無害化しているのかな」

『闇属性にそんな性質はないから。君の固有能力みたいなものだから』

 白いふわふわの向こうにいるのは液体金属なのに、あきれて頭を抱えているような気がしてしまう声音だった。

「そなの? ……ニクスにも人外扱いされたけど私ってなんなの」

『私の娘だよ。つまり、半分神霊だね。お父様と呼んでくれてもいいんだよ?』

「まじめに悩み始めたんだから冗談はやめて。かじるよ」

 シシャルはふわふわ様と物心つく前から一緒にいたはずなのに、いや、だからこそなのか、信用していなかった。
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