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第二章
番外編 新年のペンギン
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※時系列は土地入手後です
「マスター。ペンギンの綿毛を取りに行こう」
野営地で過ごす年末年始を快適にするためにいろいろ改造していたら、なんの脈絡もなくニクスにそんな提案をされた。
綿毛というのだから、糸の原料になるのだろうが。
「ペンギンって、何?」
根本的な疑問を口にせざるを得なかった。
シシャルの知識は偏っている。動植物の知識は、食用か薬用に関わるものと、普段見かける動物たちのものしかない。
「えっと、マスターはペンギン知らないの? この辺りにいるのはオンダンジャリハマペンギンっていうんだけど、遠い遠い昔から、東の海岸で繁殖のために上陸してくる海の生き物なんだよ。親鳥が巣材に使うために抜いた羽毛も、ヒナが成長する過程でいらなくなって抜け落ちる綿毛みたいな羽毛も良い素材になるんだ。ひっくるめて綿毛って呼んでるけどね。年が変わる真夜中に一斉に海に帰っていくから、その後で採集するの」
「えっと、さ、ニクス? ニクスって前世は魔族だよね? どうやって人間の国突っ切って東の端の海岸まで行ってたの?」
「僕は行ってないよ。闇属性だし、人間に化ける力はなかったし。闇属性以外で人間に化けられる人たちに頼んで採集してきてもらってたんだ」
ニクスはころころと笑っている。
「闇属性じゃなかったら、いけるの?」
「魔族の特徴隠して人間に擬態できれば問題ないらしいよ。魔族判定はないみたい」
人間の国、闇属性以外にはいろいろとガバガバなのではあるまいか。しれっと近所に魔族が住んでいても不思議はない気がしてきた。
「でね、ペンギン様の綿毛なんだけど、魔力伝導率が特殊でね、通せる魔力は無属性と水属性に限るし、無属性だと並以下なんだけど、水属性だと他の追随を許さないほど高いんだ。それを考慮した上でマスターが使いやすい防水装備作ってあげるね」
「あ、うん。ありがとう」
最近のニクスは、欲望に忠実だ。そしてシシャルの常識のなさにあきれつつもいろんな布製品を作っては贈ってくれる。おかげで快適に過ごせているわけだが、腑に落ちない。
「私もニクスも闇属性なのに、どうやって海岸まで行くのよ」
「フルト君に頼んであるよ。時々マスターが魔力補給してあげれば大丈夫」
それは魔力切れしても魔力結晶使って魔力補給しての強行軍をするという意味ではあるまいか。時々、ニクスも常識ないじゃんと言いたくなる。
フルト君と気軽に言っている人が魔族で元はそこそこ偉い人だったことも、釈然としない気持ちを増幅させる。
「海の魚もおいしいから期待していてね」
シシャルはそんなに魚を食べる方じゃないし、当たり外れ大きいと思うが、おいしいものは本当においしいと知っている。さすがにどこのお貴族様のように生で食べることはないが。この辺りで採れるのは痛みやすいし寄生虫問題もあるしで生食厳禁の川魚だけだし、海の魚は非常に珍しく高額な上に、干物になっているか塩漬けされているか酢漬けされているかで、生で食べようがないのだ。
「ニクス、どうやって海の魚食べてたの」
「新鮮な魚を封印系か冷凍系の魔導具に放り込む。そして持ち帰って魔導具から出して調理して出してもらう。それだけだよ」
魔力が大量にあるからできる力押しだった。
「僕はお刺身は苦手だけど、火が通っていればだいたいおいしく食べられたね」
「へー。おいしい食べ物開拓も良いかも」
そして、二人は、フルトを巻き込んで糸の原料と美味い飯のために出発した。
なお、留守番はフルトの姪に頼んだ。
何日も家を空けていて大丈夫なのか聞いたら、「父はまず帰ってこないし、万が一帰ってきても私の存在なんて気にしないし泥酔いしてそこら辺に転がって寝てるんだから平気。最近、変なところで寝ちゃって風邪引かないように魔導人形も導入したし」とのことだった。どこの家庭も問題はあるようだった。
「命日の祈りはおじさんの分もやっておくから、お供えにできるおみやげをお願いね。ニクス君とシシャルさんは私へのお礼代わりのおみやげよろしく頼む!」
目をきらきらさせた少女に見送られるのは、どうにも居心地が悪かった。
道中いろいろありながらもやってきました、東の果ての海岸。
まだ日は高く、空は良く晴れていて、遠くまで見渡せる。
短い二本足でよたよた歩き回る、縦長でずんぐりむっくりで見慣れない姿の生き物が大量にいる。ふわふわ感はまったく感じないが、かわいい。
「あれがペンギンだよ。海岸にやってきた時はオスメス共に立派な胸毛が生えているんだけど、巣作りで使った後は生えてこないからすっきりしているんだよね」
ただでさえシシャルにとっては未知の生物なのに、妙な情報が追加されてさらに混乱が加速する。だが、もふもふ感は微妙だが可愛い生き物と分かれば問題ない。
鳥の一種で、飛べないが歩くのは遅いが泳ぐのはすごく速い。人間も魔族もペンギンを食べる習慣はないそうで、年に一回だけ良質な毛を置いていってくれるおめでたい生き物扱いなのだそうだ。聖都ではいまいち流行っていないが、海辺の人や魔族の一部にとってペンギンの姿を模した品は縁起物なのだとか。
「素材を採取するのはペンギンたちが海に帰った後だっけ」
「日付が変わる頃に帰る。そうしたら採集決戦だ。先祖から受け継いだ血が騒ぐな」
いったい誰と戦うつもりなのだろう。早い者勝ちだから競争要素はあるが。
今気付いたが、フルトの服装はわりと本気が入った戦闘用だった。前世のニクス作。
「フルト君のご先祖様は海の近くで暮らしていたそうだよ。千年くらい前の話らしいけどね、先祖代々海にまつわる様々なことを語り継いできたから思い入れが強いんだ」
ニクスによると、すでに海岸近くにいる人たちの多くは魔族だという。さすがに全員ではないので、知り合い以外は誰がどの種族なのか分からず、素性は明かせないらしいが。
「海岸で採集した綿毛を抱えながら拝む朝日は最高の達成感だという。不可能な夢と思っていたが……叶うとは。ありがとう、シシャル。おやつ食べるか?」
「言い出したのはニクスだけどね。もらう、ありがと」
強行軍で一人だけ疲労困憊だったはずなのに、フルトは生き生きとしている。二つ返事で引き受けてくれるとニクスが言い切った理由が分かった気がした。
真夜中、新年になるかどうかという頃、ペンギンたちが海に向けて動き出した。
「なんで年が変わる頃を見計らって海に帰っていくの?」
「それは誰にも分かっていない。この時期に子育てが終わるからなのは事実だろうが、この時期に終わるように子育てする理由は謎だ。海流の変化でもあるのではと言われているが、千年近く我らは海に出ていないから、確かめるすべもなかった」
「それに、採集決戦の方が大事だし」
そういうものかと首を傾げつつもペンギンたちの行進を見送ることしばし。
新年を告げる鐘の音が響き始めた。
聖都が近いといってもまさか聖都から響いているわけもなく。この鐘の音は最寄りの港町で鳴らされたものなのだろう。
「神殿には思うところが多々あるが、これだけは良い曲だよな」
聖都近くは裕福な町が多く、そういう町では旋律付きの鐘が鳴らされる。旋律は決まっていて、新年を祝う聖歌が元になっているらしい。真偽は知らない。
「ペンギンたちはいなくなったし、鐘が鳴り終わったら始まるよ」
余韻を楽しむよりも糸の原料が優先。それがニクスだった。
準備運動として体操を始めたニクスに続き、フルトも動き始める。体操はそこそこに採集袋の準備をしていく。二人とも生き生きとしていた。
やがて鐘が鳴り止み、周囲の人々が一斉に動き始めた。
「いくよ二人とも! ペンギン様からの贈り物!」
いきなり二人とも別々の方向に走り出してしまった。採集方法は事前に聞いているが、ぽつりと取り残されると不安だ。
とりあえず、目の前の海に向かって動きながら、目についた巣に近づいてしゃがんで巣の真ん中の綿を採って袋に詰めていく。ヒナの抜けた綿毛も親が巣に詰め込んでいるそうで、巣を見つけては綿毛を採っていくだけでいい。大きなゴミは取り除くが、多少のゴミは気にせず詰め込んでいっていいそうだ。時間制限ありの催しだから質より量を心がけ、質を高めるのは終了後でいいのだそうな。
(ふわっふわ。軽い。そしてすっごく小さくなる……。ペンギンの綿毛すごい)
実はペンギンがすごいのではなくこの地のペンギンが特殊なだけなのだが、シシャルは知らない。ニクスもフルトも知らないのだから仕方ない。一種類のペンギンしかやってこない地域なので、ペンギンといったら胸毛があるものという誤解まで存在する。
(いっぱいあるなぁ。採り放題採り放題)
無言で黙々と作業していくと、近くをうろうろしていた人と狙いがかぶった。
「すみません」
基本的に早い者勝ちだが、どちらが早いか分からない場合、海を向いて並んだ時に右手の者が譲る決まりだ。今回はシシャルが譲ることになった。
こういう決まりがあるのもあって、左から右へ進んでいくのが暗黙の了解なんだとか。
みなさん、年に一度の恵みを譲りたくないのである。
やがて空が白み始め、朝日が昇り始める頃、採集決戦は終了した。
「終わったーっ。大収穫だー!」
そこかしこで歓声が上がる中、シシャルとフルトとニクスはそれぞれの戦果を持って集合した。二人ともどれだけ本気だったのか、シシャルの倍以上袋を抱えている。
「おつかれさま。綿毛は僕が責任を持って立派な糸と中綿にするからね」
ニクスは疲れ一つない。ふわふわもふもふの髪はぼさついているが、しっぽは楽しそうに揺れている。フルトも髪や服は乱れているが顔は達成感に満ちていた。
「シシャルは楽しかったか?」
「うん。あ、そだ。ニクスってペンギンのヒナの姿って知ってる? こんな子が巣の中にいたんだけど、ヒナだとしたらどうしたら?」
巣材の綿毛を拾い上げたらころりと転げ落ちて、しばし硬直していたのだが、そこまでは説明しない。
「……大丈夫。それはペンギンのヒナの姿だけど、ペンギンの親がどこかから拾ってきたぬいぐるみだから。欲しいなら持ち帰って飾っておけばいいよ」
「そうだな。精巧ではあるが、本物の生まれたてより小さいし、まったく動かないし、作り物で間違いないな」
「そっか。じゃあ持って帰ろっと」
採集袋と別の袋にしまい、シシャルはフルトを見上げた。
「フルトさん。打ち上げで魚料理食べたいです」
「え。あぁ、シシャルは魚料理目当てだったな。同郷の人が開いている店があるからそこに行こうか。宿も併設していたはずだから、そこで食事して休んでから帰ろう」
同郷って魔族ではあるまいか。やはりこの国、闇属性以外への警戒心低すぎないか。
解せない。
肩に乗っていたふわふわ様を握りしめて八つ当たりしつつ、フルトの後についていく形でシシャルとニクスは海岸を後にした。
「それでは、新年を祝すのと採集決戦大勝利を祝すのとで、乾杯!」
ニクスの声に続いて「乾杯!」とそれぞれ木の器を持ち上げる。
朝日を拝みながらの食事は、朝食ではあるが徹夜明けなことを考慮して、消化にいいががっつりいけるという相反する要求に見事応えた料理をいただくことになった。
魚尽くしだ。魚の種類も調理方法もいろいろで、ニクスとフルトに説明してもらいながら口に運ぶ。
見た目は地味だが魚の唐揚げがおいしかった。
あとは、魚のアラで取った出汁を使った魚介煮込み。
「あぁ……。隊長さんを勇者パーティに預かってもらえて良かった。幸せ」
「マスターが幸せなのはいいことだけど、大丈夫かなぁ、あの兄妹と勇者君」
ニクスはしばし苦笑いだったが、味覚に合う料理を見つけると目を輝かせながら黙々と食べ始めた。
そんな二人の様子を、フルトは微笑ましそうに見ていたとか。
――――――――――
あけましておめでとうございます。
2021年は丑年ですが、牛は一切出てきません。
この物語の世界(厳密には物語の舞台となる地域)に干支の概念はありません。それっぽいものがあったとしても選ばれる種類は違うはず。
で、干支関係なくペンギン話です。
本編最新話の時系列より後なので、当然のようにフルトさん出てきています。
素性知った上で親しくなるエピソードまで行っていないので違和感があるかもしれませんが、土地入手後はだいだいこんな感じの距離感です。
この作品、男どもはだいたいシシャルかカユシィーの保護者枠。
「マスター。ペンギンの綿毛を取りに行こう」
野営地で過ごす年末年始を快適にするためにいろいろ改造していたら、なんの脈絡もなくニクスにそんな提案をされた。
綿毛というのだから、糸の原料になるのだろうが。
「ペンギンって、何?」
根本的な疑問を口にせざるを得なかった。
シシャルの知識は偏っている。動植物の知識は、食用か薬用に関わるものと、普段見かける動物たちのものしかない。
「えっと、マスターはペンギン知らないの? この辺りにいるのはオンダンジャリハマペンギンっていうんだけど、遠い遠い昔から、東の海岸で繁殖のために上陸してくる海の生き物なんだよ。親鳥が巣材に使うために抜いた羽毛も、ヒナが成長する過程でいらなくなって抜け落ちる綿毛みたいな羽毛も良い素材になるんだ。ひっくるめて綿毛って呼んでるけどね。年が変わる真夜中に一斉に海に帰っていくから、その後で採集するの」
「えっと、さ、ニクス? ニクスって前世は魔族だよね? どうやって人間の国突っ切って東の端の海岸まで行ってたの?」
「僕は行ってないよ。闇属性だし、人間に化ける力はなかったし。闇属性以外で人間に化けられる人たちに頼んで採集してきてもらってたんだ」
ニクスはころころと笑っている。
「闇属性じゃなかったら、いけるの?」
「魔族の特徴隠して人間に擬態できれば問題ないらしいよ。魔族判定はないみたい」
人間の国、闇属性以外にはいろいろとガバガバなのではあるまいか。しれっと近所に魔族が住んでいても不思議はない気がしてきた。
「でね、ペンギン様の綿毛なんだけど、魔力伝導率が特殊でね、通せる魔力は無属性と水属性に限るし、無属性だと並以下なんだけど、水属性だと他の追随を許さないほど高いんだ。それを考慮した上でマスターが使いやすい防水装備作ってあげるね」
「あ、うん。ありがとう」
最近のニクスは、欲望に忠実だ。そしてシシャルの常識のなさにあきれつつもいろんな布製品を作っては贈ってくれる。おかげで快適に過ごせているわけだが、腑に落ちない。
「私もニクスも闇属性なのに、どうやって海岸まで行くのよ」
「フルト君に頼んであるよ。時々マスターが魔力補給してあげれば大丈夫」
それは魔力切れしても魔力結晶使って魔力補給しての強行軍をするという意味ではあるまいか。時々、ニクスも常識ないじゃんと言いたくなる。
フルト君と気軽に言っている人が魔族で元はそこそこ偉い人だったことも、釈然としない気持ちを増幅させる。
「海の魚もおいしいから期待していてね」
シシャルはそんなに魚を食べる方じゃないし、当たり外れ大きいと思うが、おいしいものは本当においしいと知っている。さすがにどこのお貴族様のように生で食べることはないが。この辺りで採れるのは痛みやすいし寄生虫問題もあるしで生食厳禁の川魚だけだし、海の魚は非常に珍しく高額な上に、干物になっているか塩漬けされているか酢漬けされているかで、生で食べようがないのだ。
「ニクス、どうやって海の魚食べてたの」
「新鮮な魚を封印系か冷凍系の魔導具に放り込む。そして持ち帰って魔導具から出して調理して出してもらう。それだけだよ」
魔力が大量にあるからできる力押しだった。
「僕はお刺身は苦手だけど、火が通っていればだいたいおいしく食べられたね」
「へー。おいしい食べ物開拓も良いかも」
そして、二人は、フルトを巻き込んで糸の原料と美味い飯のために出発した。
なお、留守番はフルトの姪に頼んだ。
何日も家を空けていて大丈夫なのか聞いたら、「父はまず帰ってこないし、万が一帰ってきても私の存在なんて気にしないし泥酔いしてそこら辺に転がって寝てるんだから平気。最近、変なところで寝ちゃって風邪引かないように魔導人形も導入したし」とのことだった。どこの家庭も問題はあるようだった。
「命日の祈りはおじさんの分もやっておくから、お供えにできるおみやげをお願いね。ニクス君とシシャルさんは私へのお礼代わりのおみやげよろしく頼む!」
目をきらきらさせた少女に見送られるのは、どうにも居心地が悪かった。
道中いろいろありながらもやってきました、東の果ての海岸。
まだ日は高く、空は良く晴れていて、遠くまで見渡せる。
短い二本足でよたよた歩き回る、縦長でずんぐりむっくりで見慣れない姿の生き物が大量にいる。ふわふわ感はまったく感じないが、かわいい。
「あれがペンギンだよ。海岸にやってきた時はオスメス共に立派な胸毛が生えているんだけど、巣作りで使った後は生えてこないからすっきりしているんだよね」
ただでさえシシャルにとっては未知の生物なのに、妙な情報が追加されてさらに混乱が加速する。だが、もふもふ感は微妙だが可愛い生き物と分かれば問題ない。
鳥の一種で、飛べないが歩くのは遅いが泳ぐのはすごく速い。人間も魔族もペンギンを食べる習慣はないそうで、年に一回だけ良質な毛を置いていってくれるおめでたい生き物扱いなのだそうだ。聖都ではいまいち流行っていないが、海辺の人や魔族の一部にとってペンギンの姿を模した品は縁起物なのだとか。
「素材を採取するのはペンギンたちが海に帰った後だっけ」
「日付が変わる頃に帰る。そうしたら採集決戦だ。先祖から受け継いだ血が騒ぐな」
いったい誰と戦うつもりなのだろう。早い者勝ちだから競争要素はあるが。
今気付いたが、フルトの服装はわりと本気が入った戦闘用だった。前世のニクス作。
「フルト君のご先祖様は海の近くで暮らしていたそうだよ。千年くらい前の話らしいけどね、先祖代々海にまつわる様々なことを語り継いできたから思い入れが強いんだ」
ニクスによると、すでに海岸近くにいる人たちの多くは魔族だという。さすがに全員ではないので、知り合い以外は誰がどの種族なのか分からず、素性は明かせないらしいが。
「海岸で採集した綿毛を抱えながら拝む朝日は最高の達成感だという。不可能な夢と思っていたが……叶うとは。ありがとう、シシャル。おやつ食べるか?」
「言い出したのはニクスだけどね。もらう、ありがと」
強行軍で一人だけ疲労困憊だったはずなのに、フルトは生き生きとしている。二つ返事で引き受けてくれるとニクスが言い切った理由が分かった気がした。
真夜中、新年になるかどうかという頃、ペンギンたちが海に向けて動き出した。
「なんで年が変わる頃を見計らって海に帰っていくの?」
「それは誰にも分かっていない。この時期に子育てが終わるからなのは事実だろうが、この時期に終わるように子育てする理由は謎だ。海流の変化でもあるのではと言われているが、千年近く我らは海に出ていないから、確かめるすべもなかった」
「それに、採集決戦の方が大事だし」
そういうものかと首を傾げつつもペンギンたちの行進を見送ることしばし。
新年を告げる鐘の音が響き始めた。
聖都が近いといってもまさか聖都から響いているわけもなく。この鐘の音は最寄りの港町で鳴らされたものなのだろう。
「神殿には思うところが多々あるが、これだけは良い曲だよな」
聖都近くは裕福な町が多く、そういう町では旋律付きの鐘が鳴らされる。旋律は決まっていて、新年を祝う聖歌が元になっているらしい。真偽は知らない。
「ペンギンたちはいなくなったし、鐘が鳴り終わったら始まるよ」
余韻を楽しむよりも糸の原料が優先。それがニクスだった。
準備運動として体操を始めたニクスに続き、フルトも動き始める。体操はそこそこに採集袋の準備をしていく。二人とも生き生きとしていた。
やがて鐘が鳴り止み、周囲の人々が一斉に動き始めた。
「いくよ二人とも! ペンギン様からの贈り物!」
いきなり二人とも別々の方向に走り出してしまった。採集方法は事前に聞いているが、ぽつりと取り残されると不安だ。
とりあえず、目の前の海に向かって動きながら、目についた巣に近づいてしゃがんで巣の真ん中の綿を採って袋に詰めていく。ヒナの抜けた綿毛も親が巣に詰め込んでいるそうで、巣を見つけては綿毛を採っていくだけでいい。大きなゴミは取り除くが、多少のゴミは気にせず詰め込んでいっていいそうだ。時間制限ありの催しだから質より量を心がけ、質を高めるのは終了後でいいのだそうな。
(ふわっふわ。軽い。そしてすっごく小さくなる……。ペンギンの綿毛すごい)
実はペンギンがすごいのではなくこの地のペンギンが特殊なだけなのだが、シシャルは知らない。ニクスもフルトも知らないのだから仕方ない。一種類のペンギンしかやってこない地域なので、ペンギンといったら胸毛があるものという誤解まで存在する。
(いっぱいあるなぁ。採り放題採り放題)
無言で黙々と作業していくと、近くをうろうろしていた人と狙いがかぶった。
「すみません」
基本的に早い者勝ちだが、どちらが早いか分からない場合、海を向いて並んだ時に右手の者が譲る決まりだ。今回はシシャルが譲ることになった。
こういう決まりがあるのもあって、左から右へ進んでいくのが暗黙の了解なんだとか。
みなさん、年に一度の恵みを譲りたくないのである。
やがて空が白み始め、朝日が昇り始める頃、採集決戦は終了した。
「終わったーっ。大収穫だー!」
そこかしこで歓声が上がる中、シシャルとフルトとニクスはそれぞれの戦果を持って集合した。二人ともどれだけ本気だったのか、シシャルの倍以上袋を抱えている。
「おつかれさま。綿毛は僕が責任を持って立派な糸と中綿にするからね」
ニクスは疲れ一つない。ふわふわもふもふの髪はぼさついているが、しっぽは楽しそうに揺れている。フルトも髪や服は乱れているが顔は達成感に満ちていた。
「シシャルは楽しかったか?」
「うん。あ、そだ。ニクスってペンギンのヒナの姿って知ってる? こんな子が巣の中にいたんだけど、ヒナだとしたらどうしたら?」
巣材の綿毛を拾い上げたらころりと転げ落ちて、しばし硬直していたのだが、そこまでは説明しない。
「……大丈夫。それはペンギンのヒナの姿だけど、ペンギンの親がどこかから拾ってきたぬいぐるみだから。欲しいなら持ち帰って飾っておけばいいよ」
「そうだな。精巧ではあるが、本物の生まれたてより小さいし、まったく動かないし、作り物で間違いないな」
「そっか。じゃあ持って帰ろっと」
採集袋と別の袋にしまい、シシャルはフルトを見上げた。
「フルトさん。打ち上げで魚料理食べたいです」
「え。あぁ、シシャルは魚料理目当てだったな。同郷の人が開いている店があるからそこに行こうか。宿も併設していたはずだから、そこで食事して休んでから帰ろう」
同郷って魔族ではあるまいか。やはりこの国、闇属性以外への警戒心低すぎないか。
解せない。
肩に乗っていたふわふわ様を握りしめて八つ当たりしつつ、フルトの後についていく形でシシャルとニクスは海岸を後にした。
「それでは、新年を祝すのと採集決戦大勝利を祝すのとで、乾杯!」
ニクスの声に続いて「乾杯!」とそれぞれ木の器を持ち上げる。
朝日を拝みながらの食事は、朝食ではあるが徹夜明けなことを考慮して、消化にいいががっつりいけるという相反する要求に見事応えた料理をいただくことになった。
魚尽くしだ。魚の種類も調理方法もいろいろで、ニクスとフルトに説明してもらいながら口に運ぶ。
見た目は地味だが魚の唐揚げがおいしかった。
あとは、魚のアラで取った出汁を使った魚介煮込み。
「あぁ……。隊長さんを勇者パーティに預かってもらえて良かった。幸せ」
「マスターが幸せなのはいいことだけど、大丈夫かなぁ、あの兄妹と勇者君」
ニクスはしばし苦笑いだったが、味覚に合う料理を見つけると目を輝かせながら黙々と食べ始めた。
そんな二人の様子を、フルトは微笑ましそうに見ていたとか。
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あけましておめでとうございます。
2021年は丑年ですが、牛は一切出てきません。
この物語の世界(厳密には物語の舞台となる地域)に干支の概念はありません。それっぽいものがあったとしても選ばれる種類は違うはず。
で、干支関係なくペンギン話です。
本編最新話の時系列より後なので、当然のようにフルトさん出てきています。
素性知った上で親しくなるエピソードまで行っていないので違和感があるかもしれませんが、土地入手後はだいだいこんな感じの距離感です。
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