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第二章

20 オ・カ・シ・イ……

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 辺境の町で魔物特異種化の瓶を配り歩いてきた女は、特異種による被害がいっこうに増えないことにないことに薄ら寒さを感じて調査をしていた。

 今日は久々に森が開放されていた。
 おそらくは例の瓶を使った冒険者が複数いたのだろう、昼間、特異種が複数回発生し、大発生報告もあり、勇者が討伐したと耳にした。

 が、どれもこれも対処が迅速で犠牲者ゼロだったという。
 なぜ毎度毎度被害が出る前に解決しているのだろうか。

(何者かに動きを読まれて泳がされている……?)

 ただの偶然が重なっただけであるなんて、女は知る由もない。

 と、夜闇に紛れて冒険者組合近くの盗聴用魔導具を回収する中で、かなりいらついた様子で歩く同族の男の姿を見た。

 魔族は暗黒の森の外にあまり出ない。
 人間と下手に関わって攻撃されたくはないと、うかつに動いて同族に迷惑がかかってはいけないと、魔物討伐の冒険者たちからも見つからないよう隠れ住んでいる。

 人里に出てくる魔族は、ほぼ間違いなく訳ありだ。

 すでに故郷を人間に滅ぼされていたり、家族をすべて奪われていたり、もはや喪うものは何もない者が多い。
 故郷も家族も無事だが、奪われた家宝の行方を探るために人間に変装して行動する者もいる。

 悪魔化なんて滅多にないのに、町で見かける魔族は悪魔化率が高いことを考えても、人間への憎しみが強いのは想像に難くなかった。

「ちょっといいかしら。あなた、同族よね?」

「だったらなんだね」

 地味だが顔の隠れる帽子をかぶり、顔を包帯で覆った女なんて、真夜中に見たら悲鳴を上げて逃げてもおかしくない。
 が、声をかけられた男はうろんな目をしただけだった。

 認識阻害を使っているわけじゃないから、そのままの姿で見えているはずだが。

「あなたも人間どもに復讐しようとしているんでしょう? 手を組まない?」

 本心としては、邪魔されると困るから監視しておきたい、なのだが。

「手ねえ。あんたは、その顔の復讐か?」

「顔そのものというより、この顔のせいで最愛の夫と別れる羽目になった復讐かしら。あなたも何か奪われたのでしょう?」

「ああ。故郷を滅ぼされ、すべてを喪った。十四年前の聖騎士大遠征は多くの集落が滅ぼされたことを知っておろう」

「へぇ、そう呼ばれてるんだ。神殿の大暴走って覚えていたわ。私もその件でこんな顔よ。集落は復興できる程度の被害で済んだけども」

 魔族と一口にいっても、人間の国のようにはまとまっていない。
 交流があるのも近隣の一部集落にとどまる。
 同じ事件を指していても名称が異なることなんてざらだ。

「あなたはどんな手段を取るの? 私は魔物を使うのだけど」

「俺は……邪神や悪神と呼ばれる類の存在を人工的に作るつもりだった」

「へぇ? 詳しく聞かせてもらえない?」



 男の語る計画は長期に渡る上に陰惨なものだった。

 女がまだ夫との関係を修復するために顔を治そうともがいては挫折する繰り返しをしていた頃から、着々と復讐の準備を進めていた。

 入っただけで即死しかねない障気溜まりを見つけて回ったり、障気の魔物ではなく邪悪の精霊を生み出すために細工をしたり、さまよう魂を見る技術を身につけて復讐に適した存在を捕らえたり、魂が宿る前の精霊の卵にその魂を押し込んだり、邪魔されないように監視しつつ様々な工作をしたり、誕生直後の精霊を暴走させて復讐の駒とするために人間の生贄を見繕って連れてきたり……。

 人間の勇者が任命されることになった『邪神誕生の予言』とやらは、この男の計画成就で誕生する存在のことを指しているのだろうと思わせるに充分だった。



 しかし、予言から実現寸前まで時間がかかりすぎている気はする。

 と疑問に思った直後、男は「ちくしょう!」と叫んだ。
 さすがに真夜中の人気のない場所とはいえ大声ははばかられたか、叫んでいるが小声という器用なまねしていたが。

「生贄のガキ、闇属性なら使えると思ったのにとんだ化け物だった」

「まさか丹誠込めて作り出した邪神をあっさり殺された?」

「いや、邪神化しなかった。一瞬で懐柔して従順な精霊にしちまった。それでも邪悪なはずなのになんなんだよっ? 前世の記憶を呼び戻しての邪神化も試みたが、また阻止しやがった。なんなんだよあのガキっ? ただの微弱闇属性にできる芸当じゃねえぞっ?」

「微弱闇って、この町にいるっていう話の、人間で唯一の闇属性?」

 たしか借家から追い出されて今は暗黒の森にいて、特異種の発生はあの闇属性が森で何か悪事を働いているためだなんて噂もあるのだったか。

 ちょうどいい隠れ蓑になってくれてありがたいような、人間たちの思考回路がどうにも納得しがたいような、複雑で消化できない感覚が今もある。

「おうよ。奴めどんなペテン使ってんのか常に絶対防御あるし、呪詛放ってもたどり着く前に消えちまうし……。闇属性のくせに神聖の加護でもあるのか?」

「そりゃないでしょ。今の神殿の神が闇属性をひいきするはずないわ」

 何百年も昔の、同じ神を――慈悲の神霊様を崇めていた時代とは違うのだから。

「神殿と無関係な神霊様であれば?」

「……あり得なくはないけど。管理権限のない神霊様がそう簡単に地上に干渉――」

 言葉が途切れたのは、強大な魔力を感じ取ったからだ。

「こ、この神気……っ。まさか慈悲の神霊様の力か?」

「お隠れになった神霊様がどうやって力を」

 あきれつつも、たしかにこの神気は似ていると思う。
 本人はお隠れになったが創造物は少なからず残されているから、魔力の傾向や神気を知る手段は存在するのだ。

「まさか生まれ変わりを? 我らが道を踏み外すのを止めるために。あのお方はどこまでも慈悲深かったのだ……おかしくない」

「なんて、深い愛。って、そんなわけないでしょ。慈悲の神霊様が今の人間どもに肩入れするなんて想像だけでも反吐が出るわ」

「だがよぉ、これほどの、今の我らにビシビシ痛いほどに襲いかかる神気はそうとしか」

「勇者だか姫だかの光とか神聖とかでしょうよ」

「いいや違う! 奴らの自然放出魔力程度でこんな痛いはずが」

 悪魔化した魔族たちの推測はどんどん迷走していく。

「ひ、い、痛っ、いったいぃ……っ。いや、力が、力が抜け――」

「ああああああぁああぁぁーっ」

 女は思わず顔を押さえ、うずくまった。
 その目の前で、男もひざをついていた。
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