36 / 108
第二章
2 彼女は戦わせてはいけない御方
しおりを挟む
本日、シシャルとニクスは暗黒の森の周縁部を歩き回っている。
この辺りの森の木々はそこまで鬱蒼としていない。
なのに、昼間でも晴れていても木漏れ日が差し込んでいても暗いと感じてしまうのは、森の木々が葉も幹も黒っぽいものばかりだからなのだろう。
「イノシシモドキ、この辺にもいるんだよね? まだ出ないかなぁ」
借家の防犯魔術を維持しつつ魔物と対峙してみるのは、シシャルの実力なら可能。
そこまではニクスも把握していた。
魔物がシシャルにどんな反応するかは未知数だったが。
歩き続けることしばし。
がさがさがさっと下草を踏む音が聞こえてすぐ、イノシシモドキが飛び出してきた。
魔物は殺意があって人間を襲うわけじゃないしそもそも感情を持っていないらしいが、明らかにその目はシシャルを見て狙っている。
(普通に襲いかかってきたのに安心するってどうなんだろう)
魔物視点では人間認定されたので、シシャルは魔力と魔術方面の才能が人外じみているだけで人外ではないと判明した。
人間の血が八分の一くらいでも人間判定出る事実には気付かない振りをしておこう。
「マスター。僕は戦えないし援護もできないからね」
闇の精霊ニクス、精霊術を一切使えない。
前世の記憶が戻る前はまだ幼いからだと思っていたが、今はそもそも精霊術が使えない精霊なのだと理解している。
しかし、前世の本業には全く支障がないどころか、前世より優れている。
なので、シシャルには特製の布を持たせることで精霊術による守りの代わりにしてある。
「だいじょうぶ。私にはおじさん直伝の剣術があるもの」
隊長から剣を借りてきたシシャル、構えは素人目にはしっかりしているように見える。
飛び出してきたイノシシモドキ、迎え撃つように駆け出すシシャル。
その動きは素早いだけでなく、無駄がなかった。
初めて戦うとは思えないほどに。
必要最低限の動きでの回避すると同時に剣を振り抜く。
音もなく抵抗もなく魔物が斬れる。
傷の深さの関係で真っ二つとはいかないが、一撃で魔物の核を停止させていた。
ちなみに、魔物を倒すには基本的に三種類の方法がある。
一つ目は、魔物の核たる結晶石を停止させること。
わずかでも結晶石に攻撃が当たれば停止となるため破壊する必要はない。
むしろ、破壊すると報酬が減るので推奨されない。
魔物の核たる結晶石は魔力結晶に特殊な術式が刻まれたものだ。
術式が刻まれていると魔導具の動力源に使えないし、ことごとく闇属性だから、使うためには面倒な加工が必要ではあるが、結晶化した魔力は持ち運びしやすいので高く売れる。
イノシシモドキ程度だと小さいしもろいし、うっかり破壊も時々あり、あまり実入りは良くないが、塵も積もれば山となる。
やってしまったと言わんばかりのシシャルの顔を見る限り、うっかり破壊してしまったようだ。
粉々になっていても魔力は魔力だから使い道はあるが、扱いは面倒になる。
二つ目は、通常生物だったらこれ死ぬよね? という攻撃を加えること。
たいていは参考元の生物の弱点と同じ場所を攻撃し、通常生物であれば致命傷になったと判断させる程度の傷を与えれば倒れてくれる。
そのものズバリな参考元がいなくとも、系統が近い生物がいればその生物を参考にするという。
装甲トカゲであれば通常のトカゲを参考にするわけだ。
参考元の生物がいない魔物には当てはまらないこともあるが、たいていは深部にしか存在しないため、この町で暮らす冒険者には関係がない。
三つ目は、魔物の体力を削りきること。
ここでいう体力は肉体ある生物の体力とは異なり、魔物ごとに存在する見えざる数値のことだ。
表面を薄く傷つけるだけでも若干減り、致命傷に近い傷ほど大きく減る。
針で肌を軽くつつくような攻撃を延々と続けていたらほぼ無傷で魔物が倒れたという記録もある。
目に見えて傷が増えるほど体力が削られているということだから、見た目にも感覚的にも分かりやすいようでいて、装甲トカゲ相手にこの方法はほぼ効果なしだったり見た目の満身創痍度と残り体力が一致しなかったりするあたり、意外と分かりづらい要素だ。
しかも、この方法だと魔物の核たる結晶石が消耗しやすく、素材の質も落ちやすい。
対魔物で大きく稼ぐには短期決戦でしとめるのが一番なのだ。
だから、腕試しや訓練のための戦闘や、格上相手に生き残るために倒さなければならない状況でもない限り、この方法はほとんど取られない。
今回のシシャルさんは、結晶石に触れての停止による勝利だろう。
普通の生物なら明らかに致命傷ではあるのだが、傷を受けてから停止までの時間を考えると致命傷判定前に停止して、いや、砕かれていたと思われる。
「イノシシモドキってこんなに弱い魔物なんだ」
「いやいやいや。駆け出し冒険者なら返り討ちに遭って殺されることもあるからね」
いっぱしの冒険者になるとたかがイノシシモドキと侮りがちだし、冒険者でなくとも本物のイノシシの方が何十倍怖いと言うわけだが、意外と死傷者出ているのである。
「でも、すうって斬れたし、そんなに力入れてないのに結晶石砕いちゃったし」
「それは、マスターが強すぎただけだから」
シシャルは魔術を使う時に詠唱しないし術の名も唱えないし魔法陣も必要としないし、術式を刻んだ宝珠とか魔術媒介とかも使わないから、補助魔術の特性上魔術が発動しても見た目の変化が非常に分かりづらいから、どれくらいの魔術を併用した上でこの結果なのか分からないのだが、たぶん過剰戦力で間違いない。
「次はもう少し補助魔術の量減らしたら?」
「んー……。そうだね。あんなに使ってたら切れ味強化の真価も分からな……、その前に何も使わず倒した方が比較できるかな。防御だけはちゃんとしとけば大丈夫でしょ」
幸か不幸か、移動する前に次の実験台が現れた。
イノシシモドキは群れない魔物だが、縄張りじみたものも持たない。
数が多ければ遭遇率も上がる。
「えーと、切れ味がいまいちな場合でもすぱっと斬るには――」
少なくともニクスはシシャルが剣の訓練している様子なんて見たことがない。
身体を鍛えている様子を見たこともない。
運動不足は良くないと隊長副隊長に言われて体操したり歩いたりする姿を見たことがある程度だ。
「無駄に力を入れずになでるように――」
教わったといっても五年近く前、それも長くて数ヶ月程度の話のはずなのに。
今度も危なげなく立ち回り、すぱっと斬れてしまった。
イノシシモドキの突進速度は似たり寄ったり、シシャルの動きは明らかに先ほどより遅かったのに。
傍目には速度以外の違いを見いだせなかった。
「んー。さっきより少し重い、かな? 抵抗感……というか」
「そ、そっか。結晶石は?」
「砕けました。もろすぎない?」
「そっかー……。そっかぁ……」
教えた方も化け物だが、教わった方も化け物の素養があった。
シシャルがただの人間であれば、それだけで済む話なのだが。
「石代の足しにしたかったのに。まぁ、本体持ち帰るだけでもそこそこは行くか」
一見ただの袋だが空間圧縮型の保管用魔導具にイノシシモドキが放り込まれていく。
魔力製の物質限定で大きさは変えられるが重さは変えられない代物だ。
そういえば、イノシシモドキは本物のイノシシと同じ大きさでも十分の一程度の重さだが、十分の一でもかなり重かったはずだ。
「私が人間だって確認はできたし、試し斬りもできたし、もう少し狩ってから帰ろっか」
遠隔魔術ぎりぎりのところまで奥に行こうとするシシャルの姿は、頼もしさよりも危うさを感じさせる。
たった今見たものは、賞賛よりも不安を生み出していた。
(ダメだ。この子は絶対に戦わせちゃいけない……っ!)
これが隊長であれば、あんなに可愛いのにあんなに強いのか! すごい、可愛い! あの可愛さであの強さなのだからもしや特別な血筋なのでは、神の加護持ちでは、もっと鍛えたらすさまじい実力者になるのでは、と、噂されるだけだ。
しかし、闇属性のシシャルは違う。
攻撃魔術を使えなくたって、これだけの攻撃能力があったらまず間違いなく危険視される。
存在しているだけで警戒されて危険視されているのだ、これ以上敵視される要素を増やしてはいけない。
下手したら、攻撃される前に殺してしまえなんて過激思想の持ち主が出てくる可能性も、それに同調する動きが広がる可能性もある。
闇属性殺すと呪われるという迷信あるからって今後も抑止力になるとは限らないし、そんな迷信が本気で信じられていたら魔物討伐にも躊躇するし、闇属性の魔族を殺すのはもっと怖いという考え方になってもおかしくなかったはずなのだ。
(このままだと、危険な闇属性は人に危害を加える前に処刑しろなんてなりかねない。この国ではそういう時代もあったと歴史書に書かれていた。……そんなの絶対にだめだ)
今までのシシャルは、闇属性だからと危険視はされてきたが、闇属性だから恐れるのであって個人の容姿や能力が恐れられていたわけじゃなかった。
しかし、この攻撃力が知られてしまったら、今までのようにはいかない。
「ニクス? どうしたの? 大丈夫?」
よほどひどい顔をしていたのか。
シシャルが不安そうに顔をのぞき込んできた。
「マスター……。マスターは、隊長さんの補助に徹した方がいいよ」
見込みがないからではなく、見込みがありすぎるから。
この子が闇属性でさえなければこの才能を伸ばしても良かったのにと、少し悔しい。
「魔力を保管しておく石が買えたら、また三人で魔物討伐に行くんだから、ね?」
傷つけないように遠回しに、けれどすべき行動だけは伝わるように、言葉を選ぶ。
「隊長さんは補助魔術使えないし、前衛二人は呼吸が合わないとうまくいかないし、隊長さんが戦うのをマスターが補助するのが一番火力を出せると思うからさ」
嘘ではない、もっともらしいことで本音を隠す。
シシャルはすごいと言われたかったのか、これで役立てるねと言ってもらいたかったのか、不服そうな素振りを見せていたが、長い沈黙の後にうなずいてくれた。
「荷物を持ったままじゃ戦えないし、荷物持ちは私じゃないとできないもんね」
「そ、そうだね。副隊長さんが荷物持ちは厳しいよね……っ」
普段のシシャルの十分の一も荷物を背負ってないのにふらふらで帰ってきた副隊長の姿を思い出し、ニクスはいろんな意味で全力でうなずいた。
(後は、マスターが戦うのを誰にも見られていないことを祈るだけか。万一見られたとしても、隊長さんから借りた剣がすごかっただけって誤解してもらえれば安心できるけど)
帰りながら料理に使える薬草を少し採取し、人目につかないよう森を出て家に帰る。
「ね、ニクス。お昼、何にしよっか」
「マスターが食べたいものでいいよ」
「んー。鶏の唐揚げ解凍してパンに挟んで食べようかな。あとはカボチャのスープも」
この辺りの森の木々はそこまで鬱蒼としていない。
なのに、昼間でも晴れていても木漏れ日が差し込んでいても暗いと感じてしまうのは、森の木々が葉も幹も黒っぽいものばかりだからなのだろう。
「イノシシモドキ、この辺にもいるんだよね? まだ出ないかなぁ」
借家の防犯魔術を維持しつつ魔物と対峙してみるのは、シシャルの実力なら可能。
そこまではニクスも把握していた。
魔物がシシャルにどんな反応するかは未知数だったが。
歩き続けることしばし。
がさがさがさっと下草を踏む音が聞こえてすぐ、イノシシモドキが飛び出してきた。
魔物は殺意があって人間を襲うわけじゃないしそもそも感情を持っていないらしいが、明らかにその目はシシャルを見て狙っている。
(普通に襲いかかってきたのに安心するってどうなんだろう)
魔物視点では人間認定されたので、シシャルは魔力と魔術方面の才能が人外じみているだけで人外ではないと判明した。
人間の血が八分の一くらいでも人間判定出る事実には気付かない振りをしておこう。
「マスター。僕は戦えないし援護もできないからね」
闇の精霊ニクス、精霊術を一切使えない。
前世の記憶が戻る前はまだ幼いからだと思っていたが、今はそもそも精霊術が使えない精霊なのだと理解している。
しかし、前世の本業には全く支障がないどころか、前世より優れている。
なので、シシャルには特製の布を持たせることで精霊術による守りの代わりにしてある。
「だいじょうぶ。私にはおじさん直伝の剣術があるもの」
隊長から剣を借りてきたシシャル、構えは素人目にはしっかりしているように見える。
飛び出してきたイノシシモドキ、迎え撃つように駆け出すシシャル。
その動きは素早いだけでなく、無駄がなかった。
初めて戦うとは思えないほどに。
必要最低限の動きでの回避すると同時に剣を振り抜く。
音もなく抵抗もなく魔物が斬れる。
傷の深さの関係で真っ二つとはいかないが、一撃で魔物の核を停止させていた。
ちなみに、魔物を倒すには基本的に三種類の方法がある。
一つ目は、魔物の核たる結晶石を停止させること。
わずかでも結晶石に攻撃が当たれば停止となるため破壊する必要はない。
むしろ、破壊すると報酬が減るので推奨されない。
魔物の核たる結晶石は魔力結晶に特殊な術式が刻まれたものだ。
術式が刻まれていると魔導具の動力源に使えないし、ことごとく闇属性だから、使うためには面倒な加工が必要ではあるが、結晶化した魔力は持ち運びしやすいので高く売れる。
イノシシモドキ程度だと小さいしもろいし、うっかり破壊も時々あり、あまり実入りは良くないが、塵も積もれば山となる。
やってしまったと言わんばかりのシシャルの顔を見る限り、うっかり破壊してしまったようだ。
粉々になっていても魔力は魔力だから使い道はあるが、扱いは面倒になる。
二つ目は、通常生物だったらこれ死ぬよね? という攻撃を加えること。
たいていは参考元の生物の弱点と同じ場所を攻撃し、通常生物であれば致命傷になったと判断させる程度の傷を与えれば倒れてくれる。
そのものズバリな参考元がいなくとも、系統が近い生物がいればその生物を参考にするという。
装甲トカゲであれば通常のトカゲを参考にするわけだ。
参考元の生物がいない魔物には当てはまらないこともあるが、たいていは深部にしか存在しないため、この町で暮らす冒険者には関係がない。
三つ目は、魔物の体力を削りきること。
ここでいう体力は肉体ある生物の体力とは異なり、魔物ごとに存在する見えざる数値のことだ。
表面を薄く傷つけるだけでも若干減り、致命傷に近い傷ほど大きく減る。
針で肌を軽くつつくような攻撃を延々と続けていたらほぼ無傷で魔物が倒れたという記録もある。
目に見えて傷が増えるほど体力が削られているということだから、見た目にも感覚的にも分かりやすいようでいて、装甲トカゲ相手にこの方法はほぼ効果なしだったり見た目の満身創痍度と残り体力が一致しなかったりするあたり、意外と分かりづらい要素だ。
しかも、この方法だと魔物の核たる結晶石が消耗しやすく、素材の質も落ちやすい。
対魔物で大きく稼ぐには短期決戦でしとめるのが一番なのだ。
だから、腕試しや訓練のための戦闘や、格上相手に生き残るために倒さなければならない状況でもない限り、この方法はほとんど取られない。
今回のシシャルさんは、結晶石に触れての停止による勝利だろう。
普通の生物なら明らかに致命傷ではあるのだが、傷を受けてから停止までの時間を考えると致命傷判定前に停止して、いや、砕かれていたと思われる。
「イノシシモドキってこんなに弱い魔物なんだ」
「いやいやいや。駆け出し冒険者なら返り討ちに遭って殺されることもあるからね」
いっぱしの冒険者になるとたかがイノシシモドキと侮りがちだし、冒険者でなくとも本物のイノシシの方が何十倍怖いと言うわけだが、意外と死傷者出ているのである。
「でも、すうって斬れたし、そんなに力入れてないのに結晶石砕いちゃったし」
「それは、マスターが強すぎただけだから」
シシャルは魔術を使う時に詠唱しないし術の名も唱えないし魔法陣も必要としないし、術式を刻んだ宝珠とか魔術媒介とかも使わないから、補助魔術の特性上魔術が発動しても見た目の変化が非常に分かりづらいから、どれくらいの魔術を併用した上でこの結果なのか分からないのだが、たぶん過剰戦力で間違いない。
「次はもう少し補助魔術の量減らしたら?」
「んー……。そうだね。あんなに使ってたら切れ味強化の真価も分からな……、その前に何も使わず倒した方が比較できるかな。防御だけはちゃんとしとけば大丈夫でしょ」
幸か不幸か、移動する前に次の実験台が現れた。
イノシシモドキは群れない魔物だが、縄張りじみたものも持たない。
数が多ければ遭遇率も上がる。
「えーと、切れ味がいまいちな場合でもすぱっと斬るには――」
少なくともニクスはシシャルが剣の訓練している様子なんて見たことがない。
身体を鍛えている様子を見たこともない。
運動不足は良くないと隊長副隊長に言われて体操したり歩いたりする姿を見たことがある程度だ。
「無駄に力を入れずになでるように――」
教わったといっても五年近く前、それも長くて数ヶ月程度の話のはずなのに。
今度も危なげなく立ち回り、すぱっと斬れてしまった。
イノシシモドキの突進速度は似たり寄ったり、シシャルの動きは明らかに先ほどより遅かったのに。
傍目には速度以外の違いを見いだせなかった。
「んー。さっきより少し重い、かな? 抵抗感……というか」
「そ、そっか。結晶石は?」
「砕けました。もろすぎない?」
「そっかー……。そっかぁ……」
教えた方も化け物だが、教わった方も化け物の素養があった。
シシャルがただの人間であれば、それだけで済む話なのだが。
「石代の足しにしたかったのに。まぁ、本体持ち帰るだけでもそこそこは行くか」
一見ただの袋だが空間圧縮型の保管用魔導具にイノシシモドキが放り込まれていく。
魔力製の物質限定で大きさは変えられるが重さは変えられない代物だ。
そういえば、イノシシモドキは本物のイノシシと同じ大きさでも十分の一程度の重さだが、十分の一でもかなり重かったはずだ。
「私が人間だって確認はできたし、試し斬りもできたし、もう少し狩ってから帰ろっか」
遠隔魔術ぎりぎりのところまで奥に行こうとするシシャルの姿は、頼もしさよりも危うさを感じさせる。
たった今見たものは、賞賛よりも不安を生み出していた。
(ダメだ。この子は絶対に戦わせちゃいけない……っ!)
これが隊長であれば、あんなに可愛いのにあんなに強いのか! すごい、可愛い! あの可愛さであの強さなのだからもしや特別な血筋なのでは、神の加護持ちでは、もっと鍛えたらすさまじい実力者になるのでは、と、噂されるだけだ。
しかし、闇属性のシシャルは違う。
攻撃魔術を使えなくたって、これだけの攻撃能力があったらまず間違いなく危険視される。
存在しているだけで警戒されて危険視されているのだ、これ以上敵視される要素を増やしてはいけない。
下手したら、攻撃される前に殺してしまえなんて過激思想の持ち主が出てくる可能性も、それに同調する動きが広がる可能性もある。
闇属性殺すと呪われるという迷信あるからって今後も抑止力になるとは限らないし、そんな迷信が本気で信じられていたら魔物討伐にも躊躇するし、闇属性の魔族を殺すのはもっと怖いという考え方になってもおかしくなかったはずなのだ。
(このままだと、危険な闇属性は人に危害を加える前に処刑しろなんてなりかねない。この国ではそういう時代もあったと歴史書に書かれていた。……そんなの絶対にだめだ)
今までのシシャルは、闇属性だからと危険視はされてきたが、闇属性だから恐れるのであって個人の容姿や能力が恐れられていたわけじゃなかった。
しかし、この攻撃力が知られてしまったら、今までのようにはいかない。
「ニクス? どうしたの? 大丈夫?」
よほどひどい顔をしていたのか。
シシャルが不安そうに顔をのぞき込んできた。
「マスター……。マスターは、隊長さんの補助に徹した方がいいよ」
見込みがないからではなく、見込みがありすぎるから。
この子が闇属性でさえなければこの才能を伸ばしても良かったのにと、少し悔しい。
「魔力を保管しておく石が買えたら、また三人で魔物討伐に行くんだから、ね?」
傷つけないように遠回しに、けれどすべき行動だけは伝わるように、言葉を選ぶ。
「隊長さんは補助魔術使えないし、前衛二人は呼吸が合わないとうまくいかないし、隊長さんが戦うのをマスターが補助するのが一番火力を出せると思うからさ」
嘘ではない、もっともらしいことで本音を隠す。
シシャルはすごいと言われたかったのか、これで役立てるねと言ってもらいたかったのか、不服そうな素振りを見せていたが、長い沈黙の後にうなずいてくれた。
「荷物を持ったままじゃ戦えないし、荷物持ちは私じゃないとできないもんね」
「そ、そうだね。副隊長さんが荷物持ちは厳しいよね……っ」
普段のシシャルの十分の一も荷物を背負ってないのにふらふらで帰ってきた副隊長の姿を思い出し、ニクスはいろんな意味で全力でうなずいた。
(後は、マスターが戦うのを誰にも見られていないことを祈るだけか。万一見られたとしても、隊長さんから借りた剣がすごかっただけって誤解してもらえれば安心できるけど)
帰りながら料理に使える薬草を少し採取し、人目につかないよう森を出て家に帰る。
「ね、ニクス。お昼、何にしよっか」
「マスターが食べたいものでいいよ」
「んー。鶏の唐揚げ解凍してパンに挟んで食べようかな。あとはカボチャのスープも」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
スキル【疲れ知らず】を会得した俺は、人々を救う。
あおいろ
ファンタジー
主人公ーヒルフェは、唯一の家族である祖母を失くした。
彼女の葬式の真っ只中で、蒸発した両親の借金を取り立てに来た男に連れ去られてしまい、齢五歳で奴隷と成り果てる。
それから彼は、十年も劣悪な環境で働かされた。
だが、ある日に突然、そんな地獄から解放され、一度も会った事もなかった祖父のもとに引き取られていく。
その身には、奇妙なスキル【疲れ知らず】を宿して。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
誰もシナリオを知らない、乙女ゲームの世界
Greis
ファンタジー
【注意!!】
途中からがっつりファンタジーバトルだらけ、主人公最強描写がとても多くなります。
内容が肌に合わない方、面白くないなと思い始めた方はブラウザバック推奨です。
※主人公の転生先は、元はシナリオ外の存在、いわゆるモブと分類される人物です。
ベイルトン辺境伯家の三男坊として生まれたのが、ウォルター・ベイルトン。つまりは、転生した俺だ。
生まれ変わった先の世界は、オタクであった俺には大興奮の剣と魔法のファンタジー。
色々とハンデを背負いつつも、早々に二度目の死を迎えないために必死に強くなって、何とか生きてこられた。
そして、十五歳になった時に騎士学院に入学し、二度目の灰色の青春を謳歌していた。
騎士学院に馴染み、十七歳を迎えた二年目の春。
魔法学院との合同訓練の場で二人の転生者の少女と出会った事で、この世界がただの剣と魔法のファンタジーではない事を、徐々に理解していくのだった。
※小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。
小説家になろうに投稿しているものに関しては、改稿されたものになりますので、予めご了承ください。
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
スキル【海】ってなんですか?
陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
スキル【海】ってなんですか?〜使えないユニークスキルを貰った筈が、海どころか他人のアイテムボックスにまでつながってたので、商人として成り上がるつもりが、勇者と聖女の鍵を握るスキルとして追われています〜
※書籍化準備中。
※情報の海が解禁してからがある意味本番です。
我が家は代々優秀な魔法使いを排出していた侯爵家。僕はそこの長男で、期待されて挑んだ鑑定。
だけど僕が貰ったスキルは、謎のユニークスキル──〈海〉だった。
期待ハズレとして、婚約も破棄され、弟が家を継ぐことになった。
家を継げる子ども以外は平民として放逐という、貴族の取り決めにより、僕は父さまの弟である、元冒険者の叔父さんの家で、平民として暮らすことになった。
……まあ、そもそも貴族なんて向いてないと思っていたし、僕が好きだったのは、幼なじみで我が家のメイドの娘のミーニャだったから、むしろ有り難いかも。
それに〈海〉があれば、食べるのには困らないよね!僕のところは近くに海がない国だから、魚を売って暮らすのもいいな。
スキルで手に入れたものは、ちゃんと説明もしてくれるから、なんの魚だとか毒があるとか、そういうことも分かるしね!
だけどこのスキル、単純に海につながってたわけじゃなかった。
生命の海は思った通りの効果だったけど。
──時空の海、って、なんだろう?
階段を降りると、光る扉と灰色の扉。
灰色の扉を開いたら、そこは最近亡くなったばかりの、僕のお祖父さまのアイテムボックスの中だった。
アイテムボックスは持ち主が死ぬと、中に入れたものが取り出せなくなると聞いていたけれど……。ここにつながってたなんて!?
灰色の扉はすべて死んだ人のアイテムボックスにつながっている。階段を降りれば降りるほど、大昔に死んだ人のアイテムボックスにつながる扉に通じる。
そうだ!この力を使って、僕は古物商を始めよう!だけど、えっと……、伝説の武器だとか、ドラゴンの素材って……。
おまけに精霊の宿るアイテムって……。
なんでこんなものまで入ってるの!?
失われし伝説の武器を手にした者が次世代の勇者って……。ムリムリムリ!
そっとしておこう……。
仲間と協力しながら、商人として成り上がってみせる!
そう思っていたんだけど……。
どうやら僕のスキルが、勇者と聖女が現れる鍵を握っているらしくて?
そんな時、スキルが新たに進化する。
──情報の海って、なんなの!?
元婚約者も追いかけてきて、いったい僕、どうなっちゃうの?
実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~
juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。
しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。
彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。
知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。
新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。
新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。
そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる