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第一章

19 冒険者たちの落とし物と、怪しい影

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 クマモドキ特異種はさほど速度が出なかったからか、犠牲者ゼロで済んだようだ。

 勇者はそのことに安堵しつつも、散らばった落とし物を前に頭が痛くなっている。

 別に回収して返す義務はないのだが、勇者としてふさわしい行動をしなければならない以上、懐にしまうわけにはいかないし、放置もよろしくないのだ。

 カユシィーちゃんたちの荷物はすぐに回収されたから問題ない。
 が、まだまだ落とし物はある。
 発見から一日未満なのに一体何人遭遇したのか。

 逃げるためには、まず荷物を捨てる。
 速度が足りなければ防具も捨てる。
 武器を捨てるのは最後の手段だが、武器も落ちている。

 ようするに、そこそこの重量となる。

 勇者パーティにだって補助魔術を使える者はいるが、自前の荷物を持ち歩く負担を軽くするだけで手一杯だ。
 持久力もある方ではない。

 何度かに分けて持ち帰るか、盗まれないようにした上で置きっぱなしにし、持ち主たちに取りに来てもらうか。

 後者が無難だろうと思いつつ、拾った品々を一カ所にまとめていく。

 その途中で、勇者は妙なものを見つけた。

「なんだこれ?」

 それは、割れた瓶だった。
 中にはどろりとした液体が入っていたようだ。
 元々の色は分からないが、今は暗い茶色で、土汚れがこびりついている。
 中身がどんな物だったかは分からないが、瓶自体は薄くて装飾もない安物のようだ。
 これは落とし物ではなくゴミとしての回収になるだろうか。

 しかし、なんでこれ一つだけ割れて落ちていたかが分からない。

 暗黒の森の野生動物はともかく、暗黒の森の魔物を遠ざける忌避剤のようなものはない。
 近くにいても攻撃されない方法はあるが、認識阻害系の魔術が必要だ。

 魔物寄せは他の冒険者に意図せぬ危険を振りまくからと禁止されているが、方法自体はある。
 しかし、こちらも魔術でのみ可能だったはずだ。

「逃げる途中で手当たり次第に物を投げたか?」

 魔物は恐怖をしないが、ひるむことはある。
 逃げるために取る手段としては決しておかしくはないのだが、ならば他にも投げ捨てられた物があってもおかしくないはずだ。

 投げたはいいが特異種はほとんどひるまず全力で逃げる方がいいと判断した可能性もあるが、これだけでは分からない。

「勇者。何突っ立ってんだ?」

「いや、ちょっとだけ違和感があってさ。あ、いやでも気のせいだろし、すぐに作業に戻るってば。さぼってたんじゃねーぞー?」

 この時、違和感を放置せずにいたら、勇者の未来は少し変わっていたのかもしれない。





 クマモドキ討伐を続けるというカユシィーちゃんたちとは森の中で別れて、報告のため森を後にし、冒険者組合に向かう。

 暗黒の森側の出入り口は南に一つだけ。
 町の中心部まではほぼ直線で北に進む。

 町外れの貧しい地区を抜け、商店と住宅が混在する地区を抜け、完全な商業区画を抜けて、行政関連施設が並ぶ通りになろうかというあたりで、怪しい人影を見た。

 黒ではないが、黒っぽい服を着た男だ。
 冬場だからさほどおかしくはないのだが、顔しか見えない重装備だった。
 ふわふわ温かそうなつば広帽子もかぶっている。

 すれ違う瞬間、男は勇者の方を向いて口を開いた。

「邪神誕生の予言はデマだ。だが、邪神誕生をもくろむ者はいる。予言成就が目的ではない。怨恨の連鎖だ」

 その男は、よくよく見ると顔だけが透けていた。

「お、お前、精霊か?」

「いいや。似て非なる者。あぁ、君たちの神とは敵対しているが、人間の敵ではないよ」

 その笑顔は普通の人間と変わらない。
 剣呑さも人外じみた何かもない。
 おちゃらけている時の仲間の笑顔と近い。
 軽薄で真剣には受け取れない、そんな顔だ。

「これからも特異種は現れる。犠牲を減らしたくば、売り子の悪魔を見つけ出せ」

 顔は笑っている。
 真剣に受け取れない笑顔のままだ。

 なのに、声音は、顔とどこまでも不似合いに真剣で深刻なものだった。

「どういう――」

「勇者ー? また誰かと話してんの? 妖精さんじゃなさそうだけど?」

 え? と、仲間を振り返った一瞬のうちに、黒ずくめは消えていた。

「あ……? 今の、奴、認識阻害か何かを?」

 仲間に存在を気付かれなかっただけなら、それだけで済む。

 しかし、一瞬で消えたのは、なんだ?



「はい、たしかに討伐証明を確認しました。ご苦労様でした」

 受付のお姉さんのねぎらってくれる声がなんかうれしい。
 誰に対してもそのねぎらいと知っていても、心が癒される。

「報酬はあちらでお受け取りください」

 その後の、報酬受け取り所の厳つい大男との対面さえなければ、良い気分で冒険者組合を後にできるのに。
 いくら防犯のためといっても、ただでさえ大柄で目つき鋭くて威圧感ハンパないのに顔面傷だらけで更に恐ろしさ増している人物を配置する必要なんてないのではあるまいか。

 前に並んでいた駆け出しパーティなど、がたがた震えながらのやりとりだった。

 勇者は怯えないし緊張もしないが。
 カユシィーちゃんを見守る会の同志だし。

「勇者か。ご苦労さん。報酬は……っと。結構重いな」

 あらかじめ来るのが分かっている場合、報酬を先に準備してあることも少なくない。

 今回は緊急依頼で引き受けたのが勇者パーティだったから、確実に達成できると見て用意してあったようだ。

 報酬額も、通常のクマモドキ討伐とは比べものにならない。
 それだけ特異種が危険視されている証拠だ。
 勇者が特異種討伐をしたのは今回が初だが、たしかにアレは一般冒険者では手に負えないと感じさせる手応えだった。

 普通の十数倍の報酬になるおいしい魔物なんてとてもじゃないが言えない。

「犠牲者ゼロでよかったぜ。ここんところカユシィーちゃんはクマモドキばっかり倒してたからな、遭遇してたらどうしようかと」

「いや、遭遇してたぞ。必死に逃げ回るカユシィーちゃんの前に颯爽と現れた俺、見守るカユシィーちゃんの前で特異種を倒した俺。あの時のカユシィーちゃんのきらきらした瞳っ。これぞ妖精さんの御利益っ」

 妖精さんといっても実際はカユシィーちゃんの同居人ではあるのだが。
 分かっていてもあの姿はとりあえず供物捧げて拝んでおきたくなるものなのだ。
 たとえ闇属性でも。

「おい勇者。なにカユシィーちゃんを危険な目にさらしてんだこら。朝一番で、カユシィーちゃんたちが出発するより前に出発して倒しておくのが一流ってもんだろ」

 うらやましいぜと言われたかった勇者、正論を前に硬直した。

 酒飲んでいたのは依頼受ける前とはいえ、酒飲みすぎて寝坊して遅刻したのは事実。
 こんなこと、絶対言えない。
 カユシィーちゃんを見守る会の同志に軽蔑されたくない。

「まぁ、根本的な問題は、この町で特異種討伐の緊急依頼出せる相手が勇者パーティしかいないっつう人材不足にあるわけだが。依頼時酔っぱらってたのは知ってるしな」

 もしかすると、遅刻はごまかせていないのかもしれない。

 冒険者はよほどこの地での魔物討伐に執着していない限り、ある程度の金が貯まると魔物討伐から足を洗ったり拠点を変えたりする。
 年に数回、長期休暇利用した小遣い稼ぎとばかりに短期間しか魔物討伐をしなくなる冒険者も少なくない。

 おかげで、町にあふれる冒険者の大半が、倒せても低級止まり。

 中級の装甲トカゲを倒せるパーティは五しかない。
 単独組は三人だけだ。

 もしも魔物が定期的に討伐しておかないと町を脅かしかねない生態だったら、冒険者たちも冒険者組合も本腰を入れて対策を考えていただろうが。

 魔物は暗黒の森を出ず、暗黒の森に入らずとも人々の暮らしは安定している。

 魔物素材は純度の高い魔力だから、様々な装備や魔導具や魔力結晶を作る材料に向いていて、需要がなくなることはないのだが、ないならないで代替品はたくさんある。

 暗黒の森にしかない薬草や薬原料も存在するが、ほとんどが闇属性を帯びているため、無属性処理をしてから加工しなければならない手間がある。
 暗黒の森から持ち帰った種子や動物を人工的に育てて代を重ねて無属性化した栽培種や家畜の方が、多少効果は落ちようとよほど使い勝手がいい。

 冒険者は、この国に必須の職業ではないのだ。

 はっきり言って、イノシシとキャロクを駆除する狩人の方が圧倒的に需要がある。
 補助金も出る。
 キャロク肉はともかくイノシシ肉は重要な食料でもある。

 人々への貢献度の関係もあって、地位は狩人のが高かったりもする。

「装甲トカゲ倒して一攫千金狙う気骨のある冒険者はいないものか」

 装甲トカゲを倒せるようになりたいと口にする冒険者自体は少なくない。
 しかし、実際に倒せるようになる冒険者は中々いない。

 装甲トカゲ、攻撃力はすさまじいも動きは鈍いし単調でわかりやすく、クマモドキ倒せる実力の冒険者が後れをとって負けることはまずあり得ないような存在だ。
 しかし、装甲トカゲの名の通りすさまじい硬さの鱗を誇り、こちらの攻撃も通らない。

 剣はよほど良質でないと数回切りかかっただけで刃こぼれしたり折れたりする。
 矢はまったく通らない。
 槍で突き刺すのも困難を極める。

 打撃に移行しても、頭を狙っても、衝撃だけで倒せた記録はない。
 鱗を叩き割ってから斬りつけて倒そうにも、鱗を突破する前に反動で腕が言うことを聞かなくなってしまう。

 魔術は他と比べれば効果があるものの、消費魔力対効果が悪すぎる。

 勇者の聖剣を使っても力任せに叩き斬る感覚で、一日五体が限度である。

 ならばと装甲トカゲ無視してオオクマモドキに挑んだ者たちは、ことごとく返り討ち。
 オオクマモドキ、装甲トカゲほどではないがそれに近い防御を誇る。
 その上、素早いし攻撃力も高いし動きも読みづらい。
 本気で人間殺しにかかっている。
 装甲トカゲを手前に置いたのは、魔物生み出した側の慈悲だと理解させるに足る凶悪さなのである。

「カユシィーちゃんが育つの待つしかなくね?」

「カユシィーちゃんの愛らしさも強さも知っているが、夢は応援してやりたいが、現実は見ねえとな。今のあの子の稼ぎで買える剣じゃ損耗が大きすぎる。たとえ倒せるようになったとしても、倒せば倒すほど赤字になりかねん」

 またも正論だった。

 現実とは、かくも世知辛い。





 冒険者組合での報告を終え、朝に頼まれた件も片付けた後の帰り道、昼食用のイノシシ串焼きの束入り袋を抱えたまま勇者は悩んでいた。

 カユシィーちゃんの件ではない。
 冒険者組合に向かう時の黒ずくめの言葉だ。

「勇者? ほんとにだいじょぶか? 予備の酒飲む?」

「飲まねえよっ。酒で元気になるのはお前だけだ」

 勇者だって酒は好きだが、さすがに常に持ち歩くほど依存はしていない。

 酒好きの仲間をにらみつけるも、相手は全く動じず軽いまま。

「えー。まーいいっすけど」

「それにだな、祭りでもないのに昼間から酒臭い息で町中歩くのも、あれだろ」

「勇者だからいいんじゃね?」

「別の意味での勇者になんぞなりたかねえよっ。ただでさえ神殿認定部分で笑われるんだぞ。神殿に都合が良かろうとなんだろうと俺は強いのによっ」

 カユシィーちゃんのあの憧れるようなきらきらした瞳。
 あれは勇者(神殿認定)という肩書きではなく、勇者の戦いぶりに向けられたものだった。

 そうだ、俺はたしかに強いと、久々に自信を取り戻せた。

「あー、うん。そりゃ分かっちゃいるけどね。神殿認定」

 言いながら笑っている。
 こいつ、腕が非常に良くてパーティに欠かせないから追い出せないが、勇者を軽く見ている筆頭だ。
 しかもどうしようもないほどの酒好きだ。

 なんでこんな奴の売り込みに負けて仲間にしちゃったかなぁ、慕ったり敬ったりまでは行かずともせめて対等に接してくれてこいつと同等以上に強い奴いねえかなぁ、と、からかわれるたびに思っている。

「姫さーん、手近にいたからってこんな勇者と付き合ってて幸せかい?」

「付き合ってないわよ。からかうにしても内容考えないと本気で首絞めますわよ?」

 姫さんの方がこの仲間を嫌ってるのは間違いなさそうだ。
 目が怖い。

「早くまともな恋人作らないと……。名門貴族とまではいかずともそこそこの貴族以上で良い男いないものかしら。勇者の人脈で集団お見合いなんてできませんの?」

「できねえよっ。姫さんも俺のこと便利屋か何かに思ってないっ?」

「思ってないわ。勇者様は間違いなく私を牢獄から出してくれた恩人ですもの」

「そう言いつつ敬っている感ゼロなんだよなぁ、姫さん」

「私が平民を敬うはずないでしょう。まして、聖王家をお飾りに貶めておきながら腐敗し堕落しきった神殿認定の勇者なんか」

「神殿の腐敗は俺もどうかと思うけどさぁ……」

 これが、勇者パーティの日常だった。
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