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第一章

17 魔物(クマモドキ)討伐をする兄妹

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 ニクスがシシャルに常識を教えようとしていた頃、ドレとカユシィーの兄妹は暗黒の森の低級域で魔物を狩っていた。

 最低級域にイノシシモドキやキャロクモドキがいて、低級域にはクマモドキやオオカミモドキがいる。
 見た目も動きも、参考元とおぼしき生物によく似ている。

 非常に分かりやすいが、魔物に名付けをした人たちは雑すぎやしないか。

 ちなみに、キャロクは鹿型の魔導生物。

 魔導生物は魔力を持つ動物の中でも魔術を用いる者全般を指す。

 キャロクの角は見た目も美しいがそれ以上に魔力伝導率の高さが売りで、優れた魔術媒介や魔術系素材になる。
 しかも、すさまじい繁殖力があるため、乱獲しても絶滅の心配は皆無。
 キャロクの角素材は安価で良質な素材として広く用いられている。

 問題は、すさまじい繁殖力に恐ろしい食欲が加わっていること。
 魔物と違って暗黒の森の外にも出てきて畑を食い荒らすため、いろんな意味でキャロクモドキより厄介がられている。
 戦闘能力もキャロクモドキより高い。

 イノシシモドキの突進力だって本家本元のイノシシには劣るから、クマモドキの腕力もオオカミモドキの持久力も本物に負けるから、基本、低級以下の魔物は本家本元より残念性能であるらしい。

「今日はあと何体倒すのでしたっけ」

「目標は五十体だから、残り三十」

「クマモドキが今のわたしたちで狩れる一番高い獲物だからと選びましたけど、こんなに見つけづらいのでは、もうちょっと下のものをひたすら数こなした方が良かったのでは」

 カユシィーが疲れを見せているのは、肉体的ではなく精神的な疲労のせいだ。

 魔物は弱いものほど数が多く、強くなるほどに減っていく。
 群れる種類でもない限り、探すだけで一苦労だ。

 クマが単独行動をする生物であるように、クマモドキも単独行動をする。
 クマは食事をするから偶然集まることもあるが、食事不要のクマモドキにそれはない。

「新年から間もないから湧きが上限近くなってるかもと期待したのに」

 やっと見つけて倒した一体の近くに、他のクマモドキはいない。
 また歩かなければならない。
 歩くだけなら疲労はしないが、夕方までにあと何体狩れるか焦りが生まれる。

「見込みが甘かったな。俺が悪かった」

「数が目標に届かなくても夕方には帰りますからね。シシャルちゃんのいない場所じゃ眠れません。今だって邪霊がちらほらと……っ」

 曰く付きの場所でなければちらほら程度だが、そのちらほら程度が常に寄ってきて、移動しても移動してもついてくるとなると、当然のように時間が経つほど視界内の邪霊の数は増えていく。
 そして、借家の近くに到達するまで減ることはない。

 シシャルが借家にいると、角を曲がって借家が見えたあたりで一斉に邪霊が消えていく。
 逃げていくではなく、消えていく。
 昇天と言い換えてもいい。

 邪霊の表情なんて分かりたくもないが、ものすごく良い笑顔や救われた顔で空に消えていくものだから、シシャル周辺にできている謎の邪霊除け空間は、正確には邪霊浄化空間とでも言うべきなのかもしれない。

 別々に行動するようになって初めて知った事実だが。

「ドレ。前々から疑問はあったし何度も聞いた気がしますが、そろそろ本気で真面目に答えて欲しい質問があります」

 次のクマモドキを探す足も視線の動きも止めず、声だけで真剣さを出す。

「ん? なんだ? どんなに真剣だろうと答えられるかは内容次第だが」

「シシャルちゃんって何者なのですか?」

「俺の妹だ」

「それは対外的なものでしょうっ? お母様が産んだのはドレと私だけですっ」

「異母妹なんだよ。あの子の母親は知らんが、父親は俺と一緒。だからわざわざあの町まで移動して手を差し伸べたんだ。赤の他人なんて拾ってる余裕ない」

 カユシィーは固まった。
 兄の少し困ったような顔を見つめたまま、思考が空回りししすぎて何も考えていない状態にしばし置かれる。

「え、えっと……。でも」

 赤の他人を拾っている余裕なんてない。
 それは理解できる。

 だからなんらかの縁がある相手、というのも理解できる。

 誰かからシシャルの存在を明かされ、もしかしたらカユシィーの邪霊恐怖を和らげられるかもと提案されて迎えに行った可能性も、想像できる。

「でも、ドレのお父様って、神霊様、ですよね?」

 兄とシシャルの金色の髪は、色合いも質感もよく似ている。
 三人一緒で歩いている時、シシャルの顔を知らず一人だけ闇属性ということだけ知っている人は、たいていカユシィーが闇属性だと勘違いする。
 兄妹と拾われた子という認識だけの時も同様だ。

 似てない兄妹なのは承知してるけど釈然としなかったのを覚えている。

「ああ。だからシシャルも半分は神霊だ」

 衝撃の事実、と言っていいはずなのに、わりと素直に納得している。

 なんで神霊の子が闇属性なんだとか不遇すぎではとか疑問はあるにはあるが、人間離れした魔力と制御能力と邪霊浄化を目の当たりにすれば納得してしまう。

「えっと……。ドレの両親って相思相愛で他人の入る余地ないのですよね?」

 なので、そっちを指摘することにした。

「ああ。だが、シシャルが産まれたのは母様が貴族に嫁いでいた間だ。母様は戻ってこられない覚悟で出て行ったし、父様にも新しい恋を探すよう言っていた」

「そ、そうなのですか」

 浮気じゃなかったのには一安心、なんだろうか。

 貴族のしがらみで結婚させられたり離婚させられたりは、わりとあることだ。
 五歳までしか貴族社会で暮らしていないカユシィーでも、そこら辺は冷めた感覚でいる。

 けれど、相思相愛を引きはがされると火種になりやすいことも、理解している。

「お母様が戻ってきた後で修羅場にならなかったのでしょうか」

「どうなんだろうな。カユ連れて逃げ回っていた頃だから分からん」

 はぐらかしているわけではなく、本当に知らない様子だ。

 それでももう少し何か聞き出せないか、と、思った矢先。

 がさり、と、人ならざる足音がした。



「向こうから来てくれたか。カユ、倒すぞ」

「はい、行きます!」

 カユシィーが前衛で、兄が後衛。

 妹を一番危険な場所に置くなんてと非難されることも少なくないそうだが、お互いに活躍できるのはこの立ち位置なのだ。

「身体強化、脚部強化」

 なにせ、カユシィーは身体強化系統の魔術をそれなり以上に使えても、補助魔術や治癒魔術はろくに使えない。
 適性皆無ではないから最低級なら使えるが、それではよほどの研鑽と工夫をしない限り実戦に役立たない。

 主属性の神聖は攻撃向きではないから攻撃魔術と呼べるものがそもそもない。
 風属性であれば攻撃魔術を使えるが、手のひら付近で発生させて短距離飛ばすのが関の山。
 飛距離は剣の届く範囲とさほど変わらない。
 弓も使えないし、勇者の仲間が使うような投げ槍だ投げナイフだも無理。

 カユシィーに後衛は向いていないのだ。

「あまねく空に巡る精霊の眷属たる風よ、吹き飛ばせ」

「加速!」

 いつも通り、兄が小石や小枝を魔術の風で飛ばして牽制してひるませている間に、敵の懐に飛び込む。

 今回は兄よりでかいクマモドキだから、攻撃をかすめただけでも怪我は免れない。

 暗黒の森の奥の方にはオオクマモドキなる魔物もいて、そいつはクマモドキと比べものにならないくらいでかくて強いのだとか。
 そもそも、こいつ倒せりゃ一人前と言われる装甲トカゲの領域より奥にいるのだ、とんでもない強さに違いない。

「たああぁぁぁっ!」

 生物であれば心臓に当たる部分を一突き。
 クマモドキの場合は個体差がほぼないため、常に身体の中心線上、喉より少し下の位置を狙う。

 カユシィーは素早い動きで敵の急所を突く戦法を得意とする。

 傷が少なければ少ないほど素材としての価値が上がるから、武器の損耗も減らせるから、戦闘時間も短くできるから、急所一点狙いは高難度ではあっても続けてきた。

 最初は失敗ばかりで、危険もたくさんあって、兄にいつも助けられて窮地を脱してきた。
 突進してくる魔物に恐怖しても、とにかく実戦を繰り返して練習してきた。

 カユシィーには、討伐型の冒険者になる以外なかったのだ。

「カユ。おつかれ」

 一瞬の戦いと言ってもいいけれど、身体強化は瞬発力を高めるほどに負荷が増す。
 軽い強化を長時間だとひどくても数日寝込む筋肉痛で済むが、強い強化は一瞬であろうと筋肉や骨に傷を与えかねないから危険なのだ。

「どこか痛んだり感覚がおかしかったりはしないか?」

「大丈夫です。ちゃんと動きますし、痛くもありません」

 最初の頃は、強化魔術の反動にも苦しめられた。
 最低級から使っていったから再起不能の怪我にはならなかったが、兄の治癒魔術がなかったら危なかったことは何度もある。

 ぎりぎりのさじ加減が分かって問題なく使えるようになったのは、ここ数ヶ月の話だ。

「もう少し湧出点近くに行くか?」

 魔物が発生する場所は、湧出点と呼ばれる場所から一定の範囲内で無作為に決まるらしい。
 が、湧出点に近いほど発生しやすい傾向はある。
 だから中心部に近いほど遭遇しやすくなると同時、複数体を一斉に相手にしなければならない危険と隣り合わせになる。

 カユシィーの実力では同時に相手できるのは明らかに格下の敵だけだ。
 クマモドキとの戦いだって慣れてきたが、まだ格下と呼べるほど実力差がある気はしない。
 剣の立て方が下手で刃こぼれしたり折れてしまうことだってたまにある。
 そうなった場合に立て直すのはなかなか難しく、兄頼りになっている。

 けれど、早くお金を貯めて魔力貯蔵用の石を買って、またシシャルと四六時中一緒にいたいのは事実なわけで。
 兄の荷物持ち負担もそろそろ限界に近い。

「そうしましょう。手っ取り早く行かないといろいろ大変ですし」

 そうして、兄妹は湧出点と呼ばれる窪地を目指して道なき道を進み始めた。
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