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第一章

11 夕食はカボチャづくし

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 夕方、隊長と副隊長が帰ってきた。

「おかえりなさい。夕飯はカボチャづくしだよー」

 なお、ニンジンは下ごしらえだけして明日の食事用に回した。

「ただいま戻りました。けど、どうしてカボチャ?」

「切れ味強化の魔術を試すのに切りまくったから」

「いえ、でも、なんでカボチャ?」

 隊長、首を傾げてきょとんとしている。

 どこに疑問を覚えているのか分からず、シシャルも首を傾げる。

「カユ。カボチャを切るのは非常に大変なんだ」

 荷物を背負ってふらふら戻ってきた副隊長の言葉に、隊長はまだ首を傾げていた。

「一度カボチャ切ってみれば分かる。後で丸ごと一個買ってきてやるよ」

 カボチャを切るのは丸から半分にする時が一番大変だ。

「そんなに大変なのですか? ほっくほくで柔らかくておいしいのに」

 それは火を通した後の話だ。
 が、料理したことのない隊長は分かっていない。
 普通に切ればいいんじゃないんですか? よりも分かっていない。

「と、とにかく。君は銭湯でも行って身体を洗ってきたらどうだ?」

「んー……、そうですね。行ってきます」

 隊長は玄関近くに置いてあった入浴用袋を手に取ると、足早に出て行った。

「あの、副隊長さんもおかえりなさい。今日の討伐すごく大変だったの?」

「いや、難易度自体はそれほどでも。荷物が重くて疲れただけだ」

 冷凍庫魔導具は置いていったから、戦利品はすべて袋に詰めて持ち帰ってきたらしい。

 冒険者組合での報酬受け取りと素材買い取りは年中無休だが、他の場所での素材買い取りや加工依頼は年末年始休み中だ。

「筋力強化とか重さ軽減とか使えばいいのに。よっと、部屋まで持ってくねー」

 どさりどさりと良い音立てて下ろされていく荷物をシシャルは筋力強化してから軽く抱え上げ、家の中に運んでいく。
 荷物下ろしてもふらふらな副隊長は後ろからついてくる。

「軽く言わないでくれるか。俺だって魔力は多い方だが、四六時中使い続けられるほど持ってないからな。汚れ防止魔術だって戦闘中だけ、それもカユの分しか使えないんだぞ」

 魔力量も回復速度も人それぞれ。
 副隊長は総量こそ多いが回復速度は人並みだ。
 空っぽから満タンまで回復するのに十日ほどかかるという。

「魔力消費少ない術を探せばいいのでは? 相性次第で基礎消費より減るらしいよ?」

「俺が覚えられた中では一番消費が少ないのを選んでも、だ。移動中何時間もかけっぱなしなんてほとんどの人が無理だ。複数の術併用なんてなおさらだ」

「え、そうなの? わ、私、異常なわけ?」

 何も考えずに重力軽減と筋力強化と汚れ防止その他諸々を朝から晩までぶっ続けで併用していたシシャル、冷や汗をたらす。

「君の魔力量と回復速度はたしかに異常だが、そんなに怯えなくても。あまり言いふらすとうらやましがられすぎて妬まれて首絞められかねないが」

 全然安心できない情報だ。
 副隊長にもすでに妬まれている気がする。

「今後、もっと目立たないように控えめに行動します。認識阻害とか気配消しとか透明化とか隠密系も覚えます……」

「努力の方向がそっちになるのはどうなんだかな」

 荷物を寝室じゃない方の部屋の所定の場所に下ろし、仕分けを始める。

 武器に防具をはじめ、冒険者として必要な品々を置いておく部屋だが、芋とかタマネギとか常温保存可能な野菜類も転がっている。
 カボチャが置いてあったのもここだ。
 夏物の服が入った箱や家の修理用の工具箱もある。

「今回はあんまり消耗はないのかな」

「そうだな。こんなに荷物持って行かなくてよかったと後悔しながら帰ってきたよ」

「慎重になりすぎたの? 副隊長さん、そこら辺のさじ加減慣れてるのに」

「万一にも夜までに帰れなくなった場合を想定して、いろいろとな」

 たしかに、日帰りだったら不要な装備が詰め込まれている。

「隊長さんの邪霊が視える体質ってどうにかならないの?」

 荷物の半分以上がよく分からない魔導具類だった。
 間違いなく、隊長用。

「体質そのものはどうにもならん。できるのは負担軽減だけ。だが、それも効果は微々たるものだったから、君と出会うまでは大変だったんだ」

 荷物袋に詰め込まれている品々は、シシャルと行動を共にするようになってから使われていなかったものばかりだ。

「ここに入っているのは、費用対効果はともかく何かしら効果を感じられたものだけだ」

「へー。あの、この眼鏡は? 大きすぎない?」

「視覚的な魔力感知能力を大幅に弱める品だ。本来は、魔力が生まれつき視えすぎる体質の人が使うものだな」

「邪霊って、魔力なの?」

「厳密には違うんだろうが、多少は薄く視えると言っていた。こんなごついものだから戦闘中は使えないがな」

 移動中も使いづらそうだと、ずっしりと重厚な木製枠に分厚いガラスをはめた眼鏡を見て思う。
 元々眼鏡自体稀少で高価だが、ここまで無骨で野暮ったい作りはあまりない。

「これでも多少なんだ……すごく重いのに」

「効果が見られただけましだ。試して駄目だったものは山ほどある。邪霊が視える特殊な魔眼なのかもと魔眼封じ系統の魔導具を試した時は効果なし。精霊視の過敏性を弱める魔導具も駄目。魔除けの魔導具はそこそこ、光魔力放出魔導具はかなり効果があったが、どちらも高価すぎて実用できなかった」

「対邪霊用の魔導具とか魔術とか、存在しないの?」

「邪霊を浄化する魔術はあるが、常時展開は無理だ。邪霊視える人は少ないから、専用の魔導具は存在しない」

 副隊長は対邪霊用の品々を取り出しては『対邪霊』と貼り紙された箱にしまっていく。

 その横で、シシャルは携帯用食料の空袋をゴミ箱に入れたり、空き瓶をまとめて洗い物用かごに入れたり、今回は食べなかった携帯食料の瓶を古い順に並べていったりする。

「神気が強い場所は邪霊を寄せ付けないらしいが、あの子は立場が複雑だから、聖都だ地方だ関係なく、神殿や修道院に保護を求めるわけにもいかない。君の側に置いておくのが一番安上がりで一番安全で一番落ち着けるんだ」

「私の何が邪霊除けになってるわけ?」

「分からん。分かったら苦労しない」

「だよねー……」



 だいたい片付け終わったところで、隊長が帰ってきた。

「おかえり。俺は庭で身体拭いてくるから、先に夕飯食べててくれ」

「銭湯行かないんですか? 男湯も混んでなさそうでしたよ? 新年だからか良い薬草たっぷり入っててちょうど良い温度の良いお湯でしたよ?」

「男湯は最近あんまりきれいじゃなくてな。新年だからと安心できない。よく濡らした布巾で身体拭く方がまだきれいになった気がする」

「そうなのですか。まぁ、汚れがちゃんと落ちるならいいですけど」

 隊長は若干不満げだが、それ以上は何も言わずに食卓に着いた。

 シシャルにお風呂どうするか聞いてこないのは、闇属性が銭湯に行くのは不可能なことと、真冬のこの時期は川で身体を洗うのも無理があることを理解してくれているからだ。

「シシャルちゃん、今日のお夕飯はなんですか?」

「たっぷりカボチャとタマネギのポタージュと、ふすまたっぷりパンと、季節の木の実たっぷりのパンになります。副隊長ドレ直伝のカボチャプリンもありますよ」

 テーブルの上にまずはスプーンとナイフを並べていく。

「えっと、兄からそんなことまで教わってるんですか?」

「ただのノリ。今日のはちょっとした高級料理っぽくできたから」

 分厚い鋳物鍋から深めの木の器にカボチャ色の液体をたっぷりとよそう。
 具材が完全に溶けているためか、とろみが強めだ。
 調味料は塩だけだが、けっこう濃厚になっている。

 続いて、朝のうちに副隊長が買ってきた拳大のパンを一種類ずつかまどの残り火で軽くあぶって表面をぱりぱりにし、平たい木のお皿にのせる。

「どうぞ、お嬢様。熱いうちにお召し上がりくださいませ」

 料理をテーブルに用意し、少し後ろに控えてみる。

「なんかむずむずしますよぅ。早くシシャルちゃんの分も用意して一緒に食べましょう。ドレを待つ必要もないでしょう?」

「はーい。すぐ用意しまーす」

 さささっと自分の分を用意して並べ、席に着く。

「今日も温かな食事を食べられる幸福を与えてくれた神様に感謝して、いただきます」

 隊長はまったく敬虔な信徒じゃないが、食事前のお祈りだけは欠かしたことがない。

(いつも疑問だけど、私は誰に感謝してお祈りすればいいのか。神殿の神様は闇属性差別推進してる側だし、町の人たちは闇属性ってだけでひどいことしてくるし、ニクスと隊長と副隊長に祈るのもなんか違う気がするし。ふわふわ様は論外だし)

 と毎度毎度悩んだ末、シシャルは「いただきます」とだけ言って食事を始める。

 カボチャのポタージュを口に運ぶ。味見してあるから味は知っているが、やっぱりおいしいと舌鼓を打ってしまう。
 カボチャとタマネギとバターと塩だけなんて思えない。

「良い香りでなめらかで、本当においしいですね」

 隊長は元貴族だからなのか、副隊長の教育の成果なのか、食事姿がきれいだ。

 おいしい時は本当においしそうな顔を見せてくれるが、所作が乱れることはない。

「んー、幸せです。シシャルちゃんも腕が上がりましたねぇ」

「副隊長さんの指導厳しいから。疲労に見合った成果が出てるみたいでよかったよ」

 大変だったのは、切る方ではなく炒める方だ。

 炒め用鍋にたっぷりバターとカボチャとタマネギを入れて、弱火にかけながらとろとろに崩れるまでひたすら混ぜていたのだ。

 魔術は一定速度で同じ動きを繰り返すだけなら得意だが、焦げ付き具合を確かめながら不規則に動かしたり重点的に混ぜる場所を変えたり力加減を調節するのは非常に難しい。

 なので、筋力強化のみでひたすら人力しかなかった。
 腕が思い切り疲れた。

「あの方、元々わたしの教育用にうちに来た万能執事なんですよね。冒険者になってからはいろいろ雑ですけど、実家にいた頃は厳しかったのですよ」

 出会ってから何年も経つが、実は隊長と副隊長の過去はよく知らない。

「ただいま」

 半分くらいまで食べ進めたところで寝間着姿の副隊長が戻ってきて、自分で料理を準備して席に着く。
 彼は祈りなしで「いただきます」だけ側だ。

「むぅ。なんでわたししかきちんとお祈りしないんでしょう。ドレ、執事時代はちゃんとお祈りしてからご飯食べるようにってうるさかったじゃないですか。見本だって見せてくれてたじゃないですか。新年くらいちゃんとしません?」

「あれは君が神殿に入った場合に必要となる基本的な作法だから教えていただけだ。個人的な主義とは異なる。俺は今の神殿の神など信じていない」

「それはそれとして、形だけでもやっておくのは必要なのでは?」

 隊長はむくれている。
 じとーっと兄をにらんでいる。

「そりゃ他人と食卓を囲んでてその人が目上で敬虔な信徒なら真似事くらいはするがな。ここは自宅だし、他人の目も耳もないだろう」

「わたしには人目関係なくやるようにと言っときながら」

「君はとっさに取り繕うのが下手だからな。睡眠不足だとなおさら。身体に叩き込むか習慣づけするかしておいた方がいいと判断した」

「正論ですけど。わたしだけ信じてもいない神様に祈るのはどうかなって思うのですよ」

 本当に、この兄妹は過去に何があったのだろう。

 神殿の神を信じないと公言したからといって不敬罪には問われないが、多くの人が信仰しているのも、信じない者に厳しい目が向けられるのも事実。
 この地のすべての人間が移民船団の子孫であり、神殿の神に救われたことで建国できたと伝わっているから、その当時の神と今の神が異なっていても、神殿の腐敗が知られて神殿への崇敬が落ちていても、神への信仰は落ちていない。

 闇属性じゃないんだから、虐げられてきたわけでもないはずなのに。

 謎だなーと思いつつ、ポタージュのおかわりを持ってきて、パンを浸して食べる。

 ちなみに、保冷庫に入れていたカボチャプリンはうっかり出し忘れそうになったが、隊長が気付いてくれたのでこの日のうちに食べられた。
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