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第一章

7 借家がこれ以上傷つけられないようにする方法 その1

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 屋台飯を食べ終わり、休憩を取った後、一同は家の外に出た。

「留守番しとくと言いながら出かけちゃってたから作りは甘いんだけどね」

 と前置きしつつ、シシャルは借家の周りを案内する。

「まず、定番の落とし穴……に落ちたと錯覚させる幻惑術と、動きを封じたり風を感じさせたりする魔術を併用してみました。崖から転落したのと同じくらいの恐怖になります」

 理論上は気絶くらいする恐怖感になっているはずだ。

 ふわふわ様が前に「ひまつぶしに」と提供してくれた本に登場していた、空飛ぶ竜から振り落とされて何かに目覚めてなぜか大喜びで飛行魔術習得して自由自在に空の旅した古代勇者でもない限り、なんかに目覚めたり大喜びしたりはない……はず。

「こっちは地面が強力粘着紙になったみたいに身動きをとれなくするだけだけど、悲鳴上げても聞こえないようになっています」

「お、おう、そうか……」

「この辺は真っ暗闇に包まれたみたいな錯覚する幻惑術。家から遠ざかれば明るくなるけど近づくほどに暗さを増して、ここにつく頃には自分の姿どころか身体の感覚もなくなるようにしてあります。たどり着く前に気絶するとは思うけど」

「シシャル。やり過ぎじゃないか?」

「え? 物理的に侵入者攻撃するのだと後々治療費とかで面倒な問題が出るから、精神的に追いつめる系統の侵入者防止魔術を使うように言ったんでしょ?」

「あ、ああ、まぁ、そうなんだがな。下手したら精神崩壊しないか?」

「肉体に傷ついてなければ突然の病気で処理されないかな。さすがに闇属性の暮らす家の近くだから呪われたんだなんて言う――……、言いそうだね。ただでさえ、不運なのは闇属性と目が合ったからだとかすれ違ったからだとか言われてるのにこれ以上となると」

 闇属性は疫病神も同然の扱いなのだ。
 被害妄想とは思えない。

「罠で物理的に侵入者を拒むと問題だとは言ったが、単純な壁で遮断する分には問題ないのではないか? その壁を越えたら精神的損害を被るようにすれば」

「私たち三人だけ通れるように、条件付き物理壁作るの? それならできるけど、郵便配達の人みたいに職業指定だと厳しいよ」

 シシャル宛の郵便物は皆無だが、兄妹宛の郵便物は月一くらいで来る。
 二人の母親からの手紙だそうだ。

「郵便受けは壁の外にしておき、別の術式で守るようにしたらどうだ? あとは、正式な手続きで接触してきた者や許可を出した相手は素通りできるとか」

「難しそう。ふわふわ様にやり方聞けばできるだろうけど。あんまりやりすぎると魔力消費が自然回復超えちゃうから、完璧はちょっと難しいかも」

 シシャルは難しい顔で考え込み、その近くで隊長と副隊長が硬直していた。

「んー、でも、向こう側の幻惑系を省略すれば、余裕はあるかなぁ。ふわふわ様はどう思います?」



 さささっと、兄妹はシシャルから少し離れ、こそこそ話し始めた。

「あの子、さも当然のように自分一人で家を守ろうとしてるが、要石や補助術式のこと何も考えてないよな? 純粋な魔力だけの力業だと、この程度の規模でも優秀な魔術師が最低三人は交代制でやらないと難しいんじゃなかったか?」

 借家は小さめの部屋が二つと台所がついているだけの簡素なものだ。

 風呂は銭湯か、風呂には入らず湿らせた布で拭うか、川で水浴びとなる。

 洗濯は近くの川、トイレは近くの共同のものを使う。

 底辺の暮らしとは言い難いが、庶民の一般的な暮らしとも言い難い。
 風呂はあまり普及していないが、トイレは一家に一つはあるものだ。

「あの子、私たち二人合わせたよりも魔力多いです。まだ成長途中なのに化け物ですよ」

「考え方を改めるべきか。筋力弱いのと攻撃魔術使えないのと、治癒魔術は使えるがかすり傷を自然治癒より多少早く治せる程度なのとで、討伐任務中は荷物持ちしかさせてこなかったが……宝の持ち腐れやってたかもしれない」

 荷物持ちしかとさらっと言ったが、あれも実は化け物だ。

 予備の剣や予備の矢は当然のように預かってくれるし、寝泊まり予定がなくとも万一に備えて着替えや簡易テントを常に持ち歩いている。
 携帯食料も彼女持ちだ。

 そもそもの話、なんであの子は大人の男と同じくらいの重量あるはずの冷凍庫魔導具背負っていても息切れ一つせず汗一つかかないのか。

 あの魔導具、性能も品質もすばらしいが重量軽減系魔術が使える人間を複数人雇って交代で背負わなければまともに運用できないため、売れ残って八割引だった品なのだ。
 一般普及品より性能がいいのにそれより安いなんて、しかも闇属性がいるパーティに値引き価格のまま売ってくれるなんて、店側にとってどれだけやっかいな在庫だったか思い切り透けていた。

「わたしも、反省してます。いまさら気付くのってどうなのでしょうね。精神安定剤としてしか見てこなかったってことですものね」

「だな。あの子、防御と補助系統特化で育てた方がいいのでは……」



 兄妹がこそこそ話している間に、白いふわふわの塊ことふわふわ様と話し合い、だいたいこれだという方式が固まってくる。

『遠隔で魔力を送り続けるのは可能だけど難易度高いし、距離の限度もある。魔力貯蔵用の何かと術を連動させておいて、不在の間はそこから供給するのが無難かな』

「初期投資かかるってことか。ちょくちょく壊されて修理するより安上がりになる?」

 ちょくちょく壊されたら修理費用かさむ前に追い出されること間違いなしだが、とりあえずそこは置いておく。

『たぶん。どちらかというと、防犯のためって理由で借金ができるかどうかが問題かな。お金が貯まるまでは遠隔にしておいて、限界距離にならないように依頼をこなす? それとも、君は留守番で、隊長副隊長の兄妹二人で討伐行ってもらう?』

「むー。日帰りだったら私いなくても隊長さん納得してくれるかなぁ」

 頭を悩ませている間に、兄妹が戻ってきた。

 なんの話し合いをしてきたのか、非常に気になる。
 が、聞けない。

 追い出す算段はまずあり得ないと分かるのだが、ならばなんだろう、複雑な表情は。

「シシャル。君は、一人で防犯の壁を作る気でいるのか?」

「うん。荷物持ちしかできないなんて肩身狭すぎるもの。私にできることはやらせてください。お願いします」

「えっと、心意気はありがたいですけど、無理はしないでくださいね?」

 心配してくれているのか。
 ちょっとだけ胸がじーんとした。
 が、無用な心配だ。

「このくらいだったら自然回復で間に合うみたい。さすがにふわふわ様かじって生命維持中は厳しいけど、まぁ、すごく苦しいだけでできなくはないと思う」

「そんな苦しい思いしてまでやらせる気はないですからねっ?」

「君は、一度、常識というものを覚えた方がいいかもしれんな」

 なぜ兄妹が必死な顔をしたり困り顔をしたりするのか、シシャルには分からなかった。
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