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第4話:崩壊

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「あの――」
「さあいくわよアストちゃん!」

 声をかけようとしたら、マッスル修道女たちに肩を押され聖堂を後にした。

 そうして連れて来られたのは、こじんまりした厨房のような部屋だった。聖堂の荘厳な雰囲気とは対照的な、アットホームなウッド調。中央にある木製テーブルには、たくさんのお菓子が用意されていた。

「さあ、みんなで食べましょう! アストちゃんもどんどん食べて食べて!」

「すごいクオリティ……」

 木苺のケーキやアップルパイ。
 俺の体は人間じゃないけど、人に擬態している間は物を食べることができる。食べた物を栄養に変換することだってできる。
 目の前に並ぶケーキは王城で出された派手で高価なものではないが、どこか懐かしくなる味だった。甘くなった口の中をリセットするため、ポテチのようなジャガイモを揚げたスナックまで用意してくれているのも嬉しい。

「美味しいです……」

「あたしたちが作ったのよ~!」

「これ全部……?」

「ええ、たまにみんなで作ってるの。こんな可愛いお客さんがいると、いつもより美味しく感じるわね!」

 マッスル修道女たちは嬉しそうに笑っていた。兵器と呼ばれていた俺を前にして、だ。

「俺のこと、怖くないんですか?」

「当たり前じゃない。この仕事してたらね、悪人かそうじゃないかなんて簡単に見分けられるの」
「なによりアナタは困っている。本当に困っている、そんな人に手を差し伸べるのが教会都市だから」

「そっか……」
 まさか正体を知られて、こんなにあっさり受け入れられるとは思っていなかった。胸の中にじんわり温かい気持ちが広がって、照れくさい。

「――そういえば、さっき見かけた天使の女の子。森で倒れていたのを保護したって言ってましたけど」

 照れくささを誤魔化すように、ずっと気になっていたことを問いかけた。
 すると、部屋の端でロールケーキを恵方巻よろしく、一本食いしていたシュリエルが声をあげた。

「もぐもぐ、あの子は天界から落ちてきた子のようでして、可哀想だったので連れてきましたよ!」

「天界から落ちてきた、そんな天使いるんですね……」

「足を踏み外したんですかね。滅多にいませんよ~」

 年齢は俺と同い年くらいだった女の子。彼女の姿を思い出しながら、俺は更に問いかける。

「それだったら、あの子の親とか迎えに来ないの?」

「ええ、そうなのよ……森で発見した時はボロボロだったし、喧嘩して家出してきたのかもね」

 マッスル修道女が心配顔で答えた。
 本当に家出だったら俺と同じじゃないか。

「まって、本人から事情を聞いてないの?」

「ええ。あたしたちは困っている人がいたら保護をするだけだから。できるだけ、詮索はしたくないのよね。彼女が助けを求めているなら、自分からあたしたちに事情を打ち明けてくれることでしょうし」

 と、聖母のような優しい顔で言った。
 ここの人はお人好しばかりらしい――



 日が暮れる頃、俺は教会の客室を借りて休むことになった。
 修道女たちはここに住み込みで働いているらしい。
 大きな教会だから、空き部屋もたくさんあるのだという。

「本当は森に引きこもるつもりだったけど――」

 まあ、これも悪くないだろう。なにせフカフカのベッドで眠れるんだから。
 1日くらいここでゆっくりさせてもらってもバチは当たらないはずだ。

「フレイア、ぜったい追いかけてくるだろうな」

 どうやって逃げるかも、ぜんぶ明日考えよう。
 布団を目深までかぶった時、部屋の扉がノックされた。

「は、はい」

「……夜分遅くにすみません」

 か細い女の子の声だった。
 俺は飛び起き、扉を開いた。
 そこには、聖堂で見た天使の子が立っていた。
 伏し目がちに手をもじもじさせている。
 就寝前なのか、白い寝間着をまとっていた。膨らみかけた胸に視線を向けてしまい、なんだか申し訳なくなって目をそらせる。

「えーと、どうかしたの?」

「アストさん、ですよね。あなたとお話がしてみたかったんです……」

 じっとこちらを窺う瞳は、キラキラと輝いている。

「え、俺みたいな得体のしれない奴と?」

「ご自身を卑下なさらないでください! アストさんはとても良い方なのです、ここにいる修道女さんや司教さんと一緒です! あ……ごめんなさい、大きな声を出してしまいました……」

 天使ちゃんは口を両手で塞いでシュンとした。怒られた子犬のような反応で可愛らしい。

「俺のことそう思ってくれたんだね、ありがとう。ええと、名前は――」

「リルエルです」

「リルエルさん」

「リルエルとお呼びください!」

 と、身を乗り出す。俺が驚いて後ずさると、恥ずかしそうに顔を赤く染めた。

「分かったよ、リルエル。話がしたいんだっけ……それじゃ、外でも歩こっか」

 今の俺なら女の子と二人きりで部屋にこもっても問題はないけど、散歩しながらの方が話は弾む気がした。

「外、ですか」

 リルエルは何故かシュンとした顔をした。

「夜の散歩だよ、リルエルは俺よりここに詳しいだろ? いろいろ案内してよ」

「はいっ!」

 俺の提案に、リルエルは嬉しそうな顔で笑った。

 こうして俺は、可愛らしい天使の女の子と教会を探検することになった。
 真夜中の教会は、昼間とは打って変わって静かだった。

「リルエルは天界から来たんだよね?」

「ええ、そうです……逃げ出してきたんです」

「逃げ出してきた? どうして」

「私が弱いからですよ」

 リルエルは静かな声色で告げ、立ち止まった。おもむろに、ポケットの中を漁り始める。

「――アストさん、これをどうぞ」

 そう言って差し出されたのは、可愛らしい小包だった。

「開けて良いの?」

「はい」

 言われるがままに中身を取り出した。俺は小包の中身と、リルエルをまじまじと見比べた。

 リルエルは耳まで赤くなりながら、目をぎゅっとつむっている。

 小包の中身は、不格好なマフィンだった。

「い、急いで作ったんです……! 見た目はとてもへんてこですが、味は美味しい、はずなんです……アストさんに食べてもらいたくて、頑張ってみたのですが、こんな有様で……修道女さんたちのように上手くいかず……やっぱり、こんなものは捨て――」

「いただくよ」

 俺はリルエルの静止を無視してマフィンを頬張った。どんなに見た目が歪でも、俺のために作ってくれたんだ。その心に応えたい。

 マフィンは見た目に反して美味しかった。しっとりした甘さ控えめの生地にチョコレートチップが混ざっていて良いアクセントになっている。

「ありがとう、美味しいよ」

「良かった……」

「お礼しなくちゃだめだね」

「いえ、良いんです……これは私のエゴですから」

「エゴ?」

「はい……」

 リルエルは俯きがちに笑った。
 前髪が影となり、リルエルの表情を隠してしまう。

「アスト様には星の力が宿っていると聞きました。古より、星には人の願いを叶える力があるとされています」

 前世の世界と同じだ。
 流れ星に三回お願いを唱えたり、七夕に願いを書いた短冊をつるす。そうすると、願いが叶うと信じられていた。
 この世界でも同じなのだろうか。

「私は、星の力が宿るアスト様に……祈る気持ちでこのお菓子を焼いたのです」

「何か願いがあるんだね? 叶えられるかは分からないけど、良かったら教えてよ」

「はい……私は……今度こそ、私を消して欲しいのです」

「え?」

 それはどういう意味だ。

「許して欲しいのです、私が存在したことを。これから起きることを」

「リルエル、一体何を……ッ!?」

 リルエルが体を預けてきた。
 腹部に衝撃を感じた。俺は自分の体をみおろした。
 俺の右腹に、深々とナイフが刺さっていた。

 血がボタボタと床を打つ。
 痛みが遅れて襲いかかってくる。
 俺は地面に崩れおちた。

 返り血を浴びたリルエルは、光の無い瞳で笑みを浮かべていた。
 俺に刺さったナイフをえぐるように抜き取り、フラリと歩いて行った。

 そして、ちょうど巡回で歩いてきた修道女を刺した。
 立ち上がれないよう何度も刺してから、美しい翼を広げ、その場を去っていった。

 出血多量となった俺の肉体は消滅した。
 とはいえ、エネルギーと融合した俺自身がいきなり消滅することはない。
 俺は精神だけで教会をたゆたい、
 その惨状を目の当たりにした。

 寝込みを襲われた人々の血で溢れていた。
 たくさんの人が死んでいたのだ。

 あの優しいウッド調の厨房から火の手があがった。
 教会が炎に包まれた。

 間違いない、全てリルエルの仕業だ。

 何故、どうして、親切にしてくれた優しい人たちを殺したのか。
 理由は分からない。
 けれど、リルエルが天界にいられなかった理由は分かった気がする。

 俺はリルエルを探してさまよった。 
 リルエルは燃える聖堂の中心で、血まみれになって微笑んでいた。

 泣きながら笑っていた。

 たくさんの人を殺害して、教会を焼いて、泣いていた。

 だから俺は。
 教会の人たちと、リルエルを助けることにした。
 このままにして良いわけがないからだ。

 俺は天文時計アストラリウム

 星の示す先に、時間を超越するもの。

――巻きもどす、彼女とはじめて出会ったあの時へ
 

 
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