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第七
しおりを挟む旅人が目を覚ましたのは花畑であった。一面に白く咲き乱れる花々の様は、まるで雲の上に連れてこられたのかと見まごうほど壮麗である。ドーム状の岩天井に空いた穴から陽光がながれこんで、光の海をつくりだしていた。
微熱があるのか頭がぼうっとしていて、何があったか全く思い出せない。
ふとそこで、旅人は自分の着ているものがすっかり乾いていることに気がついた。いや乾いているどころか自分の着ていた服ではないし、少し大きい。それに気づいて旅人は焦った。服が変わっているということは、自分が無意識のうちに着替えていたのではない限り……誰かが自分の雑巾みたいになった服を脱がせ、この真新しい服を着せたということである。裸体を見られたであろうことを恥ずかしく思っているわけではない。そういうことではなく、傷を、全身に広がる不気味な痣を、見られたのではないかということを心配しているのだ。
実は旅人のもつ痣は顔面だけではなく、全身に存在している。だから暑かろうと人前で外套を脱いだり袖をまくったりすることは避けてきた。無数の線虫が蠢いているようなそれを見れば、人はたちまち呪いかなにかかと思って自分のことを避け、果ては教会やら騎士団の駐屯地やらにつきだそうとするから。
背なぞ特に酷い。
それらを見たとすれば、自分を助けてくれた人はもうどこかに行ってしまったのかもしれない。
どうすればいいのか分からなくなって、旅人は再び目を閉じた。そうしていると光の中へ溶け込んでいくようで、甘い蜜のようにとろりとした眠気がやってくる。このまま眠ってしまおうか、そう思っていた矢先、足音が眠気をかき消した。
「目が覚めたなら少し歩きましょう、見せたいものがあるのです」
あの人だ。
反射的に飛び起きる。猛スピードで後ずさって、そして勢いあまって丘を下まで転げ落ちた。
衝撃で頭がぐらぐらしたが、思い出した。そういえば抱えられて夜の空を飛んだんだっけか。
すっと体の芯が冷えていった。駄目だ、はじめは殺そうと思っていたはずなのに、近づくとやはり恐怖が勝ってしまって動けなくなっていく。
丘の上から、さらさらと花をかき分けて歩く音が近づいてきていた。
動けなくて固まっていると布の擦れる音がして、転げ落ちたままの自分の上に影が落とされる。
手を。
それはあの日に似ていた。
――は仮面をつけている。理由を聞いても答えてはくれなかったけど、たぶん怪我かなにかだと思う。こんな時だし、顔の半分が吹っ飛んでても不思議じゃない。
――に連れられて来られたここは暖かいし、清潔な寝床があるし、食事も三食もらえる。――はいつも忙しいみたいだけど、たまに会いに来てくれるし、他の大人が来てくれることもあるからひとりじゃない。それに少しなら歩き回ってもいいって言われてから、冒険できるから暇じゃなくなったし。
他の大人も半分だけ仮面をつけてたり、布を巻いてたりする人がいて、どうしてと聞いたら大体が火傷だって言ってた。病気とか、生まれつき顔がへんでって言ってる人もいたけど。
今日はじめて他の子と会った。その子は両腕に布を巻いていて、なんでかってきいたら右腕のそれを取って見せてくれた。
そこにはちっちゃな灰色のぼこぼこがたくさんあった。さわってごらんと言われてちょっとだけつっつくと、ぶにってした。でも硬くなってるところもあって、なんだか鱗みたいだった。
すぐに仲良くなれたけど、なんで腕に鱗があるか聞いても答えてはくれなかった。
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