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第二
しおりを挟む次の日、早朝から降り続く雨で、旅人は宿を出るに出られぬ状況に陥っていた。どうも雨期が本格化したのか、バシャバシャと滝のごとく表の道を叩いている。
旅人の借りた一室は二階にあり、ちょうどこの間石を投げられたのなんので屋根に穴が空いてから板一枚貼り付けるだけの応急処置しかしておらぬので、旅人はこの豪雨の害を存分に被っていた。宿の厨房が鍋を貸してくれなければ、外のどこか軒先で過ごしたほうがましだと考えていただろう。もっとも、起きたときすでに荷のいくつかはやられていたのだが。
昼頃からは雷まで鳴りだし、大粒の雨が狂ったように窓をうっては稲妻が部屋の壁を照らすというなんとも悪夢のような様相となっていた。彼がするのはほとんど目的のない旅のようなものなので、道中で護衛の真似事をしたり害獣駆除をしたりで金を集めているわけだが、ここまで空が荒れればいずれもできない。つまりは暇で、鍋を入れ換えては水を捨てるということを延々と続ける他やることがないのだ。
「なあ、知ってるか」
下の食堂から雨音に紛れ、かすかに話し声がきこえてくる。
「黄昏時に出るっつー幽霊の話。あれ、噂だとな」
──毎日毎日、子どもを狙ってひとりずつ拐っていくらしいぜ。
旅人の目が見開かれる。
子どもを拐う幽霊。その体はなく、白い逆十字がぼんやりと暗闇に浮かんでいるだけ。子どもはそれを見ると、魂のぬけたようになって幽霊に近づき、そして幽霊にふれると共にふっと消える。
「見たんだとさ、鍛治屋んとこの奥さんが。子どもが夕闇にとけるようにいなくなったところを」
「そんなの、ただの噂だろ?本当じゃないだろう。俺はそんなもん信じないぞ」
「それがさ、俺も見たんだよ、昨日。ふと妙なもんを感じて路地裏を覗くとさ……その幽霊が、子どもを連れ去るところで」
気づけば旅人は立ち上がっていた。やはりこの街にいる、自分の探し人は近くにいるのだ。
「お、おい、さっきそこで、子どもが消え……」
下の階が騒がしくなる。
子どもがいなくなった、しかもついさっき。旅人は鼓動が早くなるのを感じた。そんなに時間がたっていないのなら、まだ近くにいるはずだ。自分が探しているのは幽霊ではない、どんなにあがこうが人であることに変わりないそれで、消えることなどありえない。またとない好機、今度こそ、今度こそ。
ピシャリと雷が落ち、壁に旅人の黒い影がくっきりとうつる。
外は視界が白くなるほどの雨。それはさながら嵐。しかしそれすら、旅人の興奮を覚ますことはかなわなかったようで、気づけば旅人は雨中へと飛び出していた。
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