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歪んだ恋情に体温を
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いつも通りの道を帰る。
国道沿いの歩道は横を絶えず車が通っていき、轟音と風圧で半身が持っていかれそうな勢いだ。日は傾き始めていたがまだ明るく、ライトは点灯を待っている。
「青に沈み……全て忘れて……」
覚えたばかりの歌を口ずさみ、肩掛けカバンのずり落ちた紐をもどす。
普段通りの帰り道だ。
「ねぇ」
平穏をひとつの声が遮った。
振り向く間も与えられず、後ろから体を抱え込まれる。
柄にもなくきゃ、とでも声が出そうだったが、いざというときはそうでもないらしい。喉元に突きつけられた小型のナイフに、声帯を握りつぶされるような感覚を覚える。
ずり落ちたカバンが歩道の上に転がった。
「どうして俺のものになってくれないの?」
周りの喧騒が頭からシャットアウトされる。
聞きなれたその声は耳元で囁くと、ナイフをもつ左手を更に強く握りしめた。
ああ、この男は。
私より頭がよくて、運動もできて、それでいて人当たりがよくて。
勉強を教えてもらったっけ、私の苦手な古文。
とても教えるのが上手かった。
学年でやったディベートの大会では同チームで心強かったな。
話の引き出しが多くて、一緒にいて楽しかった。
走馬灯を見ているのかな、まさか。
私の憧れだった。
いや、無理矢理、憧れということにしていた。
私じゃ不釣り合いだから。
私よりいい人がいるから。
私が自意識過剰なだけだから。
そう理由をつけて避けていた。
自分の感情も勘違いだって蓋をしていた。
だって、
だって。
悲しいじゃん、違ったら。
傷つきたくないから、可能性にかけたくなかった。
冬の空気で冷えた刃が、震える首に当たる。
本当は気づいていた。
本当は分かっていた。
でも違うと信じたかった。
近づいてしまえば壊れてしまいそうだった。
「俺のものに」とは。
放っておいたからか。
可能性が確実に、いやもっとまえからそうだったが、変化したのだから。
死ぬのは御免だ。
「いつ私が嫌いって言ったの?」
息をのむ音がする。
「いつ私が好きじゃないって言ったの?」
緩む腕、手を滑り落ちるナイフ、後ずさる足音。
「ごめんね」
振り向くと、魂でも抜けたような顔の彼がいる。
呼吸をおいて、ゆっくり背に手を回すと、先程まで冷気を持っていた腕がおずおずと暖かみをもって抱き返してきた。
「それっ、て……?」
全く、このひとは何を間違えたのか。
意地でも目を向けなかった私が悪いのか。
「ずっと、待ってた。ずっと……」
横を通り抜けた車で最後をかき消されてしまったが、彼には充分きこえたはずだ。
呆然とする彼の頬に、そっと口づけする。
いつのまにか、アスファルトの上のカバンとナイフに雪が積もりだしていた。
国道沿いの歩道は横を絶えず車が通っていき、轟音と風圧で半身が持っていかれそうな勢いだ。日は傾き始めていたがまだ明るく、ライトは点灯を待っている。
「青に沈み……全て忘れて……」
覚えたばかりの歌を口ずさみ、肩掛けカバンのずり落ちた紐をもどす。
普段通りの帰り道だ。
「ねぇ」
平穏をひとつの声が遮った。
振り向く間も与えられず、後ろから体を抱え込まれる。
柄にもなくきゃ、とでも声が出そうだったが、いざというときはそうでもないらしい。喉元に突きつけられた小型のナイフに、声帯を握りつぶされるような感覚を覚える。
ずり落ちたカバンが歩道の上に転がった。
「どうして俺のものになってくれないの?」
周りの喧騒が頭からシャットアウトされる。
聞きなれたその声は耳元で囁くと、ナイフをもつ左手を更に強く握りしめた。
ああ、この男は。
私より頭がよくて、運動もできて、それでいて人当たりがよくて。
勉強を教えてもらったっけ、私の苦手な古文。
とても教えるのが上手かった。
学年でやったディベートの大会では同チームで心強かったな。
話の引き出しが多くて、一緒にいて楽しかった。
走馬灯を見ているのかな、まさか。
私の憧れだった。
いや、無理矢理、憧れということにしていた。
私じゃ不釣り合いだから。
私よりいい人がいるから。
私が自意識過剰なだけだから。
そう理由をつけて避けていた。
自分の感情も勘違いだって蓋をしていた。
だって、
だって。
悲しいじゃん、違ったら。
傷つきたくないから、可能性にかけたくなかった。
冬の空気で冷えた刃が、震える首に当たる。
本当は気づいていた。
本当は分かっていた。
でも違うと信じたかった。
近づいてしまえば壊れてしまいそうだった。
「俺のものに」とは。
放っておいたからか。
可能性が確実に、いやもっとまえからそうだったが、変化したのだから。
死ぬのは御免だ。
「いつ私が嫌いって言ったの?」
息をのむ音がする。
「いつ私が好きじゃないって言ったの?」
緩む腕、手を滑り落ちるナイフ、後ずさる足音。
「ごめんね」
振り向くと、魂でも抜けたような顔の彼がいる。
呼吸をおいて、ゆっくり背に手を回すと、先程まで冷気を持っていた腕がおずおずと暖かみをもって抱き返してきた。
「それっ、て……?」
全く、このひとは何を間違えたのか。
意地でも目を向けなかった私が悪いのか。
「ずっと、待ってた。ずっと……」
横を通り抜けた車で最後をかき消されてしまったが、彼には充分きこえたはずだ。
呆然とする彼の頬に、そっと口づけする。
いつのまにか、アスファルトの上のカバンとナイフに雪が積もりだしていた。
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退会済ユーザのコメントです
奇遇だね、これは俺がある冬の下校時にした妄想だよ。
現実にはその欠片もなかったがな。
先程の返信は無視よろしく、ちょっと解釈ミスがあったんだ……。