魔道竜 ーマドウドラゴンー

冰響カイチ

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第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、42)

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いや、答えられなかったのだ。



気を失い、首をうなだれたセイラの耳にはティアヌの声は届いてはいなかったのだから。



セイラは聖木(ジュボック)の前方、地表にせりだした根に縛り付けられている。



そのセイラの足もとには、セイラがいつも被っている聖なる布が打ち捨てられていた。



「セイラ!?」



意識のないセイラ。彼女の身に一体なにが――――??




「無駄よ」



「無駄?」



ティアヌはあばら屋の女主人へ目線をうつす。



するとその隣りには、あの時の肉屋のおじさんの姿が。



「なるほど、そういうわけね」



これですべて合点がいく。セイラはこのおやじの、娘の身代わりとされたのだ。



「無駄ってどういいことよ。セイラに一体なにをしたの!」



「………そうね、答えてあげないこともないわ。でもそれを答える前に、ゴミを始末したいの。ちょっと待ってて、そんなに待たせないわ」



にこやかな薄ら笑いを浮かべるや、女主人の後方にて息をひそめる肉屋のおやじへと向き直る。



「ハエのように鬱陶しいのよ! この下種の人間風情が」



ひと睨みすると眼光の鋭さのなかに邪悪なる黒い影がいりまじり、それは解き放たれた。



影は男へと忍びより、辺り一面をも侵蝕し、男はなす術もなく後退をよぎなくされる。



数歩後退したところで小さな小石に蹴躓き、膝がくずれた。




―――危ない!! と口にするよりも先に男はその場に崩れ、身内から込み上げる激痛にたえきれず喉をかきむしる。



「ぉ…お許し……を……」



邪蛇へと指をのばす。



「…………」



邪蛇は許すこともせず、じわりじわりと苦しめる手をゆるめようともしない。



「お許………ッ!?☆」



立上がりざま、ヨタヨタとして体勢をくずし、そのまま、


「…あっ……??」と小さな声をもらし、溶岩の河へ転がり落ちた。



肉屋のおやじ、あえなく転落。


人の一生とはなんなのか。あまりにも儚い。一瞬にしてピリオドを打った肉屋のおやじ。


ティアヌは肉屋のおやじの冥福を静かに祈る。



彼の最後のあの一瞬、走馬灯のピリオドを飾ったものは、きっと鮮やかなまでに艶美にして冷酷なる、あの女主人の冷笑……かもしれない。



「これで少しスッキリしたわ」



ひと仕事を終えたかのような爽快な言い回し。


この女主人の心胆寒からしめる酷薄非道なる振る舞いに、良心の疼きを感じずにはいられなかった。


人を人として扱わぬぞんざいなるその仕打ちに。



「お待たせ♪ さぁ…聞きたいことがあるんでしょ?」



「それで、結局あなたは誰なわけ?あの家にいたはずの彼女をとりこんで何がしたいの」



女主人の中にわずかではあるが、彼女本来の意識が残っている、そう直感した。



だがそれを聞き、女主人はこの上もなく失笑してみせた。



「紹介がまだだったかしら? 名乗るまでもなさそうだけど……まぁ、いいわ。ご推察どおり我が名は悪神『巨眼蛇』。邪蛇と呼ぶ人もいるわ」



邪蛇は嗤笑一つでティアヌの疑念を解き明かしてみせた。


もうこの世のどこにも『彼女』は存在しないのだと。



「ねぇ…そんなことより、この嘘つき女の真実の姿を知っていて? もし仮に知ってて行動をともにしていたのなら、図太い神経をしているわね」



「何を言っているのよ。撹乱目的ならお生憎さま」



「その口ぶりじゃ本当に知らないようね。知らないっておめでたいことなのね」



と哀れなものでも見るような悲愴の表情を浮かべたのち、



「良いことを思い付いたわ。意識のないときにバラしても面白くないし、この女にかけた術をといて暴露しましょうか」



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