魔道竜 ーマドウドラゴンー

冰響カイチ

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第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、30)

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砂の民の末裔であるティアヌ。



今生での最後を迎えた時、母と同じ末路をいつしかたどるのかと思うだけで内心不安でいっぱいだった。



しかしティアヌの案ずるところはそれだけではない。



「驚いた?」



セルティガに打ち明けたところで理解はしてもらえまい。


この場は茶化し、話しをすりかえる以外、この重い空気を払拭できそうになかった。



「それはそれで仕方のないことよ、わかっているわ」



「仕方がない?それ、本気で言っているのか?」



今は旅をつづけてくれるのか否か、それだけ聞ければそれでよしとする。



「どうにもならないことなんて、世の中にたくさんあるもの」



自らに言い聞かせるように、仕方がないじゃない、と小さく呟く。



死という見えざる恐怖。


戦うのなら相手にとって不足はない。



万物に等しく与えられた試練が゛死゛だというのなら、いつしかおとずれるアレは想像するだに恐ろしい。



「ま、私が次の大神官になるかは別として、生半可な気持ちでは無事に虚海はこえられないわ」



するとセルティガはおもむろに腕をくみ、数回首を縦にふる。



「なるほど………よくわかった」



「何を??」



「お前がなぜ船長を引き受け、虚海を目指すにいたったのか、その訳を」



ティアヌは言葉をうしなった。



「ついでに死人を生き返らせようとして留年したことも踏まえ、お前…御袋さんを生き返らせようとしたんだな」



「………そ、そうよ。悪い?」



誰に自らの生い立ちを話して聞かせたところで理解してくれる人はいないだろう、そう心のどこかで諦めてしまっていた。



だから誰にも話すつもりなどなかった。



もし仮に話したところで、表面上は取り繕った哀れみの表情をうかべ、



可哀想ね、と所詮他人事としか感じられないからだ。



人は感じたことのない痛みに鈍感だ。


人の痛みを我事の痛みと感じられるのは、同じ痛みを共有したものだけかもしれない。



それでも誰かに認められたい。


誰かに゛生きてここに居てもいいんだよ゛、そう言ってもらいたい気持ちがどこかしらにある。



上っ面を取り繕ったありきたりな言葉なんかいらない。



どんなに親しい友人すらティアヌを理解してくれるとは思えなかった。



それがどうしたことだ。セルティガの言葉だけは心に浸透するのだ。



これまでのセルティガは、口が悪すぎて苦痛いがいのなにものでもなかった。



しかして、一見、一番理解してくれるはずのないセルティガは、ティアヌの気持ちをくみ、それにこたえようとしている。



理解しようという気持ちがありありとうかがえ、それがティアヌの心を氷解させていく。



セルティガへの偏見をも打ち砕いた。



クックク…、と、こみあげる笑いをどうやって堪えればよいのやら、そんな簡単なことすら考えがおよばない。


言葉にすれば至極、簡単明瞭なことだった。



「………ぁ…りがとう」



その一言を呟くだけでこみあげる笑いは嘘のようにとまった。



随分長いこと心の迷夢に囚われていたような気がする。



悪夢にさいなまれ、そこから救いあげてくれたのは、他ならぬこの鼻持ちならないセルティガだった。



「……なぜ、ありがとう??」



キョトンとティアヌを凝視するセルティガ。


なぜお礼を言われたのか理解できないらしい。



「人の言葉って時に人を傷つけ大打撃を与えたりもする。けれど、それだけじゃない。
時に、どんな高度な魔法よりも、即効性のある特効薬にもなりえるってことよ」



「………???」



「つまり、セルティガの一言で少し救われたって言っているのよ。まったく女にここまで言わせるなんて」



「お前が…俺にお礼?」



急に身震いでも感じたのか、セルティガは両腕をさすりあげる。



「ホント失礼よね。私がお礼を言ったら身震いするほどおかしいのかしら。
とにかく、可哀想がられたり、激励のつもりの言葉でも、思いのほか人を追い詰めたりするもんよ。

もうこれ以上がんばれない、そう限界を感じている人に、『もっとがんばれ!』って鞭を打つのと同じ。
……でも、同じ励ましの言葉でも、心を打つ言葉もあるってことよ」



「はて、そんな大層なことを俺が言ったのか?」



「私にとって、生い立ちもろもろ、すべてひっくるめ、私が私であること、…そう認められることが何よりの救いだったってわけよ」



「なんだ、そんなことか。だったらお前のこと、はなっから認めていたぞ?」



それはさておき、とセルティガは話しを区切りつつ、



「俺も誰かの役にたてるのか、それなら俺もまんざらすてたもんじゃない。
ならば俺も救われた口だ。な、ティアヌ」



さらりと事も無げに口にしたセルティガ。



あまりに突然の不意打ちをくらい、ティアヌは一瞬、我をわすれ瞠目した。



「今……私のこと、名前で呼んだ?」



おい、お前、でもなく。ティアヌ、と。



「何をびっくりしたような顔をしている。お前が名前で呼べと言ったんだろうが」



「……うん」



確かに。そう言った。


けれどこんな時に、時間差攻撃をくらわせるなんて卑怯だ。



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