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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、29)
しおりを挟む人間ではない、そう唐突にも断言した祖父。
『ゆえにサラのアレもそれに関係している。
ティアヌ、我々は人であって、かぎりなく人ならざる選ばれし民、その末裔なのだよ』
祖父によれば、[神の使徒ラグーン族〕またの名を[砂の民〕といって、死ねば屍はかぎりなく土に近いものになることからそう呼ばれたらしい。
砂の民は、もともと人類発祥の地といわれるラグーン大陸に住んでいたとされる。
しかし数少ない伝承によれば、はかりしれない神の怒りをかい、砂の民はラグーン大陸を追われ、命からがら他の大陸へ散り散りに移り住んだ、とある。
その民の消息はようとして知れず、土塊にもっとも近いはずね屍は、どこからも発見されていないことから、考古学学界でもただの伝承にすぎないとの評価がそれまで著しい見解だった。
その砂にもっとも近い屍、それがコレだ。
『我々は今生の終わりを迎えると、その肉体は俗に言うところのミイラになる。
それが神を欺いた民の、罪深い末路ともよべる宿命……なのだよ』
そう告げてから祖父は、
『ティアヌにはまだ難しい話しか。もっと大きくなったらこの話しのつづきをしよう』
記憶の締めくくりに、祖父の微苦笑が瞼にやきついて今もはなれない。
それでもティアヌは懸命に母が伝えたかった真実から、何をティアヌに遺したかったのかをめぐらせる。
母の姿を見て、はじめてそれと知る。
私は人ではないのだ。
そして何か、とてつもないものを背負い、なさねばならぬ宿命が我々にはあるのだ、と。
セルティガは理解の許容範囲をオーバーしたためか、後頭部をかきむしる。
「砂の民? はて、聞いたこともないな」
ティアヌはまるで子供のように、知らず知らずのうちに膝をかかえこんでいる。
膝の上に顎をあずけ、小さく嘆息をもらした。
「そうでしょうね。学界でも異説として鼻であしらわれてるぐらいだし、確かにその屍が一体もみつかっていないことから慎重にならざるをえないんでしょう。
それに遠い昔、神々が姿を消したイワクにもからみむ人類最古の種族のことらしいから、いまいちピンとこないのも無理からぬことってものでしょ」
太古のこと、人と精霊は友だった。
ならば人と精霊が結ばれたとしても何ら疑う余地もない。紛う方なき人と精霊の混血は存在したのだから。
その筆頭として大神官があげられる。
「その最古の種族とやらがラグーン族? あのラグー ンと同名か」
「そのなかでも精霊と砂の民の混血、もっともより濃くその血を受け継いだ者を ゛光の民゛ とされ、次の大神官となるらしいわ。
それから数年後、祖父は私にこうも教えてくれた」
『ティアヌ、お前は砂の民の最後の末裔であると同時に、精霊である祖母の血をそのまま受け継いだ。次なる大神官はティアヌ、お前なのだよ』
「お、お前が!? マジかょ…」
「祖父の話しをそのまま鵜呑みにするとね」
「嘘だろ……」
「ホント嘘なら良かったのに…ね」
生前の母はティアヌが覚えているかぎり、ごく普通の人だった。
父が精霊族の血筋だったとしても、ティアヌ自身はあまり人と大差ない。
「私って見てのとおりか弱い女の子でしょ? それに邪蛇はいまだ大神官にゾッコン。となると、私が時の神殿にはいるのを快く承諾してくれないかも。
いいかえれば、邪蛇の呪いがいまだ健在ということは、初代大神官がご存命という可能性が無きにしも非ず、よね」
「バッ、バカを言え! 初代といえば紀元前の話しだろうが。何千年、いや…それから何万年もの年月をかさね、そんなヤツが現代まで生きていられる訳がなかろうが。
もし…それが可能なら………」
「可能なら?」
「いや…なんでもねぇ、いらんところばかりをツッこもうとすんな、バカたれ」
セルティガが思わずのみこんだセリフぐらい容易に見当はつく。
おそらく、
゛……そいつは化け物だ……゛
だろう。
ズキンと胸に小さな痛みがはしる。
゛……化け物……゛
それでもティアヌは、セルティガやセイラには真実を知ってもらったうえで、これからどうするかを問いたい。
こんな私と、ともに旅をつづけてくれるのか否か。
「そうとも一概に言い切れないかもよ。だって大神官は、精霊と砂の民、いえ人間との混血なのよ?」
人類の祖たる砂の民。その砂の民が進化して今の人間へといたったと説く学者もいるのだ。
その過程で魔法の遺伝子が破壊され、魔法そのものが受け継がれなくなったのでは、という説は侮れがたし。
「精霊だって寿命ぐらいあるだろう?」
「あのねぇ………。それ、もしかして本気で言っている?」
これ以上言葉をつむぐ気になれない。
「あぁ……本気も本気、マジ発言のつもりだ」
威張るなセルティガ。
だがこれも相手がセルティガだけにやむを得ない。
「精霊学のなかで確か学んだはずよ。精霊とは一部の例外をのぞき不老不死。
神と同等、もしくは自然界を形作る見えざる神のもう一つの仮の姿。
つまり、この世を創世し姿を消した創世神、その創世神の分身とされるのが精霊よ」
かぎりなく不老不死、あまたの術を駆使し、自然界すらも片眉を動かすだけでどうにでもできる。
砂の民、そのなかでも特別視される王族、それが光の民。
その光の民と精霊が結ばれることによって、次なる大神官が誕生する。
確かに重い。ティアヌの背負ったものは、この小さな肩には重すぎる過酷な宿命だ。
「それがお前、だと?」
「不本意ながらそうみたい」
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