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第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、26)

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「ほら、もう少し。一気に手をかけろ、手をかけたら俺が押しあげてやるから」



「……うん」



ティアヌは壁の頂きに手をかけると、一足先に登りつめたセルティガはティアヌの腕をつかみ、せ~のっ!と掛け声にあわせ、力まかせにティアヌをもちあげた。



「怪我とかないか?」



ティアヌを気遣う優しさは衝撃の告白いらい変わらない。



「大丈夫みたいよ、ありがとう」



「それはそうと、お前……見掛けよりそうとう重いな。足腰がたたなくなるほど腕がへし折れるかと思ったぞ」



「……悪かったわね、底抜けに重くて」



「あのなぁ、何もそこまで俺は言ってないだろうが。小さなことを過剰に例えるのはお前の悪い癖だ」



セルティガの優しさは形ではない。見える優しさ、見えない優しさ。口は果てしなく悪いが、不思議に前ほど気にならなくなっていた。



「だが年頃の娘なら、好きな男の気をひくため、一度ぐらいダイエットしようとか思ったことはないのか?  どこに転ぶかわからん。おいしい展開は請け合うぞ」



「それはどうも!


有り難くもないご教授をありがとぅ」




悪気はないのだろうが、そこはかとなく悪意だけは感じられる。



気をとりなおし、頂きの頂上から辺りを見回す。



暗闇に慣れてひさしい眼をこらせば、はるか五百メートルほど先に同じような壁らしき障害物が見てとれる。



一つ目の壁よりやや小振り、天井と壁との間隔がわずかばかりひろいことがわかる。



遠近を考慮しても一度目の壁より高さ的に幾分まし、といった感じだ。 



「おぃ、これを見ろ!」



セルティガはある一角を指さす。



おおよその場所はわかるが、壁の厚み、およそ三十センチ。踏み外せば即死決定である。



ふいにティアヌは肩を抱きよせられた。



ドキッ、と心臓が早鐘を打つ。



「ほら、そこ」



足もとに目をこらせば、壁の裏側にはうれしいことに、足をかける小さなくぼみが刻まれている。



試しにティアヌはそっとそれに足をかけると、すっぽりと爪先がうまる。



「お手柄じゃない!」



セルティガは得意げに背中をのけぞらす。



「だろ?もっと誉めてくれ」



いや…それはちょっと。


やたらめったら、うっかり誉めたりしたらコケるのがオチ。あえて聞かなかったフリにとどめる。



「それにしても、不覚にも感動しちゃった。歴史を感じさせるわね、コレ」



数多の巡礼者が往来することで刻まれたかもしれない足場。精霊信仰の発祥地として名高いかの地、巡礼の道を時代をへてティアヌとセルティガは今それをたどっている。



「なぁ。こうしてみると、なんだか清浄な気持ちを感じないか? 俺たちが今たどってきた道は、多くの先人たちも信心深い祈りとともに歩み、今日(こんにち)にいたる、そう考えると。
どれだけの人が、これをどんな気持ちで登ったんだろうな」



祈り…、小さく口の内にて呟き、ティアヌはそれにありがたく足を次々にかけていく。



次のくぼみに足をかければ指をかけるためのくぼみとなる小さな穴、それをぼんやりと見つめる。



先人の知恵。心。



自然に対し感謝する気持ちを忘れないことから発祥した精霊信仰。



「世界が創世され、その頃からここは精霊信仰の聖地だったんだろ? そう考えるとスケールが違うよな。なんだか俺たち、この歴史に比べれば、どんな悩み事も混沌としたデッカイ世界にあってとても小さな世界に描かれた波紋、そう思えてならない」



「そうね」



セルティガから発せられた言葉とは思えない、言い得て妙に説得力がある。



セルティガの言うとおり、人類の歩んできた道からすれば、とるにたらない。時がすぎれば誰からも忘れさられる一瞬の光陰の一つにすぎない。



ティアヌいわく、それでも抗いつづけ、必死に今日を生きるのが人の定めである。



足もとをさぐり、順調に下降したティアヌは、心の楔、こびりついたいくつかのかさぶたに手をかざす。



よく堪えたね。よく頑張って傷口をふさいでくれたよね。



少し、楽になってもいい?



胸にそわせた手のひらが緊張からシットリと汗ばんでいる。



「ね、セルティガ。ここなら休憩してもよさそうよ。少し休まない?」



するとセルティガはティアヌの提案を嘘みたいに快く快諾した。



「いいぞ。戦士たるもの、いついかなる戦時の時も休息を怠ってはならないからな」



戦時? ちょっと露骨な表現ではあるが、これもセルティガなりの気遣いによるものだとわかる。



二人はおもむろにその場に腰をおろす。



「ね…、さっき『吐きだしてしまえ、それを吐きだすことでお前が救われるのなら。


いっそのこと、お前を苦しめるすべてのものから、お前を守れたらいいのにな』って言ってくれたじゃない?」



「あぁ…言ったな」



「もし仮に私の生い立ちを聞いて、ヒイたりとか…しない?」



「するわきゃないだろうが。 アホぬかすな、今さらヒイたりするぐらいなら、出会ってすぐにヒイている」



それもそうね、と納得しつつ、



「あのね~。でも…まぁ、いいか。もちろん約束してくれるんでしょ?」



「無論。一度男が口にしたことをくつがえすなどありえん。男と男の約束だ」



男と男の約束……?



この際面倒なのでシカトすることにする。



約束をしたからには話さない事にはセルティガは納得しないだろう。それにお互い、ただの旅仲間とは思えなくなってきている。同じ釜の飯を食べあう苦楽をともにしそれを乗りこえあう仲間、なのだから。



「あのね、私……もしかしたら人間じゃないかもしれないの」


    
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