上 下
77 / 132
第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、26)

しおりを挟む


「ほら、もう少し。一気に手をかけろ、手をかけたら俺が押しあげてやるから」



「……うん」



ティアヌは壁の頂きに手をかけると、一足先に登りつめたセルティガはティアヌの腕をつかみ、せ~のっ!と掛け声にあわせ、力まかせにティアヌをもちあげた。



「怪我とかないか?」



ティアヌを気遣う優しさは衝撃の告白いらい変わらない。



「大丈夫みたいよ、ありがとう」



「それはそうと、お前……見掛けよりそうとう重いな。足腰がたたなくなるほど腕がへし折れるかと思ったぞ」



「……悪かったわね、底抜けに重くて」



「あのなぁ、何もそこまで俺は言ってないだろうが。小さなことを過剰に例えるのはお前の悪い癖だ」



セルティガの優しさは形ではない。見える優しさ、見えない優しさ。口は果てしなく悪いが、不思議に前ほど気にならなくなっていた。



「だが年頃の娘なら、好きな男の気をひくため、一度ぐらいダイエットしようとか思ったことはないのか?  どこに転ぶかわからん。おいしい展開は請け合うぞ」



「それはどうも!


有り難くもないご教授をありがとぅ」




悪気はないのだろうが、そこはかとなく悪意だけは感じられる。



気をとりなおし、頂きの頂上から辺りを見回す。



暗闇に慣れてひさしい眼をこらせば、はるか五百メートルほど先に同じような壁らしき障害物が見てとれる。



一つ目の壁よりやや小振り、天井と壁との間隔がわずかばかりひろいことがわかる。



遠近を考慮しても一度目の壁より高さ的に幾分まし、といった感じだ。 



「おぃ、これを見ろ!」



セルティガはある一角を指さす。



おおよその場所はわかるが、壁の厚み、およそ三十センチ。踏み外せば即死決定である。



ふいにティアヌは肩を抱きよせられた。



ドキッ、と心臓が早鐘を打つ。



「ほら、そこ」



足もとに目をこらせば、壁の裏側にはうれしいことに、足をかける小さなくぼみが刻まれている。



試しにティアヌはそっとそれに足をかけると、すっぽりと爪先がうまる。



「お手柄じゃない!」



セルティガは得意げに背中をのけぞらす。



「だろ?もっと誉めてくれ」



いや…それはちょっと。


やたらめったら、うっかり誉めたりしたらコケるのがオチ。あえて聞かなかったフリにとどめる。



「それにしても、不覚にも感動しちゃった。歴史を感じさせるわね、コレ」



数多の巡礼者が往来することで刻まれたかもしれない足場。精霊信仰の発祥地として名高いかの地、巡礼の道を時代をへてティアヌとセルティガは今それをたどっている。



「なぁ。こうしてみると、なんだか清浄な気持ちを感じないか? 俺たちが今たどってきた道は、多くの先人たちも信心深い祈りとともに歩み、今日(こんにち)にいたる、そう考えると。
どれだけの人が、これをどんな気持ちで登ったんだろうな」



祈り…、小さく口の内にて呟き、ティアヌはそれにありがたく足を次々にかけていく。



次のくぼみに足をかければ指をかけるためのくぼみとなる小さな穴、それをぼんやりと見つめる。



先人の知恵。心。



自然に対し感謝する気持ちを忘れないことから発祥した精霊信仰。



「世界が創世され、その頃からここは精霊信仰の聖地だったんだろ? そう考えるとスケールが違うよな。なんだか俺たち、この歴史に比べれば、どんな悩み事も混沌としたデッカイ世界にあってとても小さな世界に描かれた波紋、そう思えてならない」



「そうね」



セルティガから発せられた言葉とは思えない、言い得て妙に説得力がある。



セルティガの言うとおり、人類の歩んできた道からすれば、とるにたらない。時がすぎれば誰からも忘れさられる一瞬の光陰の一つにすぎない。



ティアヌいわく、それでも抗いつづけ、必死に今日を生きるのが人の定めである。



足もとをさぐり、順調に下降したティアヌは、心の楔、こびりついたいくつかのかさぶたに手をかざす。



よく堪えたね。よく頑張って傷口をふさいでくれたよね。



少し、楽になってもいい?



胸にそわせた手のひらが緊張からシットリと汗ばんでいる。



「ね、セルティガ。ここなら休憩してもよさそうよ。少し休まない?」



するとセルティガはティアヌの提案を嘘みたいに快く快諾した。



「いいぞ。戦士たるもの、いついかなる戦時の時も休息を怠ってはならないからな」



戦時? ちょっと露骨な表現ではあるが、これもセルティガなりの気遣いによるものだとわかる。



二人はおもむろにその場に腰をおろす。



「ね…、さっき『吐きだしてしまえ、それを吐きだすことでお前が救われるのなら。


いっそのこと、お前を苦しめるすべてのものから、お前を守れたらいいのにな』って言ってくれたじゃない?」



「あぁ…言ったな」



「もし仮に私の生い立ちを聞いて、ヒイたりとか…しない?」



「するわきゃないだろうが。 アホぬかすな、今さらヒイたりするぐらいなら、出会ってすぐにヒイている」



それもそうね、と納得しつつ、



「あのね~。でも…まぁ、いいか。もちろん約束してくれるんでしょ?」



「無論。一度男が口にしたことをくつがえすなどありえん。男と男の約束だ」



男と男の約束……?



この際面倒なのでシカトすることにする。



約束をしたからには話さない事にはセルティガは納得しないだろう。それにお互い、ただの旅仲間とは思えなくなってきている。同じ釜の飯を食べあう苦楽をともにしそれを乗りこえあう仲間、なのだから。



「あのね、私……もしかしたら人間じゃないかもしれないの」


    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...