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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、23)
しおりを挟む動きを止めたまま、ティアヌは言葉を失った。
それと同時に松明の灯も急激に弱まる。
「ぅわ!?」
一瞬、セルティガは目がくらんだかのような錯覚におちいり、軽くこめかみの辺りを押さえた。
次の瞬間、
ポトリ……コロコロ……と火の粉をちらし、松明は地表に打ちつけられコの字形をえがき、プスプスと音をたてて消えかかる。
「ぇ?ちょっと待て。魔法が使えないって、こういう事だったのか?」
一筋のくゆる白煙をあげ、やがてそれは消し炭のごとき黒い塊になる。
辺りを暗闇に変じさせてしまった。
「おぃ……何も見えないぞ?」
立ちのぼるかすかな白い線は、まるで墓標にささげられた線香のよう。
その悲しみはどこへ運ばれていくともしれず。
闇にとけ消えるまで、セルティガはそれをただ見守ることしかできなかった。
「お~ぃ?」
普段なら、聞こえていませ~ん、との返事がかえってきそうなもの。
だがティアヌの沈黙がやぶられることはなかった。
「…………」
ティアヌは微動だにもせず、セルティガの慌てふためく声からも心を閉ざしてしまった。
ティアヌはすぐそこに落ちているであろう松明に意識をかたむける。
消えてしまえばそれはただの棒切れにすぎない。
「……お…ぃ……?」
セルティガは孤独と暗闇に苛まれるティアヌに指をのばす。
「大丈夫なのか?返事をしろ」
ティアヌの返事を待たず、おぼろげな記憶をたよりに、指先に全神経を集中させる。
アイツの居たところ、居たところ、と口のうちにて呟き、手探りでティアヌの気配をたどる。
ティアヌほどの術者ならば、わざわざ呪文をとき、松明をうっかり落としてしまいました…なんてありえない。
となると魔法を封じる像の力によるものか、はたまたティアヌの気力が低下し魔力を弱めたためか。ティアヌの言葉を待たねば今のセルティガには判断をくだせない。
それでも一つだけわかることがある。
それはティアヌの心にマグニチュウード7並みの激震がはしった、ということだけだ。
「!?」
セルティガの指先に何かが触れた。それはとても柔らかいもの。掴んでみれば、力をこめればたやすく折れてしまいそうな腕であることがわかる。
「大丈夫なら返事くらいしろ。心配するだろうが、俺はお前の相棒なんだろ?」
ティアヌの心に重くのしかかるその苦悩は、一人ではかかえきれるものではない。
もしここで、いつも通りのティアヌなら、怒号をともなうやりとりがはじまるだろう。
それなのにどうした?
らしくないぞ、と慰めの一言でもかけるべきか?
ん~~、珍しくセルティガはうなる。
いや、いつものティアヌならば、哀れみより金をくれ並みのセリフでなじりかえしてくるだろう。
同情をかうことより、その実力をかってほしいタイプ、矜持の高さとプロ魂はもはや世界最高峰といってよい。
その腕前もさることながら、年下の少女とはおもえない貫禄にみちている。
勝ち気にしてテレ屋なティアヌ。背筋をただし、勇ましいくせにどこか孤独を背負っている。
虚勢をはらねば誰かに甘えることも、誰かに頼ることすらもできない。いや、甘え方そのものを知らないのだ。
誰かに頼ることは、弱いわけでもない。
どんなに魔法をたくみにあつかえることよりも本当に強いということ。一人ではないのだから。
ただ心の闇にのみこまれることは、とてもたやすいことだ。そこで諦めればそれで終わる。誰の心にも等しく闇は存在するからだ。
人は我が身の哀れさに、私は可哀想だ、と思いこめば思いこむほど、可哀想な人間に仕立てあげることができる。
思いこみとは被害妄想と嫉妬のかたまりだ。それに染まるか否か、本人の心がけしだい。
ありふれた小さな世界の自己愛に満たされ、満足できる人とできない人。
万民の幸せを誰よりも願い、平穏無事な一生をおくる人とそうでない人。
十人十色、人それぞれが様々な色をもち、わかりあえるまで共有しがたい幾千万もの考えを持つ、それが人である。
ティアヌがふいにみせたもう一つの顔。
その痛々しい小さな背中がいつにもまして小さく、支えてやらねばという気にさせる。
セルティガは掴んだティアヌの腕にわずかばかり力をこめる。
「吐きだしてしまえ、それを吐きだすことでお前が救われるのなら。
いっそのこと、お前を苦しめるすべてのものから、お前を守れたらいいのにな」
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