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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、20)
しおりを挟む「わかればよろしい。暑いがなんだ? 世の中には寒さと飢えに苦しむ人もいるっていうのに」
「あのね~」
「いいから歩け。つべこべ言わず、ひたすら歩け」
「一体全体、なんだっていうの? なんだかセルティガらしく……」
と告げてから、ティアヌはハッとした。
「…………」
思わず哀れみの目をセルティガにむける。
暑さでヤられちゃった? お気の毒さま、とこぼすと、セルティガの鋭い視線がティアヌに突き刺さった。
「なんか言ったか?」
すこぶる耳は正常に機能しているようだ。
「いいえ、べっつに~ぃ……」
となると、触らぬセルティガにたたりなし。
ならば自力で脳を修復せよ、セルティガ。今ならまだ傷は浅い。
「言いたい事があるなら声に出して言えよ」
セルティガをじっとりと見つめる。
「暑苦しい!」
「な!?他に何か言うことはないのか?」
「ない。暑いものを暑いと言って何が悪いわけ?ごちゃごちゃうるさい」
灼熱の大河はそこにいるだけでも体内の水分を蒸発させる。
のどは渇ききり、自然界で熱を発するもののなかで、もっとも高温な溶岩の真上ともなると、これぞまさしく灼熱地獄といった感じだ。
とても長居などする気にはなれない。
とりあえず話題だけは振っておく。
「大丈夫?」
「何が?」
「何がって頭に決まっているじゃない!他に心配のしどころがある?」
「お前の心配するところは俺自身ではなく、まずまっさきに頭なのか?
ハァ……俺も落ちぶれたものだ。苦学生のお前に心配されるなんて。かえって俺の方が心配してやらにゃ~ならんのに」
やけに刺々しい。
つっ掛かりかたも、いつもの露骨さに磨きがかからず、どこか洗練されていない。
「大丈夫ならいいのよ。旅をともにする仲間として、相手を気遣うのは当然の事。違う?
ペアを組んだからには、相手の変調はこれからを左右するわ。ま、一人じゃないんだから…そんなにカッカとするもんじゃないわ」
我にかえったセルティガは、俺、カッコ悪りぃ…などと呟きながら、四歳も年下の少女を見つめた。
「やっぱお前って姉御肌だよな」
「それ、褒めてないわよね?」
「十分、褒めている。俺の周りには今までいなかったタイプではあるな」
「それはそれはご愁傷さま。これまで女を見る目がなさすぎたようね。女はただ可愛いだけじゃダメなのよ。だから痛い目をみることになるのよ」
「あのな……それとこれとなんの関係もないだろうが」
「あるわよ。一つの価値観を例としてあげれば、男にとって待つ価値のある女は、一見して強気にみえて、実はそうでもない弱さを兼ね備えていたりするわけよ。
逆に言えば、良い女は男にどれだけ、コイツ俺がいないとダメなんだな、と、思わせられるかよね。
何かに打ち込む女性の美しさは、それだけで待つだけの価値があるってもんじゃない?」
決して都合のよい女でもない、特別な女性。
「落とすまで気長に待てるってものよ」
ティアヌは話しを区切り、
いいこと?よく聞きなさい、と口授はまだ終わるところをしらない。
「俺がいなくてもアイツなら一人でも生きていける、なんて本当にその人を愛している人の発言じゃないわ、幻想よ。
一人で平気な人なんていないもの。私を姉御肌呼ばわりしたけど、セルティガ、アンタは人を見る目がなさすぎよ」
ティアヌの座右の銘とする《男を待たせるだけの女になれ》《女に待たれるだけの男になれ》は、代々つたわる家訓ともいえる。
「わかった?」
セルティガは苦笑を浮かべずにはいられなかった。
やられた☆
年下の少女にものの見事に諭された。生き方そのものを。
「違いない」
「わかればいいのよ。ではあらためて釣り橋、攻略しちゃいましょ。次も難所よ」
「また?」
けれど、二人だからこそ乗り切れる。一人ではないから。
釣り橋の袂までくれば、あとはもう一息。
二人は先をいそいだ。
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