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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、9)
しおりを挟むティアヌが横たわるスレスレの位置を、光りのオーブがかけぬける。
セルティガは光りのオーブを軽い身のこなしでやりすごし、それと同時に、かけだした。
それは一瞬の出来事だった。
時空魔法の効果により、ゴキブリからはがされるようにして魔族の本体が切り離される。
午後六時三十分をしめすタイマー。
好機到来をまちわびていたセルティガは、手にした風斬丸に妖力をそそぎこむ。
魔刀を糧とする風斬丸は、妖力を神風となす。炎のような気が大きくゆらいだ。
「魔界へかえれ! 災いをもたらすものよ」
セルティガは剣をふりあげる。
風圧を自在にあやつり、剣はゴキブリの弱点をつく。
甲殻、黒光りする固い鎧の裏、やわらかめな腹のあたりを魔族の核ごと串刺しにつらぬいた。
「今度こそ、殺ったのか?」
ティアヌの背中ごしに爆音がとどろいた。
ティアヌの長い髪が爆風によってたなびく。ふたたび生暖かい風が洞窟の深部から流れよどみ、それはティアヌの首筋をかすめた。
「多分……」
ティアヌは松明の炎を地面にむける。
かつて敵だったそれは、もとのゴキブリサイズに収縮し、無残にも翅がむしれた状態で苔むした地面に横たえていた。
「この先、どんな敵が襲いかかってくるともしれないわね。気をひきしめてかからないと」
「そうだな」
「こう言っちゃアレだけど、憑依するならゴキブリ以外にしてほしい」
「高々ゴキブリごときじゃないか、さっきはさすがのこの俺も焦ったぞ」
ティアヌは目尻を吊り上げた。
「た~か~だ~か~?」
「ヤバッ……」
セルティガは地雷をふんだ。
鬼気せまるティアヌの形相に、微苦笑をうかべてやりすごす。
「アレが飛んでいる姿は恐怖そのもの。しかも方向転換して、こちらに向かって飛んでこられた日には…そく卒倒!
ま、こんな話しをセルティガにしたところで、スレた男には…いたいけな乙女心は理解できないのでしょうけど」
「乙女? そりゃ、どこにいるんだ?」
「どこに目をつけているの、ここにいるじゃない!」
たしかにセルティガは黙ってさえいれば、美形と認めてもいいだろう。
人間、誰にはばかることなく胸をはって誇れるものが何か一つでもあることは幸せなことだ。
だが、セルティガは人間性において多大な問題性あり!
天は二物を与えず、とはこのことだろう。
すべてにおいて満たされている人などいないように。
この男には、デリカシーがかけている。
「ま、アレだ。もしもまた、ゴキブリが襲ってきたら……俺が助けてやる、心配すんな」
「……ぇ?」
「俺にだって体質的に受け付けない苦手なものもある。お前の気持ちもわからなくもない」
セルティガは一見して軽薄きわまりない。
しかして、頑な考え方をするタイプではなかった。
人の意見に耳をかたむけ、時々ではあるが思いやりのある一面をみせる。
それは彼なりの不器用な優しさのあらわれなのかもしれない。
だが惜しむらくは、余計な一言が多く、照れ屋な彼はそれを見せたがらない。
セルティガという人物がよくわからなくなった。
「少しは克服するんだな。敵は弱点をつきたがるものだ」
生き物に憑依してこの世に厄災をもたらす魔族ならじゅうぶんありえることだ。
もしや、この洞窟ないにひそむあらゆる生き物に憑依し、行く手を阻むことは考慮するにたる。
「努力はしてみるわ」
二人は松明をかかげ、どこまでもつづく闇の深遠へとコマをすすめた。
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