魔道竜 ーマドウドラゴンー

冰響カイチ

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第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、2)

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洞窟の深部からながれよどむ生暖かい風にまじり、生臭い腐敗臭が風にのって、二人の鼻っ面まではこばれてきた。



近い!



そう感じた瞬間、セルティガはティアヌを突き飛ばし、真横にとびのく。

痛いッ、そう苦情の一つも言ってやりたいところではあるが、今はそれどころではない。

景気よく豪快に頭から壁に激突したためか、ズキズキと前頭部が痛む。

しこたまぶつけ、顔にも小さなすり傷をこさえたようだ。

こうなれば、かえって暗闇がありがたい。

乙女の顔を台無しにしてくれたこの返礼は、かならずかえさねば。

「大丈夫か?」

「まぁ、なんとか。それより敵は?」

「わからん!だが、気配は一つのみ。ならばなんとかなるだろう。立てるか?」

「えぇ」

狭い洞窟ならではの立地条件からして、セルティガに有利。適材適所というものだ。

「ヤツは俺がひきうける。お前はすきをついて呪文で援護してくれ」

「了解」

ティアヌは松明を消し、後方にさがる。

今回の敵にはセルティガにまかせた方が上策だ。


ヴァギャォーーーーッ。

無機質で奇怪な一声がとどろいた。

「くるぞ!」

ふたたび敵の咆哮があがった。

するとまた先ほどの気配が上空を舞う。

「痛ッ……」

「どうしたの?」

攻撃らしい攻撃をうけたおぼえはない。


暗闇に目がなれてきたこともあり、セルティガの頬に小さな切り傷がきざまれ、流血の様子がうかがえる。

その流血こそ、敵から攻撃されたことをしめし、何かがかすめた証しでもある。

「なんでもない、さがっていろ!」

なんでもないって、そんな強がり……。

たしかに相手の攻撃を見きわめられないこの状況ではティアヌは足手まといだ。

よって、遠慮なくさらに後退する。

「そこを動くなよ」

セルティガは鞘からスラリと剣をぬきはなち、脇にかかえこむようにしてかまえる。

ちょっ…まさか、と呟く前に、ティアヌの想像を裏切ることなく、セルティガは正体不明の敵へ真っ向勝負をしかけた。

「うぉぉぉぉぉぉぉーーー……………ッ」

早い!!

予想をはるかにこえるセルティガの俊敏差。

目ではその動きをとらえることができない見事な太刀筋。

聞こえるのは剣をふるう風切り音のみ。

シュッ、ヒュン、どれも敵をとらえることなき空振りの音がひびく。

上空へ移動した気配を追うようにして、セルティガの手にした剣はふりあげられた。

「ちっ!」

敵はセルティガの鋭い猛追をかわし、剣は空を横薙ぎに一線をひいた。

「な!?」

敵の動きを的確に予測して剣をふるったはず。だが敵は、予測をうわまわる光速の動きをみせる。

セルティガの俊敏差もさることながら、正体不明の見えざる敵は、瞬間移動でもするかのようにひと所に一秒たりともとどまらない。

セルティガは早くも息があがりはじめ、肩で荒い息を吐く。

狭い洞窟での全力の素振りがきいたらしい。

おかしい、おかしすぎるわ、ティアヌは一人ごちった。


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