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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、1)
しおりを挟む「アスボルト!(小さな灯火)」
手にした松明に明かりを灯す。
すると瞬く間に松明は火達磨となった。
「思っていたより中は広いようね」
「そうか? よく見えないぞ」
「まだ目が順応しきれていないからよ。そのうちに慣れればよく見えるようになるわ」
「だといいがな」
燃えはじめたばかりの松明の炎ではムラがある。
ひとしきり燃えさかったか、と思えばか細くチリチリと音をたて、とても不安定だ。
足もとには小さな石がザッと辺りいちめんにちりばめられ、おぼつかず千鳥足となる。
「おっとッ! 危ねぇー」
勢いあまってティアヌの背中につっこんだ。
「…痛ッ。ちょっと大丈夫?」
「お…おぅ……なんとか、すまん」
苔むした地面はジメジメとして湿り気をおび、足もとをさらう。
自然と歩みを慎重にさせた。
見るにみかねたティアヌは小さな嘆息をもらした。
「仕方がないわね。ちょっと警戒レベルがあがるけど、怪我でもされたら元も子もないし」
ティアヌは松明に手の平をかざし、炎を活発にさせた。
すると勢いよく燃えあがり、カビ臭い湿った空気をとりこみ、それを糧に激しく火の粉をちらす。
「毎度のことながら、鮮やかな魔法の腕前だ」
「まさか、セルティガからそんな誉めそやかされる日がくるとは……」
セルティガは松明に顔をよせ、
「レパートリーの量といい…絶妙な力かげん、アレンジの仕方なんかも他の魔道士なんてお前の足もとにもおよばん」
「ちょっと……何か変なものでも拾い食いしたんじゃない? 気持ちが悪いったらありゃしない」
ティアヌは憤然としてずかずかと歩き出す。
セルティガも次いで慌てて遅れがちにティアヌのあとをおう。
「俺はそこまで卑しくねぇ! 」
ティアヌは後方に意識をやる。
「なら…一体全体どうしたっていうの。誉めちぎっても特別手当ての支給なんてないわよ」
「いや、そういうことじゃなくて。なんていうか、こう見えて俺も世界中をまわり、数々の魔道士を見てきた。
そんな俺が言うんだから間違いない。お前は俺の知るかぎり、魔道士のなかでもぴかいちだ」
さすがにティアヌは身の置き所がなくなった。背中がむず痒くなる。
ティアヌはふりかえりざま手の平をセルティガにかざす。
「ストップ!! お願いだから…そのへんで勘弁して」
セルティガはまだ何か言い足りないのか、口をパクパクとさせた。
「だから、魔法とは本来よりよい生活をするため、それを補うため人間に授けられた力の一つ。うまく使わなきゃ意味がないじゃない」
「しかし魔法を使えないヤツだってたくさんいるぞ」
「たしかにそうね」
「ま、それでも……使えるにこしたことはない」
セルティガは目をほそめ、ぎこちなく一笑してみせた。
その表情は儚げで、いかにも消沈した様子はいつものセルティガらしくない。
「先へ進みましょう」
「お…おぅ…」
それでも気になって、ちらり、と何気ないしぐさで横目にセルティガへ目線をむけた。
「……一つでも呪文を使えれば、魔剣士、でしょう?」
けっして慰めたわけではないが、それは聞く側にとって慰めいがいのなにものでもない。
「そう…だな…」
セルティガは笑うのを失敗したかのように、自嘲ぎみに小さく口のはしをあげただけにとどめた。
それはセルティガからふっともれた弱音にもきこえた。
ついにはセルティガは自責の念にかられたのか孤影悄然とし、今にも泣きそうに曇る。
光りのかげんによってその表情は刻々と姿をかえた。
セルティガにかぎったことではなく、誰の心にもひそむ闇との葛藤がこのような弱音をはかせたのかもしれない。
しかしこの場で彼なりの事情はきけそうにない。
なぜなら、行く手をはばむ新手が登場したからだ。
セルティガは先を歩くティアヌの手首をやんわりとにぎった。
「止まれ」
穏やかな口調。
それとは対照的な力のこめられた武骨な手。
毎日、鍛練に鍛練のかさねられたマメだらけのセルティガの手の平が『この先は危険だ』と告げている。
セルティガは何者かの気配を察知し、間合いをとるかのように気配との距離をおく。
「……? ………!?」
それにつられるようにして遅ればせながらティアヌもその気配を察知した。
闇にとざされた前方に全神経をとがらせる。
つっと冷ややかな汗が頬をながれた。
セルティガはティアヌの手首を手放し、そのまま腰に佩いた剣の柄頭をにぎる。
動くな、そう言いたげな視線がティアヌと交差した。
わかった、そう伝えるべく、小さくうなずいてかえす。
不吉な風がながれた。
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