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第1章 禁断の魔道士
魔道竜(第1章、45)
しおりを挟む二・三歩進んでからまた立ち止まる。
あくまで最悪の事態を想定しておかなければならないのもまた事実だ。
「どうした?」
黄泉を行き来するだけならティアヌ一人でどうとでもなる。
しかしセルティガもともなって…となると話しは違ってくる。
行き来するための呪文、死者から身を守る防御呪文が必要とされる。
しかしあらゆる知識・呪文のレパートリーにとぼしいセルティガにとって火竜玉はぎりぎりの命綱。
この厳しい難局を無事にのりこえるのは至難の業、黄泉の扉が開かれた時点でアウト。
さすがのティアヌをもってしても、行き来できるのはひと呪文につきお一人様限定の秘術なのだ。
「別に…なんでもないわ」
「なんでもないって顔色じゃないぞ」
「……………」
となると冥界にひきずりこまれ、もしも二者択一をせまられたら容赦なくセルティガを切り捨てざるをえないだろう。
ティアヌは無自覚のうちにセルティガを見つめる。
「さも、何か言いたげだな」
「……別に」
二人して足止めをされていたのではもともこもない。怜悧冷徹、非情なまでに貪欲にならなければ時の神殿までたどりつけない。
ゆえにセルティガは死者の仲間いりは必至。おそらく二度とこちらの世界に戻ってくることはかなわないだろう………哀れなりセルティガ。
「悪く思わないでよね?」
「だからなんだ、その哀れみの目は!?
さっきから……別に別にって、言いたいことがあるならさっさと言え!」
「別に」
「おちょくってんのか?」
気まずい沈黙がおちる。
「ったく……」
女の゛別に゛ってセリフは……と、ブチブチなかばなげやりにはきすてた。
ちなみにティアヌだけなら黄泉から無事に生還できる。よって自身の安全の確保は万全だ。
聖域に足をふみいれるということは黄泉の領域をおかすのと同義語。
ある意味、黄泉とこの世界を区切る境界線は魂のおかれた世界観の違いによるものと想像に難くない。
ならばリスクをわざわざおかす必要もない。
ひとたび黄泉の扉が開かれれば、千人の魂を食らう地獄門が人畜とわず地獄にひきずりこもうとするだろう。よってその分、この世界にゾンビが補充される。ようは等価交換。
「本当になんでもないのよ。少し…考えごとをしてただけ」
「そうか、ならいいんだ」
ようは黄泉の扉が開かれないよう日が完全に暮れる前に確実な段取りをもって入口を開けばよいだけのことだ。
結論がでたところで、ティアヌは火口に意識をかたむける。
「洞窟の入口を探しましょうか」
しかしながらこの世界とて苦行や困難に満ちている。生き地獄も同然だ。試練の数々をのりこえ、それでも人は生きなければならないのだから。
「大丈夫よ、すぐに見つかるはずだから」
「なんだかお前が言うと簡単なことのようですべてをまかせられそうだ」
「そうかしら? そんな風に見える?」
「私についてらっしゃいッ! ってな感じだな」
「ぇ~? 異議あり!なんだかそれって嫌な表現すぎない? まるで私が自己中心的に物事を考えているみたいじゃない」
「不服か?」
「不服も不服! こんなにみんなのことを第一に優先する良き船長をつかまえて、よくも自己中よばわりしてくれたもんだわ」
「よばわりはしてないぞ」
「しっかりよばわっているじゃない」
唇をとがらせ、それでも伏し目がちにセルティガを見やる。
「私って…自己中?」
「人に指摘されて今ごろ気がついたのか? でも、まぁ…いいんじゃないのか? それで。俺は良い意味でいったんだしな」
素直に喜べ、と告げてから、セルティガはこれまで一度も見せたことのない会心の笑みを浮かべた。
「……ひ…卑怯だわ」
「は?」
トクン……。
不意をついたセルティガの笑みがティアヌの胸を高鳴らせる。
小さな痛みが胸をかけぬけた。
「ほ、誉め言葉、として胸に刻んでおこうかしら」
少し熱をおびた頬を見られまいとあさっての方へむきなおる。
「可愛いところが意外にあるんだな」
「か、可愛いぃ?」
不意打ちをくらって声がうわずり、ぎこちなくどもってしまう。
「マジ、愛いヤツだ」
「………。あのね~私で遊ばないでくれる? 誰だって誉められれば照れてしまうし顔も赤くなるわ」
「まぁ…珍しいものが見られたことでもあるし、そういうことにしておいてやるか」
勝ち誇ったようにセルティガはお兄さん風をふかす。
「私の赤面には深い意味はないのよ。そこんとこハッキリさせておくわ」
そんな力(りき)むティアヌの姿が妙に愛おしく感じられる。
照れて赤面するなんて誰しも当たり前なのに。
それでも可愛い、そう感じるのだ。
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