上 下
46 / 132
第1章 禁断の魔道士

魔道竜(第1章、45)

しおりを挟む


二・三歩進んでからまた立ち止まる。



あくまで最悪の事態を想定しておかなければならないのもまた事実だ。



「どうした?」



黄泉を行き来するだけならティアヌ一人でどうとでもなる。



しかしセルティガもともなって…となると話しは違ってくる。



行き来するための呪文、死者から身を守る防御呪文が必要とされる。



しかしあらゆる知識・呪文のレパートリーにとぼしいセルティガにとって火竜玉はぎりぎりの命綱。



この厳しい難局を無事にのりこえるのは至難の業、黄泉の扉が開かれた時点でアウト。


さすがのティアヌをもってしても、行き来できるのはひと呪文につきお一人様限定の秘術なのだ。



「別に…なんでもないわ」



「なんでもないって顔色じゃないぞ」



「……………」



となると冥界にひきずりこまれ、もしも二者択一をせまられたら容赦なくセルティガを切り捨てざるをえないだろう。



ティアヌは無自覚のうちにセルティガを見つめる。



「さも、何か言いたげだな」



「……別に」



二人して足止めをされていたのではもともこもない。怜悧冷徹、非情なまでに貪欲にならなければ時の神殿までたどりつけない。



ゆえにセルティガは死者の仲間いりは必至。おそらく二度とこちらの世界に戻ってくることはかなわないだろう………哀れなりセルティガ。



「悪く思わないでよね?」



「だからなんだ、その哀れみの目は!?
さっきから……別に別にって、言いたいことがあるならさっさと言え!」



「別に」



「おちょくってんのか?」



気まずい沈黙がおちる。



「ったく……」



女の゛別に゛ってセリフは……と、ブチブチなかばなげやりにはきすてた。



ちなみにティアヌだけなら黄泉から無事に生還できる。よって自身の安全の確保は万全だ。



聖域に足をふみいれるということは黄泉の領域をおかすのと同義語。


ある意味、黄泉とこの世界を区切る境界線は魂のおかれた世界観の違いによるものと想像に難くない。


ならばリスクをわざわざおかす必要もない。


ひとたび黄泉の扉が開かれれば、千人の魂を食らう地獄門が人畜とわず地獄にひきずりこもうとするだろう。よってその分、この世界にゾンビが補充される。ようは等価交換。



「本当になんでもないのよ。少し…考えごとをしてただけ」



「そうか、ならいいんだ」



ようは黄泉の扉が開かれないよう日が完全に暮れる前に確実な段取りをもって入口を開けばよいだけのことだ。


結論がでたところで、ティアヌは火口に意識をかたむける。



「洞窟の入口を探しましょうか」



しかしながらこの世界とて苦行や困難に満ちている。生き地獄も同然だ。試練の数々をのりこえ、それでも人は生きなければならないのだから。


「大丈夫よ、すぐに見つかるはずだから」


「なんだかお前が言うと簡単なことのようですべてをまかせられそうだ」



「そうかしら? そんな風に見える?」



「私についてらっしゃいッ! ってな感じだな」



「ぇ~? 異議あり!なんだかそれって嫌な表現すぎない? まるで私が自己中心的に物事を考えているみたいじゃない」



「不服か?」



「不服も不服! こんなにみんなのことを第一に優先する良き船長をつかまえて、よくも自己中よばわりしてくれたもんだわ」



「よばわりはしてないぞ」



「しっかりよばわっているじゃない」



唇をとがらせ、それでも伏し目がちにセルティガを見やる。



「私って…自己中?」



「人に指摘されて今ごろ気がついたのか? でも、まぁ…いいんじゃないのか? それで。俺は良い意味でいったんだしな」



素直に喜べ、と告げてから、セルティガはこれまで一度も見せたことのない会心の笑みを浮かべた。



「……ひ…卑怯だわ」



「は?」




トクン……。




不意をついたセルティガの笑みがティアヌの胸を高鳴らせる。



小さな痛みが胸をかけぬけた。



「ほ、誉め言葉、として胸に刻んでおこうかしら」



少し熱をおびた頬を見られまいとあさっての方へむきなおる。



「可愛いところが意外にあるんだな」



「か、可愛いぃ?」



不意打ちをくらって声がうわずり、ぎこちなくどもってしまう。



「マジ、愛いヤツだ」



「………。あのね~私で遊ばないでくれる? 誰だって誉められれば照れてしまうし顔も赤くなるわ」



「まぁ…珍しいものが見られたことでもあるし、そういうことにしておいてやるか」



勝ち誇ったようにセルティガはお兄さん風をふかす。



「私の赤面には深い意味はないのよ。そこんとこハッキリさせておくわ」



そんな力(りき)むティアヌの姿が妙に愛おしく感じられる。



照れて赤面するなんて誰しも当たり前なのに。


それでも可愛い、そう感じるのだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

処理中です...