超絶寵愛王妃 ~後宮の華~

冰響カイチ

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第24話(中)⑤花婿を知らぬ

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想起しつつ、うつむきながら話し出しを考え込む玉瑶。

今か今かと麗凛が悶々としだすと玉搖はやっとこさ重い口を開き、変わらずの声音で静かに語りだした。

「すべては入らずの森を守るため、ひいてはぬき様を守るためにございます」

ツッと顔をあげた。

「!?」

するとそれまでのうつむきがちで奥ゆかしい、可愛いお婆ちゃんとの印象を覆した。
今は背筋もシャンとして伸び、昨日目にした姿よりも今は十歳は若く見える。

その眼差しは皇子をしかと見据え、弱々しいお年よりの姿を消し去ってしまった。

「……を守る? 人間である玉搖が?」

強い眼差しを向けてくる玉瑶を煌禿は怪訝げに目を細めるて見る。

確かに妖怪を人が守るとは常識的にあり得ぬこと。
なれど、よく通る声。
頑なな意識を主張してくる眼差し。
崇拝するかのような【様】つき。

? あら、この声ってーーーーどこかで)

「!!」

ぁ、ぁの、と閃くまま口をはさむ。
怒られるかと思いきや、この上もなく微笑してかえす煌禿。

とくん、と胸が踊ったのは気のせい…………だろう。

皇子様は何故か質問され、答えられるとあるとことあるごとに大層喜ばれる。

だからきっと頼られることが嬉しいのだ。

「何だい?  気にせず言ってごらん」

ん? と念を推す甘やかな声。
そしてとろけるような微笑。
この声、顔つきといい。
ぁぁ、きっと王様とはなれお寂しいのね、そう心中を察した。

ここには気を赦せるものも少ないだろうし。

「では。恐れながら、ふにおちぬことが。もしや恐山で見かけた巫女のお婆さん、あれはーーーー」

「ぇぇ。ご明察どおりわたくしです」

きっぱりと言いはなった。言いよどむこともなく。逆にあっぱれだ。
麗凛はだめ押しをけしかける。

「 じゃ、恐山で祟りじゃーーとか叫んでいたおばあさんは本当に玉搖さんなのね!?」

信じがたくて今一度執拗に訊ねた。

「さようにございます」

が、どうにも混乱がおさまらない。

「玉搖さんにはちゃんと歯もあるみたいだし、それに顔中にあったあの刺青は?」

「歯に海苔をはれば遠目にならあるものも無くみえますし、それに顔料をつかえばそれっぽく見えます」

ぁぁ!!  ーーーーぃやぃや。そうじゃなくって。

「ぇぇっと、聞き間違いかしら、歯に海苔? 何やらとても久しぶりに聞いたような」

ご飯時に子供なら一度は絶対やりたがる。

「歯に海苔とは?」

高貴すぎるお方には無縁であった。

「皇子様も幼い頃にやりませんでしたか? 歯に小さく切った黒い海苔を貼り付けて歯が抜けて無いように見せかける行為のことです。
従兄がやって怒られていたものですから。てっきり男の子は皆一度はやるものだとばかり」

すると「コホン」とどこからか咳をはらわれた。
劉生少年のものだ。
確かにぶしつけだったかもしれない。
皇子様と貴族の子息と同等に扱うなかれだ。

麗凛の義兄である緋嗣もそのような愚行をもっとも嫌う。清廉潔白にして超無慈悲。生まれながらの聖天君主の誉れ。

生まれた時から最高の教育をうけてきた方にむかって何てことを。

「申し訳ありません」

申し訳なさげにうつむく。

「構わぬ。玉瑶、続けよ。何故そなたはそうまでしてぬきを助けたがる」

とにもかくにも時系列を辿ってみる。

例えば地元民しか知らない近道を通って一行より先回りをすれば歯の海苔をとり、顔を洗ってキレイに顔料をおとせるぐらいの十分に身支度を調えられる時を稼げていたただろう。

今のところは玉瑶の話に矛盾点は感じられない。

だが大人になってから歯に海苔をつける行為はわりとためらわれると思うが。

「わたくしとぬき様が初めて出会ったのは、かれこれ二百年前。まだこの離宮がたつ少し前のことです」

「バカなッ、二百年前といえば尊禿そんとく王の御世であるぞ」

尊禿、諡を永生大王。国民の困窮ぶりに号泣され、生涯を民のため捧げた聖君として語り継がれている。

「二百年前、この地で大飢饉がおこりました。それはそれは凄惨なものでした。人が人でなくなっていく。まさしく地獄絵図。その時にぬき様によって助けられ、その加護をうけわたくしは今もこうして生きております」

煌禿は悲痛な眼差しを伏せた。

「ーー天明の大飢饉、か。その大飢饉をうけ尊禿王は今後このような悲惨な出来事がおこらぬよう、離宮を建設され後世に語り継いだ、とあるが。まさしく史記にもそう記されておる」

妖怪の加護をうけ二百年前も生き続けている?
容易に受け入れられるものでもない。

だがこれまでの玉瑶の話に異を唱えられるほどの証拠なりともない。

小難しげにぅ~んと唸った煌禿を見、玉瑶は小さくうつむき、自からの袖をとる。

「それでもなお嘘だとお思いですか? その証拠にぬき様がわたくしにお与えになった加護の印がこれにございます」

するりと袖をたくしあげた。

「アザ?」

六十代後半とみられる水も弾かぬ細い腕。
手首から肘にかけて、丁度中ごろにあるクロネのような斑点。

「ぬき様の印、お手形にございますれば」

よく見なければ判別もできないような五つの点がより合わさった黒っぽいアザ。
泥濘によく見られる犬の足跡によく似ている。
これのおかげで玉搖は不老ないし、ゆるりと流れる時のおかげで長命なんだという。
確かな理由さえ自身でもよく分からないよう。
ただこの森の離宮付近にいさえすれば老いることもなく、穏やかにすごせていたのでぬきを守ることでその恩に報いることにしたという。

「ーーということは、ぬきの花嫁とは玉搖のことなのか?」

ぬきを見、知り合いのうえ玉搖はぬきをかばうところからしても決して嫌う様子もない。
ならば双方の合意のもとの婚礼ならば祝ってしかるべき?

てっきりうら若き妙齢の女性だとばかり思いこんでいたが。

しからば嫁入り道具のひとつも用意してやるべき、なのか?

「あら、それと同じようなものなら私にもあるわ」

「!?」

「離宮についてすぐに白い綿毛のような猫ちゃん? いぇ、ワンちゃんかしら。少し戯れたあと別れ、そうして気がついたらこんな風に」

知らず知らずのうちにどこかにぶつけでもしたのだろうぐらいの、あっけらかんとしている。

するとどこからか「ぁぁ」と聴こえる。劉生少年からのものだった。

「これで、ぬきの花嫁が見つかりましたね」

「ぇ?」









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