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第24話 (中)② この母にしてこの子あり
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「陛下がどこにもおられませぬ!」
時は一昨日前に遡る。
そう慌てふためき、なだれこんできたのは殷禿付きの宦官たちだった。
その筆頭として臥し項垂れる爺やとその他の諸々はひどく青ざめながらも、どこか気がそぞろ。
互いに顔を見合せ責任転換しあっているようにも見える。
沈黙によるなすりあいのすえ決着がつかず、仕方なし貴人が口を開くのを待っている体だ。
「……あの?」
爺やが薄ら視線をあげる。
いまだ王妃なき王ゆえ、王不在の王宮において殷禿に次ぐ権力をほこる王の生母・皇太后、 祥白その人だ。
「面をあげよ。それで?」
「申し訳ありません。くまなく王宮中をお探ししましたところ、馬匹が一頭行方不明と判明。王印の通行手形を持ったものが今朝がた宮外へ出たとの報告が。おそらくはその者が王様ではないかと」
どういたしましょう、そう訴えながらツッと顔をあげた爺や。困憊の色をにじませる震える眸が皇太后をとらえた。
「…………」
華美に飾り立てられた感情をもたない美しい 傀儡のよう。
妖艶なる美女は小さくうつむき、りぃんと歩揺が玲瓏なる音が奏でるとまるで何物にも興味を示さない虚ろな視線がおとされた。
「それなら妾が許可したぞぇ」
「はい?」
思いもかけぬ一声。次いで、ぁ、と声をもらした爺やと諸々は「申し訳ありません」と矢継ぎ早に謝辞をのべる。
が、それすらもどうでもよさそうに見えるのは気のせいだろうか。
「朝も早ようからたたき起こされてのぅ」
そうぼやくように呟き、朝の一服をすんと嗅ぐ。
朱に美爪のほどこされたか細い繊手が茶杯を包み、そうしてゆるく回し、ゆらぐ白濁ごと口にふくみ、ありとあらゆる五感を香りで満たしていく。
ゴクンと飲み下され、ふぅと息がもれた。
「お祖父さまの見舞いにどぅーーーーしても参りたいと懇願され。あの殷禿がそこまでお祖父さまっ子だとは知らなんだぞえ?」
お祖父さま、つまりは貴人(あなた)の実父のことですよね? そう、その場にいた誰もが思った。
「ところで、どこぞが悪いのかぇ?」
そこまで興味がないんかぃぃぃーーーー。
「……さぁ」
ぴんぴんしていたはずだが。
ぁぁ、この母にしてこの子あり。
その頃、この子、は―――――――
「ほぅ、あれか?」
馬匹がつらるるなか突として馬首をめぐらせ手綱がひかれた。
どうどう、と首をなでやると軽くいばえ、一団はゆっくりと制止する。
「ぇぇ」と首肯しながら馬腹を刈った殷禿は、
カッカと馬蹄の規則正しい跫音をひきつれ、隊長とおぼしき男の隣へ。
「…………」
チラリと盗み見る。
漆黒の笠ごしに時折り垣間見れた男の容貌は、歳の頃でいうと、殷禿とそうかわらぬ。
もしかしたら一つ二つほど歳上、兄の翔禿と同じ十九か二十頃かもしれない。
まだ歳若いその身で小隊を率いれるというだけで、家柄重視のコネ抜擢であるか、或いは王族に名をつらねるいずれかの二択。
稀に二者択一のうらやましい男もいる。
が、この男を半日ほど考察した結果、その両者にして実力によるものだろうと導きだした次第だ。
一国の君主として味方とすれば心強し。
敵とあらば手痛い目の上のこぶとなるだろう。
「あれに見える邑のはるか先に入らずの森と呼ばれる原初の森があり、その端に離宮があります」
遠く、森へとつづく峠らしき向こうに集落が見える。
木々にうもれるようにしてごく、ありきたりな民家がぽつぽつとある。
陽は頭上近くにあり昼下時とあってそこから白煙が細くたちのぼる。
「ん? …………入・ら・ず・の・森??」
男は含みを感じとったようで怪訝に首を傾ぐ。
ーーだろうとも、それも頷ける。
なので補足することにする。
「もっとも、そう近隣の邑人が呼んでいたものが定着したものだとか」
ま~、妖怪どもの巣窟であるとの一部の噂話は伏せておくことにする。
殷禿は続ける。
「森の向こうに見えるあれなる恐山は秘湯中の秘湯、湯量も豊富。なんでも珍しい砂風呂なるものが名物であると」
「ほぅ? 砂風呂とな。熱く熱せられた砂に埋もれるとかいうあれか」
パッと男の眸の奥が耀よう。
うんうん。解る人にはわかる。
温泉好きにはたまらない活火山でしか味わうことのできぬ秘湯中の秘湯。
「ぇぇ。よくご存知ですね。そういった立地ゆえ存在事態が忘れさられ王宮でもまた周知されておらず、お恥ずかしながら修繕および手入れもされず。なので皇女様来訪にともない慌てて修繕および補修のための突貫工事がほどこされたようです」
ハハハと空笑う殷禿。
なんせ良くて廃墟。見た目はお化け屋敷。
建造から二百年あまり。
当時は豪華絢爛。贅のかぎりをつくし、王宮をもしのぐ第二の王宮と謳われたという。
今となれば建造当時を偲ばせる要素など微塵もないらしい。
南無三。
使いもしないような離宮に割くよりも、実利一択。
後手後手で結構。使いもしない古い建物に大枚をはたいて誰が喜ぶ?
歴史的な価値より生きている人間の豊かさに勝るものなし。
くく、と苦笑しつつ男は小さく頷いた。
「なるほど。確かに秘境と呼ぶに相応しいな」
「ご尤も。では参りましょうか」
" ̄ ̄ぁぁ、あの向こうに伎玉がいる"
待っていよ、伎玉。
すぐに余も参るゆえ。
意気揚々と手綱をとり、再び一行は駆け出した。
時は一昨日前に遡る。
そう慌てふためき、なだれこんできたのは殷禿付きの宦官たちだった。
その筆頭として臥し項垂れる爺やとその他の諸々はひどく青ざめながらも、どこか気がそぞろ。
互いに顔を見合せ責任転換しあっているようにも見える。
沈黙によるなすりあいのすえ決着がつかず、仕方なし貴人が口を開くのを待っている体だ。
「……あの?」
爺やが薄ら視線をあげる。
いまだ王妃なき王ゆえ、王不在の王宮において殷禿に次ぐ権力をほこる王の生母・皇太后、 祥白その人だ。
「面をあげよ。それで?」
「申し訳ありません。くまなく王宮中をお探ししましたところ、馬匹が一頭行方不明と判明。王印の通行手形を持ったものが今朝がた宮外へ出たとの報告が。おそらくはその者が王様ではないかと」
どういたしましょう、そう訴えながらツッと顔をあげた爺や。困憊の色をにじませる震える眸が皇太后をとらえた。
「…………」
華美に飾り立てられた感情をもたない美しい 傀儡のよう。
妖艶なる美女は小さくうつむき、りぃんと歩揺が玲瓏なる音が奏でるとまるで何物にも興味を示さない虚ろな視線がおとされた。
「それなら妾が許可したぞぇ」
「はい?」
思いもかけぬ一声。次いで、ぁ、と声をもらした爺やと諸々は「申し訳ありません」と矢継ぎ早に謝辞をのべる。
が、それすらもどうでもよさそうに見えるのは気のせいだろうか。
「朝も早ようからたたき起こされてのぅ」
そうぼやくように呟き、朝の一服をすんと嗅ぐ。
朱に美爪のほどこされたか細い繊手が茶杯を包み、そうしてゆるく回し、ゆらぐ白濁ごと口にふくみ、ありとあらゆる五感を香りで満たしていく。
ゴクンと飲み下され、ふぅと息がもれた。
「お祖父さまの見舞いにどぅーーーーしても参りたいと懇願され。あの殷禿がそこまでお祖父さまっ子だとは知らなんだぞえ?」
お祖父さま、つまりは貴人(あなた)の実父のことですよね? そう、その場にいた誰もが思った。
「ところで、どこぞが悪いのかぇ?」
そこまで興味がないんかぃぃぃーーーー。
「……さぁ」
ぴんぴんしていたはずだが。
ぁぁ、この母にしてこの子あり。
その頃、この子、は―――――――
「ほぅ、あれか?」
馬匹がつらるるなか突として馬首をめぐらせ手綱がひかれた。
どうどう、と首をなでやると軽くいばえ、一団はゆっくりと制止する。
「ぇぇ」と首肯しながら馬腹を刈った殷禿は、
カッカと馬蹄の規則正しい跫音をひきつれ、隊長とおぼしき男の隣へ。
「…………」
チラリと盗み見る。
漆黒の笠ごしに時折り垣間見れた男の容貌は、歳の頃でいうと、殷禿とそうかわらぬ。
もしかしたら一つ二つほど歳上、兄の翔禿と同じ十九か二十頃かもしれない。
まだ歳若いその身で小隊を率いれるというだけで、家柄重視のコネ抜擢であるか、或いは王族に名をつらねるいずれかの二択。
稀に二者択一のうらやましい男もいる。
が、この男を半日ほど考察した結果、その両者にして実力によるものだろうと導きだした次第だ。
一国の君主として味方とすれば心強し。
敵とあらば手痛い目の上のこぶとなるだろう。
「あれに見える邑のはるか先に入らずの森と呼ばれる原初の森があり、その端に離宮があります」
遠く、森へとつづく峠らしき向こうに集落が見える。
木々にうもれるようにしてごく、ありきたりな民家がぽつぽつとある。
陽は頭上近くにあり昼下時とあってそこから白煙が細くたちのぼる。
「ん? …………入・ら・ず・の・森??」
男は含みを感じとったようで怪訝に首を傾ぐ。
ーーだろうとも、それも頷ける。
なので補足することにする。
「もっとも、そう近隣の邑人が呼んでいたものが定着したものだとか」
ま~、妖怪どもの巣窟であるとの一部の噂話は伏せておくことにする。
殷禿は続ける。
「森の向こうに見えるあれなる恐山は秘湯中の秘湯、湯量も豊富。なんでも珍しい砂風呂なるものが名物であると」
「ほぅ? 砂風呂とな。熱く熱せられた砂に埋もれるとかいうあれか」
パッと男の眸の奥が耀よう。
うんうん。解る人にはわかる。
温泉好きにはたまらない活火山でしか味わうことのできぬ秘湯中の秘湯。
「ぇぇ。よくご存知ですね。そういった立地ゆえ存在事態が忘れさられ王宮でもまた周知されておらず、お恥ずかしながら修繕および手入れもされず。なので皇女様来訪にともない慌てて修繕および補修のための突貫工事がほどこされたようです」
ハハハと空笑う殷禿。
なんせ良くて廃墟。見た目はお化け屋敷。
建造から二百年あまり。
当時は豪華絢爛。贅のかぎりをつくし、王宮をもしのぐ第二の王宮と謳われたという。
今となれば建造当時を偲ばせる要素など微塵もないらしい。
南無三。
使いもしないような離宮に割くよりも、実利一択。
後手後手で結構。使いもしない古い建物に大枚をはたいて誰が喜ぶ?
歴史的な価値より生きている人間の豊かさに勝るものなし。
くく、と苦笑しつつ男は小さく頷いた。
「なるほど。確かに秘境と呼ぶに相応しいな」
「ご尤も。では参りましょうか」
" ̄ ̄ぁぁ、あの向こうに伎玉がいる"
待っていよ、伎玉。
すぐに余も参るゆえ。
意気揚々と手綱をとり、再び一行は駆け出した。
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