超絶寵愛王妃 ~後宮の華~

冰響カイチ

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第16話 聲の大きさ

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夕べのてんやわんやな荷造りを無事に終え、どうにか日の出とともに憬麟を出発した。

一行は名もなき秘湯にむけ馬車にゆられ、およそ五時間で目的地へ到着の予定だ。

輿入れ以来の馬車旅はあの時とはまた違ったドキドキがいっぱいで、目に飛び込んでくる全てのものが真新しい。

麗凜は目の下のクマさえ霞む温かな陽光に眸を輝かせていた。

「いいお天気ですね」

絶好の旅日より。しかし温度が上昇してこないのは、きっと標高のせいもある。
なだらかな傾斜を軽快にのぼっていく。
振り返ると伎玉や風鈴たちを乗せた後続の馬車が小さく見える。

王宮から離れるにつれ、町並みは集落に近くなり、そのうちに深緑に埋もれるれようにしてぽつぽつと民家の屋根らしきものが確認できた。

紫輝とそう変わらない景色。長閑で、田畑を掘り起こす農夫。河原で衣類を洗濯する女人。どこでもよく見られる光景も、よく見るとお国柄の違いもあって楽しくてならない。

国は違えど、貧富の差、日常の光景といったものはさほどかわりない。

なのに、人は生まれ落ちた瞬間に運命が決まる。

農夫であれば子も農夫に。
官吏であれば子もそれなりに。
貧乏は貧乏のまま。

抗えぬ運命の歯車によって人は懸命に生きている。

「…………」

気持ちが打ち沈んでいると「ぅーん」と小難しげな皇子の一言で我にかえった。


「伎玉。先程より何やら良い臭いが」

甘ったるい臭いが馬車に充満する。

「ぁぁ。そろそろ食べ頃ですね」

火鉢の中の炭を、よっこらせ、と天地返し。コロンと掘り起こす。

「その黒いものは何だい?」

「焼き芋ですよ」

「焼き芋!?」

「長旅にオヤツの一つもないんじゃつまらないでしょう?  ただの焼き芋かとあなどるなかれ、簡単なくせしてとても美味しい!  しかも腹持ちがよくて大満足のお菓子ですよ」

「ほぅ、素晴らしい!」

パチパチと手を叩いて称賛する皇子様。

「それはそうと。これは?」

筒状の陶器だ。くつくつと沸いている。

「お酒をお燗するやつです」

「それは存じておる」

「お湯を沸かすのにいいかと思って。そろそろ湯も沸いたことだし、お茶にしましょう」

粉砕された緑の粉をさらさらと溶かしいれる。

なるほど、と感心して頷かれると恥ずかしい気もするが。

「今さら君の突飛な行動には驚きもしないよ」

そりゃそうだ。

熱々の薩摩芋を二つに手おる。それを懐紙でくるみ、皇子に手渡した。

「景色も最高ですし、たまにはこういう遠出もいいものですね」

こぽこぽと茶杯に注ぎ手渡す。

「うん。絶景だね」

堪能しつつ二人で茶をすすった。

窓のむこうは町並みから山景へ。
緑なす白樺やら人には抗えぬ自然のなかへ突き進む。

「皇子様、お口に」

ふきふきと手巾で拭き取る。

「ありがとう。やはり君でよかった」

ご満悦そうに煌禿は柔らかく笑む。

「お役にたてて私も嬉しいです」

皇子様の馬車に同乗するにいたった経緯は以下のようなものからだ。


『皇子様に随行するはずだった侍女が急に腹痛でお供できなくなった』

困った、困った、とお困りの様子の侍従長官。

『まぁ、それはお気の毒に』

伎玉こと皇女が困り顔で言う。
いままさに出発するという間際に飛び込んだ  アクシデントに、さすがににっちもさっちもいかぬ様子。

『あまりに急なため侍女を選ぼうにも皇子様がお許しにならぬ。どうしたものか』

気の合う、合わないということなのか。
普段、お茶を無償でお呼ばれする身だ。何かしらの役にたてればと、よくわからないまま麗凜は挙手する。

『私がやりましょうか』と。

それで皇子様と二人きりの馬車旅となったわけであるが。


「鹿だわ、あそこ!」

「急に立ったりしたら危なっ……」

ゴトンと音をたてて傾ぐ馬車。

「きゃ」

抱きすくめられ、見つめあった。呼吸がとまる。
唇と唇が触れるか触れないかの絶妙な距離で肩を抱かれたまま一拍分の時が流れた。

「大丈夫かい?  ケガは?」

はた、と目が合ったまま。

キレイだ。
曇りもなく清くすんで。
兄とも違う。同じ年の少年とも異なる。の目だ。

ドキリとする。

呼吸が弾んだ気がするのは気のせいだろう。

「……だ、大丈夫です」

いつもの侍女笑顔でかわした。
ちょっと意識してしまった、と皇子に言えば、図に乗る気がして言いそびれてしまった。

煌禿は安全を確認するようにして懐深くに麗凜を抱く。

「ちょっと待って。確認するから。何事だ」

外の従者に問う。

「脱走です」

「脱走?」

怪訝そうに煌禿の方眉がはねる。

「はい。年若い兵士が急に奇声をあげて隊を離脱したようで」

「奇声?」

「はぁ。ぬるき、とか、ぬき様とか?  詳細はいま確認中で兵にあとを追わせています」

「ぬるき?  はて」
麗凜と顔を見合わせた。

「…………」

麗凜は首をふる。

博学に富む麗凜とて知らぬ名だ。

「わかった。脱走兵については引き続き捜索を頼む。何かわかり次第すぐに知らせてくれ」

「御意」

  
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