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第7話 皇女の幸いなる休日
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「どうしたものかしら」
麗凜は途方に暮れていた。
憬麟王か第三皇子のいずれかを夫に選べ、そう言われても一向に心が動かない。
いや、動くはずがなかった。
婚約者であった翔禿を失ったばかりだ。
なのに兄はなんと酷な選択を強いるのだろう。
女という生き物をバカにしているのだろうか。
それともお手軽にコロコロと心変わりするとでも?
現実も物語でさえもいつだって泣かされるのは女ばかりだ。
時の権力者にもてあそばれ悲運な一生をおくる女性もいるだろう。
また、好色な夫のもとで日々なき暮らす女性もいるだろう。
そうした女性の多くが別れるに別れられず、やむを得ない事情のもとにある。
人は何のために生まれてくるのだろう。
幸福とは程遠い幼少期、親から学べたことといえば、いかにして権勢をほこるかについて。愛情など、そこに微塵もなく、優しさや思いやりといった多彩な感情は一切ない。
ただみじめったらしい保守的感情ばかりがしめ、道徳的観念やら、人間らしさはおざなりにされていた。
だから、翔禿の人を人としていたわれる優しさと誠実な人柄、王としての思慮深さに心が惹かれた。
もうあんな素晴らしい、ひとりの人間としても尊敬できる人に出逢えない。
「…………」
この小指に糾われていたはずの運命の赤い糸。
プッツリと切れ、もう誰とも結ばれることはない。
あれが一生に一度きりの恋だった。
「姫様、これではあんまりではないですか」
「どうしたの急に」
「婚約者が失くなったとあれば、すぐにでも帰国させてしかるべきですのに」
風鈴の怒りはしごく真っ当なものだ。
「でも兄上の性格上、ぁぁ言うかな、という可能性は考えなくもなかったわ」
それでも、わずかな肉親の情に期待していた。
「陛下からの書状には何と?」
「公帛周殿が申した通りよ。いっそ清々しいぐらい他のことはなにも」
通達というより事務的書簡。とても兄妹に送る玉梓とは思えない。
あぶり文字でも仕掛けられてないかと料紙の隅々、裏に至るまでを入念に調べてみたが、それらしい痕跡は見あたらなかった。
嫁ぐ際の別れの杯を交わした折りに、兄は情さえも捨ててしまわれたのか。
君主たるもの、それもやむを得ないのだろう。
兄弟は明日の政敵。利害が一致している間は心強い味方であるが、敵にまわせば他の誰よりも手ごわい敵となる。
王とは孤独と表裏一体。兄の笑顔を最後に見たのはいつだった?
「返書に帰国を訴えるつもりだけど、それも突っぱね返されるでしょうね」
で戻ったとして、また引きこもりされるぐらいなら、いっそ嫁がせてしまえ、といった兄の思惑がそこかしこと感じられなくもないが。
天の岩戸をやっとこさ開いたのだ。この機会に乗じて社会復帰させたいと考えているのに違いなかった。
でも、それで兄の笑顔をもう一度見れるのなら?
いやいや、そんなことで見れた笑顔など、冷笑か何かの含み笑いがせいぜい。
見たいのは破顔、一択。
「まぁ、私がどちらも選ばないとなれば兄上のお気持ちもゆらぐ可能性はあるわ。とりあえずこちらの意向を伝えるだけして、様子をみるよりほかないわ」
「では、伎玉はどうしましょう」
つっと伎玉に視線が集中した。
「このまま続行よ。きっと今のままでは兄上も納得してくださらない。だったら選ぶフリぐらいみせないと。選ぶだけ選んだすえ、どちらも選べなかった、というのがおもだった筋書き」
「はぁ、なるほど」
「ありのままの憬麟王と第三皇子をみるため、このまま私は伎玉として接触するつもりよ」
というより接触済みであるが。
それをうまく利用して、三者三様という憬麟王と第三皇子の人となりを知るためにはもってこいの立ち位置といえよう。
「伎玉には悪いけど、少なくとも二ヶ月の間、引き続き替え玉姫を頼めるかしら?」
「ぇぇ。もちろん構いません。けど、偽りを続け大丈夫でしょうか」
「不敬であると?」
こくこくと伎玉はうなづく。
「事情があったとはいえ、はじめから偽ったものを今さら引っ込められないわ。ならばそれを利用するまでよ」
「…………」
風鈴と伎玉は、似た者兄妹だ、と思った。言っていることがまるで同じで、考え方までそっくりときた。
ある意味、頑固。その頑固さが麗凜の場合は引きこもりにつながったわけであるが、緋嗣と麗凜が幼い頃より仲がよかった理由もその頑固さという共通点があってこそだろう。
似た者兄妹、今回ばかりは血は水よりも濃いというように肉親の情が勝ると信じ、緋嗣が折れてくれるのを待つしかない。
「たった二ヶ月よ? 何ができるっていうのよ」
何が変わるわけでもなし。
麗凜の脳内に、世の中には一瞬にして恋に堕ちる人もいるとは頭の片隅にもなかった。
麗凜の憤慨した気迫に気圧された風鈴と伎玉は苦い笑いを浮かべるしかなかった。
「まぁ、翔禿様と見た目だけなら同じ顔ですものね。あとは選ぶ要素としては限られてくるでしょう」
「でしょう?」
「折よく双方からお茶のお誘いのお声がかかっておりますし。侍女なればかやのそとよろしく、第三者的客観視のうえ、よくよく観察もできましょうから」
「じゃあ風鈴もこの案に賛同してくれるのね? 伎玉は?」
「もちろん、賛同です」
こくこくと首降り人形のように激しくうなづく。
「そうと決まればさっそく兄上に書状をしたためるわ」
いそいそと硯箱をとりだし、墨をする。
「では私がそれを使者殿に渡して参りましょう」
「風鈴、頼むわね」
斜陽がてる頃、風鈴は書簡をたずさえ王宮をこっそりとぬけだし、使者たち一行の宿屋にむかった。
「大丈夫でしょうか」
伎玉は不安げに卓上にならべられた筆やらを手早く硯箱におさめていく。
皇女の衣装をまといながら、侍女のようにかいがいしく世話をやく。はたからみれば異様な光景だろう。
「風鈴のことかしら? 風鈴なら大丈夫よ、この手のお使いなら慣れているし。それより片付けは私がやるわ。あなたは皇女らしく座っていて」
よいしょっ、と伎玉がまとめ終えた硯箱一式を戸棚に戻す。
「これでよし」
もとの椅子に腰をおろすと、伎玉の手が茶器に伸びる。
「ぁぁ、いいのよ。私がやるから」
麗凜は茶杯へ茶器をかたむける。
柔らかくたちのぼる白濁にジャスミンが馨る。
「はぁ。でも落ち着かないというか、手持ち無沙汰というか」
くす、と小さく笑む。
「伎玉はまじめね。サボるとかそういう気持ちにならないところが伎玉の凄いところだと思うわ」
麗凜ならばすぐに府庫に寄り道をしたりして、書架を読みふけりだすだろう。
「そんなことは……当たり前のことです」
「あのね、世の多くの人にとって、その当たり前が難しいのよ? ほら、冷めちゃう」
伎玉をうながし、茶杯をゆるくかたむける。
「それにしても荷物が増えたわね」
迎賓館に押し込められた当初からは考えられない量の荷物が日ごとに増えている気がする。
「風鈴様から使えそうなものだけ荷ほどきせよとおおせつかりまして」
「ぁぁ、あの空き室に押し込めた」
今まではいつ帰国するかもわからない状況とあって紫輝からもたされた大量の嫁入り道具はそのまま空き室に突っ込んだままだったが、すぐに帰国できないと知るや風鈴が入り用な物だけ荷ほどきさせたようだ。
「どれも見事な一品です」
目を輝かせる伎玉とは対称的に冷ややかに眺める。
「でしょうね。国の威信ってやつですもの」
嫁入り道具としてあつらえられたばかりの品々は、王妃の持ち物として相応しい螺鈿と蒔絵がほどこされた最高級品ばかり。こった細工が名工による作品だと誰のめにもわかるほど。
翔禿がもし今も健在であれば、憬麟の王妃となってその存在感をいかんなく発揮させていただろう。
今の立場では身に余る数々の豪華な装身具に囲まれ、憬麟にまでやってきて、何をやっているのかと途方にくれる。
ふと、嫁入り道具のひとつ、木片に目をとめた。
「暇なら、五目並べでもする?」
「何ですか、灯りもつけずに」
そう言って扉を開いた風鈴は手燭をたずさえていた。
「あら、いつの間に日も暮れて? 道理で手元が見えずらいわけだわ」
外の暗がりぶりに目をやっている隙に三度目の勝敗がついた。
「一目差です」
「あら、また私の負けね。伎玉は強いのね、全敗よ」
「恥ずかしながら五目並べには少し自信がありまして」
「どこがいけなかった?」
ぶちぶち勝敗について検討していると風鈴が手のひらを打つ。
「はいはい、お開きに。伎玉、灯りをつけて」
種火となる手燭を麗凜が奪った。
「はぁい」
「姫様!?」
「だって今は私が伎玉でもあるもの、別にいいでしょう?」
「まぁ、そうですけど。でも」
スゥーと光の残像を残し、室の至るところをまわりながら蝋燭に灯りを灯していく。
「ほら、灯りもつけたことだし、続きをやる?」
「何を子供みたいなことを。すぐに夕食ですよ、片付けてくださいませ」
「風鈴。もう一戦だけ? ね?」
「ダメなものはダメです!」
「…………わかったわよ」
いそいそと碁石を戻し、重い碁盤も戸棚に戻し終える。
しばらくすると十数人にもおよぶ女官たちが入れ替わり立ち代わりお膳を並べていく。
円卓はすぐに食べきれないほどのご馳走で一杯になった。
「さぁ、いただきましょう」
恒例になった三人一緒で囲む食卓は、麗凜にとって一番楽しい時間になっていた。
その日の深夜。麗凜は例にもれずまた府庫にもぐりこんでいた。
小さな手燭の灯りをたよりに文字をおう。
するとーーーー
「先客か」
麗凜は途方に暮れていた。
憬麟王か第三皇子のいずれかを夫に選べ、そう言われても一向に心が動かない。
いや、動くはずがなかった。
婚約者であった翔禿を失ったばかりだ。
なのに兄はなんと酷な選択を強いるのだろう。
女という生き物をバカにしているのだろうか。
それともお手軽にコロコロと心変わりするとでも?
現実も物語でさえもいつだって泣かされるのは女ばかりだ。
時の権力者にもてあそばれ悲運な一生をおくる女性もいるだろう。
また、好色な夫のもとで日々なき暮らす女性もいるだろう。
そうした女性の多くが別れるに別れられず、やむを得ない事情のもとにある。
人は何のために生まれてくるのだろう。
幸福とは程遠い幼少期、親から学べたことといえば、いかにして権勢をほこるかについて。愛情など、そこに微塵もなく、優しさや思いやりといった多彩な感情は一切ない。
ただみじめったらしい保守的感情ばかりがしめ、道徳的観念やら、人間らしさはおざなりにされていた。
だから、翔禿の人を人としていたわれる優しさと誠実な人柄、王としての思慮深さに心が惹かれた。
もうあんな素晴らしい、ひとりの人間としても尊敬できる人に出逢えない。
「…………」
この小指に糾われていたはずの運命の赤い糸。
プッツリと切れ、もう誰とも結ばれることはない。
あれが一生に一度きりの恋だった。
「姫様、これではあんまりではないですか」
「どうしたの急に」
「婚約者が失くなったとあれば、すぐにでも帰国させてしかるべきですのに」
風鈴の怒りはしごく真っ当なものだ。
「でも兄上の性格上、ぁぁ言うかな、という可能性は考えなくもなかったわ」
それでも、わずかな肉親の情に期待していた。
「陛下からの書状には何と?」
「公帛周殿が申した通りよ。いっそ清々しいぐらい他のことはなにも」
通達というより事務的書簡。とても兄妹に送る玉梓とは思えない。
あぶり文字でも仕掛けられてないかと料紙の隅々、裏に至るまでを入念に調べてみたが、それらしい痕跡は見あたらなかった。
嫁ぐ際の別れの杯を交わした折りに、兄は情さえも捨ててしまわれたのか。
君主たるもの、それもやむを得ないのだろう。
兄弟は明日の政敵。利害が一致している間は心強い味方であるが、敵にまわせば他の誰よりも手ごわい敵となる。
王とは孤独と表裏一体。兄の笑顔を最後に見たのはいつだった?
「返書に帰国を訴えるつもりだけど、それも突っぱね返されるでしょうね」
で戻ったとして、また引きこもりされるぐらいなら、いっそ嫁がせてしまえ、といった兄の思惑がそこかしこと感じられなくもないが。
天の岩戸をやっとこさ開いたのだ。この機会に乗じて社会復帰させたいと考えているのに違いなかった。
でも、それで兄の笑顔をもう一度見れるのなら?
いやいや、そんなことで見れた笑顔など、冷笑か何かの含み笑いがせいぜい。
見たいのは破顔、一択。
「まぁ、私がどちらも選ばないとなれば兄上のお気持ちもゆらぐ可能性はあるわ。とりあえずこちらの意向を伝えるだけして、様子をみるよりほかないわ」
「では、伎玉はどうしましょう」
つっと伎玉に視線が集中した。
「このまま続行よ。きっと今のままでは兄上も納得してくださらない。だったら選ぶフリぐらいみせないと。選ぶだけ選んだすえ、どちらも選べなかった、というのがおもだった筋書き」
「はぁ、なるほど」
「ありのままの憬麟王と第三皇子をみるため、このまま私は伎玉として接触するつもりよ」
というより接触済みであるが。
それをうまく利用して、三者三様という憬麟王と第三皇子の人となりを知るためにはもってこいの立ち位置といえよう。
「伎玉には悪いけど、少なくとも二ヶ月の間、引き続き替え玉姫を頼めるかしら?」
「ぇぇ。もちろん構いません。けど、偽りを続け大丈夫でしょうか」
「不敬であると?」
こくこくと伎玉はうなづく。
「事情があったとはいえ、はじめから偽ったものを今さら引っ込められないわ。ならばそれを利用するまでよ」
「…………」
風鈴と伎玉は、似た者兄妹だ、と思った。言っていることがまるで同じで、考え方までそっくりときた。
ある意味、頑固。その頑固さが麗凜の場合は引きこもりにつながったわけであるが、緋嗣と麗凜が幼い頃より仲がよかった理由もその頑固さという共通点があってこそだろう。
似た者兄妹、今回ばかりは血は水よりも濃いというように肉親の情が勝ると信じ、緋嗣が折れてくれるのを待つしかない。
「たった二ヶ月よ? 何ができるっていうのよ」
何が変わるわけでもなし。
麗凜の脳内に、世の中には一瞬にして恋に堕ちる人もいるとは頭の片隅にもなかった。
麗凜の憤慨した気迫に気圧された風鈴と伎玉は苦い笑いを浮かべるしかなかった。
「まぁ、翔禿様と見た目だけなら同じ顔ですものね。あとは選ぶ要素としては限られてくるでしょう」
「でしょう?」
「折よく双方からお茶のお誘いのお声がかかっておりますし。侍女なればかやのそとよろしく、第三者的客観視のうえ、よくよく観察もできましょうから」
「じゃあ風鈴もこの案に賛同してくれるのね? 伎玉は?」
「もちろん、賛同です」
こくこくと首降り人形のように激しくうなづく。
「そうと決まればさっそく兄上に書状をしたためるわ」
いそいそと硯箱をとりだし、墨をする。
「では私がそれを使者殿に渡して参りましょう」
「風鈴、頼むわね」
斜陽がてる頃、風鈴は書簡をたずさえ王宮をこっそりとぬけだし、使者たち一行の宿屋にむかった。
「大丈夫でしょうか」
伎玉は不安げに卓上にならべられた筆やらを手早く硯箱におさめていく。
皇女の衣装をまといながら、侍女のようにかいがいしく世話をやく。はたからみれば異様な光景だろう。
「風鈴のことかしら? 風鈴なら大丈夫よ、この手のお使いなら慣れているし。それより片付けは私がやるわ。あなたは皇女らしく座っていて」
よいしょっ、と伎玉がまとめ終えた硯箱一式を戸棚に戻す。
「これでよし」
もとの椅子に腰をおろすと、伎玉の手が茶器に伸びる。
「ぁぁ、いいのよ。私がやるから」
麗凜は茶杯へ茶器をかたむける。
柔らかくたちのぼる白濁にジャスミンが馨る。
「はぁ。でも落ち着かないというか、手持ち無沙汰というか」
くす、と小さく笑む。
「伎玉はまじめね。サボるとかそういう気持ちにならないところが伎玉の凄いところだと思うわ」
麗凜ならばすぐに府庫に寄り道をしたりして、書架を読みふけりだすだろう。
「そんなことは……当たり前のことです」
「あのね、世の多くの人にとって、その当たり前が難しいのよ? ほら、冷めちゃう」
伎玉をうながし、茶杯をゆるくかたむける。
「それにしても荷物が増えたわね」
迎賓館に押し込められた当初からは考えられない量の荷物が日ごとに増えている気がする。
「風鈴様から使えそうなものだけ荷ほどきせよとおおせつかりまして」
「ぁぁ、あの空き室に押し込めた」
今まではいつ帰国するかもわからない状況とあって紫輝からもたされた大量の嫁入り道具はそのまま空き室に突っ込んだままだったが、すぐに帰国できないと知るや風鈴が入り用な物だけ荷ほどきさせたようだ。
「どれも見事な一品です」
目を輝かせる伎玉とは対称的に冷ややかに眺める。
「でしょうね。国の威信ってやつですもの」
嫁入り道具としてあつらえられたばかりの品々は、王妃の持ち物として相応しい螺鈿と蒔絵がほどこされた最高級品ばかり。こった細工が名工による作品だと誰のめにもわかるほど。
翔禿がもし今も健在であれば、憬麟の王妃となってその存在感をいかんなく発揮させていただろう。
今の立場では身に余る数々の豪華な装身具に囲まれ、憬麟にまでやってきて、何をやっているのかと途方にくれる。
ふと、嫁入り道具のひとつ、木片に目をとめた。
「暇なら、五目並べでもする?」
「何ですか、灯りもつけずに」
そう言って扉を開いた風鈴は手燭をたずさえていた。
「あら、いつの間に日も暮れて? 道理で手元が見えずらいわけだわ」
外の暗がりぶりに目をやっている隙に三度目の勝敗がついた。
「一目差です」
「あら、また私の負けね。伎玉は強いのね、全敗よ」
「恥ずかしながら五目並べには少し自信がありまして」
「どこがいけなかった?」
ぶちぶち勝敗について検討していると風鈴が手のひらを打つ。
「はいはい、お開きに。伎玉、灯りをつけて」
種火となる手燭を麗凜が奪った。
「はぁい」
「姫様!?」
「だって今は私が伎玉でもあるもの、別にいいでしょう?」
「まぁ、そうですけど。でも」
スゥーと光の残像を残し、室の至るところをまわりながら蝋燭に灯りを灯していく。
「ほら、灯りもつけたことだし、続きをやる?」
「何を子供みたいなことを。すぐに夕食ですよ、片付けてくださいませ」
「風鈴。もう一戦だけ? ね?」
「ダメなものはダメです!」
「…………わかったわよ」
いそいそと碁石を戻し、重い碁盤も戸棚に戻し終える。
しばらくすると十数人にもおよぶ女官たちが入れ替わり立ち代わりお膳を並べていく。
円卓はすぐに食べきれないほどのご馳走で一杯になった。
「さぁ、いただきましょう」
恒例になった三人一緒で囲む食卓は、麗凜にとって一番楽しい時間になっていた。
その日の深夜。麗凜は例にもれずまた府庫にもぐりこんでいた。
小さな手燭の灯りをたよりに文字をおう。
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