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第6話 皇子様による正しい茶会のススメ

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「実に面目ない」


そう口火をきる老齢の使者、公帛周は長旅の疲れを感じさせる力ない口調で語りだした。




『やったものは返されても困る』


気だるげに長い睫毛を押し上げながら憤慨した様子で言い切った壮年。

玉座にもたれるようにして座し、宝冠の玉飾りからのぞく鋭い眼光は一身に公帛周にそそがれた。


『二人も皇子がいるそうじゃないか。しかもまだ独身?  ならば問題ない。どちらでも余は構わん。麗凜が気に入った方と婚姻させればよい。とりあえず祝いの品はそれからだ』


いすくめられるような鋭い視線をもろともせず、公帛周はなおも食い下がる。


『ですが陛下。婚前からご一緒の王宮に暮らすというのは、いささか外聞がよろしくないのでは』


破談となった折に、皇女に不利になる、そう言外に言いふくめる。

だが紫耀春華国王・緋嗣にいたっては、皮肉るようにククッと喉の奥を鳴らした。


『すでに外聞なら悪かろう?  婚儀をひかえた花婿が前夜になって逝去したとあっては。不吉だろ。誰がそんな不吉な花嫁をもらいたがる?』


『ですが皇女様は一日もはやい帰国をのぞまれておりましょう。傷ついた皇女様の心の傷を思えば、すぐにでも帰国させられた方がよろしいのでは』


『……お前、誰に申しておるのだ?』


『はぃ?』


『良い悪いではない。この余が、出したものは引っ込められぬ、そう申しておるのだ。麗凜には気の毒だが、憬麟に骨をうずめてもらうほかあるまい。もとよりそのつもりで嫁いだはずだ』


それでも、と公帛周は緋嗣をみすえる。


『ぁ、あんまりでは。お小さい頃より、あんなに仲のよろしい兄妹だったではありませんか。異国の地でなどと。仮にも王妃様がお産みになられ、いまいる皇族の中で誰よりも血統正しい皇女様ではありませんか』


『余はとは言っておらぬぞ。お前の物言いの方がヒドイと思うが? 』


一瞬、緋嗣の眸の奥にためらいの色が浮かんだのを公帛周は見逃さなかった。

一気にたたみかける。


『どちらでも同じです。せめて一度、ご帰国させて心身ともにご健やかになられたのち、あらためて憬麟へお輿入れされることを強く要望いたします!』


『ぁぁもう、内官、内官はそこにおるか!』


『はい、ここに』


『公帛周殿のお帰りだ。つまみ出せ』


『へ、陛下!?』


『他にまだ言いたい事でもあるのか?』





「……というわけでして。再度陛下に謁見を申し出ましたが不要であると」

「…………」

長兄なら十分ありえたことだ。緋嗣の気性上、来るもの拒まず去るもの追わず。やったものは二度と受け取らない、が緋嗣の心情だ。

情は深いが頓着しない。そういった点は麗凜とも共通する。

肩透かしをくらい、希望まで絶たれてしまった。

これからどうすればいいのだろう。

確かにすすんで自らの足で紫耀を出た。

まさか婚前で相手がなくなるとは思いもよらなんだ。

当然、兄のいう通り一生憬麟に骨をうずめる覚悟で国をでた。でたけれどーーーー

「憬麟王にもこれを?」

そう問う伎玉はしごく冷静にみえた。

その穏やかな声音も皇女として適切な対応であった。

「はい。紫耀春華国王からの書簡をお渡しし、事情も私めの口からご説明もうしあげました」

「憬麟王はなんと?」

「あい分かった、とだけ。とても難しい顔をされておりました」

皇子たちはまだ未婚であるが、王にいたっては喪が明ければすぐにでも王妃を娶るらしく、数いる候補のなかからすでに選定がはじまっている。

王弟も同様だ。

そこへ突如、候補の一人として名乗りをあげるわけであるが、麗凜が選んだ夫となる人物は、想いをよせる女性がいようとなかろうと、候補者を蹴散らして否応なしに夫とされる。

確かに憬麟王からすればいい迷惑な話だろう。難しい顔をしたくなるのもうなずける。

「公帛周殿はいつまでこちらに?」

「それが早々に帰国するようにと陛下からご命令が下っておりますれば、明日にでも」

「わかりました。では今日中に文をしたためますゆえ、それを陛下にお渡しください」

「承知いたしました」

では、そう言って、とぼとぼと力ない足取りで公帛周は迎賓館をあとにした。






「やられたわね」

想定内だとしても裏切ってほしかった。兄の性格を理解していながら、反面、肉親の情がまさってほしかった。

「どうしましょう」

「どうもこうもないわ。兄上の決定は国の決定。余程のことでもなければくつがえされることはないわ」

重い沈黙が流れた。

解決策もなく打つ手なし。

てっきり国へ帰国できるものとばかり心積もりしてきた麗凜たちにとって、暗礁にのりあげた心地だ。

「とりあえず、お昼にしましょ。腹が減っては戦はできぬよ。対策はそのあと、じっくり考察と検証しましょ、とね」







「ね、そこの君。若草の侍女の君のことだよ」

お昼をすませたあと、茶をまじえながら対策を練るため麗凜は茶の調達のために王宮の中枢へとやってきた。

するとどこからともなく呼び止められ、ゆっくりと振り返る。

「はぃ?」

「ね、君は紫耀の姫の侍女でしょう?  はじめまして。僕はこの国の第三皇子・煌禿こうとくという。君の名は?」

おそらく煌禿の耳にもあの話は当然耳にはいっているだろう。

宮中とはそういうところだから。内緒ごとなんて人づたいにすぐにばれる。まさに口は災いの元だ。

ご丁寧にむこうから名のってくれているのに、ここで名のらぬのもおかしい。

「伎玉にございます」

「伎玉、か、いい名だね、君にぴったりだ」

にこりと柔和な笑みまでそえてくれる。一介の侍女にすぎない麗凜に。

「お褒めにあずかり恐悦至極にございます、殿下」

そんな彼に礼をとる。

「折り入って話があるんだけど、ちょっといいかな?」

「はい?」

「姫にこの国に早くなれ、ご健やかに過ごしてもらうために、王族や貴族を招いてちょっとしたお茶会を開こうと思うんだ。もちろん姫の御披露目をかねてね」

「……はぁ」

面倒な話になってきた。

姫が二人のうち、王と皇子、どちらを選ぶのか、それはそれは話題をよぶだろう。

引きこもりたい人間に対して酷な申し出ではあるが、そこは一国の皇女。意にそわぬものであろうとお国のためだ。

「それで?」

「そこで姫の一番近くにいるだろう君に意見をきかせてもらいたいんだ。どうだろう」

「姫様におかれましては、そっとしておいてもらったほうが一番お喜びになられるかとおもいますが」
         

「まぁ分からなくもないけど。これはすでに王大后様からも正式にお許しをいただいたものだから」

「では事後報告になりますね」

すると煌禿は目を見開いてククッと喉の奥を鳴らした。

「そういうことになるね」

この顔はとても好きなのに、どこかつかみどころのなさは好きになれそうにない。

ただ、二番目の兄・殷禿とは違ってコロコロと表情や顔色を変えたりもしない。

奇病の心配はなさそうだ。

「ところで、僕たち兄弟はとても真贋がすぐれている。すぐさま本物を見抜けるほどに」

「…………」

ドキッと心腑が脈をうつ。

「といっても贋作を見抜く方であって、人の良し悪しを見抜けるほどまだ人生経験を積んでいないからあれなんだけど」

にっこりと人当たりのいい柔和に笑む。

「実は姫のため、とか言いながら君と話す口実を探していたんだ。初めて君を見かけたときからずっと気になっていた」

「私を?  姫様でなく?」

「うん」

「ご冗談を。たかが侍女風情に」

そう言われれば女はすぐに自分に堕ちる、とか勘違いしているのでは?

これだけの美丈夫だ。

しかもこちらはただの侍女。かたやあちらは皇子様。ゆくゆくはポイされるか、あるいは運よく側室にしてやる、で遊ばれるだけ遊ばれて終わり、が関の山。

そこまでわかっていて遊ばれるほど世間知らずではない。

嘆息を吐くと煌禿は真摯な目で麗凜をみすえる。

「お戯れを」

「いいや、僕の審美眼が君こそが僕だけのお姫様だと告げている」

「!?」

替え玉がバレたわけでもなく、だけのお姫様、ね。

一瞬、嫌な汗が身体中からふきあがるような心地がした。

煌禿皇子、色んな意味合いで恐るべし。

「ぉ、お茶会はいつですか?」

すかさず話題をすりかえる。

「そうだな。早く見積もっても二ヶ月後くらいかな。いろいろ準備があるからね。そう準備が」

皇女の夫のお披露目の場である、というわけだ。

つまりは、夫選びの期間は二ヶ月と宣告されたも同然だ。

「僕は君がとても気に入った。だから皇女との婚姻は承諾しかねる。ゆえに断るつもりだ」

「はぃ?」

「ゆえに君を二ヶ月の間におとす。まずは手始めに僕について君に知ってもらいたい。ついておいで」

「困ります。お仕事の途中ですし、皇子様におちる気もありませんから」

「ちなみに拒否権は認めないから」

ニッコリと艶やかに微笑されては断りようもない。

「ついておいで」

「はぁ」

嘆息まじりに皇子のあとにつづいた。







「さぁ、僕のお姫様、席について」

後宮に程近い王宮と内宮をむすぶ庭院にて、朱塗りの橋の先にある四阿には、石で造られた円卓と同様の石材と思われる丸い小さな椅子がある。

その四脚あるうちのひとつに座らされると煌禿は、パンパンと手のひらを打った。

橋を渡る女官たち。

目の前の大きな円卓の上には次々とお菓子やら軽食的なものが並べられていく。

何が始まるのかと不安にかられていると、おもむろに煌禿は茶器をとる。

「私がやります!」

椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。

すると静止するように手のひらをむけられた。

「いや、いいんだ。座って。今日の主役は君だから。だから僕がもてなすのは至極当たり前だろう?」

「……いぇ、はぁ」

返答に窮すると、煌禿はふふと笑む。

仕方なし、椅子に腰をかける。むずむずとするが、ただ彼のやることを眺めるしかなかった。

「いいから、僕に任せて」

得意げに、美しい所作で淹れられるお茶からは、この上もなく良い芳香がただよう。緑茶だ。みずみずしい緑の薫りがのど越しの清々しさを想起させる。

最高級品質の茶葉は、はからずも麗凜の心を鎮め、一面の茶葉畑へといざなう。

「いい薫り」

「お姫様、僕からのおもてなしをお気に召したかな」

すん、とひと嗅ぎするだけで新緑に萌える茶畑がひろがる。

「これは憬麟の王室だけにつたわる珍しいお茶なんだ。飲んでごらん」

ス、と出された茶杯からやんわりと湯気がたちのぼり、それを手に取るだけでホッと心が和らいだ。

「梅雨入りしたから今朝から少し肌寒かったからね。午後からまた降りだしそうだし、少し熱めに淹れてみたんだ。はてさて、僕のお姫様のお口にあうかな?」

クスリ、と煌禿はいたずらっぽく笑む。

円卓の上に肘をつき、正面に座った麗凜をなやましげな目線で見つめてくる。

飲みづらい。が、こうして待たれると逆に気がひける。

礼儀にしたがい横向き、茶杯に口をつける。

「ん!?  …………美味しい」

「それはよかった。お菓子もどうぞ」

「これは?」

卓上に並べられた数々の見知らぬお菓子。焼き菓子や果物らしき乾物、どろりとした黄色いものやら、どれも紫耀ではお目にかかったことのない珍しいものばかりだった。

「ぁぁ、この黄色いものはミカンの一種で、それを皮ごと甘味とともに煮詰めたもので、これをこの焼き菓子にひと掬い塗って食べるものなんだ。食べてごらん」

おそるおそる焼き菓子に手をのばし、言われたようにさじで黄色くねっとりしたものを掬い、塗りたくる。

歯を立てると、サクッとした食感に爽やかな酸味と甘さが口一杯に広がって、飲み下したあとも芳ばしさだけが口に残る。

「これはもしかしてパンとジャム?」

「そうだよ、よく知っているね。正確にはラスクというのだよ。どうだい?」

「私の好きな書架にこれとそっくりな食べ物がでてくるの。食べてみたいと思っていたけど」

残りのものを口に運ぶと、ほっこりとほころぶ。

「美味しい?」

「ぇぇ、とても」

「憬麟は西国に近いから、砂漠の向こうとの交易を通じて西国のものも手に入りやすいんだ。だったらこれも食べてごらんよ、とても美味しいから」

「ぇぇ」

麗凜はすすめられるまま珍しい菓子一通りを口に運ぶ。

どれも大変美味であった。

だが、ふと、気づいたのは、今まで厨房で作ってくれる菓子のほとんどのものが紫耀で広く好まれている菓子ばかりだった。

きっと厨房ではたらく下女や女官たちが気をきかせて異国からやってきた皇女のため、わざわざ作ってくれていたのかもしれない。

その心しらいがありがたい。

珍しい菓子もいいが、慣れ親しんだ故郷の味は憬麟にあっては忘れがたい。身体に一番馴染む味だ。

どれもこれも美味であったが、いざ帰れない故郷を想うと胸に寂しさがこみあげるようだった。

お茶で口腔を洗い流すと、麗凜は再び皇子を見る。

「今日はお招きにあずかり、まことにありがとうございました」

深々と一礼すると皇子は頬を朱に染め上げながら、この上もなく破顔する。

「また君を誘ってもいいかな、今度は紫耀のお菓子を用意しておくよ」

「はぁ。でもお仕事がありますから」

丁重にやんわりと断りをいれる。

「だったらこうしよう。僕が皇女にお願いをして、時間をつくっていただこう。少しでもいい。僕に君の時間をくれないだろうか」

「はぁ。どうでしょう」

くれと言われてもこれからどうなるかもわからない。そんな状況で、はい、とも、いいえ、と言えず困惑の色をにじませていると、煌禿はおねだりをするようにニッコリと微笑する。

「 少し、ほんの少しだけでいいから、ね?」

もうどうとでもなれ。自暴自棄になり、半分やけっぱちになった。

どうせなるようにしかならない。

これ以上断るすべもなく、麗凜はただ首を縦にふった。

「……はい」

こうして日に一度の皇子様による謎の茶会がもようされることになった。















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