ツクモガタリ 語る ー深志城の幼姫は神社守りスー

冰響カイチ

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第1話 付喪神にして、御祭神

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妾は美しゅうないーーーーそう思い込むようになったのは、兄の他愛もない一言からだった。


余の醜い妹を誰ぞもらってはくれまいか、といった心ない科白がどれほど心に刺さったことか。

以来、妾には、醜い、という拭いされぬ汚名がつきまとうようになった。




◇§◇§◇§◇§◇§◇§◇§◇§





「姫神様、ようやくのお目覚め、お待ち申し上げておりました」

深々と礼をとる女房。

ぱちぱちと瞬く。

「…………」


ーー誰、じゃ?


横臥した身体を白い布団にしかとくるまれ、枕もふかふか。二度寝したいところであるが。

「あらあら、姫神様は寝ぼけてらっしゃりまするな」

ほほ、と微苦笑する。

首を傾げると、ただいま御手水をお持ちいたしますね、と告げられ、女房装束に身をつつむ女人は厨へとむかった。

「…………」

姫?      神様?

はて、と首をかしげた。

『私』という意識が芽生えたのは遠い昔のことで、戦国の世の真っ只中。一番古い記憶は、職人の手によって丹念にこしらえられた嫁入り道具のひとつ。
権力をこれ見よがしにひけらかすためだけの、ささいな物でしかなかった。

「失礼いたします」

起きあがると、先ほどの女房姿の女人が恭しげに桶を持ってやってきた。

「どうぞ」

出された水桶からすぅと掬い上げる。

「冷たいのぅ」

「この地は地下水が豊富でして、この御神水は境内からの井戸のものです。よく冷えておりましょう?」

「ぇぇ」

掬うと、指の隙間からこぼれおちる水にはわずかばかり塩分が含まれているのか、ピリッとする。

人は生まれ育った土地の水が一番肌に合うというが、水にすら拒まれたよう。

嫁いだ経緯があれだ。それもやむをえまい。

「ーーふぅ」

出された手巾で拭う。

こざっぱりとしてところで身支度を整えようかと櫛をとる。

鏡にむかうと女房姿の神使の表情が翳った。

「喜ばしい。なれど、遅すぎました。申し訳ありませぬ。護るべき神域すらろくに守れず、神使として大変お恥ずかしい」

「それはどういうことじゃ?」

さめざめと泣く女房姿の神使をとくと見つめる。

小袖で雫を拭いつつ。また、しくしくと。

「実は……………」

訊くと、道を挟んだとなりに大きな駐車場がある。にも関わらず、誰とも知れぬ無法者によって境内が無料駐車場がわりに占拠されているというのだ。

「神社なのにか?」

「はい。畏れ多いことで。由緒正しい徳川家の姫君を祀るための神社にございますれば、なんとも罰あたりなことで」

「そのような状況で参拝客はおるのか」

「ぇぇ。朝にはラジオ体操なるものを集まってやるものもおりますし、他国の人間とてわざわざ足を止めて参拝するものもおります。姫様のご高名は広く、この国において知らぬ者はおりませぬ」

「……ふむ」

どうも府に落ちぬ。

妾はとある姫の輿入れの嫁入り道具の一つとしてこしらえられただ。

それから長い年月を経て、職人により魂をいれられた道具は、心、魂、いや、もっといえば神が宿った。

にも拘わらず、それから長い眠りにつき、気の遠くなるような時を経て、やっとこさ目覚めてみれば神社の御祭神!?

格上げしすぎであろう。

「本日はどうなさいますか」

どうもこうもない。
今しがた目覚めたばかりで、右も左もよくわからないような状況だ。

どうしたものかと悩んだ素振りをみせると女房姿の神使は閃き顔で掌をうつ。

「拝殿にでむき、参拝客の願いをききいれるもよし。あるいは境内を散策されるもよしで、お心のままに安くお過ごし下さいませ」

「心のままに?」

妾は、と告げて、口ごもる。

妾は付喪神だ。
人間の望みを叶えてやれるような神通力もない。

「姫神様におかれましてはご随意に。そうとなれば、すぐに朝餉をお持ちいたしますね」

そう言ってずっと衣擦れの音を社殿の奥へ響かせる女房。

ややもするとお膳が運ばれる。

「さ、お召し上がりくださりませ」

ちょっとした卓子ほどもあるお膳の上には鯛の煮付けやら、椀ものには松茸の吸い物など、考えられないようなご馳走がならぶ。

「こ、こんなに!?  一人では食べたられぬ」

しかも寝起きだ。それほど食欲があるわけでもない。むしろ胃の腑はまだ何も受け付けない。ぐぅともすぅとも言わぬ腹。触ると胸も腹もペッタンこだ。

「そうじゃ、そなたもともにーーーー」

「なりません!  その御身は尊い身であり、下々となど」

物凄い拒否ぶりだ。
首がもげそうに首をふる。

「…………」

妾はただの付喪神なのに。

神々と同列に扱ってくれる。のは正直、嬉しい。

けれど所詮、神とは名ばかりの付喪神。身の丈も身のほども妾が一番存じておる。

「いただきます」

箸を適当につけ、早々にごちそうさまをすませた。

そうしてお膳が下げられるという段になった。


「一人になりたいわ」

神使と名乗る女房を下がらせ、とりあえず境内を散策することにした。

「本当に駐車場じゃな」

白線も引かれてはいないというのに、整然と車が駐車されている。
1台どころではなく、白、黒、と数十台もの車だ。
ご丁寧に車止めのコーンなるものまでが。

境内に敷かれた砂利は車を象り、それを避けるようにして雑草が生い茂っている。

「常駐されているようじゃな。雑草とはいえのびのびと日光を浴びたいだろうに」

いくら鎮座した神がお休み中とはいえ、これはあんまりの惨状ではないか。

あくまで、神、ならばだ。

「社殿も埃だらけ。管理するものもおらぬようじゃな」

暗いガラスの向こうをのぞきこむと、無造作に置かれた神輿が。

さらにその奥にはくもった鏡らしきものを目視する。

御祭神が鎮座する御神宝がある小さな箱のようなものは、今しがたまでいた神の領域。

あの小さな世界が憑坐、すべてである。

「よっこらせ」

賽銭箱に腰をかけ、いずこともなく眺める。

「誰もこないではないか。由緒正しいというのはまことか?」

門の向こうに細い道路なるものが。
せわしなくひっきりなしに車が行き交う。

神社のとなりは裁判所なる建物があるようで、時折聞き耳をたて、傍聴しつつ。

そうしていると続々と車がとめられていった。

「なんと無礼な!  せめて妾に挨拶ぐらいせよ!」

一時半ほどこうしているが、人は素通りだ。

時折、腰を折って通りすぎるものもいたが。

わざわざ門を通り、鳥居をくぐってまで、しかも賽銭をほどこす者はない。

「……暇じゃな。お願いにくる人もなし」

しばらく眺めていると、不意に低い美声が降り注がれた。

「そんなところで何をしている」

「ぇ?」

少年が目の前に立っていた。
十六、七ぐらいと思われる少年で、声を聞くまでは少女と身間違うほど端正な顔立ちをしていた。

「ダメだろ、いくら幼子だからといって、そんなところで」

ひょぃ、と抱き上げられる。

「妾が見えるのか?」

目をまんまるくして驚いてみせる。

「見えるもなにも、君にこうして触れているじゃないか」

クスクスと笑ってみせる少年。

「妾は悪戯をしておったのではない。妾は付喪神にしてこの神社の祭神、松姫じゃ」

「松姫?   どこかで聞いたような」

「妾は人を待っておったのじゃ」

「人?   誰かを待っていたのかな」

「そうではない。参拝するものを待っておったのじゃ」

「どうして、と訊いてもいい?」

「妾には人間の望みなど叶えてやれるような力はない。もし参拝するものがきたら謝るなりしようかと。ゆえに途方にくれておったのじゃ」

「ぁぁ。そうなんだ」

「信じておらぬな?」

「ぃぃゃ。なんか分かるな、と思って」

「?」

「自分で自分自身を決めつけて。これは俺の経験談だけど、やってみるまでわからないじゃないか」

「!?」

「自分にどんな可能性や力、未来があるかもしれないのに。その可能性をのばすのも、また、閉ざすのも結局、自分自身なんだ」

「自分自身が?」

「そうだよ。やってみるまでわからない。あがきつづけなければ生まれない。そんなものを人は可能性って言うんだよ」

「可能性ーーーー」

できっこない、はじめからそう決めつけていた。

だって妾は付喪神だから。

人が長く使ってくれて、そこに霊が宿る。

神は神でも神違いだから。

「もう俺は行くよ」

「待て。またーーーー逢える、か?」

クスクスと悪戯っぽく笑う少年。

「俺は毎日、朝晩通るよ。なにせ通学路だから」

じゃ、と手を振る。

きっとまた逢える、そう思って小袖をにぎり、手を振る。

「きっとじゃぞ!」









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