もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

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最終章 こぼれ落ちた運命は

エピローグ

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「おばあちゃま、おじいちゃまは眠ったの?」

ルーク様の部屋で遊んでいた、5歳になる孫娘が首を傾げてわたしに聞く。

「ええ。さっきお薬を飲んだから、眠くなってしまったのかもしれないわね」

わたしとルーク様は、もうお互いに髪も白くなり、お顔の皺も増えるくらい、長い時間を共にした。
そろそろ、今生でのお別れの時間が近付いていることは、わたしにもわかっていた。

「なんだ? 起きてるぞ」

ベッドに横たわるルーク様は、不満そうに眉間に皺を寄せ、うっすらと目を開けた。

ベッドサイドでルーク様を見ていた孫の手を取って、ルーク様はゆっくりと話しかける。

「お父様と、今いるみんなを、呼んできてくれないか?」
「うん、わかった」

孫娘はその小さな足をパタパタさせて、ルーク様の部屋を出て行った。

「ニーナ、もっと近くに来てくれ」

ルーク様にそう言われて、わたしは椅子を近づけてルーク様のお顔を覗き込んだ。
わたしの方に手を伸ばすルーク様の手を、わたしはしっかりと包んだ。

「ニーナ、約束守ってくれてありがとう。オレの命が尽きるまで、隣で寄り添ってくれてありがとう。結婚してからも、それなりにバタバタとしてしまったが、3人の子どもと7人の孫に会えて、幸せだったよ」
「わたしの方こそ。なんの後ろ盾もない、平民のわたしを選んでくださって、こんなに抱えきれないほどの幸せをもらって。ありがとうございました」
「あの時は、一緒に平民になる予定だったのになぁ。今じゃ元々の爵位と同じだな」

結婚前に伯爵位をもらったルーク様だけど、ジュリアン代表が2年でその座を退いてから、30年もの間、この国の代表を勤めてきた。その間に一つ爵位が上がり、更に公爵位の話も出ていたが、ルーク様はこれ以上を望まず、我が家はデイヴィスルーク侯爵家と名乗っている。

「ニーナ、オレはそろそろ逝く。おまえを遺して逝くのが心残りだ。オレがいないからといって、無理を言って子ども達を困らせるんじゃないぞ」
「ルーク様、失礼ですよ! わたしはいつだって、いい母、いい祖母でしたよ」

くすりと笑ってルーク様がわたしの手を撫でる。

「ああ、そうだ。いい祖母で、いい母で、いい妻だった。そして、いい婚約者で、愛しい恋人だったよ」
「ルーク様……」

ふたりで見つめ合っていると、コンコンとドアをノックする音がする。

「父上、お呼びですか?」

子ども達と孫達が一斉に部屋へ入って来た。
子どもと言っても、長男はすでに髪に白髪が混じってくる歳だけど。

「おまえ達に頼みがある」
「なんですか?」

冷たそうな物言いだけど、長男の目は優しくルーク様を見ている。

「オレが居なくなったあと、ニーナを頼む。寂しくないようにしてやってくれ。こいつは明るくしているが、本当は寂しがりやだ」
「わかってますよ。そんなこと言うなら、まだ長生きしたらいいじゃないですか」
「そうしたいんだがなぁ。さっきから、もう胸が痛くて痛くてたまらないんだ。もうすぐ鼓動も止まるだろう。だから、おまえ達、ニーナを頼んだぞ。ニーナを泣かせるんじゃないぞ」
「泣かせませんよ。父上こそ、母上を泣かせないでくださいよ」

ルーク様を見ると、うっすらと開けていた目が閉じているように見えた。

「父上? 寝てしまったんですか?」

長男がルーク様の顔を覗き込む。
だから、わたしはそっと教えてあげた。

「ルーク様は逝ったのよ」

わたしがルーク様と繋いでいた手から脈拍がなくなったから、わたしはルーク様の最期がわかった。

少しずつ、冷たくなる手。

「あなた。わたし、あなたとの約束守りましたよ。ちゃんと、あなたが生涯を閉じるまで、お側におりましたよ。だから、ちゃんとあなたも約束守ってくださいね」

ほろほろと涙を流すわたしを見て、息子はわたしの肩に手を置く。

「ほら、言ったでしょう。やっぱり、母上を泣かせたのは父上だったじゃないですか」

その言葉にわたしは笑みをもらした。

子ども達や孫達も、少し泣きながら、少し笑った。







葬儀も終わり、ルーク様の居ない部屋で、わたしはロッキングチェアに揺られていた。

窓からはとても綺麗な夕焼けが見えている。

しわしわになったわたしの手には、2枚のハンカチが握られていた。
一枚は、ジーナが初めて刺繍した、とても拙いハンカチ。
もう一枚は、結婚した後に、ニーナわたしが刺繍したハンカチだ。

「ふふ。どちらも下手ねぇ。わたしは生まれ変わっても不器用だったのね」

実は、このハンカチは、ルーク様が棺に入れて欲しいと言っていたものだった。
しかし、こんな下手くそな刺繍を、わたしはルーク様に持たせることができなかったのだ。

「今度生まれ変わったら、上手に刺繍してあげるから、それまで待っていてくださいね」

ルーク様に向けた独り言を言う。
誰も居ないのはわかっている。
それでも、今までいつも側にルーク様がいたから、思ったことを口に出す習慣が直らないのだ。

「ルーク様、今ごろあの世で怒っているかしらねぇ」

「怒ってはいないが、がっかりしているぞ。ハンカチは持って行きたかったのに」

不意に声が聞こえて、後ろを振り向くとルーク様が立っていた。
それも、亡くなった時のシワシワのルーク様ではなく、あれは12歳くらいの、ジーナが亡くなった時くらいの姿だった。

「あら、ルーク様。ずるいわ。1人だけ若返って」
「キミだって、念じれば思った通りの姿になれるさ」

ルーク様がわたしに向かって手を伸ばす。

わたしがルーク様の手を取ると、ルーク様に触れた部分から、どんどん若返っていった。

「あら、ほんと。若くなったみたい」

ルーク様に顔を向けると、ルーク様は少し辛そうな表情になった。

「ジーナの姿になっている。ニーナは、やっぱり生まれ変わるのはつらかったか?」
「違うのよ、ルーク様。ルーク様と同じ頃にって思っていたらこの姿になったのよ。それはそうよね。ルーク様がその姿だった頃側に居たのはジーナだったんだもの。でもね、ジーナでもニーナでもどちらでも同じよ。どちらの姿でも、ルーク様にお似合いでいたいの」
「そうか。ニーナ、おまえはオレの側にいて幸せだったか?」
「もちろんよ! だって、わたしはルーク様の側にいるために生まれ変わるくらい、ルーク様が好きだったんだもの」
「そうか」

言葉少ななルーク様だけど、その頬は夕焼けに負けないくらい赤くなった。

そして、わたしはルーク様の腕を取った。
若かった頃のように、腕を組んで。

「さあ、ルーク様。行きましょう。約束守ってくれて、ありがとうね」
「ふん。なんのことだ?」
「ふふ。ルーク様が先に逝っても、わたしが逝くときには迎えに来てくれる約束だったでしょう? わたし、死んじゃったのね」

わたしが座っていたロッキングチェアを振り返ると、ハンカチを握りしめて眠るように息を引き取ったわたしがいた。

「そうだな。じゃ、行こうか。魂の洗濯場とやらに」
「そうですねー。ふたり仲良く洗われましょうね。そして、できればまた近くに生まれたいですねー」
「できれば、じゃなくて、絶対だ」
「ふふっ、ルーク様がそう言うなら大丈夫な気がします」

それからも、わたしたちはたわいもないおしゃべりをしながら、どんどん天へと昇っていった。


そして……そのあとは真っ白。

上も下も横もどこもかしこも真っ白な世界になり、わたしはぬるま湯のような何かに溶けて行った。



こうして、輪廻転生の輪の中に入って行ったわたしは知らない。

息子達が気を利かせて、わたしの棺に刺繍された2枚のハンカチを入れたこと。

ルーク様の魂が、喜んでそれを取りに帰っていたことなど、真っ白くなったわたしは知らない。



…………知らないんだってば!!



~おわり~



*****************




あとがき

みなさま、長い長いお話でしたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

応援してくださるみなさまがいたから、最後まで書き切ることができました。

途中、挫折するようなこともあり、でも連載を再開した時に「待ってました」と言ってくださった方達
に励まされ、なんとか今日まで来ました。

連載当初から時間が経ってしまい、文脈や表現が変わってしまって読みにくい部分もあったかと思います。
申し訳ありません。
ほんとに、最後までくじけずに読んでいただけたことに感謝しかございません。

これを持ちまして、ルークとニーナのお話は終わりとなります。

この後ですが、3話くらいローゼリアのその後を書いて、完結としたいなと思っています。
ですが、ローゼリアのお話はローゼリア更生編なので、ざまぁで終わりたい方にはごめんなさい。
わたしは、悪いことした人には、きっちり反省をしてもらいたいと思っており、反省した人間がいつまでも苦しむのは違うかなと思っています。
犯した罪は消せないけれど、それも踏まえてしっかりと生きて行ってほしいです。

なので、更生編です。

エピローグまでは、原案にあったのですが、ローゼリア更生編は最終回が近付くにつれて書こうかなと思いはじめたものなので、数日お時間いただくかと思います。

もし、よろしければ、ローゼリアが反省するところまでお付き合いいただけたら嬉しいです。


それでは、今しばらくお待ちくださいませ……。
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