244 / 255
最終章 こぼれ落ちた運命は
5
しおりを挟む
ミラー子爵令嬢として、お母様の厳しい淑女教育は今日も続く。
「お母様ぁ。貴族名鑑なんて、覚える必要あるんですかぁ?」
お母様から、ピシッと左手に奥義を叩きつける音がする。
貴族の女性が不機嫌な時に、たまにする動作だ。
今、わたしはミラー子爵家のわたしの部屋で、お母様から淑女の何たるかを学んでいる。
「何故不必要と思えるのか、わたくしの方が聞きたいですね。社交界に出た時に、主要貴族の名前がわからなければ、恥をかくのはあなたではありません。ルーク様ですよ?」
「社交界って、わたし本当に出るんですかね?」
「当たり前でしょう。貴族なのに社交をしないなんて、ありえません。ついでに言うと、次の王宮での夜会が、あなたのデビューとなりますよ」
デビュタント。
ジーナだった頃は憧れもしたけれど、今はどうでもいいかなと思う。
だって、デビューしたところで、わたしは貴族籍を抜けたルーク様と結婚するのだから。
一度、お兄様にそう言ったら、目をつりあげて「勉強したくないからそんなことを言ってるんだろう」と怒られた。
ほんとのことを言ってるだけなのに、理不尽。
「あれ? お母様。王様がいなくなったのに、王宮で夜会があるのですか?」
「あります。当然です。国王がいなくなっても、この国の中枢は王宮です。王宮の会議室で政が行なわれます。国王がいないからといって、夜会がなくなるという、あなたに都合のいいことはありません」
はぁ。なんと思っても、目を前の勉強からは逃れられず、貴族名鑑を手に持ち直したところで、ノックの音がして、ミラー家のメイドのメルがドアを開けた。
「奥様、お嬢様、デイヴィス卿がお見えです」
メルの言葉にお母様は机の前の置き時計を見る。
「あら、もうそんな時間なのね。では、ニーナ、今日はこれで終わりにします。残りの15人を覚えるのは、明後日までの宿題にします」
「うへぇ」
ばしっ! と再び扇が鳴る。
「なんです!? その言葉遣いは!」
「はいっ! 申し訳ございません!」
背筋をピッと伸ばして、立ち上がり、お母様に膝を折ってお礼を言う。
「お母様、ご指導ご鞭撻ありがとうございました」
「はい。よろしい。では、ルーク様とのお茶会に行ってらっしゃい」
「はいっ! 行ってきます」
スキップで部屋を出ようとしたら、お母様に怒られた。
淑女はスキップしたらいけないらしいです。
メルが、今日はお天気がいいので、ガゼボにお茶の用意をしてくれた。
今日のお茶菓子は、街で人気のある“パルフェ“というお店のパウンドケーキだ。
もちろん、わたしも大好き。すぐ売り切れちゃうんだけど、今日はメルが早朝に通りかかった時に買っておいてくれたって言ってた。
ルンルンとガゼボに向かうと、すでにルーク様は座って紅茶を飲んでいた。
お庭の花に囲まれて、ティーカップを片手にするルーク様、すごく絵になる。
美貌の侯爵家嫡男様は、まとつ空気も美しいのね。
「ルーク様、お待たせいたしました」
わたしが席に着くと、ルーク様は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ニーナのことならいつまででも待てるから、そんなに急がなくてもよかったのに。少し息が切れてるぞ」
「あれ? 小走りに来たのバレちゃいました? 淑女失格ですね」
ペロリと舌を出すと、それを見てルーク様がさらに笑った。
「その仕草も、淑女がやってはダメだろう?」
「そーですね」
はははっと、ふたりで笑い合う。
何気ない時間。
「でも、ルーク様、なんか顔色がよくないですよ。少しお疲れですか?」
わたしも、用意してもらった紅茶を口に運ぶ。
うん。今日もメルの入れてくれたお茶は美味しい。
「あ、うん。まあ、そうだな」
「なんか歯切れ悪いですねぇ」
「いや、あの、前に少し結婚するのが遅れそうって話をしたかと思うんだけど、まだ見通しがたたなくてな。オレとしては、大きな議題が解決したら、すぐにでも離籍をして結婚がしたかったのだが、なかなか……」
「大きな議題、解決しないんですか?」
前にルーク様は、魔法を使わなくても困らない制度と、魔法を生業としていた人が困らないような政策を実現したいと言っていた。
それは、そんなに難しいことなのだろうか?
魔法のない他国では、すでに対応済みなのに?
でも、そんな言葉を口にしてルーク様を責めることはできない。
どう言ったらいいか、口ごもっていると、ルーク様がティーカップを握りしめて、ワナワナと震え出した。
怒りをうちの中で鎮めようと、努力しているように見える。
「政策に問題はないんだ。それが行われなければ、困るのは我が国だ。だから、宰相をつとめた公爵と、主要大臣で国をまわして行けばいいと思う。それなのに……。オレにその役目が回ってきそうなんだ」
え?
その役目って、どの役目?
国を回して行くって、今まで国王がやっていたことでしょ?
え?
ルーク様、英雄の役目が終わったと思ったら、そんな大役が回って来たのーっっ!?
「お母様ぁ。貴族名鑑なんて、覚える必要あるんですかぁ?」
お母様から、ピシッと左手に奥義を叩きつける音がする。
貴族の女性が不機嫌な時に、たまにする動作だ。
今、わたしはミラー子爵家のわたしの部屋で、お母様から淑女の何たるかを学んでいる。
「何故不必要と思えるのか、わたくしの方が聞きたいですね。社交界に出た時に、主要貴族の名前がわからなければ、恥をかくのはあなたではありません。ルーク様ですよ?」
「社交界って、わたし本当に出るんですかね?」
「当たり前でしょう。貴族なのに社交をしないなんて、ありえません。ついでに言うと、次の王宮での夜会が、あなたのデビューとなりますよ」
デビュタント。
ジーナだった頃は憧れもしたけれど、今はどうでもいいかなと思う。
だって、デビューしたところで、わたしは貴族籍を抜けたルーク様と結婚するのだから。
一度、お兄様にそう言ったら、目をつりあげて「勉強したくないからそんなことを言ってるんだろう」と怒られた。
ほんとのことを言ってるだけなのに、理不尽。
「あれ? お母様。王様がいなくなったのに、王宮で夜会があるのですか?」
「あります。当然です。国王がいなくなっても、この国の中枢は王宮です。王宮の会議室で政が行なわれます。国王がいないからといって、夜会がなくなるという、あなたに都合のいいことはありません」
はぁ。なんと思っても、目を前の勉強からは逃れられず、貴族名鑑を手に持ち直したところで、ノックの音がして、ミラー家のメイドのメルがドアを開けた。
「奥様、お嬢様、デイヴィス卿がお見えです」
メルの言葉にお母様は机の前の置き時計を見る。
「あら、もうそんな時間なのね。では、ニーナ、今日はこれで終わりにします。残りの15人を覚えるのは、明後日までの宿題にします」
「うへぇ」
ばしっ! と再び扇が鳴る。
「なんです!? その言葉遣いは!」
「はいっ! 申し訳ございません!」
背筋をピッと伸ばして、立ち上がり、お母様に膝を折ってお礼を言う。
「お母様、ご指導ご鞭撻ありがとうございました」
「はい。よろしい。では、ルーク様とのお茶会に行ってらっしゃい」
「はいっ! 行ってきます」
スキップで部屋を出ようとしたら、お母様に怒られた。
淑女はスキップしたらいけないらしいです。
メルが、今日はお天気がいいので、ガゼボにお茶の用意をしてくれた。
今日のお茶菓子は、街で人気のある“パルフェ“というお店のパウンドケーキだ。
もちろん、わたしも大好き。すぐ売り切れちゃうんだけど、今日はメルが早朝に通りかかった時に買っておいてくれたって言ってた。
ルンルンとガゼボに向かうと、すでにルーク様は座って紅茶を飲んでいた。
お庭の花に囲まれて、ティーカップを片手にするルーク様、すごく絵になる。
美貌の侯爵家嫡男様は、まとつ空気も美しいのね。
「ルーク様、お待たせいたしました」
わたしが席に着くと、ルーク様は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ニーナのことならいつまででも待てるから、そんなに急がなくてもよかったのに。少し息が切れてるぞ」
「あれ? 小走りに来たのバレちゃいました? 淑女失格ですね」
ペロリと舌を出すと、それを見てルーク様がさらに笑った。
「その仕草も、淑女がやってはダメだろう?」
「そーですね」
はははっと、ふたりで笑い合う。
何気ない時間。
「でも、ルーク様、なんか顔色がよくないですよ。少しお疲れですか?」
わたしも、用意してもらった紅茶を口に運ぶ。
うん。今日もメルの入れてくれたお茶は美味しい。
「あ、うん。まあ、そうだな」
「なんか歯切れ悪いですねぇ」
「いや、あの、前に少し結婚するのが遅れそうって話をしたかと思うんだけど、まだ見通しがたたなくてな。オレとしては、大きな議題が解決したら、すぐにでも離籍をして結婚がしたかったのだが、なかなか……」
「大きな議題、解決しないんですか?」
前にルーク様は、魔法を使わなくても困らない制度と、魔法を生業としていた人が困らないような政策を実現したいと言っていた。
それは、そんなに難しいことなのだろうか?
魔法のない他国では、すでに対応済みなのに?
でも、そんな言葉を口にしてルーク様を責めることはできない。
どう言ったらいいか、口ごもっていると、ルーク様がティーカップを握りしめて、ワナワナと震え出した。
怒りをうちの中で鎮めようと、努力しているように見える。
「政策に問題はないんだ。それが行われなければ、困るのは我が国だ。だから、宰相をつとめた公爵と、主要大臣で国をまわして行けばいいと思う。それなのに……。オレにその役目が回ってきそうなんだ」
え?
その役目って、どの役目?
国を回して行くって、今まで国王がやっていたことでしょ?
え?
ルーク様、英雄の役目が終わったと思ったら、そんな大役が回って来たのーっっ!?
3
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】「図書館に居ましたので」で済む話でしょうに。婚約者様?
BBやっこ
恋愛
婚約者が煩いのはいつもの事ですが、場所と場合を選んでいただきたいものです。
婚約破棄の話が当事者同士で終わるわけがないし
こんな麗かなお茶会で、他の女を連れて言う事じゃないでしょうに。
この場所で貴方達の味方はいるのかしら?
【2023/7/31 24h. 9,201 pt (188位)】達成
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる