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最終章 こぼれ落ちた運命は
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ミラー子爵令嬢として、お母様の厳しい淑女教育は今日も続く。
「お母様ぁ。貴族名鑑なんて、覚える必要あるんですかぁ?」
お母様から、ピシッと左手に奥義を叩きつける音がする。
貴族の女性が不機嫌な時に、たまにする動作だ。
今、わたしはミラー子爵家のわたしの部屋で、お母様から淑女の何たるかを学んでいる。
「何故不必要と思えるのか、わたくしの方が聞きたいですね。社交界に出た時に、主要貴族の名前がわからなければ、恥をかくのはあなたではありません。ルーク様ですよ?」
「社交界って、わたし本当に出るんですかね?」
「当たり前でしょう。貴族なのに社交をしないなんて、ありえません。ついでに言うと、次の王宮での夜会が、あなたのデビューとなりますよ」
デビュタント。
ジーナだった頃は憧れもしたけれど、今はどうでもいいかなと思う。
だって、デビューしたところで、わたしは貴族籍を抜けたルーク様と結婚するのだから。
一度、お兄様にそう言ったら、目をつりあげて「勉強したくないからそんなことを言ってるんだろう」と怒られた。
ほんとのことを言ってるだけなのに、理不尽。
「あれ? お母様。王様がいなくなったのに、王宮で夜会があるのですか?」
「あります。当然です。国王がいなくなっても、この国の中枢は王宮です。王宮の会議室で政が行なわれます。国王がいないからといって、夜会がなくなるという、あなたに都合のいいことはありません」
はぁ。なんと思っても、目を前の勉強からは逃れられず、貴族名鑑を手に持ち直したところで、ノックの音がして、ミラー家のメイドのメルがドアを開けた。
「奥様、お嬢様、デイヴィス卿がお見えです」
メルの言葉にお母様は机の前の置き時計を見る。
「あら、もうそんな時間なのね。では、ニーナ、今日はこれで終わりにします。残りの15人を覚えるのは、明後日までの宿題にします」
「うへぇ」
ばしっ! と再び扇が鳴る。
「なんです!? その言葉遣いは!」
「はいっ! 申し訳ございません!」
背筋をピッと伸ばして、立ち上がり、お母様に膝を折ってお礼を言う。
「お母様、ご指導ご鞭撻ありがとうございました」
「はい。よろしい。では、ルーク様とのお茶会に行ってらっしゃい」
「はいっ! 行ってきます」
スキップで部屋を出ようとしたら、お母様に怒られた。
淑女はスキップしたらいけないらしいです。
メルが、今日はお天気がいいので、ガゼボにお茶の用意をしてくれた。
今日のお茶菓子は、街で人気のある“パルフェ“というお店のパウンドケーキだ。
もちろん、わたしも大好き。すぐ売り切れちゃうんだけど、今日はメルが早朝に通りかかった時に買っておいてくれたって言ってた。
ルンルンとガゼボに向かうと、すでにルーク様は座って紅茶を飲んでいた。
お庭の花に囲まれて、ティーカップを片手にするルーク様、すごく絵になる。
美貌の侯爵家嫡男様は、まとつ空気も美しいのね。
「ルーク様、お待たせいたしました」
わたしが席に着くと、ルーク様は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ニーナのことならいつまででも待てるから、そんなに急がなくてもよかったのに。少し息が切れてるぞ」
「あれ? 小走りに来たのバレちゃいました? 淑女失格ですね」
ペロリと舌を出すと、それを見てルーク様がさらに笑った。
「その仕草も、淑女がやってはダメだろう?」
「そーですね」
はははっと、ふたりで笑い合う。
何気ない時間。
「でも、ルーク様、なんか顔色がよくないですよ。少しお疲れですか?」
わたしも、用意してもらった紅茶を口に運ぶ。
うん。今日もメルの入れてくれたお茶は美味しい。
「あ、うん。まあ、そうだな」
「なんか歯切れ悪いですねぇ」
「いや、あの、前に少し結婚するのが遅れそうって話をしたかと思うんだけど、まだ見通しがたたなくてな。オレとしては、大きな議題が解決したら、すぐにでも離籍をして結婚がしたかったのだが、なかなか……」
「大きな議題、解決しないんですか?」
前にルーク様は、魔法を使わなくても困らない制度と、魔法を生業としていた人が困らないような政策を実現したいと言っていた。
それは、そんなに難しいことなのだろうか?
魔法のない他国では、すでに対応済みなのに?
でも、そんな言葉を口にしてルーク様を責めることはできない。
どう言ったらいいか、口ごもっていると、ルーク様がティーカップを握りしめて、ワナワナと震え出した。
怒りをうちの中で鎮めようと、努力しているように見える。
「政策に問題はないんだ。それが行われなければ、困るのは我が国だ。だから、宰相をつとめた公爵と、主要大臣で国をまわして行けばいいと思う。それなのに……。オレにその役目が回ってきそうなんだ」
え?
その役目って、どの役目?
国を回して行くって、今まで国王がやっていたことでしょ?
え?
ルーク様、英雄の役目が終わったと思ったら、そんな大役が回って来たのーっっ!?
「お母様ぁ。貴族名鑑なんて、覚える必要あるんですかぁ?」
お母様から、ピシッと左手に奥義を叩きつける音がする。
貴族の女性が不機嫌な時に、たまにする動作だ。
今、わたしはミラー子爵家のわたしの部屋で、お母様から淑女の何たるかを学んでいる。
「何故不必要と思えるのか、わたくしの方が聞きたいですね。社交界に出た時に、主要貴族の名前がわからなければ、恥をかくのはあなたではありません。ルーク様ですよ?」
「社交界って、わたし本当に出るんですかね?」
「当たり前でしょう。貴族なのに社交をしないなんて、ありえません。ついでに言うと、次の王宮での夜会が、あなたのデビューとなりますよ」
デビュタント。
ジーナだった頃は憧れもしたけれど、今はどうでもいいかなと思う。
だって、デビューしたところで、わたしは貴族籍を抜けたルーク様と結婚するのだから。
一度、お兄様にそう言ったら、目をつりあげて「勉強したくないからそんなことを言ってるんだろう」と怒られた。
ほんとのことを言ってるだけなのに、理不尽。
「あれ? お母様。王様がいなくなったのに、王宮で夜会があるのですか?」
「あります。当然です。国王がいなくなっても、この国の中枢は王宮です。王宮の会議室で政が行なわれます。国王がいないからといって、夜会がなくなるという、あなたに都合のいいことはありません」
はぁ。なんと思っても、目を前の勉強からは逃れられず、貴族名鑑を手に持ち直したところで、ノックの音がして、ミラー家のメイドのメルがドアを開けた。
「奥様、お嬢様、デイヴィス卿がお見えです」
メルの言葉にお母様は机の前の置き時計を見る。
「あら、もうそんな時間なのね。では、ニーナ、今日はこれで終わりにします。残りの15人を覚えるのは、明後日までの宿題にします」
「うへぇ」
ばしっ! と再び扇が鳴る。
「なんです!? その言葉遣いは!」
「はいっ! 申し訳ございません!」
背筋をピッと伸ばして、立ち上がり、お母様に膝を折ってお礼を言う。
「お母様、ご指導ご鞭撻ありがとうございました」
「はい。よろしい。では、ルーク様とのお茶会に行ってらっしゃい」
「はいっ! 行ってきます」
スキップで部屋を出ようとしたら、お母様に怒られた。
淑女はスキップしたらいけないらしいです。
メルが、今日はお天気がいいので、ガゼボにお茶の用意をしてくれた。
今日のお茶菓子は、街で人気のある“パルフェ“というお店のパウンドケーキだ。
もちろん、わたしも大好き。すぐ売り切れちゃうんだけど、今日はメルが早朝に通りかかった時に買っておいてくれたって言ってた。
ルンルンとガゼボに向かうと、すでにルーク様は座って紅茶を飲んでいた。
お庭の花に囲まれて、ティーカップを片手にするルーク様、すごく絵になる。
美貌の侯爵家嫡男様は、まとつ空気も美しいのね。
「ルーク様、お待たせいたしました」
わたしが席に着くと、ルーク様は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ニーナのことならいつまででも待てるから、そんなに急がなくてもよかったのに。少し息が切れてるぞ」
「あれ? 小走りに来たのバレちゃいました? 淑女失格ですね」
ペロリと舌を出すと、それを見てルーク様がさらに笑った。
「その仕草も、淑女がやってはダメだろう?」
「そーですね」
はははっと、ふたりで笑い合う。
何気ない時間。
「でも、ルーク様、なんか顔色がよくないですよ。少しお疲れですか?」
わたしも、用意してもらった紅茶を口に運ぶ。
うん。今日もメルの入れてくれたお茶は美味しい。
「あ、うん。まあ、そうだな」
「なんか歯切れ悪いですねぇ」
「いや、あの、前に少し結婚するのが遅れそうって話をしたかと思うんだけど、まだ見通しがたたなくてな。オレとしては、大きな議題が解決したら、すぐにでも離籍をして結婚がしたかったのだが、なかなか……」
「大きな議題、解決しないんですか?」
前にルーク様は、魔法を使わなくても困らない制度と、魔法を生業としていた人が困らないような政策を実現したいと言っていた。
それは、そんなに難しいことなのだろうか?
魔法のない他国では、すでに対応済みなのに?
でも、そんな言葉を口にしてルーク様を責めることはできない。
どう言ったらいいか、口ごもっていると、ルーク様がティーカップを握りしめて、ワナワナと震え出した。
怒りをうちの中で鎮めようと、努力しているように見える。
「政策に問題はないんだ。それが行われなければ、困るのは我が国だ。だから、宰相をつとめた公爵と、主要大臣で国をまわして行けばいいと思う。それなのに……。オレにその役目が回ってきそうなんだ」
え?
その役目って、どの役目?
国を回して行くって、今まで国王がやっていたことでしょ?
え?
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