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最終章 こぼれ落ちた運命は
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実家で誕生日パーティーを開いてもらった帰り道。
わたしとルーク様は、街を歩いていた。
帰りの馬車を頼んではあったが、少し街を歩いてみたかったのだ。
迎えにきてくれた馬車には悪いけど、御者さんに街のはずれで待っていてくれるようにお願いをした。
商店が立ち並び、街は活気に包まれている。
喧騒の中、2人並んで歩くことが、わたしにはとても嬉しかった。
だって、前世でもそんなことできなかった。
わたしとルーク様はまだまだ子どもで、街中でフラフラしていたら誘拐の危険性がある貴族の子女で、わたしたちには、なんの力もなかったのだから。
「魔法がなくなっても、人々の生活は変わらないんだな」
街の人たちを眺めて、ルーク様がつぶやいた。
「そうですね。元々、魔法は使わない人が多かったですし。だって、魔法で水を出そうとしても、井戸から汲んでくるのと同じくらいの疲労感に包まれますもの。だったら、桶を持って井戸まで行って、近所の人と井戸端会議をして帰る方が楽しいですもの」
わたしたちの生活は魔法と共にあったが、なくてはならないものではなかった。
使えば疲労が溜まり、体の中の魔力がなくなると体調を壊す、そんなものを常用できるはずもなかったからだ。
「……魔法がなくなったこと、恨まれているかもしれないと、思っていた」
ルーク様は行き交う人々を見て、小さい声でそう言った。
そうか。そうだね。
わたし達は、魔法がなくなるなんて知らずに討伐に向かったんだ。
誰にも魔法がなくなってもいいか、聞く時間もなかった。
でも、だけど。
「他人の犠牲の上に成り立っていた魔法が、良いものだとはわたしは思えません。いつかはなくなっていたと思います。だから、ルーク様が気にすることはないと思います!」
わたしがルーク様の目を見て、はっきりそう言うと、ルーク様は少し目を見開いてびっくりしていたけれど、すぐに破顔した。
「ははっ! ほんとにニーナはすごいな。はっきり言い切れてしまうところが」
ルーク様はそう言うけど、全然すごくないと思う。
だって、当たり前のことを当たり前に言ってるだけだもん。
「あ! ルーク様、いつかルーク様と買いに来たお菓子屋さんがありますよ。行ってみましょう」
商店が並ぶと中、お菓子屋さんを見つけたわたしは、ルーク様の手を引いてお店の中に入って行った。
カランカランと、ドアにかかるベルの音がすると、いつかのお姉さんが「いらっしゃいませー」と元気に声をかけてくれる。
お店の中は若い女の子が多く、ルーク様を見てみんな頬を染めている。
そういえば、ルーク様ってかっこよかったんだった。
英雄っていう肩書きをなくしても、十分に黄色い声援を受けられるくらい。
ちょっと面白くないなと思いながら、ルーク様の手を引いて、商品棚に向かう。
もう午後も遅い時間なので、棚にはあまりお菓子は残っていなかった。
「前に食べたクッキー、もう一度食べたかったんだけどな」
残念そうにわたしがつぶやくと、商品棚の整理をしていたお店のお姉さんがわたしたちに近寄ってきた。
「もう恋は叶ったんでしょ?」
お姉さんはにこやかにわたしとルーク様を交互に見る。
「うちのクッキーはね、恋の叶うクッキーと評判なのよ。だから、もうあなたには必要ないんじゃない?」
恋が叶った……?
そっと、ルーク様のお顔を見る。
ルーク様はお姉さんの言葉を聞いて、少し赤くなっている。
そうだね。
そうだよ。恋、叶ったんだよ。わたしの恋が。
「はいっ! 叶いました!」
「ふふっ、お幸せにねー。そうそう。恋の叶うクッキーじゃないけど、新作が出てるの。よかったら買っていってね、お兄さん!」
お姉さんはにっこり笑うと、ルーク様の腕にたくさんのラッピングされたマフィンを乗せた。
「まいどありー!」
ルーク様は、腕に乗せられたマフィンを全てお買い上げして、お店を後にした。
「ルーク様、買いすぎじゃありません?」
「だって、あの状況で買わないで帰れないだろう?」
「そりゃ、そーですけど……」
あのお姉さん、商売上手だわ。
「街の人は元気だな」
「そうですね~。特に、あのお姉さんは元気でしたね~」
「でも、街にいる人だけではなく、この国には過疎地で働いている人もいるんだよな」
「そうですね。畑を耕す人がいて、できたものを精製する人がいますよね。それで、美味しいクッキーになる、と。あ、デイヴィス家の馬車が見えてきましたよ」
わたしが指差すと、ルーク様はその手を取って、手を繋ぐ形になった。
そうして、ゆっくりと馬車に向かって歩いていく。
「ニーナ、もし、魔法が使えなくなって困っている人がいたら、オレは助けたいと思うんだ。だから、結婚は少し先になってもいいか?」
「もちろん、ルーク様がなさりたいようなさっていいんですよ。お側にいられるなら、結婚していてもしていなくても、わたしには変わりありませんから」
「貴族籍を抜く前に、議会で意見をする力があるうちに、魔法がなくても困らない制度を確立させたいんだ。飢饉がきても困らないように備蓄をする制度を。魔法を生業としていたものには、それに変わる職を提供してから、離籍しようと思う」
しっかりと前を見て、確たる意思を語るルーク様はとても素敵だった。
「はい。ルーク様のお気の済むように。わたしは、いつまでも待ちます」
馬車の前までやってきていたわたしたちは、馬車の扉の影に隠れて、そっとキスをした。
わたしとルーク様は、街を歩いていた。
帰りの馬車を頼んではあったが、少し街を歩いてみたかったのだ。
迎えにきてくれた馬車には悪いけど、御者さんに街のはずれで待っていてくれるようにお願いをした。
商店が立ち並び、街は活気に包まれている。
喧騒の中、2人並んで歩くことが、わたしにはとても嬉しかった。
だって、前世でもそんなことできなかった。
わたしとルーク様はまだまだ子どもで、街中でフラフラしていたら誘拐の危険性がある貴族の子女で、わたしたちには、なんの力もなかったのだから。
「魔法がなくなっても、人々の生活は変わらないんだな」
街の人たちを眺めて、ルーク様がつぶやいた。
「そうですね。元々、魔法は使わない人が多かったですし。だって、魔法で水を出そうとしても、井戸から汲んでくるのと同じくらいの疲労感に包まれますもの。だったら、桶を持って井戸まで行って、近所の人と井戸端会議をして帰る方が楽しいですもの」
わたしたちの生活は魔法と共にあったが、なくてはならないものではなかった。
使えば疲労が溜まり、体の中の魔力がなくなると体調を壊す、そんなものを常用できるはずもなかったからだ。
「……魔法がなくなったこと、恨まれているかもしれないと、思っていた」
ルーク様は行き交う人々を見て、小さい声でそう言った。
そうか。そうだね。
わたし達は、魔法がなくなるなんて知らずに討伐に向かったんだ。
誰にも魔法がなくなってもいいか、聞く時間もなかった。
でも、だけど。
「他人の犠牲の上に成り立っていた魔法が、良いものだとはわたしは思えません。いつかはなくなっていたと思います。だから、ルーク様が気にすることはないと思います!」
わたしがルーク様の目を見て、はっきりそう言うと、ルーク様は少し目を見開いてびっくりしていたけれど、すぐに破顔した。
「ははっ! ほんとにニーナはすごいな。はっきり言い切れてしまうところが」
ルーク様はそう言うけど、全然すごくないと思う。
だって、当たり前のことを当たり前に言ってるだけだもん。
「あ! ルーク様、いつかルーク様と買いに来たお菓子屋さんがありますよ。行ってみましょう」
商店が並ぶと中、お菓子屋さんを見つけたわたしは、ルーク様の手を引いてお店の中に入って行った。
カランカランと、ドアにかかるベルの音がすると、いつかのお姉さんが「いらっしゃいませー」と元気に声をかけてくれる。
お店の中は若い女の子が多く、ルーク様を見てみんな頬を染めている。
そういえば、ルーク様ってかっこよかったんだった。
英雄っていう肩書きをなくしても、十分に黄色い声援を受けられるくらい。
ちょっと面白くないなと思いながら、ルーク様の手を引いて、商品棚に向かう。
もう午後も遅い時間なので、棚にはあまりお菓子は残っていなかった。
「前に食べたクッキー、もう一度食べたかったんだけどな」
残念そうにわたしがつぶやくと、商品棚の整理をしていたお店のお姉さんがわたしたちに近寄ってきた。
「もう恋は叶ったんでしょ?」
お姉さんはにこやかにわたしとルーク様を交互に見る。
「うちのクッキーはね、恋の叶うクッキーと評判なのよ。だから、もうあなたには必要ないんじゃない?」
恋が叶った……?
そっと、ルーク様のお顔を見る。
ルーク様はお姉さんの言葉を聞いて、少し赤くなっている。
そうだね。
そうだよ。恋、叶ったんだよ。わたしの恋が。
「はいっ! 叶いました!」
「ふふっ、お幸せにねー。そうそう。恋の叶うクッキーじゃないけど、新作が出てるの。よかったら買っていってね、お兄さん!」
お姉さんはにっこり笑うと、ルーク様の腕にたくさんのラッピングされたマフィンを乗せた。
「まいどありー!」
ルーク様は、腕に乗せられたマフィンを全てお買い上げして、お店を後にした。
「ルーク様、買いすぎじゃありません?」
「だって、あの状況で買わないで帰れないだろう?」
「そりゃ、そーですけど……」
あのお姉さん、商売上手だわ。
「街の人は元気だな」
「そうですね~。特に、あのお姉さんは元気でしたね~」
「でも、街にいる人だけではなく、この国には過疎地で働いている人もいるんだよな」
「そうですね。畑を耕す人がいて、できたものを精製する人がいますよね。それで、美味しいクッキーになる、と。あ、デイヴィス家の馬車が見えてきましたよ」
わたしが指差すと、ルーク様はその手を取って、手を繋ぐ形になった。
そうして、ゆっくりと馬車に向かって歩いていく。
「ニーナ、もし、魔法が使えなくなって困っている人がいたら、オレは助けたいと思うんだ。だから、結婚は少し先になってもいいか?」
「もちろん、ルーク様がなさりたいようなさっていいんですよ。お側にいられるなら、結婚していてもしていなくても、わたしには変わりありませんから」
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しっかりと前を見て、確たる意思を語るルーク様はとても素敵だった。
「はい。ルーク様のお気の済むように。わたしは、いつまでも待ちます」
馬車の前までやってきていたわたしたちは、馬車の扉の影に隠れて、そっとキスをした。
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