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21章 責任
王家の醜聞
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それから2日経った。
わたくしの腕と顔の痛みは治ることはなかったが、ゆったりと大きなベッドで静養していると、少しは安らぐような気がする。
毎日光の術者が魔法を掛けにやってくるが、まだ魔法は発動していない。
どういうことなのだろう。
魔獣たちはまだ街を荒らしてはいないのだろうか……?
一度門を開けて魔獣を招き入れてしまえば、取り返しのつかないことになる。
そのため、要塞のように強固な門は閉じたまま、この街にも魔獣がいつ押し寄せてくるかわからない。
しかし、英雄が死んだのだ。
隊士の意気は失われているはず。
それなのに、まだ犠牲者が出ていないのはおかしい。
何か、何かわたくし達は、とんでもない思い違いをしているのではないだろうか。
ベッドの中から、うつらうつらしながら窓から入る陽光を眺めていると、バタバタと慌ただしい足音がした。
「ローゼリア! 大変だ! 討伐が成功していた!」
「お兄様…? しかし、合図の花火は上がりましたよね?」
わたくしはゆっくりと身を起こすと、人払いをした。
お兄様に続きお父様が部屋に入ると、部屋のドアを閉めて、わたくしたち3人だけの空間ができあがる。
「お兄様、どういうことなのですか?」
「謀られたのだ。我々は」
「謀られたとは……誰に」
「ルークだ」
わたくしは訳もわからず、お父様の方へと顔を向けると、お父様も厳しいお顔をしている。
「これを見ろ」
お兄様から渡されたのは、号外新聞だった。
“民を見捨てた王家“
“少年を殺すために御者に“
“魔獣発生の発端も王家“
見覚えのある文字に戦慄する。
「これは……」
「我々にも、どうしてここまで細かい情報が記者に漏れたのかはわからない。ただ、悔しいが正確に物事を把握しているのは間違いない」
ソファに腰掛けたお父様が、ため息と共に頭を抱えた。
「一刻も早く、秘密裏に王城へ帰らなければならん。こんなゴシップ記事は、デマであることを強調せねば」
「そうですな、父上。討伐が失敗したために郊外へ逃げたのではなく、討伐後処理をしていたことにして堂々と民の前に姿を現すべきです」
お父様とお兄様の話に、わたくしも口を挟む。
「しかし、何故ルークはわたくし達を騙そうなどと思ったのでしょうか」
「それは、俺にもわからん。民への反感心をあおり、クーデターでも起こそうとしていたのか……。だが、こんな記事はもみ消してくれる! 今まで通り、王家は安泰だ」
そうだ。
討伐が成功しても失敗しても、王家の生活は安泰なはず。
「お父様、ひとつお聞きしたいことが……」
「なんだ?」
「討伐が成功した場合、魔法はどうなるのでしょうか?」
魔法が使えなければ、わたくしの痛みは治らない。
それどころか、この醜い傷を一生背負うことになる。
「過去、討伐が成功した時も魔法は消えなかった。王家が力を入れずに訓練させた討伐隊が、ひとりも死者を出さないことなどなかったからな。魔物が死んでも魔獣が人々を食い殺し、次代の魔物が産まれるだけだった。考えられるのは、今回の討伐が本当にひとりも犠牲者が出ていないが為に、生贄がいなかったのではないかと考えられる」
お父様の言葉を聞き、お兄様が苛立ってベッドサイドの椅子に腰掛けた。
「まったく。いらんところで有能さを発揮するとは。ルークは無様に殺されて、ローゼリアを助けるのがおのれの役割であると理解していないのであろう」
「ならば、誰かが死ねば魔法は元に戻るのですね? それは、ルークではダメだと……?」
「左様。英雄は生贄にはならん」
「生贄がないと、魔法は使えないと、そういうことでしょうか?」
わたくしがそう言うと、お父様はひとつため息をついた。
「代々、王太子のみに話されることなのだが……」
お父様は魔法が生まれた当時の話をした。
わたくしは、号外に書かれた“魔獣発生の発端も王家“というのは、こういうことだったのかと納得した。
「それならば、また赤子を生贄に差し出せばいいだけのことでは?」
「ばかなことを言うな。当時の貧困に喘ぐ時代ならひとりやふたり、死んだとて当たり前のことだったが、この豊かな時代に生贄の儀式などしてみろ。下賤の者たちから反感を買うであろう」
「下賤の者たちなど、どうでもよいではないですか」
肝心なのは、わたくしのこの魔獣火傷が治るかどうかだ。
「豊かな民が武器を持って立ち上がってしまったら、どのような面倒なことになるか。そもそも、生贄の条件がわからん。平民の赤子でもいいならば簡単だが、貴族の赤子でないといけないとなると……」
「それならば、ディヴイス侯爵家に次男がおりましたわね? 王命で適当な令嬢と婚姻をさせて赤子を作らせましょう。ルークの不始末を盾にして従わせるのです。そうね。一人だけでは心許ないもの。正室と一緒に側室も娶らせましょう。そうすれば、一年も経たずに子も産まれるでしょう」
そうして、どこの令嬢を充てがうか話し合いをしていると、突然ドアをノックする音が聞こえた。
ドンドンドンドン!!
「まったく。これだから臨時雇いの者は……。なんだ? 入れ!」
お兄様の迷惑そうな声を同時に、侍従が転がるような勢いで部屋に入ってきた。
「へ、陛下っ! 殿下! 大変でございます。屋敷の周りを取り囲まれております」
「なんだと? 魔獣討伐は終わったのではないのか?」
お兄様が片眉を上げて侍従を睨みつける。
「ち、違います。魔獣ではございませんっ! 討伐隊副隊長と、裁判所の引き立て人、近衛以外の騎士団が、この屋敷を取り囲んでいるのでございます!!」
わたくしの腕と顔の痛みは治ることはなかったが、ゆったりと大きなベッドで静養していると、少しは安らぐような気がする。
毎日光の術者が魔法を掛けにやってくるが、まだ魔法は発動していない。
どういうことなのだろう。
魔獣たちはまだ街を荒らしてはいないのだろうか……?
一度門を開けて魔獣を招き入れてしまえば、取り返しのつかないことになる。
そのため、要塞のように強固な門は閉じたまま、この街にも魔獣がいつ押し寄せてくるかわからない。
しかし、英雄が死んだのだ。
隊士の意気は失われているはず。
それなのに、まだ犠牲者が出ていないのはおかしい。
何か、何かわたくし達は、とんでもない思い違いをしているのではないだろうか。
ベッドの中から、うつらうつらしながら窓から入る陽光を眺めていると、バタバタと慌ただしい足音がした。
「ローゼリア! 大変だ! 討伐が成功していた!」
「お兄様…? しかし、合図の花火は上がりましたよね?」
わたくしはゆっくりと身を起こすと、人払いをした。
お兄様に続きお父様が部屋に入ると、部屋のドアを閉めて、わたくしたち3人だけの空間ができあがる。
「お兄様、どういうことなのですか?」
「謀られたのだ。我々は」
「謀られたとは……誰に」
「ルークだ」
わたくしは訳もわからず、お父様の方へと顔を向けると、お父様も厳しいお顔をしている。
「これを見ろ」
お兄様から渡されたのは、号外新聞だった。
“民を見捨てた王家“
“少年を殺すために御者に“
“魔獣発生の発端も王家“
見覚えのある文字に戦慄する。
「これは……」
「我々にも、どうしてここまで細かい情報が記者に漏れたのかはわからない。ただ、悔しいが正確に物事を把握しているのは間違いない」
ソファに腰掛けたお父様が、ため息と共に頭を抱えた。
「一刻も早く、秘密裏に王城へ帰らなければならん。こんなゴシップ記事は、デマであることを強調せねば」
「そうですな、父上。討伐が失敗したために郊外へ逃げたのではなく、討伐後処理をしていたことにして堂々と民の前に姿を現すべきです」
お父様とお兄様の話に、わたくしも口を挟む。
「しかし、何故ルークはわたくし達を騙そうなどと思ったのでしょうか」
「それは、俺にもわからん。民への反感心をあおり、クーデターでも起こそうとしていたのか……。だが、こんな記事はもみ消してくれる! 今まで通り、王家は安泰だ」
そうだ。
討伐が成功しても失敗しても、王家の生活は安泰なはず。
「お父様、ひとつお聞きしたいことが……」
「なんだ?」
「討伐が成功した場合、魔法はどうなるのでしょうか?」
魔法が使えなければ、わたくしの痛みは治らない。
それどころか、この醜い傷を一生背負うことになる。
「過去、討伐が成功した時も魔法は消えなかった。王家が力を入れずに訓練させた討伐隊が、ひとりも死者を出さないことなどなかったからな。魔物が死んでも魔獣が人々を食い殺し、次代の魔物が産まれるだけだった。考えられるのは、今回の討伐が本当にひとりも犠牲者が出ていないが為に、生贄がいなかったのではないかと考えられる」
お父様の言葉を聞き、お兄様が苛立ってベッドサイドの椅子に腰掛けた。
「まったく。いらんところで有能さを発揮するとは。ルークは無様に殺されて、ローゼリアを助けるのがおのれの役割であると理解していないのであろう」
「ならば、誰かが死ねば魔法は元に戻るのですね? それは、ルークではダメだと……?」
「左様。英雄は生贄にはならん」
「生贄がないと、魔法は使えないと、そういうことでしょうか?」
わたくしがそう言うと、お父様はひとつため息をついた。
「代々、王太子のみに話されることなのだが……」
お父様は魔法が生まれた当時の話をした。
わたくしは、号外に書かれた“魔獣発生の発端も王家“というのは、こういうことだったのかと納得した。
「それならば、また赤子を生贄に差し出せばいいだけのことでは?」
「ばかなことを言うな。当時の貧困に喘ぐ時代ならひとりやふたり、死んだとて当たり前のことだったが、この豊かな時代に生贄の儀式などしてみろ。下賤の者たちから反感を買うであろう」
「下賤の者たちなど、どうでもよいではないですか」
肝心なのは、わたくしのこの魔獣火傷が治るかどうかだ。
「豊かな民が武器を持って立ち上がってしまったら、どのような面倒なことになるか。そもそも、生贄の条件がわからん。平民の赤子でもいいならば簡単だが、貴族の赤子でないといけないとなると……」
「それならば、ディヴイス侯爵家に次男がおりましたわね? 王命で適当な令嬢と婚姻をさせて赤子を作らせましょう。ルークの不始末を盾にして従わせるのです。そうね。一人だけでは心許ないもの。正室と一緒に側室も娶らせましょう。そうすれば、一年も経たずに子も産まれるでしょう」
そうして、どこの令嬢を充てがうか話し合いをしていると、突然ドアをノックする音が聞こえた。
ドンドンドンドン!!
「まったく。これだから臨時雇いの者は……。なんだ? 入れ!」
お兄様の迷惑そうな声を同時に、侍従が転がるような勢いで部屋に入ってきた。
「へ、陛下っ! 殿下! 大変でございます。屋敷の周りを取り囲まれております」
「なんだと? 魔獣討伐は終わったのではないのか?」
お兄様が片眉を上げて侍従を睨みつける。
「ち、違います。魔獣ではございませんっ! 討伐隊副隊長と、裁判所の引き立て人、近衛以外の騎士団が、この屋敷を取り囲んでいるのでございます!!」
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