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21章 責任
縫い付けられる隊服
しおりを挟む光の魔法は攻撃をすることはできない。
身を守るだけだ。
それも、鍛錬をしていない王女の魔法では、あまり効果はないだろう。
そう広くはない通路の端に寄り怯えていた王女は、オレの姿を認めると悲鳴のような声をあげて怒鳴り散らした。
「副隊長! 何をしておる。早く魔獣を退治せぬか!」
取り乱す王女の白いマントの中には、光の隊の隊服であるローブが着込まれている。
は! 何もしないくせに、隊服だけはしっかりと着込んでいやがる。目論見通りだけど。
そして、マントに隠れてオレの仕掛けたものが見え隠れする。
よしよし。誰にも見られることなく、張り付いているな。
オレは、討伐の途中で王女のご機嫌伺いに行った時、そっと王女の側に寄りローブにあるものをつけた。
なるべく、見つからないように。
それは、十数年前ジーナが魔獣に襲われた時に落ちていた、ルーク様の血を拭ったハンカチだった。
オレはこれを見つけた時、いつかローゼリアにこれを返してやろうと思っていた。
そして、その機会は訪れたのだ。
討伐の時、オレはこのハンカチをしっかりと握りしめて臨んだ。
微かに残る、十数年前のルーク様の血の匂いに、わずかながら魔獣が引き寄せられるのを見てほくそ笑む。
更に、怪我をしたルーク様の血をこれで拭った。
それをローゼリアの身に纏わせる時は、柄にもなく手が震えたが。
討伐中にローゼリアのもとを訪れた時、戦況を伝えるためと言い、ローゼリアの側に跪き、小声で言った。
跪いている為オレの言葉は王女の耳から遠くなる。
そのため、オレの小さな声を聞こうとする王女との距離は自然と近くなるのだ。
「動揺をさせない為に、王女殿下にだけお伝え致します。戦況はかなり苦しいです。魔獣の数が多く、負傷者が多数出ています。もし、花火が上がることがあれば、わたしが殿下をお守りし、塔からお連れ致します」
聞こえるように近寄り、接着剤で王女のローブにつけたハンカチは、討伐が終わり、最後の魔獣に追われる今も、まだ王女のローブに付いていた。
王女はオレを見て少し安心したように言う。
「早く魔獣を倒しなさい!早くしなければ間に合わない」
オレは形だけ剣を振る。
もちろん、まだ魔獣を殺したりはしない。
魔獣は王女がつけている、ルーク様の血の匂いのするハンカチを目掛けて襲い掛かる。
しぶとい王女はなんとか光の魔法を使い、魔獣を避けるが、魔獣が垂らした唾液が王女の腕に少しかかった。
「ぎゃあああっ!」
王女は腕を押さえてしゃがみ込む。
魔獣の体液は、オレたちにとって酸と同じだ。
かかれば皮膚が焼け爛れる。
「何をしておる! さっさと魔獣を倒さんか!!」
髪を振り乱し、王女が涙を流しながらオレを睨んだ。
派手にかかった魔獣の唾液で、王女の腕は広範囲に火傷をしていると思われる。
このあたりが引き時か。
本当に魔獣を殺す為にオレが剣を構えた時、異変が起こった。
!!!
何故かわからないが、オレの体に激痛が走ったのだ。
「う、うわああああ!」
情けないことに、あまりの痛さにオレは剣を取り落とし、その場にうずくまった。
何かに体が引っ張られる感覚。
来た道を戻らなければならない。そんな気がオレを支配する。
いや、ダメだ。
王女を追う魔獣をこのままにはしておけない。
隠し通路を出て、罪なき他の住人にまで被害が出る。
だが、激痛のため身動きすることも難しい。
一体これは……。
うずくまるオレを見て、王女は苛立たしげに言葉を吐きつけた。
「お父様の魔法がかかるまでに間に合わなかったではないか! もたもたしているから魔獣を殺せないのだ! 早くその隊服を脱ぎなさい! それには魔法がかかっている。この地におまえたちを足止めし、魔獣の餌にするための魔法を隊服にかけている。早く隊服を脱いで、わたくしを助けなさい!」
息も切れ切れに光魔法で自分自身に結界を張る王女。
あいつはなんて言った?
オレたちの隊服に足止めの魔法を掛けて、魔獣の餌にする?
国を守る為に、自身を捨てて尽くした隊員を魔獣の餌にして、自分たちは逃げるつもりだったのか?
そんな王族を助けろと?
例えこの身が動くとしても、オレが王女を助けることはないだろう。
だが、激痛のあまり、動くことも困難で、隊服を脱ぐという動作もできそうにない。
ネズミを追い詰めてもてあそぶネコのように、魔獣が王女を追い詰めているのが見える。
王女の結界は、魔獣が本気を出したら一瞬で壊れるだろう。
王女が喰われた後は、魔獣は他の者に襲い掛かる。
なんとしても、それだけは防がなければ。
なんとしても!
痛みを堪えて隊服に手を掛けると、思いもよらないものが、オレの耳に入った。
「お兄様!!」
激痛で顔を上げることはできないが、オレの大事な妹の声がした。
駆け寄る足音がして、オレを抱き起こすニーナが視界に入る。
「お兄様、どうなさったのですか!? 戻ったルーク様と2人、お兄様を探してローゼリア様の控室に入ったら、ここへ続く扉が開いていて、ルーク様も一緒に通路に入ろうとしたのですが、何故だか入ることができなくて……。他の隊士や光の隊士も同じように通路に一歩も入れなかったんです」
おそらく、ルーク様には止められたんだろうが、猪突猛進の馬鹿妹はオレを追ってきたんだろう。
だが、助かった。
隊服を剣で切り裂いてもらおう。
「ニ、ーナ、オレの、っく、剣を」
痛みで言葉を紡ぐのに苦労していると、くそ王女が悲鳴を上げた。
ニーナはそれまで倒れているオレに気を取られていたが、悲鳴を聞いて王女のいる方へ顔を上げた。
「ローゼリア様! まだ、魔獣がいたなんて! わかりました、お兄様。剣を持ってローゼリア様をお救いしに行けばいいんですね!」
ち・が・う!
おまえが行っても剣なんか振るえないだろうが!!
「お兄様、大切な剣をお借りします」
そして、馬鹿妹は落ちていたオレの剣を拾って、くそ王女の方へと駆け出していった。
「……っ!!」
痛みに声にならない声で叫ぶが、ニーナには届かず。
兄妹なのにオレの気持ちが伝わることもなく、ニーナは走って行った。
*****************
この話のタイトルですが、あんまりな感じだったので修正しました。
センスが問われる…しかし、雪野にはセンスが皆無。
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