209 / 255
21章 責任
風の動く場所
しおりを挟む
時は少し戻り、花火の上がる前のこと。
オレは衛生兵から借り受けた馬に乗り、ルーク様と妹のニーナに下山した後の花火の打ち上げを任せて、討伐塔へと向かっていた。
早く、早く花火が上がる前に討伐塔に着かなければ。
衛生兵から馬を借りている以上、負傷兵が居ればその対応もしなければならない。
一刻の猶予もない状況だ。
周りに注意しながら馬を走らせると、一頭の魔獣と戦っている隊士を見つけた。
オレは馬を降りて隊士を背に庇った。
剣に手をかけたまま、魔獣と睨み合う。
まだだ。
まだ剣は抜けない。
「おまえ一人か? 動くのは2人1組と決められているはずだが」
息を切らした隊士は剣の重さに腕を下ろした。
「わたしのバディは怪我をして運ばれて行きました。わたしも山を降りる途中でしたが、一頭残っていたコイツに襲われて……」
「よし、わかった。コイツはオレがなんとかする。気をつけて下山するように」
オレは隊士にそう言うと、手に力を入れてスラリと剣を抜いた。
その瞬間、魔獣の唸り声が大きくなる。
オレは風の魔法を利用して、剣先をあおる。
その剣についた匂いが、先に飛ぶように。
魔獣はその魔法に釣られて走り出す。
オレは馬に飛び乗って、討伐塔に向かった。
側から見たそれは、逃げ出した魔獣をオレが追っているように見えただろう。
風をうまく操り、魔獣を討伐塔まで誘導する。
途中途中で見かける隊士に、もうすぐ合図が出る。あと一息だ、と声をかけながら走っていく。
オレは、ローゼリアが敗戦の合図が出たらこの地を捨てて逃げることを知っていた。
討伐塔やこの辺りは何度もルーク様と下見に来ている。
だが、オレはルーク様がここに足を運んだ回数の倍はここに来ている。
ローゼリアが素直に討伐に協力するわけがない。
何かないかと、目を皿のようにして何度もここへ足を運んだ。
討伐が終われば、ローゼリアはルーク様の功績を我がもののように振る舞うだろう。
英雄という運命を背負って生きてきたルーク様の全てを、あの女が自分の功績として勲章のように身につけようとしている。
オレはそれが許せなかった。
何か一泡吹かせることはできないかと、考えていた。
例えば、王族以外の民の命などその辺に落ちているチリと同じにしか思っていないところを、国民に見せることはできないかと。
どこかに新聞記者でも潜り込ませておけないだろうか。
きっと、あの女は討伐の最中でさえ、豪華な食事とワインを口にするだろう。光の討伐隊を戦いの前面に出して。
いや、ダメだ。
討伐という危険の中に、一般市民である新聞記者を連れてくる訳にはいかない。
昔絵本で読んだ、遠くのものも見通せる水晶でもあれば仕掛けておくのに、オレたちにとっての魔法とは実生活に基づいたものでしかなく、そんな夢のような機能はない。
何度も足を運ぶうちに、ローゼリアが待機する予定の部屋に違和感を覚えた。
風が……。
締め切った部屋の中で少し空気が動いているのを感じる。
そう狭くない部屋の壁から冷気が逃げてきていた。
そっと指で壁をなぞっていく。
ゆっくりと壁沿いに歩いていくと、本棚と壁の間に空気の揺れを感じる。
本棚の本を一段ずつ取り去っていくと、一冊だけ取り出せない本にぶちあたった。
引いても本棚から抜けないそれを、右へとずらす。
すると、本棚全体が動き、そこからは階段が現れた。
抜け道……。
まあ、王家がかかわる建物だ。
万が一の時のために抜け道くらいはあるだろう。
オレは本棚を元に戻そうとして手を止める。
そして、部屋にあったランプを手に取り、その奥に続く階段を降りて行った。
4階分くらいの階段を降りると、細い通路があった。
ランプを持ち上げて奥を見るが、かなり長い通路のようだ。
細いと言っても、人が3人ほど並んで歩けるくらいの通路だ。
それなりに高さもあり、ゆうゆうと歩いて行ける。
これでは、賊から逃げるのには不便だろう。
数人に追われて囲まれたら、武を重んじない王族などひとたまりもないはずだ。
奥へ奥へと歩いていくと、通路の途中に馬のついていない馬車が停まっていた。
とても小さな馬車で、人ひとり乗るだけの大きさしかない。
しかし、その馬車はこの通路にピッタリのサイズで、この通路はこの馬車のために作られたようだった。
そっと触れてみるが埃もかぶっていない。
「新しい……」
この馬車が何を意味するのか、それはこの抜け道の先に答えがあった。
オレは衛生兵から借り受けた馬に乗り、ルーク様と妹のニーナに下山した後の花火の打ち上げを任せて、討伐塔へと向かっていた。
早く、早く花火が上がる前に討伐塔に着かなければ。
衛生兵から馬を借りている以上、負傷兵が居ればその対応もしなければならない。
一刻の猶予もない状況だ。
周りに注意しながら馬を走らせると、一頭の魔獣と戦っている隊士を見つけた。
オレは馬を降りて隊士を背に庇った。
剣に手をかけたまま、魔獣と睨み合う。
まだだ。
まだ剣は抜けない。
「おまえ一人か? 動くのは2人1組と決められているはずだが」
息を切らした隊士は剣の重さに腕を下ろした。
「わたしのバディは怪我をして運ばれて行きました。わたしも山を降りる途中でしたが、一頭残っていたコイツに襲われて……」
「よし、わかった。コイツはオレがなんとかする。気をつけて下山するように」
オレは隊士にそう言うと、手に力を入れてスラリと剣を抜いた。
その瞬間、魔獣の唸り声が大きくなる。
オレは風の魔法を利用して、剣先をあおる。
その剣についた匂いが、先に飛ぶように。
魔獣はその魔法に釣られて走り出す。
オレは馬に飛び乗って、討伐塔に向かった。
側から見たそれは、逃げ出した魔獣をオレが追っているように見えただろう。
風をうまく操り、魔獣を討伐塔まで誘導する。
途中途中で見かける隊士に、もうすぐ合図が出る。あと一息だ、と声をかけながら走っていく。
オレは、ローゼリアが敗戦の合図が出たらこの地を捨てて逃げることを知っていた。
討伐塔やこの辺りは何度もルーク様と下見に来ている。
だが、オレはルーク様がここに足を運んだ回数の倍はここに来ている。
ローゼリアが素直に討伐に協力するわけがない。
何かないかと、目を皿のようにして何度もここへ足を運んだ。
討伐が終われば、ローゼリアはルーク様の功績を我がもののように振る舞うだろう。
英雄という運命を背負って生きてきたルーク様の全てを、あの女が自分の功績として勲章のように身につけようとしている。
オレはそれが許せなかった。
何か一泡吹かせることはできないかと、考えていた。
例えば、王族以外の民の命などその辺に落ちているチリと同じにしか思っていないところを、国民に見せることはできないかと。
どこかに新聞記者でも潜り込ませておけないだろうか。
きっと、あの女は討伐の最中でさえ、豪華な食事とワインを口にするだろう。光の討伐隊を戦いの前面に出して。
いや、ダメだ。
討伐という危険の中に、一般市民である新聞記者を連れてくる訳にはいかない。
昔絵本で読んだ、遠くのものも見通せる水晶でもあれば仕掛けておくのに、オレたちにとっての魔法とは実生活に基づいたものでしかなく、そんな夢のような機能はない。
何度も足を運ぶうちに、ローゼリアが待機する予定の部屋に違和感を覚えた。
風が……。
締め切った部屋の中で少し空気が動いているのを感じる。
そう狭くない部屋の壁から冷気が逃げてきていた。
そっと指で壁をなぞっていく。
ゆっくりと壁沿いに歩いていくと、本棚と壁の間に空気の揺れを感じる。
本棚の本を一段ずつ取り去っていくと、一冊だけ取り出せない本にぶちあたった。
引いても本棚から抜けないそれを、右へとずらす。
すると、本棚全体が動き、そこからは階段が現れた。
抜け道……。
まあ、王家がかかわる建物だ。
万が一の時のために抜け道くらいはあるだろう。
オレは本棚を元に戻そうとして手を止める。
そして、部屋にあったランプを手に取り、その奥に続く階段を降りて行った。
4階分くらいの階段を降りると、細い通路があった。
ランプを持ち上げて奥を見るが、かなり長い通路のようだ。
細いと言っても、人が3人ほど並んで歩けるくらいの通路だ。
それなりに高さもあり、ゆうゆうと歩いて行ける。
これでは、賊から逃げるのには不便だろう。
数人に追われて囲まれたら、武を重んじない王族などひとたまりもないはずだ。
奥へ奥へと歩いていくと、通路の途中に馬のついていない馬車が停まっていた。
とても小さな馬車で、人ひとり乗るだけの大きさしかない。
しかし、その馬車はこの通路にピッタリのサイズで、この通路はこの馬車のために作られたようだった。
そっと触れてみるが埃もかぶっていない。
「新しい……」
この馬車が何を意味するのか、それはこの抜け道の先に答えがあった。
3
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

転生したら災難にあいましたが前世で好きだった人と再会~おまけに凄い力がありそうです
はなまる
恋愛
現代世界で天鬼組のヤクザの娘の聖龍杏奈はある日父が連れて来たロッキーという男を好きになる。だがロッキーは異世界から来た男だった。そんな時ヤクザの抗争に巻き込まれて父とロッキーが亡くなる。杏奈は天鬼組を解散して保育園で働くが保育園で事件に巻き込まれ死んでしまう。
そしていきなり異世界に転性する。
ルヴィアナ・ド・クーベリーシェという女性の身体に入ってしまった杏奈はもうこの世界で生きていくしかないと心を決める。だがルヴィアナは嫉妬深く酷い女性で婚約者から嫌われていた。何とか関係を修復させたいと努力するが婚約者に好きな人が出来てあえなく婚約解消。そしてラノベで読んだ修道院に行くことに。けれどいつの間にか違う人が婚約者になって結婚話が進んで行く。でもその人はロッキーにどことなく似ていて気になっていた人で…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる