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20章 決着
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『受け止めろ! 娘よ。世界はバランスの上に成り立っている。今魔法が使えているのは、その痛みと引き換えなのだ。オレの痛みをその身で受けるがい!』
魔物が叫ぶ中、わたしの魂は既に半分身体から離れて居た。
現世の身体を離れ、隠世に向かおうとするわたしは、魔物の声で頭の中のモヤが晴れるようにクリアになった。
この世はバランスの上に成り立っている。
光があれば闇があり、晴れの日があれば雨の日がある。
嬉しいことがあれば悲しいこともあり、人が産まれれば必ず最期は死んでゆく。
やまない雨はないし、明けない夜はない。
その代わり、晴ればかりも永遠には続かないし、暮れない日もない。
それなのに。
それなのに、魔物は死することもできなかった。
肉体的には滅びても、魂はこの地に捕らえられたまま、また魔物として産まれる。
彼の苦痛は晴れることなく、その苦しみは永遠のように続いている。
彼の苦しみと引き換えに、魔法が生まれた。
楽をする為に、生まれた魔法。
それを維持する為に、苦しみ続けた魔物。
クリアになったわたしの思考の中に、彼の苦しみが聞こえてくる。
まだ母親の温もりを堪能できるはずの身を、国王によって取り上げられ、訳もわからず山に捨て置かれたその絶望を。
長い長い歳月の中、彼が思ったことが、頭の中に直接流れてくる。
山の中に封印された身。
数十年に一度、英雄を名乗る者が自分に会いに来る。
最初の一回は、何もわからずに殺された。
殺されてから、再び魔物として生まれるまでの間は、魂はこの世を彷徨った。
そして、天から見て事実を知る。
生け贄にされた我が身と、我が子を心配し、国王に逆らって処刑された両親。
私利私欲のために、国民を犠牲にする国王。
絶望が心を支配する中、赤い月が現れ星が流れる。
宙を彷徨った魂は、また山に戻り魔物として誕生するのだ。
同じくして、英雄と呼ばれる者が誕生したのもわかっていた。
だからこの世の摂理を話し、自分を受け入れて、あるがままの世界を受け入れてくれるように何度も英雄に頼んだ。
だが、英雄は王家に連なる者から生まれることが多く、願いは叶えられることはなかった。
魔物も人の子。人の魂を持つ者。
逆上して英雄を殺すこともあった。
しかし、英雄が死しても何も変わることはなく、50年ほどの生を終えると、また魔物として生まれ変わった。
何度もの転生を繰り返して、魔物の心はすさんでゆく。
心が痛くて、悲鳴をあげている。
50年という時間は、本来人間として生まれてきた赤子の時の寿命であった。
だから、多少の誤差はあっても魔物は50年程で復活し、50年程で滅びてきたのだ。
なんて辛いことだろう。
生まれ変わってもまた魔物で、何も悪いことをしていないのに、魔獣を従えているというだけで、人々から憎まれる日々。
それが、永遠に続いていくのだ。
わたしは魔物の感情が流れ込んできて、そのあまりの辛さに涙を流した。
辛かったですね。
何も知らない無垢な赤ちゃんの時に、運命を決められて自分ではどうすることもできなくて、辛かったですね。
わたしは、なんの力もないけど、英雄でもないけど、あなたの辛さがわかります。
よくわからないうちに殺されたことは、あなたとよく似ているから。
だから、少しだけだけど、あなたの辛さがわかります。
ゆらゆらと浮かぶ魂のわたしは、地上にいる魔物を見下ろす。
影のように暗いルーク様そっくりのその人に、手を差し伸べる。
だから、わたしは人であるあなたの思いを受け入れます。
あなたは魔物なんかじゃない。
人です。人間です。
だから、一緒に逝きましょう。
輪廻転生の輪に加わりましょう。
あなたも、今度は人に生まれ変わりましょ。
そして、前世で愛されるはずだった受け取れるはずだったご両親からの愛情を、たくさんその身に受けましょう。
王族なんかのために、魔法なんかのために、その身を犠牲にしなくてもいいんです。
あなた自身の幸せを探しましょう。
そう魔物に訴えかけて、魂のわたしは一生懸命に魔物に手を伸ばした。
魔物には魂であるわたしが見えるのか、少し微笑みながら、わたしに向かい手を伸ばす。
そしてわたしの手を掴むと、魔物の肉体である入れ物から魔物の魂がするりと抜け出して、魔物の肉体はその場に崩れ落ちた。
入れ物から抜け出した魔物の魂は、ルーク様とはまったく違う、優しそうな男の人の顔をしていた。
『あなたは……』
だあれ? そう続くはずだったわたしの声を遮って彼は答えた。
『これが本来のオレの顔だよ。両親から生まれて、成長したら、この姿になるはずだった。キミのお陰で、オレはやっと本当の自分に戻れたんだ』
そっか。
よかった。
『これで、あなたも輪廻の輪に加わることができるのね?』
『あぁ。キミの、キミたちのおかげだよ』
笑みを浮かべる魔物を見た後、わたしはルーク様を見下ろした。
ルーク様はわたしの体を抱きしめて震えていて、お兄様はわたしの出血を止めようとして、切られたところに必死に布をあてていた。
ごめんなさい。
また、ふたりを置いて逝ってしまうなんて。
でも、魔物は救われて、ルーク様の討伐も終わったのだ。
きっと、今世でのわたしの役割はこういうことだったんだ。
わたしは魔物だった男性の魂に手を伸ばした。
『行きましょう。そして、また生まれ変わろう。今度は、あなたもわたしも、幸せになろうね』
まぁ、わたしは今世もルーク様に会えて幸せだったけど、来世はもっと長くルーク様のお側にいたい。
また、わたしはあなたに逢いたくて、ここに戻ってくるだろう。
*****************
恋愛大賞の結果をいただきました。
あの更新頻度に見合わないほどの結果をいただき、感無量でございます。
応援してくださったみなさま、ありがとうございました。
時間もかかり、お話も長くなってしまっておりますが、しおりが動くのを見てお読みいただいていることがわかり、とても励みになっております。
お話も大詰めでございますが、今しばらくお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。
魔物が叫ぶ中、わたしの魂は既に半分身体から離れて居た。
現世の身体を離れ、隠世に向かおうとするわたしは、魔物の声で頭の中のモヤが晴れるようにクリアになった。
この世はバランスの上に成り立っている。
光があれば闇があり、晴れの日があれば雨の日がある。
嬉しいことがあれば悲しいこともあり、人が産まれれば必ず最期は死んでゆく。
やまない雨はないし、明けない夜はない。
その代わり、晴ればかりも永遠には続かないし、暮れない日もない。
それなのに。
それなのに、魔物は死することもできなかった。
肉体的には滅びても、魂はこの地に捕らえられたまま、また魔物として産まれる。
彼の苦痛は晴れることなく、その苦しみは永遠のように続いている。
彼の苦しみと引き換えに、魔法が生まれた。
楽をする為に、生まれた魔法。
それを維持する為に、苦しみ続けた魔物。
クリアになったわたしの思考の中に、彼の苦しみが聞こえてくる。
まだ母親の温もりを堪能できるはずの身を、国王によって取り上げられ、訳もわからず山に捨て置かれたその絶望を。
長い長い歳月の中、彼が思ったことが、頭の中に直接流れてくる。
山の中に封印された身。
数十年に一度、英雄を名乗る者が自分に会いに来る。
最初の一回は、何もわからずに殺された。
殺されてから、再び魔物として生まれるまでの間は、魂はこの世を彷徨った。
そして、天から見て事実を知る。
生け贄にされた我が身と、我が子を心配し、国王に逆らって処刑された両親。
私利私欲のために、国民を犠牲にする国王。
絶望が心を支配する中、赤い月が現れ星が流れる。
宙を彷徨った魂は、また山に戻り魔物として誕生するのだ。
同じくして、英雄と呼ばれる者が誕生したのもわかっていた。
だからこの世の摂理を話し、自分を受け入れて、あるがままの世界を受け入れてくれるように何度も英雄に頼んだ。
だが、英雄は王家に連なる者から生まれることが多く、願いは叶えられることはなかった。
魔物も人の子。人の魂を持つ者。
逆上して英雄を殺すこともあった。
しかし、英雄が死しても何も変わることはなく、50年ほどの生を終えると、また魔物として生まれ変わった。
何度もの転生を繰り返して、魔物の心はすさんでゆく。
心が痛くて、悲鳴をあげている。
50年という時間は、本来人間として生まれてきた赤子の時の寿命であった。
だから、多少の誤差はあっても魔物は50年程で復活し、50年程で滅びてきたのだ。
なんて辛いことだろう。
生まれ変わってもまた魔物で、何も悪いことをしていないのに、魔獣を従えているというだけで、人々から憎まれる日々。
それが、永遠に続いていくのだ。
わたしは魔物の感情が流れ込んできて、そのあまりの辛さに涙を流した。
辛かったですね。
何も知らない無垢な赤ちゃんの時に、運命を決められて自分ではどうすることもできなくて、辛かったですね。
わたしは、なんの力もないけど、英雄でもないけど、あなたの辛さがわかります。
よくわからないうちに殺されたことは、あなたとよく似ているから。
だから、少しだけだけど、あなたの辛さがわかります。
ゆらゆらと浮かぶ魂のわたしは、地上にいる魔物を見下ろす。
影のように暗いルーク様そっくりのその人に、手を差し伸べる。
だから、わたしは人であるあなたの思いを受け入れます。
あなたは魔物なんかじゃない。
人です。人間です。
だから、一緒に逝きましょう。
輪廻転生の輪に加わりましょう。
あなたも、今度は人に生まれ変わりましょ。
そして、前世で愛されるはずだった受け取れるはずだったご両親からの愛情を、たくさんその身に受けましょう。
王族なんかのために、魔法なんかのために、その身を犠牲にしなくてもいいんです。
あなた自身の幸せを探しましょう。
そう魔物に訴えかけて、魂のわたしは一生懸命に魔物に手を伸ばした。
魔物には魂であるわたしが見えるのか、少し微笑みながら、わたしに向かい手を伸ばす。
そしてわたしの手を掴むと、魔物の肉体である入れ物から魔物の魂がするりと抜け出して、魔物の肉体はその場に崩れ落ちた。
入れ物から抜け出した魔物の魂は、ルーク様とはまったく違う、優しそうな男の人の顔をしていた。
『あなたは……』
だあれ? そう続くはずだったわたしの声を遮って彼は答えた。
『これが本来のオレの顔だよ。両親から生まれて、成長したら、この姿になるはずだった。キミのお陰で、オレはやっと本当の自分に戻れたんだ』
そっか。
よかった。
『これで、あなたも輪廻の輪に加わることができるのね?』
『あぁ。キミの、キミたちのおかげだよ』
笑みを浮かべる魔物を見た後、わたしはルーク様を見下ろした。
ルーク様はわたしの体を抱きしめて震えていて、お兄様はわたしの出血を止めようとして、切られたところに必死に布をあてていた。
ごめんなさい。
また、ふたりを置いて逝ってしまうなんて。
でも、魔物は救われて、ルーク様の討伐も終わったのだ。
きっと、今世でのわたしの役割はこういうことだったんだ。
わたしは魔物だった男性の魂に手を伸ばした。
『行きましょう。そして、また生まれ変わろう。今度は、あなたもわたしも、幸せになろうね』
まぁ、わたしは今世もルーク様に会えて幸せだったけど、来世はもっと長くルーク様のお側にいたい。
また、わたしはあなたに逢いたくて、ここに戻ってくるだろう。
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応援してくださったみなさま、ありがとうございました。
時間もかかり、お話も長くなってしまっておりますが、しおりが動くのを見てお読みいただいていることがわかり、とても励みになっております。
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