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18章 討伐
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「さあ、剣に加護をつけてくれ」
そう言って、ルーク様は剣を差し出した。
訓練の時と違い、物々しい鎧と盾を身に纏って。
「……どうしても、わたしは連れて行っていただけないのですか?」
デイヴィス家別棟のリビングで、執事のフランクさんやサリーさんも心配そうにルーク様を見ていた。
今、ここに居るのはわたしの事情を知る使用人のお二人と、お兄様、ルーク様とわたしだけだ。
連れて行ってくださると言っても、他の人にバレる心配はない。
それでもルーク様は首を横に振る。
「何度言ったらわかるんだ。ニーナは連れて行けないよ」
助けを求めてお兄様とフランクさんたちに目を向けたけど、申し訳なさそうに目を伏せられてしまった。
この場に、わたしの味方は誰も居なかった。
「大丈夫だ。ニーナ、オレを信じてくれ。オレは決してニーナをひとりにしない」
ルーク様がわたしの両腕を掴み、わたしの顔を覗き込んだ。
「……はい」
もう、わたしはそう言うしかない。
わたしが一緒に討伐に行けない分、たくさんの加護をつけるように、剣に祈りを捧げる。
なるべくたくさんの魔力を、剣に注いだ。
そして、剣を仕舞うルーク様を再度つかまえる。
「ルーク様、せめてルーク様ご自身にも加護をつけさせてください」
「え、本人にも加護をつけるなんてできるのか!?」
「はい。多分、できます。そのまま、そこに立っていてください」
わたしはゆっくりと両手を胸の前で組む。
「あなたが無事に帰ってきますように……」
わたしが言葉を紡ぐと、魔力がルーク様を覆うのを感じた。
ふぅ。
まだ、あと少し魔力は残っている。
「お兄様も、ここに立ってください」
「えっ! オレ?」
お兄様の方に振り向くと、お兄様はビックリしたようにわたしを見ていた。
「当たり前じゃないですか。お兄様にも無事に帰ってきて欲しいんです」
おずおずとやってきたお兄様にも、お祈りを捧げる。
「お兄様が無事に帰ってきますように……」
わたしがお祈りを捧げると、お兄様はなんとも言えないような顔をして、ルーク様をチラリと見た。
「……義兄上。別に、妬いたりなんかしませんよ。ジーナの兄上なんだから」
「そうか?」
そして、2人ともしっかりと腰に剣をつけ、わたしとフランクさんたちに向き直る。
「フランク、サリー。本当なら討伐の日程は他に漏れないように口止めされている。討伐隊の中には、家族にすら言えずに討伐に出ると言っていた者もいるくらいだ。もし、市民に漏れたら王家から報奨金取り上げの上、厳罰に処すと通達があった」
フランクさんたちは、こくりと喉を鳴らす。
「そんな重荷をおまえたちに背負わせて悪いと思っている。だが、おまえたちなら決して外で口外しないと確信を持っているから、言うことができる。今日、オレたちは討伐に向かう。これは、訓練ではなく、本番だ」
フランクさんはさすがにベテラン執事だけあって、表情を崩さずに聞いているが、サリーさんは真っ青な顔で両手で口を覆った。
「おまえたちに告げたのは、頼みたいことがあったからだ」
一瞬、視線をわたしに向けたのを見て、フランクさんはにこりと笑った。
「ニーナのことでございますね」
「ああ。オレが不在の間、ニーナのことは頼む」
「かしこまりました。しかと心得ておりますので、ご心配なきように」
「頼んだぞ」
「ですが、そんなことにはならぬようお戻りください」
「……ああ。もちろん、帰ってくる」
お兄様が先に部屋を出て行ったのを見て、ルーク様は立ち止まる。
「フランク、サリー。おまえたちには世話になった。両親に懐けず、扱いづらかったオレの世話を投げ出さずによくやってくれた。感謝している」
フランクさんはにこりと笑ってサリーさんとならんでルーク様に頭を下げた。
「もったいないお言葉でございます。しかし、まだまだ手の掛かるルーク様のお世話をするつもりでございます。お戻りをお待ちしております」
「……うん」
そして、精一杯の魔力を使い、少しふらつくわたしをサリーさんが支えるようにして玄関までみんなで行く。
いつものように、ロビーに使用人が並ぶ。
使用人は、何回か屋敷から鎧を着て出て行く姿を見ているので、いつものことだと思って普通に礼を取っていく。
「いってらっしゃいませ」
「ああ」
玄関のドアが閉められ、わたしとフランクさんたち以外は、業務に戻っていく。
わたしたちは玄関の外に出て、待っている馬車の近くまでルーク様の背中を追った。
お兄様が馬車に乗り込むと、ルーク様も馬車の取手に手にした。
片足を馬車にかけ、その後一度動きが止まる。
何だろう?
わたしがルーク様に近付くと、ルーク様は勢いよく振り返り、馬車の扉に隠れて、わたしを抱き寄せて、その腕に力を入れた。
苦しいくらいに抱きしめられ、ルーク様のお顔を見ようと顔を上げると、そのままルーク様の唇が降りてくる。
何度も、何度も、わたしにくちづけるルーク様。
馬車の扉の影に隠れて、ルーク様の胸に抱き込まれる。
「……ごめん、ニーナ」
「いえ……」
ふたりとも体を起こし、見つめ合う。
「じゃ、行ってくる」
「はい。お気をつけて」
最後にもう一度額にキスを残し、ルーク様は馬車に乗り込んだ。
わたしが馬車の扉を閉めようとすると、お兄様が苦笑いを浮かべているのが見える。
「いくら馬車の扉の影に隠れて屋敷の使用人や外まで見送りに来た執事たちから見えないと言っても、扉のこちら側にいるオレには丸見えだったんだけど。妹と上官の熱烈ラブシーンを見せられるこちらの身にもなってくれよ」
「……すみません。義兄上」
顔を赤くしているルーク様を見てから、わたしは扉を閉めた。
わたしが馬車から離れると、御者はムチを打ち、馬を走らせた。
わたしはもちろん、フランクさんもサリーさんも、馬車が小さくなって、見えなくなるまでその後ろ姿を見つめ続けた。
行ってらっしゃい、ルーク様。
討伐が成功することを、心よりお祈りいたします……。
そう言って、ルーク様は剣を差し出した。
訓練の時と違い、物々しい鎧と盾を身に纏って。
「……どうしても、わたしは連れて行っていただけないのですか?」
デイヴィス家別棟のリビングで、執事のフランクさんやサリーさんも心配そうにルーク様を見ていた。
今、ここに居るのはわたしの事情を知る使用人のお二人と、お兄様、ルーク様とわたしだけだ。
連れて行ってくださると言っても、他の人にバレる心配はない。
それでもルーク様は首を横に振る。
「何度言ったらわかるんだ。ニーナは連れて行けないよ」
助けを求めてお兄様とフランクさんたちに目を向けたけど、申し訳なさそうに目を伏せられてしまった。
この場に、わたしの味方は誰も居なかった。
「大丈夫だ。ニーナ、オレを信じてくれ。オレは決してニーナをひとりにしない」
ルーク様がわたしの両腕を掴み、わたしの顔を覗き込んだ。
「……はい」
もう、わたしはそう言うしかない。
わたしが一緒に討伐に行けない分、たくさんの加護をつけるように、剣に祈りを捧げる。
なるべくたくさんの魔力を、剣に注いだ。
そして、剣を仕舞うルーク様を再度つかまえる。
「ルーク様、せめてルーク様ご自身にも加護をつけさせてください」
「え、本人にも加護をつけるなんてできるのか!?」
「はい。多分、できます。そのまま、そこに立っていてください」
わたしはゆっくりと両手を胸の前で組む。
「あなたが無事に帰ってきますように……」
わたしが言葉を紡ぐと、魔力がルーク様を覆うのを感じた。
ふぅ。
まだ、あと少し魔力は残っている。
「お兄様も、ここに立ってください」
「えっ! オレ?」
お兄様の方に振り向くと、お兄様はビックリしたようにわたしを見ていた。
「当たり前じゃないですか。お兄様にも無事に帰ってきて欲しいんです」
おずおずとやってきたお兄様にも、お祈りを捧げる。
「お兄様が無事に帰ってきますように……」
わたしがお祈りを捧げると、お兄様はなんとも言えないような顔をして、ルーク様をチラリと見た。
「……義兄上。別に、妬いたりなんかしませんよ。ジーナの兄上なんだから」
「そうか?」
そして、2人ともしっかりと腰に剣をつけ、わたしとフランクさんたちに向き直る。
「フランク、サリー。本当なら討伐の日程は他に漏れないように口止めされている。討伐隊の中には、家族にすら言えずに討伐に出ると言っていた者もいるくらいだ。もし、市民に漏れたら王家から報奨金取り上げの上、厳罰に処すと通達があった」
フランクさんたちは、こくりと喉を鳴らす。
「そんな重荷をおまえたちに背負わせて悪いと思っている。だが、おまえたちなら決して外で口外しないと確信を持っているから、言うことができる。今日、オレたちは討伐に向かう。これは、訓練ではなく、本番だ」
フランクさんはさすがにベテラン執事だけあって、表情を崩さずに聞いているが、サリーさんは真っ青な顔で両手で口を覆った。
「おまえたちに告げたのは、頼みたいことがあったからだ」
一瞬、視線をわたしに向けたのを見て、フランクさんはにこりと笑った。
「ニーナのことでございますね」
「ああ。オレが不在の間、ニーナのことは頼む」
「かしこまりました。しかと心得ておりますので、ご心配なきように」
「頼んだぞ」
「ですが、そんなことにはならぬようお戻りください」
「……ああ。もちろん、帰ってくる」
お兄様が先に部屋を出て行ったのを見て、ルーク様は立ち止まる。
「フランク、サリー。おまえたちには世話になった。両親に懐けず、扱いづらかったオレの世話を投げ出さずによくやってくれた。感謝している」
フランクさんはにこりと笑ってサリーさんとならんでルーク様に頭を下げた。
「もったいないお言葉でございます。しかし、まだまだ手の掛かるルーク様のお世話をするつもりでございます。お戻りをお待ちしております」
「……うん」
そして、精一杯の魔力を使い、少しふらつくわたしをサリーさんが支えるようにして玄関までみんなで行く。
いつものように、ロビーに使用人が並ぶ。
使用人は、何回か屋敷から鎧を着て出て行く姿を見ているので、いつものことだと思って普通に礼を取っていく。
「いってらっしゃいませ」
「ああ」
玄関のドアが閉められ、わたしとフランクさんたち以外は、業務に戻っていく。
わたしたちは玄関の外に出て、待っている馬車の近くまでルーク様の背中を追った。
お兄様が馬車に乗り込むと、ルーク様も馬車の取手に手にした。
片足を馬車にかけ、その後一度動きが止まる。
何だろう?
わたしがルーク様に近付くと、ルーク様は勢いよく振り返り、馬車の扉に隠れて、わたしを抱き寄せて、その腕に力を入れた。
苦しいくらいに抱きしめられ、ルーク様のお顔を見ようと顔を上げると、そのままルーク様の唇が降りてくる。
何度も、何度も、わたしにくちづけるルーク様。
馬車の扉の影に隠れて、ルーク様の胸に抱き込まれる。
「……ごめん、ニーナ」
「いえ……」
ふたりとも体を起こし、見つめ合う。
「じゃ、行ってくる」
「はい。お気をつけて」
最後にもう一度額にキスを残し、ルーク様は馬車に乗り込んだ。
わたしが馬車の扉を閉めようとすると、お兄様が苦笑いを浮かべているのが見える。
「いくら馬車の扉の影に隠れて屋敷の使用人や外まで見送りに来た執事たちから見えないと言っても、扉のこちら側にいるオレには丸見えだったんだけど。妹と上官の熱烈ラブシーンを見せられるこちらの身にもなってくれよ」
「……すみません。義兄上」
顔を赤くしているルーク様を見てから、わたしは扉を閉めた。
わたしが馬車から離れると、御者はムチを打ち、馬を走らせた。
わたしはもちろん、フランクさんもサリーさんも、馬車が小さくなって、見えなくなるまでその後ろ姿を見つめ続けた。
行ってらっしゃい、ルーク様。
討伐が成功することを、心よりお祈りいたします……。
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