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17章 隊服
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大聖堂に行った翌日、いつものように訓練を終えたルーク様と一緒にデイヴィス家の別棟に帰ると、フランクさんがわたしを呼んだ。
「えっ、お父さんが来てるんですか?」
「はい。デイヴィス家への商品の搬入をした後、別棟にお寄りになって……。ニーナの帰りを待つとおっしゃるので、応接室でお待ちいただいています」
ひゃ~、貴族の家の応接室で待ってるなんて!
お父さん、何やってるのよ!?
「申し訳ありません! すぐ行って帰ってもらいます!!」
走り出そうとするわたしを、フランクさんが呼び止める。
「ニーナ、しばらくご実家には帰っていないでしょう。ゆっくりしてきてよいのですよ。ルーク様のお世話は、わたしとサリーでおこないますから」
「ありがとうございます!」
フランクさんに向かってかばっと頭を下げて、わたしは応接室へと急いだ。
ばんっ! とドアを開けると、侯爵家に相応しい豪華なソファセットに悠々と腰掛け、紅茶を手にしているお父さんと目が合った。
「お父さん! 何してるのよ、こんなところで!」
家族が押しかけてきて恥ずかしいわたしは、ちょっと怒った風を装って、お父さんの前に立ちはだかった。
昨日会ったミラーのお父様と比べて、とても若いお父さん。
白髪ではなく、茶色のウェーブのかかった髪をうしろに一つに赤い組紐でまとめている。
あの赤い組紐は、わたしがまだ平民学校に上がる前に初めて作ったもので、あまりうまくはできていないけど、お父さんはそれを使ってくれている。
怒っているフリをしたけれど、わたしはお父さんが大好きだ。
もちろん、お父様も大好きだけど、この今世のお父さんもかけがえの無い、わたしの家族。
「もう、何しに来たのよ。娘の職場訪問なんて、ほんとに恥ずかしい」
ブツブツ言いながら、わたしはお父さんの向かいのソファに座った。
「いや、オレも予定にはなかったんだけどさ。お店の方に牧師? 神父? とにかく教会の人が来てさ、届け物をしてほしいって言われてさー。うち、宅配を請け負ったりもしてるから、その依頼だと思って受けたんだけどさ。届け先を聞いたら、おまえの働いている場所で、受取人がお前だって言うんでびっくりしたよ」
「えっ、」
教会の人って……お父様?
「中身は何で、ニーナとどんな関係があるんだ、オレはニーナの父親だって言ったら、その人、とても驚いた顔をしてさ。丁寧に説明してくれたよ。おまえ、ルーク様の討伐がうまくいくように教会に祈りに行ってるんだって? 頼まれていたミサ用の衣装ができたからそれを届けてほしいって言われてさ。丁寧に梱包してあったのに、中身も見せてくれて、白いローブだったから安心して引き受けたんだけど」
多分、お父様はデイヴィス家の出入りの商家を調べたんだろう。
何軒もの商家が出入りしてるけど、うちが一番大きいところなはずだ。
だから、お父さんに依頼が行って……。
お父さんが差し出した箱を受け取り、付いていたカードを見ると、I'm rooting for you ジョー・ミラー と綺麗な文字で書いてあった。
懐かしいその筆跡に、胸が熱くなる。
「ニーナ? どうかしたのか? 変哲のない服だと思ったが、やっぱり何かあるのか? そんなに歳はいってなさそうな白髪の優しい顔をした紳士が丁寧に説明してくれたから信じたんだけど、やっぱり何か……」
「ううん。なんでもないの。ただ、幸せだなって思っただけ。お父さん、ありがとうね。わたしを育ててくれて、ありがとう」
カードと隊服を抱きしめて、わたしはお父さんに笑みを向けた。
お父様も、お父さんも大好き。
ふたりとも、わたしを育ててくれて、愛情をそそいでくれて、ありがとう。
お父さんはポリポリと頬をかくと、ソファに座り直して照れ隠しのように、紅茶のカップを手に取った。
「そっかー。ニーナは幸せかぁ。やっぱりオレに久しぶりに会えて嬉しいんだな。へへっ。そういえば、そろそろ討伐が始まるんだって?」
「あ……、うん。そうね、そろそろね」
市民には討伐がいつ行われるか、知らせはない。
結界の中で行われれることで、街に被害は出ないと説明されている。
本当なら、念のために結界から近い街の人たちくらいは避難した方が良いと思うけど、王家から避難の許可は降りなかったそうだ。
もし、討伐に失敗した場合は、ちょっと避難したくらいでは被害は収まらないだろうと言われているため、ルーク様やお兄様はその方針に従っている。
「昔から繰り返されていることだし、御立派な王太子様やルーク様が討伐に向かうのだから、オレたちも心配はしていないけどな」
その討伐に行くのに、ルーク様やお兄様がどんな過酷な訓練を受けているか知らないお父さんは、穏やかな安心しきった顔で笑っていた。
「そうだね、お父さん。ルーク様がいるから、大丈夫だよ」
わたしがルーク様を死なせはしない。
何に変えても、護るから。
だから、大丈夫だよ。
わたしはお父様からもらった隊服を抱きしめて、お父さんに微笑んで頷いた。
*****************
アルファベット表記をしましたが、この世界では大陸語と呼ばれているものです。
素直にカードを書くのが照れくさかったお父様が、ちょっとカッコつけて大陸語で書いたのでした。
「えっ、お父さんが来てるんですか?」
「はい。デイヴィス家への商品の搬入をした後、別棟にお寄りになって……。ニーナの帰りを待つとおっしゃるので、応接室でお待ちいただいています」
ひゃ~、貴族の家の応接室で待ってるなんて!
お父さん、何やってるのよ!?
「申し訳ありません! すぐ行って帰ってもらいます!!」
走り出そうとするわたしを、フランクさんが呼び止める。
「ニーナ、しばらくご実家には帰っていないでしょう。ゆっくりしてきてよいのですよ。ルーク様のお世話は、わたしとサリーでおこないますから」
「ありがとうございます!」
フランクさんに向かってかばっと頭を下げて、わたしは応接室へと急いだ。
ばんっ! とドアを開けると、侯爵家に相応しい豪華なソファセットに悠々と腰掛け、紅茶を手にしているお父さんと目が合った。
「お父さん! 何してるのよ、こんなところで!」
家族が押しかけてきて恥ずかしいわたしは、ちょっと怒った風を装って、お父さんの前に立ちはだかった。
昨日会ったミラーのお父様と比べて、とても若いお父さん。
白髪ではなく、茶色のウェーブのかかった髪をうしろに一つに赤い組紐でまとめている。
あの赤い組紐は、わたしがまだ平民学校に上がる前に初めて作ったもので、あまりうまくはできていないけど、お父さんはそれを使ってくれている。
怒っているフリをしたけれど、わたしはお父さんが大好きだ。
もちろん、お父様も大好きだけど、この今世のお父さんもかけがえの無い、わたしの家族。
「もう、何しに来たのよ。娘の職場訪問なんて、ほんとに恥ずかしい」
ブツブツ言いながら、わたしはお父さんの向かいのソファに座った。
「いや、オレも予定にはなかったんだけどさ。お店の方に牧師? 神父? とにかく教会の人が来てさ、届け物をしてほしいって言われてさー。うち、宅配を請け負ったりもしてるから、その依頼だと思って受けたんだけどさ。届け先を聞いたら、おまえの働いている場所で、受取人がお前だって言うんでびっくりしたよ」
「えっ、」
教会の人って……お父様?
「中身は何で、ニーナとどんな関係があるんだ、オレはニーナの父親だって言ったら、その人、とても驚いた顔をしてさ。丁寧に説明してくれたよ。おまえ、ルーク様の討伐がうまくいくように教会に祈りに行ってるんだって? 頼まれていたミサ用の衣装ができたからそれを届けてほしいって言われてさ。丁寧に梱包してあったのに、中身も見せてくれて、白いローブだったから安心して引き受けたんだけど」
多分、お父様はデイヴィス家の出入りの商家を調べたんだろう。
何軒もの商家が出入りしてるけど、うちが一番大きいところなはずだ。
だから、お父さんに依頼が行って……。
お父さんが差し出した箱を受け取り、付いていたカードを見ると、I'm rooting for you ジョー・ミラー と綺麗な文字で書いてあった。
懐かしいその筆跡に、胸が熱くなる。
「ニーナ? どうかしたのか? 変哲のない服だと思ったが、やっぱり何かあるのか? そんなに歳はいってなさそうな白髪の優しい顔をした紳士が丁寧に説明してくれたから信じたんだけど、やっぱり何か……」
「ううん。なんでもないの。ただ、幸せだなって思っただけ。お父さん、ありがとうね。わたしを育ててくれて、ありがとう」
カードと隊服を抱きしめて、わたしはお父さんに笑みを向けた。
お父様も、お父さんも大好き。
ふたりとも、わたしを育ててくれて、愛情をそそいでくれて、ありがとう。
お父さんはポリポリと頬をかくと、ソファに座り直して照れ隠しのように、紅茶のカップを手に取った。
「そっかー。ニーナは幸せかぁ。やっぱりオレに久しぶりに会えて嬉しいんだな。へへっ。そういえば、そろそろ討伐が始まるんだって?」
「あ……、うん。そうね、そろそろね」
市民には討伐がいつ行われるか、知らせはない。
結界の中で行われれることで、街に被害は出ないと説明されている。
本当なら、念のために結界から近い街の人たちくらいは避難した方が良いと思うけど、王家から避難の許可は降りなかったそうだ。
もし、討伐に失敗した場合は、ちょっと避難したくらいでは被害は収まらないだろうと言われているため、ルーク様やお兄様はその方針に従っている。
「昔から繰り返されていることだし、御立派な王太子様やルーク様が討伐に向かうのだから、オレたちも心配はしていないけどな」
その討伐に行くのに、ルーク様やお兄様がどんな過酷な訓練を受けているか知らないお父さんは、穏やかな安心しきった顔で笑っていた。
「そうだね、お父さん。ルーク様がいるから、大丈夫だよ」
わたしがルーク様を死なせはしない。
何に変えても、護るから。
だから、大丈夫だよ。
わたしはお父様からもらった隊服を抱きしめて、お父さんに微笑んで頷いた。
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