もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

文字の大きさ
上 下
173 / 255
17章 隊服

10

しおりを挟む
大聖堂に行った翌日、いつものように訓練を終えたルーク様と一緒にデイヴィス家の別棟に帰ると、フランクさんがわたしを呼んだ。


「えっ、お父さんが来てるんですか?」
「はい。デイヴィス家への商品の搬入をした後、別棟にお寄りになって……。ニーナの帰りを待つとおっしゃるので、応接室でお待ちいただいています」

ひゃ~、貴族の家の応接室で待ってるなんて!
お父さん、何やってるのよ!?

「申し訳ありません! すぐ行って帰ってもらいます!!」
走り出そうとするわたしを、フランクさんが呼び止める。

「ニーナ、しばらくご実家には帰っていないでしょう。ゆっくりしてきてよいのですよ。ルーク様のお世話は、わたしとサリーでおこないますから」
「ありがとうございます!」

フランクさんに向かってかばっと頭を下げて、わたしは応接室へと急いだ。


ばんっ! とドアを開けると、侯爵家に相応しい豪華なソファセットに悠々と腰掛け、紅茶を手にしているお父さんと目が合った。

「お父さん! 何してるのよ、こんなところで!」
家族が押しかけてきて恥ずかしいわたしは、ちょっと怒った風を装って、お父さんの前に立ちはだかった。

昨日会ったミラーのお父様と比べて、とても若いお父さん。
白髪ではなく、茶色のウェーブのかかった髪をうしろに一つに赤い組紐でまとめている。
あの赤い組紐は、わたしがまだ平民学校に上がる前に初めて作ったもので、あまりうまくはできていないけど、お父さんはそれを使ってくれている。

怒っているフリをしたけれど、わたしはお父さんが大好きだ。
もちろん、お父様も大好きだけど、この今世のお父さんもかけがえの無い、わたしの家族。

「もう、何しに来たのよ。娘の職場訪問なんて、ほんとに恥ずかしい」

ブツブツ言いながら、わたしはお父さんの向かいのソファに座った。

「いや、オレも予定にはなかったんだけどさ。お店の方に牧師? 神父? とにかく教会の人が来てさ、届け物をしてほしいって言われてさー。うち、宅配を請け負ったりもしてるから、その依頼だと思って受けたんだけどさ。届け先を聞いたら、おまえの働いている場所で、受取人がお前だって言うんでびっくりしたよ」
「えっ、」

教会の人って……お父様?

「中身は何で、ニーナとどんな関係があるんだ、オレはニーナの父親だって言ったら、その人、とても驚いた顔をしてさ。丁寧に説明してくれたよ。おまえ、ルーク様の討伐がうまくいくように教会に祈りに行ってるんだって? 頼まれていたミサ用の衣装ができたからそれを届けてほしいって言われてさ。丁寧に梱包してあったのに、中身も見せてくれて、白いローブだったから安心して引き受けたんだけど」

多分、お父様はデイヴィス家の出入りの商家を調べたんだろう。
何軒もの商家が出入りしてるけど、うちが一番大きいところなはずだ。
だから、お父さんに依頼が行って……。

お父さんが差し出した箱を受け取り、付いていたカードを見ると、I'm rooting for you応援しているよ ジョー・ミラー と綺麗な文字で書いてあった。

懐かしいその筆跡に、胸が熱くなる。

「ニーナ? どうかしたのか? 変哲のない服だと思ったが、やっぱり何かあるのか? そんなに歳はいってなさそうな白髪の優しい顔をした紳士が丁寧に説明してくれたから信じたんだけど、やっぱり何か……」
「ううん。なんでもないの。ただ、幸せだなって思っただけ。お父さん、ありがとうね。わたしを育ててくれて、ありがとう」

カードと隊服を抱きしめて、わたしはお父さんに笑みを向けた。

お父様も、お父さんも大好き。
ふたりとも、わたしを育ててくれて、愛情をそそいでくれて、ありがとう。

お父さんはポリポリと頬をかくと、ソファに座り直して照れ隠しのように、紅茶のカップを手に取った。

「そっかー。ニーナは幸せかぁ。やっぱりオレに久しぶりに会えて嬉しいんだな。へへっ。そういえば、そろそろ討伐が始まるんだって?」
「あ……、うん。そうね、そろそろね」

市民には討伐がいつ行われるか、知らせはない。
結界の中で行われれることで、街に被害は出ないと説明されている。

本当なら、念のために結界から近い街の人たちくらいは避難した方が良いと思うけど、王家から避難の許可は降りなかったそうだ。
もし、討伐に失敗した場合は、ちょっと避難したくらいでは被害は収まらないだろうと言われているため、ルーク様やお兄様はその方針に従っている。

「昔から繰り返されていることだし、御立派な王太子様やルーク様が討伐に向かうのだから、オレたちも心配はしていないけどな」

その討伐に行くのに、ルーク様やお兄様がどんな過酷な訓練を受けているか知らないお父さんは、穏やかな安心しきった顔で笑っていた。

「そうだね、お父さん。ルーク様がいるから、大丈夫だよ」

わたしがルーク様を死なせはしない。
何に変えても、護るから。
だから、大丈夫だよ。

わたしはお父様からもらった隊服を抱きしめて、お父さんに微笑んで頷いた。







*****************







アルファベット表記をしましたが、この世界では大陸語と呼ばれているものです。
素直にカードを書くのが照れくさかったお父様が、ちょっとカッコつけて大陸語で書いたのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...