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18章 討伐
隊服 悪魔の拘束
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ソファに腰掛け、紅茶を飲んでいると、コンコン、とノックの音が聞こえる。
侍女に視線を送ると、侍女がそれに応えててドアを開ける。
ドアの外には王太子であるお兄様が立っていた。
「ローゼリア、あと数日で討伐が開始される。光の魔法の調子はどうだ?」
「お兄様、わたくしたち光の討伐隊は万全でごさいます」
わたくしは侍女にお兄様の分のお茶を入れるように言いつけ、そのあとは下がるように指示を出した。
この王宮でわたくしに逆らう者はいない。
侍女はわたくしの言う通りにして、部屋を出て行った。
「もうすぐ討伐だな」
お兄様はゆったりとソファに座り、カップを手に取る。
「さようでございますわね」
「母上は先に海辺の別荘へと行ってもらった。このところの激務ゆえ療養しましょうと話をしてある。わたしたちが民を犠牲にして避難することを知ったら、行かないと言われてしまいそうだからな」
「お母様の偽善の精神は困ったものですわね。でも、そのお母様が居てくださるおかげで、わたくしたちも慈愛の王家と呼ばれておりますから、無碍にはできませんけれど」
お母様は隣国の第三者王女だった方だ。
隣国では、民は宝とし、王家は民のためにあると言われて育つそうだ。
わたくしとお兄様の乳母はお父様の推薦だったが、他に乳母として認められる者がおらずお姉様の乳母は隣国からお母様が一時的に呼び寄せた者が担当した。
そのせいか、お姉様だけは、わたくしたちと考え方が違う。お母様の考えに近い。
だから、早々に他国に嫁がされてしまったのだ。
政治の駒として。
「ローゼリア、当日はわたしも塔に同行するのだ。安心しておいてくれ」
「ふふ。もちろんですわ。お兄様が居てくだされば、怖くはありません」
「光の討伐隊には、例の隊服を配ったか?」
「はい。もちろんですわ。渡すときにきちんとお父様の魔法のかかった受取書にサインと血判をいただきました」
お父様の魔法属性は土。
一般にはあまり使われていないが、土の魔法には拘束の魔法がある。
お父様の魔法のかかった羊皮紙に血判を押した者は、お父様が魔法を発動させると、その地から動けなくなるのだ。
同じように、お父様の魔法のかかった物を身につけている者も、その地から動けなくなる。
討伐隊と騎士団、領主の私兵団にはお父様の魔法のかかったエンブレムをつけるように指示を出し、隊服にエンブレムのない者は討伐エリアに入れないようにした。
光の討伐隊にも同じようにしたかったが、代々光の討伐隊には大司教の認定章が付けられると決まっており、エンブレムをつけられなかったため、苦肉の策で羊皮紙に血判を押させることにしたのだ。
今回は光の討伐隊は塔の中を指定し、他の隊員たちは結界内と結界から討伐塔の間の討伐エリアを指定して魔法をかけてもらった。
魔法が発動すれば、光の討伐隊は塔から出られなくなり、その他の討伐隊や騎士団、私兵等の討伐エリアに入ることを許された者たちは、その討伐エリアから出られなくなる。
「王家が逃げたと噂を撒かれたらいけないからな。他国へ渡る時の足枷になる。敗戦が決まったら、即座に術を発動してもらい、光の討伐隊は魔獣の足止めに役立ってもらおう。光の討伐隊には、討伐隊としての役割と、口封じと、魔獣の足止めと、三重の意味で役に立ってもらわねばならんからな」
「ふふ。よく働く国民で嬉しい限りですわ」
「敗戦が決まればエリア内全ての者がその地に釘付けとなり、魔獣のエサとなる。みんな喰われてしまえば、誰も我らが先に脱出したとはわかるまい」
「死人に口無し、ですわね」
くすりと笑う。
民はいくらでもいる。
多少魔獣に食べられても、しばらくすればまた元に戻るだろう。
過去、討伐に負けた時の記録でさえ、そのように示している。
いつかはまた、人間の世になるのだ。
わたくしたちの考えに間違いはない。
お兄様は手にしたティーカップを置き、真剣な顔でわたくしを見つめた。
「我らの未来は安泰だが、それも無事に討伐エリアから脱出できればの話だ。ローゼリア、決して逃げ遅れるでないぞ」
「わかっておりますわ。お兄様」
「敗戦となった場合は、魔物の森にいる討伐隊が花火を打ち上げる。それを見た討伐塔の者と領地に近い討伐エリアにいる者は国民に避難指示を出しに走るのだ」
「あら、お兄様。それは表向きでしょう?」
お兄様はにやりと笑う。
「まあな。花火が上がったと同時に、わたしたちは脱出経路を辿って王城へと向かう。父上は花火を見て魔法を発動させ、わたしたち以外の者は、その場に留め置かれる」
「そして、魔獣が討伐エリアに残された者を食べている間に、わたくしたちは遠くまで逃げるのですわね」
「そういうことだ。まあ、討伐エリアに残された者が食べ尽くされても、まだ逃げずにいる王都の民がいるから時間はかなり稼げるだろう」
討伐は必ず成功させるので、避難の必要なし。
市民が混乱をきたすことが予想されるため、討伐の日程は一般市民には公表しない。
大臣たちにはそう言ってある。
もう一度カップを持ち上げ、口に近付けるお兄様は、ふと、笑みをこぼした。
「あら、お兄様、ご機嫌ですわね」
「いやなに、討伐が成功すれば、今度は結婚式だなと思ってな。ローゼリアのドレスはもう用意ができている」
「ふふ。楽しみですわ」
詳しい日程を王家が公表しなくても、繰り返される歴史の中で、民はこれから討伐が行われることは知っている。
それが終わったら、王家の、わたくしとルークの結婚式が行われることも。
わたくしは思いを馳せる。
白い真珠を散りばめたドレスを着て、国民の前に立つわたくし。
ふふ。
英雄を陰ながら支えるわたくしこそが、この討伐の英雄と呼ばれるように、歴史書に名前を刻ませなくては。
討伐が失敗しても成功しても、輝かしい日々が待っていることだろう。
侍女に視線を送ると、侍女がそれに応えててドアを開ける。
ドアの外には王太子であるお兄様が立っていた。
「ローゼリア、あと数日で討伐が開始される。光の魔法の調子はどうだ?」
「お兄様、わたくしたち光の討伐隊は万全でごさいます」
わたくしは侍女にお兄様の分のお茶を入れるように言いつけ、そのあとは下がるように指示を出した。
この王宮でわたくしに逆らう者はいない。
侍女はわたくしの言う通りにして、部屋を出て行った。
「もうすぐ討伐だな」
お兄様はゆったりとソファに座り、カップを手に取る。
「さようでございますわね」
「母上は先に海辺の別荘へと行ってもらった。このところの激務ゆえ療養しましょうと話をしてある。わたしたちが民を犠牲にして避難することを知ったら、行かないと言われてしまいそうだからな」
「お母様の偽善の精神は困ったものですわね。でも、そのお母様が居てくださるおかげで、わたくしたちも慈愛の王家と呼ばれておりますから、無碍にはできませんけれど」
お母様は隣国の第三者王女だった方だ。
隣国では、民は宝とし、王家は民のためにあると言われて育つそうだ。
わたくしとお兄様の乳母はお父様の推薦だったが、他に乳母として認められる者がおらずお姉様の乳母は隣国からお母様が一時的に呼び寄せた者が担当した。
そのせいか、お姉様だけは、わたくしたちと考え方が違う。お母様の考えに近い。
だから、早々に他国に嫁がされてしまったのだ。
政治の駒として。
「ローゼリア、当日はわたしも塔に同行するのだ。安心しておいてくれ」
「ふふ。もちろんですわ。お兄様が居てくだされば、怖くはありません」
「光の討伐隊には、例の隊服を配ったか?」
「はい。もちろんですわ。渡すときにきちんとお父様の魔法のかかった受取書にサインと血判をいただきました」
お父様の魔法属性は土。
一般にはあまり使われていないが、土の魔法には拘束の魔法がある。
お父様の魔法のかかった羊皮紙に血判を押した者は、お父様が魔法を発動させると、その地から動けなくなるのだ。
同じように、お父様の魔法のかかった物を身につけている者も、その地から動けなくなる。
討伐隊と騎士団、領主の私兵団にはお父様の魔法のかかったエンブレムをつけるように指示を出し、隊服にエンブレムのない者は討伐エリアに入れないようにした。
光の討伐隊にも同じようにしたかったが、代々光の討伐隊には大司教の認定章が付けられると決まっており、エンブレムをつけられなかったため、苦肉の策で羊皮紙に血判を押させることにしたのだ。
今回は光の討伐隊は塔の中を指定し、他の隊員たちは結界内と結界から討伐塔の間の討伐エリアを指定して魔法をかけてもらった。
魔法が発動すれば、光の討伐隊は塔から出られなくなり、その他の討伐隊や騎士団、私兵等の討伐エリアに入ることを許された者たちは、その討伐エリアから出られなくなる。
「王家が逃げたと噂を撒かれたらいけないからな。他国へ渡る時の足枷になる。敗戦が決まったら、即座に術を発動してもらい、光の討伐隊は魔獣の足止めに役立ってもらおう。光の討伐隊には、討伐隊としての役割と、口封じと、魔獣の足止めと、三重の意味で役に立ってもらわねばならんからな」
「ふふ。よく働く国民で嬉しい限りですわ」
「敗戦が決まればエリア内全ての者がその地に釘付けとなり、魔獣のエサとなる。みんな喰われてしまえば、誰も我らが先に脱出したとはわかるまい」
「死人に口無し、ですわね」
くすりと笑う。
民はいくらでもいる。
多少魔獣に食べられても、しばらくすればまた元に戻るだろう。
過去、討伐に負けた時の記録でさえ、そのように示している。
いつかはまた、人間の世になるのだ。
わたくしたちの考えに間違いはない。
お兄様は手にしたティーカップを置き、真剣な顔でわたくしを見つめた。
「我らの未来は安泰だが、それも無事に討伐エリアから脱出できればの話だ。ローゼリア、決して逃げ遅れるでないぞ」
「わかっておりますわ。お兄様」
「敗戦となった場合は、魔物の森にいる討伐隊が花火を打ち上げる。それを見た討伐塔の者と領地に近い討伐エリアにいる者は国民に避難指示を出しに走るのだ」
「あら、お兄様。それは表向きでしょう?」
お兄様はにやりと笑う。
「まあな。花火が上がったと同時に、わたしたちは脱出経路を辿って王城へと向かう。父上は花火を見て魔法を発動させ、わたしたち以外の者は、その場に留め置かれる」
「そして、魔獣が討伐エリアに残された者を食べている間に、わたくしたちは遠くまで逃げるのですわね」
「そういうことだ。まあ、討伐エリアに残された者が食べ尽くされても、まだ逃げずにいる王都の民がいるから時間はかなり稼げるだろう」
討伐は必ず成功させるので、避難の必要なし。
市民が混乱をきたすことが予想されるため、討伐の日程は一般市民には公表しない。
大臣たちにはそう言ってある。
もう一度カップを持ち上げ、口に近付けるお兄様は、ふと、笑みをこぼした。
「あら、お兄様、ご機嫌ですわね」
「いやなに、討伐が成功すれば、今度は結婚式だなと思ってな。ローゼリアのドレスはもう用意ができている」
「ふふ。楽しみですわ」
詳しい日程を王家が公表しなくても、繰り返される歴史の中で、民はこれから討伐が行われることは知っている。
それが終わったら、王家の、わたくしとルークの結婚式が行われることも。
わたくしは思いを馳せる。
白い真珠を散りばめたドレスを着て、国民の前に立つわたくし。
ふふ。
英雄を陰ながら支えるわたくしこそが、この討伐の英雄と呼ばれるように、歴史書に名前を刻ませなくては。
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