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17章 隊服
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「君はジーナだね?」
そう言うと、お父様はわたしに微笑んだ。
それは、ジーナが生前に見た笑顔と、なんら変わりなく見えた。
「……お父様!!」
わたしが席を立ってお父様に抱きつくと、お父様は両腕を広げてわたしを受け止めてくれた。
わたしを受け止めてくれたその腕は、記憶の中のものよりもかなり細くなっていた。
どれだけ悲しませてしまったのかが、わかるくらいに。
「お父様、親不孝をしてごめんなさい。先に逝ってしまってごめんなさい」
溢れる涙をそのままに、わたしはお父様に謝り続けた。
お父様はくすりと笑い、昔のようにわたしの髪を撫でる。
「相変わらず泣き虫だなぁ。わたしのジーナは。大きく……はあまりなっていないが、成長はしたのだろう?」
「お父様っ! 大きくなっているはずです! だって、ジーナは12歳でしたけれど、ニーナは15歳になります!」
「え、いや、その、ごめん。サイズ的にはあまり変わっていないけど……」
「お父様!!」
お父様も変わってないですね。
その、のんきな感じとか。
でも、くすりと笑うそのシワだらけの目尻に、ほんの少しだけ光る涙が見えた。
お父様はわたしの頭をぽんぽんと撫でて、また温かい紅茶をすすめてくれる。
わたしはそのまま、お父様の隣に腰を下ろし、お父様の言葉を待った。
「夢を見たのはジーナが逝ったその日の夜だった。さすがにショックで眠れなくてね。執務室でひとり、机を前にして壁に掛かった家族の肖像画を眺めていた」
わたしはあまり入ったことはないけど、確かにお父様の執務室には家族の肖像画が掛けられていたわ。
わたしがルーク様と婚約した時に、いつかは巣立ってしまう子どもたちの姿を残しておきたいと言って、お父様が描かせたものだから、わたしが6歳くらいの姿のやつだけど。
「小さいきみが、笑ってる絵を見ているうちに、いつの間にかうたた寝をしたようでね。その時の夢にきみが出てきた。夢の中のジーナは、ジーナの姿をしていなかったが、見に纏う空気がジーナの色だった。夢の中のわたしは、それを見てきみがジーナであることを知るんだ」
纏う空気?
わたしは自分の手を見てみた。
何も見えない……。
確かに、空気は手の周りにあるんだろうけど、透明にしか見えない。
「きみには見えるかわからないが、わたしには見えるんだ。昔から、大事な人たちはなんとなく周りと違く見えていたんだよ。ジーナにはジーナの空気が。オリバーにはオリバーの空気が。エマにはエマの空気が見えた。もちろん、お母様の空気は一番よく見えていたけどね」
お父様はウインクをして笑う。
そういえば、どんなに遠く離れた人混みでも、お父様はすぐに家族を見つけることができていた。
大勢の人たちがいるガーデンパーティーとかでは、とても助かっていたわ。
「夢の中のきみは、教会に認めてもらえないと泣いていた。わたしが、理由を訊ねると大司教に光の魔法を施してもらえないと言って泣いていた。目が覚めた後で、わたしは教会に行くことを決めたんだ。いつか、きみが還ってきた時に、大司教との橋渡しができるようにと」
わたしはお父様のお顔を見上げる。
「ほんとにわたしが還ってくると思っていたの?」
「もちろん。きみはわたしの娘だからね。頑固なきみは、きっと還ってくると思っていたよ。ルーク様を守るために」
「お父様……」
「ルーク様をお守りすると言っていたきみが還ってきたらと考えた時、どんな形であれ、教会へのツテが必要だと思った。英雄ルーク様と光の魔法は切っても切れない縁がある。例え、還ってきたきみが光の魔法を使えなくても、教会と縁を繋いでおくことはプラスになると思ったからね」
そう言って微笑むお父様をじっと見つめる。
教会はちゃんとした組織だ。
大司教がいて、たくさんの司教がいて、準司教がいて、見習いがいて、同じだけの役職が街や地方の教会にいる。
教会の中心部にツテを作りたいと思ったら、街などにある小さい教会から入って、少しずつ信用を積んでいくしかない。
だから、お父様は家にいなかったんだ。
教会のお仕事をして、泊まり込みで働き信用を得て。
「お父様。ありがとうございます。子爵家当主としてのお仕事の上、教会のお仕事まで。大変でしたでしょう?」
大変だったかなんて、聞くまでもない。
だって、痩せ細ったこの腕が、それを証明しているのだから。
そう言うと、お父様はわたしに微笑んだ。
それは、ジーナが生前に見た笑顔と、なんら変わりなく見えた。
「……お父様!!」
わたしが席を立ってお父様に抱きつくと、お父様は両腕を広げてわたしを受け止めてくれた。
わたしを受け止めてくれたその腕は、記憶の中のものよりもかなり細くなっていた。
どれだけ悲しませてしまったのかが、わかるくらいに。
「お父様、親不孝をしてごめんなさい。先に逝ってしまってごめんなさい」
溢れる涙をそのままに、わたしはお父様に謝り続けた。
お父様はくすりと笑い、昔のようにわたしの髪を撫でる。
「相変わらず泣き虫だなぁ。わたしのジーナは。大きく……はあまりなっていないが、成長はしたのだろう?」
「お父様っ! 大きくなっているはずです! だって、ジーナは12歳でしたけれど、ニーナは15歳になります!」
「え、いや、その、ごめん。サイズ的にはあまり変わっていないけど……」
「お父様!!」
お父様も変わってないですね。
その、のんきな感じとか。
でも、くすりと笑うそのシワだらけの目尻に、ほんの少しだけ光る涙が見えた。
お父様はわたしの頭をぽんぽんと撫でて、また温かい紅茶をすすめてくれる。
わたしはそのまま、お父様の隣に腰を下ろし、お父様の言葉を待った。
「夢を見たのはジーナが逝ったその日の夜だった。さすがにショックで眠れなくてね。執務室でひとり、机を前にして壁に掛かった家族の肖像画を眺めていた」
わたしはあまり入ったことはないけど、確かにお父様の執務室には家族の肖像画が掛けられていたわ。
わたしがルーク様と婚約した時に、いつかは巣立ってしまう子どもたちの姿を残しておきたいと言って、お父様が描かせたものだから、わたしが6歳くらいの姿のやつだけど。
「小さいきみが、笑ってる絵を見ているうちに、いつの間にかうたた寝をしたようでね。その時の夢にきみが出てきた。夢の中のジーナは、ジーナの姿をしていなかったが、見に纏う空気がジーナの色だった。夢の中のわたしは、それを見てきみがジーナであることを知るんだ」
纏う空気?
わたしは自分の手を見てみた。
何も見えない……。
確かに、空気は手の周りにあるんだろうけど、透明にしか見えない。
「きみには見えるかわからないが、わたしには見えるんだ。昔から、大事な人たちはなんとなく周りと違く見えていたんだよ。ジーナにはジーナの空気が。オリバーにはオリバーの空気が。エマにはエマの空気が見えた。もちろん、お母様の空気は一番よく見えていたけどね」
お父様はウインクをして笑う。
そういえば、どんなに遠く離れた人混みでも、お父様はすぐに家族を見つけることができていた。
大勢の人たちがいるガーデンパーティーとかでは、とても助かっていたわ。
「夢の中のきみは、教会に認めてもらえないと泣いていた。わたしが、理由を訊ねると大司教に光の魔法を施してもらえないと言って泣いていた。目が覚めた後で、わたしは教会に行くことを決めたんだ。いつか、きみが還ってきた時に、大司教との橋渡しができるようにと」
わたしはお父様のお顔を見上げる。
「ほんとにわたしが還ってくると思っていたの?」
「もちろん。きみはわたしの娘だからね。頑固なきみは、きっと還ってくると思っていたよ。ルーク様を守るために」
「お父様……」
「ルーク様をお守りすると言っていたきみが還ってきたらと考えた時、どんな形であれ、教会へのツテが必要だと思った。英雄ルーク様と光の魔法は切っても切れない縁がある。例え、還ってきたきみが光の魔法を使えなくても、教会と縁を繋いでおくことはプラスになると思ったからね」
そう言って微笑むお父様をじっと見つめる。
教会はちゃんとした組織だ。
大司教がいて、たくさんの司教がいて、準司教がいて、見習いがいて、同じだけの役職が街や地方の教会にいる。
教会の中心部にツテを作りたいと思ったら、街などにある小さい教会から入って、少しずつ信用を積んでいくしかない。
だから、お父様は家にいなかったんだ。
教会のお仕事をして、泊まり込みで働き信用を得て。
「お父様。ありがとうございます。子爵家当主としてのお仕事の上、教会のお仕事まで。大変でしたでしょう?」
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