もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

文字の大きさ
上 下
157 / 255
16章 討伐前

4

しおりを挟む
「泊まるって、どういうことですか? わたし、サリーさんに外泊するって言ってないです。わたしの帰りを待って、使用人棟の鍵を掛けられずに、待ってしまうかもしれません」

戸惑うわたしをよそに、ルーク様は階段を上がって二階の一番奥の部屋へとわたしを連れて行く。

「大丈夫だ。本館の使用人に夕刻を過ぎたら別棟へ伝言をするように言ってある。今日は帰らないので、別棟も使用人棟も、オレと侍女の帰りを待たずに鍵をかけるようにと」

なんて用意周到! じゃなくて!

「ルーク様、もしかして遅くなったから帰れないとかじゃなくて、最初からそのつもりで……」
「もちろんだ」

もちろんだ。 じゃない~!!

「あの!」
「ほら、今夜はこの部屋で休むことにするぞ。おまえが持っている荷物も置くといい」

いや、わたしが持っているのはお昼用のバスケットだけですけど。

顔を上げて部屋を見回すと、とても広いお部屋で、手前に使用人がお世話をするためのスペースがあり、そのための荷台があったのでそちらへバスケットを置いた。
その奥にはソファセットが置いてあり、更に奥にはドアが二つ並んでいた。

デイヴィス家と同じ造りであれば、一つはトイレ、洗面所などへと繋がるドアで、もう一つは寝室だろう。

わたしが荷物を置くと、ルーク様はわたしの腰を抱いてそのままソファに腰掛けた。

「ルーク様、おくつろぎのところ申し訳ありませんが、この状況についてお聞きしたいのですが!!」
わたしがルーク様の方へ勢いよく向くと、ルーク様はわたしの勢いそのままに、ちゅっと頬にキスをした。
「~~~!! ルーク様!」

わたしの顔はおそらく真っ赤だろう。

「そう怒るなよ。せっかくジーナとまた過ごせると思ったのに、朝から演習場に行き、帰ってきたらニーナは使用人として働いてしまう。唯一、二人でゆっくりできるのは晩餐の時だけだが、ニーナは疲れて食事をしながら居眠りすることもあるほどだろう?」

……まあ、たまに、少し、こっくりとしてしまうことは嘘ではない。

「討伐が近いから、それも仕方ないとは思っている。しかし、どうしても討伐前にニーナとゆっくりしたかったんだ」

至近距離でわたしの目を見ながら、しゅんとしてルーク様がそう言うと、なんとも言えなくなる。

「……でも、それなら事前に言っておいて欲しかったです」
「フランクとサリーが反対しなければ、オレも前もって言えたんだがな」

フランクさんとサリーさんはわたしの保護者のように接してくれる。
二人で泊まりなど、ルーク様が思うように反対されただろう。

「わかりました。ルーク様、では、ちゃんと旅行を楽しみましょう」
わたしが腹を括ってそう言うと、ルーク様は嬉しそうに表情を緩める。

「うん。ニーナ、ふたりでゆっくり過ごそう」
そして、わたしをぎゅっと抱きしめる。

その雰囲気はいつものルーク様ではなく、昔の、わたしがいなくなる前の12歳のルーク様のようだった。


「ルーク様、早く言ってくだされば着替えも持ってきましたのに。外で一日遊んだ後で、埃っぽいのに着替える服もありません」
少し汗もかいているので着替えたいと思ったけど、服もないと思い当たり、ちょっとルーク様に文句を言う。

ルーク様はパッとわたしから離れて、にっこりと笑う。
「心配するな。クローゼットにニーナが着る服は用意してある。オレも着替えてくるから、着替えたら食事にしよう。隣の部屋で着替えて来るから、着替え終わったらここで待っててくれ」

「着替えがあるのですか? ありがとうございます。助かります」

クローゼットは寝室のまた奥にあるようで、わたしを寝室へ送り出すと、ルーク様は手を振って隣の部屋へと消えて行った。

わたしは寝室へのドアを開けて中に入る。

寝室もまたかなり広いお部屋になっていて、真ん中には天蓋付きのキングサイズのベッドが鎮座していた。

……ここ、この別荘のVIPルームじゃないかしら……。
わたし、このお部屋使わせてもらって大丈夫なのかしら。

不安になったけど、ルーク様はすでにここに居ないし、本来ゲストが来たらお世話をするメイドも見かけない。
メイドはきっと、ルーク様があまり来ないように言っているんだろう。
玄関で迎えたメイドも、そそくさと消えてしまったし。

わたしはルーク様に言われたように、寝室の奥の扉に手を掛けた。
そこはクローゼットになっていて、何着もの服が納められていた。

ふと、思うことがあっていくつかの服を手に取る。

ドレスが数着、普段着に着るようなワンピースが数着掛かっていたけど、どれもジーナであったわたしが好んで来ていたようなデザインだった。

さっきのルーク様の話し方といい、前世が思い出されて、胸が締め付けられる。
それが、嫌だと言うわけではなく、わたしのことをここまで覚えていてくれたルーク様の気持ちに、胸が痛くなったのだ。

着替えは何を着ようかな。
食事にしようと言っていたから、晩餐用のドレスでいいのかな。
今のわたしは平民だけど、今だけは、子爵令嬢だった頃のような装いをさせてもらおう。

舞踏会に行くようなドレスではないので、一人でも脱ぎ着できる。

クローゼットにあったドレスの中で、一番目についた黄色のドレスを手に取った。

少し胸のあたりが開いているけれど、腰からふんわりと白いレースが縫い付けられていて、可愛いものが好きだったジーナの好みのデザインだ。
もちろん、ルーク様の髪色にも合っている。

ドレスを着て、それに合わせて髪も結い上げる。
当然、一人でやるので夜会巻きは無理。
緩やかなハーフアップにした。

ちょっと時間がかかってしまったかと、慌てて先程の部屋に戻ると、白いシャツにクラバット、紺のトラウザーズに身を包んだルーク様が、悠々とソファに腰掛けてこちらを見つめていた。

わたしと目が合うと、スクッと立ち上がり、こちらにやってくる。
その姿は、絵本の中の王子様のようだった。

「あ、お待たせして申し訳ありません」
一瞬見惚れてしまったわたしだけど、すぐに我に返りルーク様に頭を下げた。

ルーク様はクスリと笑い、わたしの手を取る。
「オレは、女性の支度に時間がかかることを知らないほどもう子どもじゃないよ。ニーナ、一緒に用意しておいたアクセサリーはつけなかったの?」
「えっ?」

あ、平民暮らしが長くて忘れてた!
ドレスにアクセサリーは必須だった。

「すみません。気が付きませんでした……」
「ははっ、いいよ、別に。アクセサリーがあってもなくても、ニーナの魅力は損なわれないし、今日は使用人にも控えてもらっているから、誰に見られるわけでもないしね。でも、ちょっと待ってて」

ルーク様は寝室に入って行き、寝室の中にあるドレッサーの上の小箱を開けて、何かを手に持ってきた。

「これだけは付けてくれる? オレの瞳の色のエメラルドで作ったネックレスだ」

ルーク様はわたしの後ろに回ると、そのネックレスをつけてくれた。
そして、手を差し出して腰を折る。

「さあ、オレのお姫様。晩餐に行きましょう」

童話の王子様のようなルーク様にドキドキしながら、わたしはルーク様の手を取った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

処理中です...