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13章 確信
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今日の朝食にもお父様は現れなかった。
不思議に思ったけど、誰に聞いても仕事で戻ってきていないと言っていたので、忙しいのだろう。
お父様、出世したのかしら?
ダイニングにお母様とお兄様を座らせて、わたしはパタパタと忙しく給仕をする。
だって、ミラー家はデイヴィス家と違って、使用人の数が少ないんだもん。
わたしという働き手が増えた分は、メイドさん達は他の仕事に回っている。
食事が終わるとお兄様が立ち上がった。
「ニーナ、5分後にここを出発する」
それだけ言って、お兄様は一旦自室に戻って行った。
わたしはお母様に食後のお茶を入れて、きっかり5分後に玄関へ向かった。
外套を腕に掛けて白い手袋をつけながら、お兄様は二階の階段を降りてきた。
「お、ニーナ。時間ぴったりに送りができるとは、おまえもなかなかやるな」
揶揄うようにニヤニヤ笑うお兄様。
「デイヴィス家ではルーク様がおっしゃるように動くのが当たり前でしたからね。時間にも厳しくなります」
わたしはお兄様から外套を受け取り、お兄様の肩に掛ける。
すると、慣れたようにお兄様は袖を通し、前を閉めずに腰に刺した剣の位置を確かめていた。
そうこうしているうちに、玄関前に侍従がやってきて、ドアを開ける。
「では、行ってくる」
お兄様がくるりと背を向けた時に、ちょっと違和感があって、わたしはお兄様の前へと回った。
「お待ちくださいませ」
すっと、お兄様の側に近寄り、外套の下、軍服の胸に付いている軍章が曲がっているのを直した。
「はい。もう大丈夫です」
にっこりと笑うと、お兄様は目を丸くした。
「……なんですか?」
お兄様のその様子に、わたしは眉を顰めて首を傾げる。
「いや、おまえ、毎日ルーク様の見送りはこんな風にやっているのか?」
「そりゃ、そうですよ。お見送りするのなんて、当たり前じゃないですか。あ、デイヴィス家ではメイドや侍従がずらっと玄関に並びますけどね」
えっへん! と、きちんとお見送りできるメイドであることを誇りに思い、胸を張る。
「いや、使用人が並ぶかどうかはどうでもいいんだが……。まあ、とりあえず行ってくる」
お兄様は何故か渋い顔をして馬車に乗り込んだ。
わたしは今日も、屋敷の隅々を掃除して回った。
「ニーナ、いただきもののバウムクーヘンがあるの。一緒にお茶にしましょう」
ある程度落ち着いた頃に、お母様に声を掛けられた。
「では、美味しい紅茶をいれますね」
「そうね。今日はアールグレイにしてもらえる?」
「はいっ!」
お母様お気に入りのテラスにパラソルを用意して、ティーセットを運ぶ。
「失礼します」
わたしはメイドであるので、声を掛けてお母様の向かいの椅子に腰掛けた。
使用人も少ないので、子爵家の奥様とメイドが席を同じにしていても、注意する人はいない。
ジーナの生前も、お母様が使用人と席を同じくすることはたまにあったし。乳母やとお茶を飲む姿は、よく見かけてた。
「わあっ! このバウムクーヘン美味しいですねぇ」
「ええ。周りにお砂糖のコーティングがされているものは、この辺りでは珍しいものね」
うん。実家のお店で扱っているものも、コーティングはされていない。
次に実家に戻った時には、これを取り扱ってもらうようお願いしてみよう。
すごく売れる気がする。
ニコニコとバウムクーヘンと紅茶を口にしていると、お母様が静かに口を開いた。
「ニーナ。この家に来てくれてありがとう。わたくしはジーナが居なくなってから、あなたのことばかり考えていたの。ルーク様との婚約は断るべきではなかったかと悩んだり。もちろん、ジーナがルーク様のことをとても好きで幸せそうにしていたのは知っていたけれど、それでも、ルーク様との婚約が原因で命を落としたから。でも、ニーナを見ていると、ルーク様との婚約は間違っていなかったってわかるわ。ジーナでもニーナでも、ルーク様が大好きなところは変わらないのね」
お母様の言葉を聞いて、ジーナでもニーナでもルーク様が大好きなことがバレバレだとわかり、わたしの頬はポンっと赤くなる。
「ふふっ、かわいいニーナ。あなたとルーク様の婚約は間違いではなかったとわかって、わたくしもやっと心から笑うことができるわ」
お母様はそう言うと、花が綻ぶように笑った。
「お母様……」
「お父様も、早くニーナの気持ちを知ってくださればいいのに」
お母様はにっこりと笑って紅茶に口をつける。
「お母様、お父様は最近お忙しいのですか? わたしがこちらにお世話になってから、一度もお姿をお見かけしていませんが」
わたしがそう言うと、微笑んでいたお母様は、少し目を伏せた。
「お父様は、子爵としてのお仕事が終わると、教会への奉仕をしているの」
不思議に思ったけど、誰に聞いても仕事で戻ってきていないと言っていたので、忙しいのだろう。
お父様、出世したのかしら?
ダイニングにお母様とお兄様を座らせて、わたしはパタパタと忙しく給仕をする。
だって、ミラー家はデイヴィス家と違って、使用人の数が少ないんだもん。
わたしという働き手が増えた分は、メイドさん達は他の仕事に回っている。
食事が終わるとお兄様が立ち上がった。
「ニーナ、5分後にここを出発する」
それだけ言って、お兄様は一旦自室に戻って行った。
わたしはお母様に食後のお茶を入れて、きっかり5分後に玄関へ向かった。
外套を腕に掛けて白い手袋をつけながら、お兄様は二階の階段を降りてきた。
「お、ニーナ。時間ぴったりに送りができるとは、おまえもなかなかやるな」
揶揄うようにニヤニヤ笑うお兄様。
「デイヴィス家ではルーク様がおっしゃるように動くのが当たり前でしたからね。時間にも厳しくなります」
わたしはお兄様から外套を受け取り、お兄様の肩に掛ける。
すると、慣れたようにお兄様は袖を通し、前を閉めずに腰に刺した剣の位置を確かめていた。
そうこうしているうちに、玄関前に侍従がやってきて、ドアを開ける。
「では、行ってくる」
お兄様がくるりと背を向けた時に、ちょっと違和感があって、わたしはお兄様の前へと回った。
「お待ちくださいませ」
すっと、お兄様の側に近寄り、外套の下、軍服の胸に付いている軍章が曲がっているのを直した。
「はい。もう大丈夫です」
にっこりと笑うと、お兄様は目を丸くした。
「……なんですか?」
お兄様のその様子に、わたしは眉を顰めて首を傾げる。
「いや、おまえ、毎日ルーク様の見送りはこんな風にやっているのか?」
「そりゃ、そうですよ。お見送りするのなんて、当たり前じゃないですか。あ、デイヴィス家ではメイドや侍従がずらっと玄関に並びますけどね」
えっへん! と、きちんとお見送りできるメイドであることを誇りに思い、胸を張る。
「いや、使用人が並ぶかどうかはどうでもいいんだが……。まあ、とりあえず行ってくる」
お兄様は何故か渋い顔をして馬車に乗り込んだ。
わたしは今日も、屋敷の隅々を掃除して回った。
「ニーナ、いただきもののバウムクーヘンがあるの。一緒にお茶にしましょう」
ある程度落ち着いた頃に、お母様に声を掛けられた。
「では、美味しい紅茶をいれますね」
「そうね。今日はアールグレイにしてもらえる?」
「はいっ!」
お母様お気に入りのテラスにパラソルを用意して、ティーセットを運ぶ。
「失礼します」
わたしはメイドであるので、声を掛けてお母様の向かいの椅子に腰掛けた。
使用人も少ないので、子爵家の奥様とメイドが席を同じにしていても、注意する人はいない。
ジーナの生前も、お母様が使用人と席を同じくすることはたまにあったし。乳母やとお茶を飲む姿は、よく見かけてた。
「わあっ! このバウムクーヘン美味しいですねぇ」
「ええ。周りにお砂糖のコーティングがされているものは、この辺りでは珍しいものね」
うん。実家のお店で扱っているものも、コーティングはされていない。
次に実家に戻った時には、これを取り扱ってもらうようお願いしてみよう。
すごく売れる気がする。
ニコニコとバウムクーヘンと紅茶を口にしていると、お母様が静かに口を開いた。
「ニーナ。この家に来てくれてありがとう。わたくしはジーナが居なくなってから、あなたのことばかり考えていたの。ルーク様との婚約は断るべきではなかったかと悩んだり。もちろん、ジーナがルーク様のことをとても好きで幸せそうにしていたのは知っていたけれど、それでも、ルーク様との婚約が原因で命を落としたから。でも、ニーナを見ていると、ルーク様との婚約は間違っていなかったってわかるわ。ジーナでもニーナでも、ルーク様が大好きなところは変わらないのね」
お母様の言葉を聞いて、ジーナでもニーナでもルーク様が大好きなことがバレバレだとわかり、わたしの頬はポンっと赤くなる。
「ふふっ、かわいいニーナ。あなたとルーク様の婚約は間違いではなかったとわかって、わたくしもやっと心から笑うことができるわ」
お母様はそう言うと、花が綻ぶように笑った。
「お母様……」
「お父様も、早くニーナの気持ちを知ってくださればいいのに」
お母様はにっこりと笑って紅茶に口をつける。
「お母様、お父様は最近お忙しいのですか? わたしがこちらにお世話になってから、一度もお姿をお見かけしていませんが」
わたしがそう言うと、微笑んでいたお母様は、少し目を伏せた。
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