もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

文字の大きさ
上 下
126 / 255
13章 確信

4

しおりを挟む
翌朝、わたしはデイヴィス家に居た時のように早起きして朝食の用意を手伝った。

食卓を整えて、水差しに飲み水を用意する。

ここで、びっくりすることがあった。
なんと、ジーナわたしが小さな頃に専属侍女をしてくれていたメルが、今もミラー家で働いてくれていたのだ。

一度も見かけたことがなかったから、もう辞めてしまっていたのだと思った。

34歳になったメルは二児の母となり、早朝の支度だけを手伝うキッチンメイドとして、未だミラー家に勤めてくれていた。

そうか~。
メルもお母さんになったのか~。

ニコニコとわたしはメルの話を聞く。

「新しい使用人なんて久しぶりだわ。下のお嬢様が亡くなってから、この家は人を増やすことはなかったから」
「ごめんなさい、メルさん。わたしはデイヴィス家のメイドなので、オリバー様の伝手でここには一時的にお手伝いに来ているだけなんです」

申し訳なさそうにそう言うと、メルはにっこりと微笑んだ。

「それでも、ぼっちゃまや奥様が新しい人を受け入れてくれたのが嬉しいわ。ここでは、新しいものはあまり受け入れられなくて。昔のままにしておきたいという旦那様と奥様のお気持ちはお察しするけれど、どうしてもわたしはジーナお嬢様はそれでは悲しむのではないかと思っていたのよね。天真爛漫、底抜けに明るいお嬢様だったから。あ、奥様にはわたしがこう言ってたのは内緒ね」

メルは話をしながら器用に朝食の支度を整えていった。

わたしもデイヴィス家の厨房と違って勝手がわからないながらも、一生懸命働いた。
いくら前世の家とは言え、一応令嬢だったわたしは食事の支度をしたことはなかったから、元実家とはいえ、カトラリーがどこにあるのかさえわからなかった。

食事をワゴンに乗せて運ぶ段になると、メルはエプロンを外して帰り支度を始めた。

「メルさんはもうお帰りなんですか?」
「ええ。わたしは朝食の準備までだから。子どもたちにも朝食を取らせて学校に行かせないといけないし」

ああ。お母さんなんだな。

何故かそんなメルを見たら、フィーナお母さんを思い出した。
今世のお母さん。
フィーナお母さんは、朝、わたしが眠い目を擦りながらダイニングに起きて行くと、フリルのエプロンにあつあつのオムレツのプレートを手に持って「ニーナおはよう」と笑顔で声を掛けてくれた。

お母さん、しばらく顔を見てなかったけど、元気かな。

ぼんやりとメルが帰るのを見送ろうとしたら、メルがわたしを振り返った。

「あの、ニーナさん。気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど……。ニーナさんはジーナ様のお部屋を使ってるって言ってたけど、一つお願いがあるの。できれば、ジーナ様の思い出はまだ片付けないで欲しいの」
「……思い出、ですか?」
「そう。壁に貼ってあるとても下手くそな絵も、落書きだらけで何を勉強していたのかわからない教科書も、そのままにして欲しいの」

……メルさん。下手くそとか落書きとか、酷くない?

でも、真剣なメルの顔に、わたしは何も言えずにそのまま話に聞き入る。

「奥様やぼっちゃまが思い出を整理なさるのは構わないと思うの。でも、奥様達がとっておいた思い出を、勝手に他の人が触るのは、嫌だなって思うの。わたしの勝手な思い込みだけど」

「……はい。わかりました。ジーナ様の思い出には触れないように気をつけます」

思わず目を伏せて返事をしてしまったわたしに、メルは慌てて明るく言う。

「違うのよ、出て行けって言ってるわけじゃないのよ。さっきも言ったけど、この家に新しい風が吹くのは本当に良いことだと思っているから!」

なんとなく、メルの言うことはわかった。

「大丈夫です。ミラー家にはミラー家の大事な物があるんですよね。理解して、行動できます。だって、わたしにとっても、ミラー家の奥様やぼっちゃまは大切な人ですから」

顔を上げてそう言うと、メルはにっこりと笑った。
その笑顔は、昔見たことのない慈愛に満ちた笑顔だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

処理中です...