もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

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13章 確信

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「んで、ルーク様から暇をもらったまではわかったけど、なんでうちに来るんだよ。商家の実家に帰ればいいだろう? ルーク様が言うように、しばらく帰ってなかったんだろ?」

お兄様は夕食のお肉を切って、口に運びながら迷惑そうに言う。

「帰れませんよ。家を出る時だって、すごく心配されたんですよ? 失敗して暇を出されたなんて、お父さんにもお母さんにも、弟のルフィにだって言えません」

わたしは水差しを持ってお兄様の隣に近付き、グラスに水を注いだ。

今は夕食の席。

長いテーブルには、お母様とお兄様が席について食事をしている。

かつては、家族5人で夕食を取っていたのを思い出すと、少し寂しい。
お姉様はお嫁に行ったからいないけど、お父様は仕事で遠方に行っていていないそうだ。
ジーナわたしが存命だった頃は、そんなに遠方への出張なんかなかったのに。

お母様がわたしとお兄様にやり取りを耳にしながら、顔を上げる。

「ねぇ、ジーナも席に着いて食事したら? 娘が給仕してると思うと、落ち着かないわ」
お母様はわたしが午前中にやってきた時から、同じことを言う。
「ダメですよ、お母様。誰が見てるかわからないんですから、わたしは新しい雇われ侍女と言うていでいないと。どんな噂が立つかわかりません。それこそ、お兄様の婚約者とか思われてしまったら、憤死します」
「おい」
お兄様がジロリとわたしを睨む。
「睨んでも怖くありませんよ?」

だって、お兄様がわたしをミラー子爵家の馬車に乗せただけで変な噂が立ったんだもの。
ミラー子爵家のダイニングで、お兄様の家族と食事をしていた、なんてことが外に漏れたらと思うとオソロシイ。

そうこうしているうちに、お兄様もお母様も食事が終わったので、食後のお茶を用意する。

お母様が優雅にティーカップを持ち上げて、そっとわたしを見る。
「ジーナは本当に侍女になったのね。入れてくれたお茶が美味しいわ」
わたしは嬉しくなり、笑顔で答える。
「はいっ! お母様。ルーク様のおうちで優しい先輩に教えていただいていますから、ここでもしっかり仕事できますよ」

わたしがそう言うと、お母様は微笑んだ。

お兄様も紅茶に口を付けて、わたしとお母様を見比べる。

「楽しそうなところ悪いけど、この先どうするんだ? いつまでもここには居られないだろ。」

お兄様のごく当然な一言で、わたしは俯いてしまった。

「……しばらく、置いてください。謝罪の方法を考えついたら、デイヴィス家に帰ります」

そうは言ったものの、直してしまったジーナの刺繍を元に戻すなんてできっこない。
同じようにほつれさせればいいってものでもない。
どうやって謝ったらいいのかが、わからないのだ。

下を向くわたしの頭に、お兄様はポンポンと手を置く。

「ニーナはジーナではないんだ。母上にも言おうと思っていたことだが、ニーナの魂はジーナのものであっても、もう君はニーナなんだよ」

お兄様は優しくわたしとお母様を見て、幼な子に言い聞かせるように話し始めた。

「ニーナの体は、ニーナの母上が十月十日とつきとおか時間をかけて自分の命をかけて作ったものだ。それを産み出すのも、命懸けだったはずだ。母上はわかるだろう? 子どもを産み出す時の痛みを。それを経て、今のニーナがいるんだよ。例え、魂がジーナのものであっても、ニーナはジーナではないんだよ」

お兄様の言葉に、食堂がしんと静まり返る。

「……そうね。ニーナと呼ばなくてはならないわね」

一言そういうと、お母様が寂しそうに笑った。






その夜。
わたしの寝室はジーナの部屋を借りた。

ミラー子爵家は特に裕福な家でもなく、普通の子爵家の財力なため、住み込みの使用人用の部屋は少なくて、今は空いているところがないためだ。

物置でもいいと言ったのだけど、それはお兄様が渋い顔をした。
「年頃の娘を鍵もついていない物置になんか寝かせられるか。バレたらルーク様に雷落とされる。それに、嫁に行ったエマの部屋より、次女だったこともあってジーナの部屋の方が屋敷の端だからな。ジーナの部屋なら問題ないさ」
お兄様がそう言って、お母様も同意したからだ。

ニーナとジーナの違い。
ニーナわたしであって、ジーナわたしでないわたし。

だから、ジーナわたしでないニーナわたしは、ジーナわたしの刺した刺繍を直してはいけなかったんだ。
そんな簡単なことも気付けなかった。

わたしはジーナの使っていた引き出しの奥に手を伸ばした。

この部屋でぼんやり過ごしていたら、思い出したことがある。
あれがあれば……。

奥は暗くてよく見えないが、中に入れた手の先にらツンと硬い感触があたった。

場所がわかったから、指先にあたった物を取り出そうとしたけれど、それはなかなか取れなかった。

引き出しはずれないかなあ。
ガタガタと揺らしてみたが、机から外れないように工夫がされており、外すことはできない。

仕方がないので、ものさしを持ってきて、引き出しに突っ込む。
うん。イケる。

そのまま、横に数回スライドさせて、目当てのものを取り出した。

それは、小さな箱だ。

箱を開けると、前世の記憶通り、何枚ものハンカチが出てきた。
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