125 / 255
13章 確信
3
しおりを挟む
「んで、ルーク様から暇をもらったまではわかったけど、なんでうちに来るんだよ。商家の実家に帰ればいいだろう? ルーク様が言うように、しばらく帰ってなかったんだろ?」
お兄様は夕食のお肉を切って、口に運びながら迷惑そうに言う。
「帰れませんよ。家を出る時だって、すごく心配されたんですよ? 失敗して暇を出されたなんて、お父さんにもお母さんにも、弟のルフィにだって言えません」
わたしは水差しを持ってお兄様の隣に近付き、グラスに水を注いだ。
今は夕食の席。
長いテーブルには、お母様とお兄様が席について食事をしている。
かつては、家族5人で夕食を取っていたのを思い出すと、少し寂しい。
お姉様はお嫁に行ったからいないけど、お父様は仕事で遠方に行っていていないそうだ。
ジーナが存命だった頃は、そんなに遠方への出張なんかなかったのに。
お母様がわたしとお兄様にやり取りを耳にしながら、顔を上げる。
「ねぇ、ジーナも席に着いて食事したら? 娘が給仕してると思うと、落ち着かないわ」
お母様はわたしが午前中にやってきた時から、同じことを言う。
「ダメですよ、お母様。誰が見てるかわからないんですから、わたしは新しい雇われ侍女と言う体でいないと。どんな噂が立つかわかりません。それこそ、お兄様の婚約者とか思われてしまったら、憤死します」
「おい」
お兄様がジロリとわたしを睨む。
「睨んでも怖くありませんよ?」
だって、お兄様がわたしをミラー子爵家の馬車に乗せただけで変な噂が立ったんだもの。
ミラー子爵家のダイニングで、お兄様の家族と食事をしていた、なんてことが外に漏れたらと思うとオソロシイ。
そうこうしているうちに、お兄様もお母様も食事が終わったので、食後のお茶を用意する。
お母様が優雅にティーカップを持ち上げて、そっとわたしを見る。
「ジーナは本当に侍女になったのね。入れてくれたお茶が美味しいわ」
わたしは嬉しくなり、笑顔で答える。
「はいっ! お母様。ルーク様のおうちで優しい先輩に教えていただいていますから、ここでもしっかり仕事できますよ」
わたしがそう言うと、お母様は微笑んだ。
お兄様も紅茶に口を付けて、わたしとお母様を見比べる。
「楽しそうなところ悪いけど、この先どうするんだ? いつまでもここには居られないだろ。」
お兄様のごく当然な一言で、わたしは俯いてしまった。
「……しばらく、置いてください。謝罪の方法を考えついたら、デイヴィス家に帰ります」
そうは言ったものの、直してしまったジーナの刺繍を元に戻すなんてできっこない。
同じようにほつれさせればいいってものでもない。
どうやって謝ったらいいのかが、わからないのだ。
下を向くわたしの頭に、お兄様はポンポンと手を置く。
「ニーナはジーナではないんだ。母上にも言おうと思っていたことだが、ニーナの魂はジーナのものであっても、もう君はニーナなんだよ」
お兄様は優しくわたしとお母様を見て、幼な子に言い聞かせるように話し始めた。
「ニーナの体は、ニーナの母上が十月十日時間をかけて自分の命をかけて作ったものだ。それを産み出すのも、命懸けだったはずだ。母上はわかるだろう? 子どもを産み出す時の痛みを。それを経て、今のニーナがいるんだよ。例え、魂がジーナのものであっても、ニーナはジーナではないんだよ」
お兄様の言葉に、食堂がしんと静まり返る。
「……そうね。ニーナと呼ばなくてはならないわね」
一言そういうと、お母様が寂しそうに笑った。
その夜。
わたしの寝室はジーナの部屋を借りた。
ミラー子爵家は特に裕福な家でもなく、普通の子爵家の財力なため、住み込みの使用人用の部屋は少なくて、今は空いているところがないためだ。
物置でもいいと言ったのだけど、それはお兄様が渋い顔をした。
「年頃の娘を鍵もついていない物置になんか寝かせられるか。バレたらルーク様に雷落とされる。それに、嫁に行ったエマの部屋より、次女だったこともあってジーナの部屋の方が屋敷の端だからな。ジーナの部屋なら問題ないさ」
お兄様がそう言って、お母様も同意したからだ。
ニーナとジーナの違い。
ニーナであって、ジーナでないわたし。
だから、ジーナでないニーナは、ジーナの刺した刺繍を直してはいけなかったんだ。
そんな簡単なことも気付けなかった。
わたしはジーナの使っていた引き出しの奥に手を伸ばした。
この部屋でぼんやり過ごしていたら、思い出したことがある。
あれがあれば……。
奥は暗くてよく見えないが、中に入れた手の先にらツンと硬い感触があたった。
場所がわかったから、指先にあたった物を取り出そうとしたけれど、それはなかなか取れなかった。
引き出しはずれないかなあ。
ガタガタと揺らしてみたが、机から外れないように工夫がされており、外すことはできない。
仕方がないので、ものさしを持ってきて、引き出しに突っ込む。
うん。イケる。
そのまま、横に数回スライドさせて、目当てのものを取り出した。
それは、小さな箱だ。
箱を開けると、前世の記憶通り、何枚ものハンカチが出てきた。
お兄様は夕食のお肉を切って、口に運びながら迷惑そうに言う。
「帰れませんよ。家を出る時だって、すごく心配されたんですよ? 失敗して暇を出されたなんて、お父さんにもお母さんにも、弟のルフィにだって言えません」
わたしは水差しを持ってお兄様の隣に近付き、グラスに水を注いだ。
今は夕食の席。
長いテーブルには、お母様とお兄様が席について食事をしている。
かつては、家族5人で夕食を取っていたのを思い出すと、少し寂しい。
お姉様はお嫁に行ったからいないけど、お父様は仕事で遠方に行っていていないそうだ。
ジーナが存命だった頃は、そんなに遠方への出張なんかなかったのに。
お母様がわたしとお兄様にやり取りを耳にしながら、顔を上げる。
「ねぇ、ジーナも席に着いて食事したら? 娘が給仕してると思うと、落ち着かないわ」
お母様はわたしが午前中にやってきた時から、同じことを言う。
「ダメですよ、お母様。誰が見てるかわからないんですから、わたしは新しい雇われ侍女と言う体でいないと。どんな噂が立つかわかりません。それこそ、お兄様の婚約者とか思われてしまったら、憤死します」
「おい」
お兄様がジロリとわたしを睨む。
「睨んでも怖くありませんよ?」
だって、お兄様がわたしをミラー子爵家の馬車に乗せただけで変な噂が立ったんだもの。
ミラー子爵家のダイニングで、お兄様の家族と食事をしていた、なんてことが外に漏れたらと思うとオソロシイ。
そうこうしているうちに、お兄様もお母様も食事が終わったので、食後のお茶を用意する。
お母様が優雅にティーカップを持ち上げて、そっとわたしを見る。
「ジーナは本当に侍女になったのね。入れてくれたお茶が美味しいわ」
わたしは嬉しくなり、笑顔で答える。
「はいっ! お母様。ルーク様のおうちで優しい先輩に教えていただいていますから、ここでもしっかり仕事できますよ」
わたしがそう言うと、お母様は微笑んだ。
お兄様も紅茶に口を付けて、わたしとお母様を見比べる。
「楽しそうなところ悪いけど、この先どうするんだ? いつまでもここには居られないだろ。」
お兄様のごく当然な一言で、わたしは俯いてしまった。
「……しばらく、置いてください。謝罪の方法を考えついたら、デイヴィス家に帰ります」
そうは言ったものの、直してしまったジーナの刺繍を元に戻すなんてできっこない。
同じようにほつれさせればいいってものでもない。
どうやって謝ったらいいのかが、わからないのだ。
下を向くわたしの頭に、お兄様はポンポンと手を置く。
「ニーナはジーナではないんだ。母上にも言おうと思っていたことだが、ニーナの魂はジーナのものであっても、もう君はニーナなんだよ」
お兄様は優しくわたしとお母様を見て、幼な子に言い聞かせるように話し始めた。
「ニーナの体は、ニーナの母上が十月十日時間をかけて自分の命をかけて作ったものだ。それを産み出すのも、命懸けだったはずだ。母上はわかるだろう? 子どもを産み出す時の痛みを。それを経て、今のニーナがいるんだよ。例え、魂がジーナのものであっても、ニーナはジーナではないんだよ」
お兄様の言葉に、食堂がしんと静まり返る。
「……そうね。ニーナと呼ばなくてはならないわね」
一言そういうと、お母様が寂しそうに笑った。
その夜。
わたしの寝室はジーナの部屋を借りた。
ミラー子爵家は特に裕福な家でもなく、普通の子爵家の財力なため、住み込みの使用人用の部屋は少なくて、今は空いているところがないためだ。
物置でもいいと言ったのだけど、それはお兄様が渋い顔をした。
「年頃の娘を鍵もついていない物置になんか寝かせられるか。バレたらルーク様に雷落とされる。それに、嫁に行ったエマの部屋より、次女だったこともあってジーナの部屋の方が屋敷の端だからな。ジーナの部屋なら問題ないさ」
お兄様がそう言って、お母様も同意したからだ。
ニーナとジーナの違い。
ニーナであって、ジーナでないわたし。
だから、ジーナでないニーナは、ジーナの刺した刺繍を直してはいけなかったんだ。
そんな簡単なことも気付けなかった。
わたしはジーナの使っていた引き出しの奥に手を伸ばした。
この部屋でぼんやり過ごしていたら、思い出したことがある。
あれがあれば……。
奥は暗くてよく見えないが、中に入れた手の先にらツンと硬い感触があたった。
場所がわかったから、指先にあたった物を取り出そうとしたけれど、それはなかなか取れなかった。
引き出しはずれないかなあ。
ガタガタと揺らしてみたが、机から外れないように工夫がされており、外すことはできない。
仕方がないので、ものさしを持ってきて、引き出しに突っ込む。
うん。イケる。
そのまま、横に数回スライドさせて、目当てのものを取り出した。
それは、小さな箱だ。
箱を開けると、前世の記憶通り、何枚ものハンカチが出てきた。
3
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる