もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

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13章 確信

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オリバーお兄様と剣に加護を与える実験をしてからは、ますます集中して光の魔法の練習をした。

どうやら、わたしの魔法はルーク様を想ってかけるとうまくできるようだった。

……わたしってば、なんて単純なんだろう。

コツが掴められば心に余裕ができて、毎日の仕事も楽しくできるようになった。

夜、ルーク様のお食事も済んで、そろそろわたしも下がろうとした時、ルーク様のお部屋から使用人を呼び出すベルが何度も鳴った。

……?
いつもなら一度鳴ったらしばらく鳴らないのに、こんなに何度も鳴らせるなんて、何か急ぎの用でもあるのかしら?

急いでルーク様のお部屋に向かうと、サリーさんも急足でルーク様のお部屋に入っていくのが見える。

サリーさんがドアを閉め終わらないうちに、わたしもスルッと一緒に入った。

サリーさんの横に並び、ルーク様からの言葉を待つ。

「ルーク様、お呼びでしょうか」
サリーさんが控えめに声を掛けると、ルーク様はわたし達の前へと歩いてきて、何かを差し出した。

「これは、誰が?」

差し出された手の中を見ると、数日前にわたしが修繕したハンカチが乗っていた。

「あの、ルーク様。これと言うのは……」

ハンカチがどうかしたの? ちゃんと修繕したはずだけど……。
なんのことか分からずに、サリーさんがルーク様に問いかける。
すると、ルーク様は無言で折り畳まれていたハンカチを開いてみせた。

うん。
別に、何もおかしいところはないけど……。

「ジーナは刺繍が下手だったんだ。線は歪んでいるし、糸の始末も甘かった。でも、ジーナはオレのために一生懸命刺してくれたんだ」

表情のない顔で、ルーク様が言葉を紡ぐ。

すると、ハンカチを覗き込んでいたサリーさんが顔を青くしてわたしを振り返った。

「ニーナ、あなたまさか刺繍の手直しを……!」
サリーさんが何故そんなに慌てているのかわからず、わたしは首を傾けながら答える。

「はい。糸が解けてしまっていたので、イニシャル部分がなくなってしまう前にと思って縫い直してきちんと糸を留めましたが」
「ニーナ! あれはジーナ様の手で成った刺繍だったのよ。どんな状態になっても、誰も手を付けてはいけないものだったの」

え、誰も手を付けてはいけないもの?

「でも、あの、解けてしまったらいけないと思って……」

わたしがオロオロとしだすと、ルーク様がわたしの近くまで足を進める。

「ニーナ、やはりお前だったか……」

背の高いルーク様は、わたしを見下ろす。
その視線は、なんの感情も乗せてはいなかった。

視線を交わし合うわたし達を見て、サリーさんは慌てて頭を下げた。

「申し訳ありません!! きちんと言っておかなかったわたしのミスです。ニーナは悪くありません」
深々と腰を折りたたむように頭を下げ続けるサリーさんを見て、わたしはやっと状況の悪さを把握した。

「いえ、ルーク様。わたしが勝手にやったことです。サリーさんは何も悪くありません! 本当に、申し訳ありませんでした!」
わたしもサリーさんに習って、頭を下げる。

数秒の後、頭上からルーク様の声が聞こえた。

「二人とも頭を上げろ」

わたし達はゆっくりと頭を上げる。
恐る恐るルーク様のお顔を見るけど、その表情には何も感情が乗っていなかった。

「ニーナ、これはおまえがやったんだな?」
「……はい。わたしが直しました。本当に申し訳ありません」

泣き出したい気持ちを我慢してルーク様を見る。
ルーク様は、ハンカチとわたしを見比べて、口を開いた。

「ニーナはここに勤めてから、まだまとまった休みはもらっていなかったな。明日からしばらく休みにしろ」

「っ! ルーク様、ニーナはクビ、でしょうか……?」
震えるわたしの代わりに、サリーさんが聞いてくれる。

「いや、クビにはしない。ニーナが来てからサリーも余裕ができて、本来やるべき仕事がきちんとできるようになったと聞いている。それをクビにすることはない。ただ……」
「ただ?」
「オレに気持ちを整理する時間をくれ。ニーナ、休暇中は実家に帰っても構わないし、このまま使用人棟で生活を続けてもいい。仕事には来ないで、オレの視界に入らなければそれでいい」

ルーク様の言葉を聞いて、息が止まるかと思った。
手は震え、声も震える。
「……し、かいに、入ってはいけないのですか……?」

縋るようにルーク様に問いかけると、ルーク様はわたしを見ずに答えた。

「おまえの姿を見たら、きっといつまで経っても落ち着くことができない」

ルーク様の言葉を聞いた瞬間、かくんと膝の力が抜ける。

「ニーナ!」
サリーさんが慌てて倒れないように支えてくれるけど、でも。

でも、立っていられないよ。
ルーク様に、嫌われたら。
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