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12章 とまどい
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その日も一生懸命にお仕事をしていく。
ルーク様の部屋のお掃除をしていると、ベッドの中に何かシーツではないものを見つけた。
取り出して見ると、いつか見たジーナの時に刺繍したハンカチだった。
これを握りしめておやすみになったのかしら……。随分と皺が寄っている。
刺繍部分もほつれてしまっているし、直してアイロンもかけておこう。
わたしはそっと、ハンカチをポケットに入れて次の作業に移った。
黙々と仕事をすると、お昼休みまであっという間。
いつものように、お昼を食べた後は別館の中庭で魔法の練習をしていると、お兄様が駆け足でこちらに向かって来るのが見えた。
「あら、お兄様。どうしたんです? そんなに急いで」
わたしはお兄様に話しかけながらも手を止めずに、噴水の水飛沫を標的として魔法をかける。
アロン様に指摘されてから、光の魔法の影響がありそうな木の枝は、練習に使うのをやめている。
落ちて来る水飛沫を狙って光の魔法をかけているのだ。
うまく光の魔法が集中してかかれば、その飛沫は一瞬光る。
「おまえ、随分と光の魔法がうまくなったな」
お兄様は光る水飛沫を見て、感心したようにそう言った。
「毎日練習していますもの。うまくならなきゃ泣いちゃいます。それより、お兄様はこんな時間にここにいていいんですか?」
まだ仕事中でしょ? というようにわたしが首を傾げると、お兄様は木陰に腰掛けるようにわたしを促した。
「ニーナに頼みがあってこっそり抜けて来たんだよ。あ、一応オレも昼休みだからな」
お兄様はそう言うと、わたしの隣に腰を下ろす。
「昨日、ルーク様と副隊長であるオレが王城に呼ばれて、国王と王太子と共に、軍会議に出たんだ。魔物の森を覆う結界が不安定になっていると、そこを見張る衛兵から連絡が国王に入ったらしい」
「えっ、結界が?」
魔物の森を覆う結界は、前の討伐の時に魔物を倒した後、光の術者が張ったものだ。
何十年も前のことだから、綻びはできるものの、教会に所属する光の術者が少しずつ貼り直して問題なく魔獣を封印できているはず。
ルーク様がお小さい頃、綻びから魔獣が出てきてしまってからは、より一層厳重にしているはずだ。
それが不安定ってどう言うことだろう……。
心配で眉を下げるわたしの頭をお兄様は撫でてくれる。
「大丈夫だ。すぐにどうこうと言うことではない。ただ、討伐隊が出るのが少し早くなるかもしれない。まあ、ルーク様自身が討伐を早めたいと言っていたから、それはもう決定なのだが……」
お兄様は、ふぅとため息をついた。
「ルーク様とローゼリア様の連携ですね?」
討伐隊の長、英雄であるルーク様が光の加護を得ずに戦いに出ることは、死を意味する。
そして、ルーク様が死ねばわたし達人間は悲惨な結末を迎えることになる。
「……そうだ。どうやっても、あの女とルーク様は相容れない。だからオレはこっそりと他の術者が祝福した剣をルーク様に渡してみた。ルーク様はうまく使えているものの、剣の威力は一般兵と変わらない。でも、それじゃダメなんだ。ルーク様は英雄として、自分の剣で最大限の加護を得なければならないんだ」
ルーク様が持つ剣に、ルーク様が信頼する光の術者が祝福を授ける。その剣でなければ
ルーク様の力が最大限に発揮されないのだ。
わたしは、光の魔法が最大限ルーク様を守ってくれることを祈って、日々光の魔法を練習しているけど……。
「だから、ニーナ」
お兄様はわたしの目を見つめる。
「ルーク様の剣に、祝福を与えてくれないか?」
「……いつ?」
「今」
わたしは目を丸くした。
だって、今ってお兄様。
「まだ練習中ですよ?」
「それでもいいから」
「それに、わたしはまだ仕事中で、お邸を出られません」
「ここでかけてくれればいい」
「剣は?」
お兄様は徐に、自分の腰の剣を鞘から抜き出した。
「こっそりオレの剣とすり替えてきた。見つかったらエライことだから、今、この場でかけてくれ。すぐに持って帰る」
差し出されたそれを見ると、鞘の部分は討伐隊共有のものだが、柄の部分にはデイヴィス家の紋が入っていた。
剣は騎士の命と言える。
それをすり替えて持ち出したのがわかれば、お兄様はお咎めを受けるだろう。
まったく。
お兄様は無茶をするところとか、大胆なところとか、全然変わっていないんだから。
「わかりました。剣を胸の前で切先を天に向けてください」
お兄様は立ち上がり、わたしの言う通り、誓いを立てる時のように剣を胸に構えた。
うまくできるかな。
でも、わたしはルーク様のために戻ってきたんだ。
ルーク様を守りたい。
ルーク様に逢いたくて、ルーク様の側にいたくて戻ってきたんだ。
わたしは、ルーク様の光の術者。
「愛しきもののために祝福を……!」
ありったけの想いをこめて、剣に魔法をかける。
キラキラと光るそれは、わたしの想いを表しているようだった。
あなたに逢いたくて、あなたの力になりたくて、わたしは戻ってきたのだと。
ルーク様の部屋のお掃除をしていると、ベッドの中に何かシーツではないものを見つけた。
取り出して見ると、いつか見たジーナの時に刺繍したハンカチだった。
これを握りしめておやすみになったのかしら……。随分と皺が寄っている。
刺繍部分もほつれてしまっているし、直してアイロンもかけておこう。
わたしはそっと、ハンカチをポケットに入れて次の作業に移った。
黙々と仕事をすると、お昼休みまであっという間。
いつものように、お昼を食べた後は別館の中庭で魔法の練習をしていると、お兄様が駆け足でこちらに向かって来るのが見えた。
「あら、お兄様。どうしたんです? そんなに急いで」
わたしはお兄様に話しかけながらも手を止めずに、噴水の水飛沫を標的として魔法をかける。
アロン様に指摘されてから、光の魔法の影響がありそうな木の枝は、練習に使うのをやめている。
落ちて来る水飛沫を狙って光の魔法をかけているのだ。
うまく光の魔法が集中してかかれば、その飛沫は一瞬光る。
「おまえ、随分と光の魔法がうまくなったな」
お兄様は光る水飛沫を見て、感心したようにそう言った。
「毎日練習していますもの。うまくならなきゃ泣いちゃいます。それより、お兄様はこんな時間にここにいていいんですか?」
まだ仕事中でしょ? というようにわたしが首を傾げると、お兄様は木陰に腰掛けるようにわたしを促した。
「ニーナに頼みがあってこっそり抜けて来たんだよ。あ、一応オレも昼休みだからな」
お兄様はそう言うと、わたしの隣に腰を下ろす。
「昨日、ルーク様と副隊長であるオレが王城に呼ばれて、国王と王太子と共に、軍会議に出たんだ。魔物の森を覆う結界が不安定になっていると、そこを見張る衛兵から連絡が国王に入ったらしい」
「えっ、結界が?」
魔物の森を覆う結界は、前の討伐の時に魔物を倒した後、光の術者が張ったものだ。
何十年も前のことだから、綻びはできるものの、教会に所属する光の術者が少しずつ貼り直して問題なく魔獣を封印できているはず。
ルーク様がお小さい頃、綻びから魔獣が出てきてしまってからは、より一層厳重にしているはずだ。
それが不安定ってどう言うことだろう……。
心配で眉を下げるわたしの頭をお兄様は撫でてくれる。
「大丈夫だ。すぐにどうこうと言うことではない。ただ、討伐隊が出るのが少し早くなるかもしれない。まあ、ルーク様自身が討伐を早めたいと言っていたから、それはもう決定なのだが……」
お兄様は、ふぅとため息をついた。
「ルーク様とローゼリア様の連携ですね?」
討伐隊の長、英雄であるルーク様が光の加護を得ずに戦いに出ることは、死を意味する。
そして、ルーク様が死ねばわたし達人間は悲惨な結末を迎えることになる。
「……そうだ。どうやっても、あの女とルーク様は相容れない。だからオレはこっそりと他の術者が祝福した剣をルーク様に渡してみた。ルーク様はうまく使えているものの、剣の威力は一般兵と変わらない。でも、それじゃダメなんだ。ルーク様は英雄として、自分の剣で最大限の加護を得なければならないんだ」
ルーク様が持つ剣に、ルーク様が信頼する光の術者が祝福を授ける。その剣でなければ
ルーク様の力が最大限に発揮されないのだ。
わたしは、光の魔法が最大限ルーク様を守ってくれることを祈って、日々光の魔法を練習しているけど……。
「だから、ニーナ」
お兄様はわたしの目を見つめる。
「ルーク様の剣に、祝福を与えてくれないか?」
「……いつ?」
「今」
わたしは目を丸くした。
だって、今ってお兄様。
「まだ練習中ですよ?」
「それでもいいから」
「それに、わたしはまだ仕事中で、お邸を出られません」
「ここでかけてくれればいい」
「剣は?」
お兄様は徐に、自分の腰の剣を鞘から抜き出した。
「こっそりオレの剣とすり替えてきた。見つかったらエライことだから、今、この場でかけてくれ。すぐに持って帰る」
差し出されたそれを見ると、鞘の部分は討伐隊共有のものだが、柄の部分にはデイヴィス家の紋が入っていた。
剣は騎士の命と言える。
それをすり替えて持ち出したのがわかれば、お兄様はお咎めを受けるだろう。
まったく。
お兄様は無茶をするところとか、大胆なところとか、全然変わっていないんだから。
「わかりました。剣を胸の前で切先を天に向けてください」
お兄様は立ち上がり、わたしの言う通り、誓いを立てる時のように剣を胸に構えた。
うまくできるかな。
でも、わたしはルーク様のために戻ってきたんだ。
ルーク様を守りたい。
ルーク様に逢いたくて、ルーク様の側にいたくて戻ってきたんだ。
わたしは、ルーク様の光の術者。
「愛しきもののために祝福を……!」
ありったけの想いをこめて、剣に魔法をかける。
キラキラと光るそれは、わたしの想いを表しているようだった。
あなたに逢いたくて、あなたの力になりたくて、わたしは戻ってきたのだと。
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