もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉

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12章 とまどい

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「アロン様。風属性のわたしが光魔法を使えるだなんて、おかしいと思いませんか? 使える訳がないんですよ。だから、これはきっと、陽当たりの加減とか、肥料の配分とか、そういったものでできた偶然です」

わたしは心の動揺を見せないように、淡々と話す。

アロン様は怪訝そうな顔をしているけど、慎重に木を隣と見比べている。

「……そうか。悪かった。邪魔したな」

そう言うアロン様の表情からは、何も読み取ることは出来ない。

「では、お昼休みも終わるので、仕事に戻りますね」
「ああ」

その場から逃げ去るように、わたしはお邸の中に戻ったのだった。





夜、ルーク様がお邸にお帰りになった。

疲れ切った顔で、わたしに外套を渡すと、すぐにお部屋に入られた。

お仕事で何かあったんだろうか……。

わたしは慌てて後を追い、ノックしてからルーク様のお部屋に入る。

「ルーク様、今日のお夕食はいかがいたしますか?」

近付くと、ルーク様は着ていた隊服を脱いでわたしにポンポン渡していく。

「ん、軽くしてもらえるか? あと、ブランデーもつけてくれ」
「えっ、またお飲みになるんですか?」

隊服にブラシを掛けながらわたしがそう言うと、ルーク様は嫌そうな顔をする。

「何か文句でもあるのか」
「いえ、文句はないですけど……」

二日酔いって、学習されない痛みなのね。
わたしはサッサと隊服をしまうと、急いで厨房に向かった。

厨房ではサリーさんがワゴンに食事を乗せているところだった。

「サリーさん、ルーク様はお食事を軽くされて、その後はお酒を召し上がるそうです」
サリーさんは紅茶のセットを手にしていたが、それを棚に戻した。
「まあ、では冷たいお水を用意するわね。ニーナ、今度はあまり濃く作ってはダメよ」
「はい。承知しています!」

ワゴンに乗るメイン一品とスープなどを外し、その代わりにブランデーの瓶とお水と氷を乗せて、わたしはルーク様のお部屋に向かった。

「ルーク様、お食事お持ちしました」

着替えを済ませたルーク様は、文机から立ち上がりダイニングテーブルまでやってくる。

「お酒はもうお作りしますか?」
「ああ、頼む」

わたしは水割りを作ってルーク様にお出しする。

すると、ルーク様は一気にそれを煽った。

「ル、ルーク様! 一気に飲んでは酔いがまわりますよ。何か胃に入れてからにしてください。胃もいきなりアルコールが入ってきたらびっくりして傷みます」

ルーク様はチロリとわたしを見ると、「まったく。……になってもうるさいな」と笑った。

「え? なんて言いました?」
わたしの耳にはまったく、の後の言葉が聞こえなかったのだ。

「いや、なんでもない。ニーナ、少しそこに座れ。今日は飲むから長くかかる。立ちっぱなしもなんだから、今日は座っていていいぞ」

ルーク様はわたしに椅子をすすめてくださるけど、わたしは使用人として座って給仕をするわけにもいかず、遠慮させていただいた。

「疲れたらいつでも座っていいぞ。ところで、二杯目がまだ来ないが?」
「ルーク様が何か固形物を召し上がるまでは作りません!」

わたしがブランデーの瓶を後ろ手に隠すと、ルーク様は渋々サラダに手をつけた。

そこはサラダじゃなくて肉食べるところでしょう!
昼間動いているルーク様には、お肉を召し上がってもらいたい。
サラダが食べ終わったら、次は肉を食べさせよう。

わたしはまた水割りを作る。
心持ち、さっきより薄くする。

そっと、ルーク様にグラスを渡すと、ルーク様は一口飲んで顔を顰めた。

「薄い……」

あ、バレた。

そのままグラスをわたしに突き返すので、仕方なくわたしはブランデーを足した。

「ニーナ、そもそもオレはブランデーは水で割って欲しくない。香りも楽しむものだから、大きめの氷だけ入れてくれればいい」
「また二日酔いになりますよ?」
「ならない」
「そーですか」

そう言われて作り直したけど、大きめの氷の後に、こっそり水も足しといた。

さっきよりも、だいぶ色の濃くなったグラスを見て、ルーク様は満足げに口を付ける。

飲み干して次を要求してくるので、お肉を食べたら作りますと言って、お肉も食べさせた!えへん。

後はソファで飲むとおっしゃられるので、ソファの方のテーブルにグラスとツマミ用に持ってきたクラッカーを並べる。

四杯目を半分飲んだ頃には、もうすっかりルーク様は酔っていらっしゃった。
いつもきちんとしているルーク様らしくなく、ソファにその身を預けている。

「ルーク様、そろそろベッドに入られた方が良いのではありませんか?」

わたしは、ルーク様の手にあったグラスを取り上げてテーブルに戻した。

ルーク様のお手を引き、ソファから起き上がらせようとするけど、わたしの力じゃルーク様を起き上がらせることはできない。

うーん。
フランクさん呼ぼうかな。それとも、他の従僕さんにお願いしようかな。

そんなことを考えていたら、ルーク様が突然わたしの手を引いた。

「うわっ!」

当然のことながら、わたしはルーク様にのしかかる形でソファに倒れ込んだ。

「もぉ~、何するんですか」

わたしが起きあがろうとすると、ルーク様はわたしの腰に手を回す。

「あのー、ルーク様。これではルーク様の上から退くことができません」

腰に手を回されているので、上半身だけ身を起こすと、ルーク様はわたしの顔をじっと覗き込む。

わたしは、ルーク様の森のように深く澄んでいる緑色の瞳に、吸い込まれそうな錯覚に陥った。
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