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12章 とまどい
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それからのわたしは、時間があればディヴイス家の庭の隅で魔法の練習をするようにしている。
侍女のわたしが模擬剣を持ってフラフラ歩いている訳にはいかないので、噴水の近くにある木を剣に見立てて祝福をする。
アロン様が言ったように、魔法を集中して一点に掛けられるように。
光の魔法の練習は部屋で誰にも見つからないようにするしかないから、大仰なことはできないし、何より、魔法の使い方を誤って光の魔法が暴走したらと考えると、夜中一人きりの部屋ではできないのだ。
光の魔法の暴走は、術者自身への跳ね返り。
死に至ることはほとんどないけど、身体がしんどいことになる。
例えば、心臓の鼓動がかつてないほど早くいつまでも打つ、とか。
身体への異変だから、暴走した時に側に誰も居ない状態でやるのは、ちょっと怖い。
その点、休憩時間に何かあれば、サリーさんが探してくれるから少し安心だ。
「光の精霊、この木の枝に祝福を」
目指した枝に意識を集中するも、枝はぴくりとも動かない。
何度目かのチャレンジ失敗に、わたしはガックリと力を落とし、その場に座り込んだ。
「何がいけないんだろう……」
膝を抱えて座り直すと、声が上から降ってくる。
「そりゃ、風の術者が光の詠唱なんかしてるからだろう?」
「アロン様!」
慌てて顔を上げると、アロン様が怪訝そうな表情でわたしの後ろに立ち、わたしを見下ろしていた。
「いえ、あの、その」
しどろもどろになるわたしを気にも止めず、アロン様はわたしの隣に腰を下ろした。
「アロン様、今日はどうされたんですか?」
「ここはオレの家でもある。オレがどこに足を運ぼうが、オレの勝手だろうが。オレは兄上と違って、隊の訓練がある訳でもないから時間があるしな」
ルーク様は日中、討伐隊の訓練やお城の用事でほとんどお邸にいないけど、アロン様は侯爵家の領地経営や政治向のお勉強をされているので、確かに家にいる時間が多いだろう。
「それで、おまえは何故光の詠唱をしていたんだ?」
「ええーっと、あの、か、風の魔法は結構使えるようになったので、べ、別の魔法が使えないかな、と」
苦しい!
言い訳にしては苦し過ぎる。
「ほお、風の魔法は使えるようになったと。では、あの木の葉を撃ち落としてみろ」
アロン様は2メートルほと離れた木を指さした。
わたしは立ち上がり、両手を構える。
ここは、撃ち落とすのが正解なのか。
それとも、失敗して笑い話にするのが正解なのか。
どちらにしたら、アロン様を誤魔化せるのかわからない。
それならば、わたしのできる最上級を見せる。
「風よ、撃ち落とせ!」
わたしは両手を重ねて頭上から振り下ろした。
わたしの手から放たれた風魔法は、アロン様が指定した木の葉と、その隣の葉の2枚を一緒に撃ち落とした。
わたしとしては、指定された木の葉だけを狙ったのだけど、一点に集中し切れなかったようだ。
アロン様がなんと言うか、背にいるアロン様を振り返る。
「うむ。確かによく練習したようだな。あの2枚にしか影響がなかったのは、良く集中されていた証拠だ」
アロン様の言葉に、わたしはほっと胸を撫で下ろす。
「しかし、光の魔法は上達しないようだな」
「そうですよね。わたしは風使いですし」
ははは、と笑って誤魔化す。
そんなわたしをアロン様はじっと見つめた。
「光の魔法、使えているだろう?」
ふざけた様子もなく、アロン様は真面目な顔でわたしにそう言った。
「え……?」
「光の魔法、使えているだろう? と言ったのだが」
「そ、そんな訳ないですよ。わたしは風使いですって」
アロン様はニヤリと笑い、木を指さす。
「では、この木の異常をなんと説明する?」
わたしはアロン様が指差した木を見上げた。
言われてみれば、他の木よりも、かなり大きく葉が繁っている。
「他の木は木の葉の色も、変わっているのに、おまえが光の詠唱を続けたこの木だけ、より大きく成長し、より葉が繁っている。これをなんと説明するか?」
なんと説明するかって……。
なんて説明したらいいのよっ!!
侍女のわたしが模擬剣を持ってフラフラ歩いている訳にはいかないので、噴水の近くにある木を剣に見立てて祝福をする。
アロン様が言ったように、魔法を集中して一点に掛けられるように。
光の魔法の練習は部屋で誰にも見つからないようにするしかないから、大仰なことはできないし、何より、魔法の使い方を誤って光の魔法が暴走したらと考えると、夜中一人きりの部屋ではできないのだ。
光の魔法の暴走は、術者自身への跳ね返り。
死に至ることはほとんどないけど、身体がしんどいことになる。
例えば、心臓の鼓動がかつてないほど早くいつまでも打つ、とか。
身体への異変だから、暴走した時に側に誰も居ない状態でやるのは、ちょっと怖い。
その点、休憩時間に何かあれば、サリーさんが探してくれるから少し安心だ。
「光の精霊、この木の枝に祝福を」
目指した枝に意識を集中するも、枝はぴくりとも動かない。
何度目かのチャレンジ失敗に、わたしはガックリと力を落とし、その場に座り込んだ。
「何がいけないんだろう……」
膝を抱えて座り直すと、声が上から降ってくる。
「そりゃ、風の術者が光の詠唱なんかしてるからだろう?」
「アロン様!」
慌てて顔を上げると、アロン様が怪訝そうな表情でわたしの後ろに立ち、わたしを見下ろしていた。
「いえ、あの、その」
しどろもどろになるわたしを気にも止めず、アロン様はわたしの隣に腰を下ろした。
「アロン様、今日はどうされたんですか?」
「ここはオレの家でもある。オレがどこに足を運ぼうが、オレの勝手だろうが。オレは兄上と違って、隊の訓練がある訳でもないから時間があるしな」
ルーク様は日中、討伐隊の訓練やお城の用事でほとんどお邸にいないけど、アロン様は侯爵家の領地経営や政治向のお勉強をされているので、確かに家にいる時間が多いだろう。
「それで、おまえは何故光の詠唱をしていたんだ?」
「ええーっと、あの、か、風の魔法は結構使えるようになったので、べ、別の魔法が使えないかな、と」
苦しい!
言い訳にしては苦し過ぎる。
「ほお、風の魔法は使えるようになったと。では、あの木の葉を撃ち落としてみろ」
アロン様は2メートルほと離れた木を指さした。
わたしは立ち上がり、両手を構える。
ここは、撃ち落とすのが正解なのか。
それとも、失敗して笑い話にするのが正解なのか。
どちらにしたら、アロン様を誤魔化せるのかわからない。
それならば、わたしのできる最上級を見せる。
「風よ、撃ち落とせ!」
わたしは両手を重ねて頭上から振り下ろした。
わたしの手から放たれた風魔法は、アロン様が指定した木の葉と、その隣の葉の2枚を一緒に撃ち落とした。
わたしとしては、指定された木の葉だけを狙ったのだけど、一点に集中し切れなかったようだ。
アロン様がなんと言うか、背にいるアロン様を振り返る。
「うむ。確かによく練習したようだな。あの2枚にしか影響がなかったのは、良く集中されていた証拠だ」
アロン様の言葉に、わたしはほっと胸を撫で下ろす。
「しかし、光の魔法は上達しないようだな」
「そうですよね。わたしは風使いですし」
ははは、と笑って誤魔化す。
そんなわたしをアロン様はじっと見つめた。
「光の魔法、使えているだろう?」
ふざけた様子もなく、アロン様は真面目な顔でわたしにそう言った。
「え……?」
「光の魔法、使えているだろう? と言ったのだが」
「そ、そんな訳ないですよ。わたしは風使いですって」
アロン様はニヤリと笑い、木を指さす。
「では、この木の異常をなんと説明する?」
わたしはアロン様が指差した木を見上げた。
言われてみれば、他の木よりも、かなり大きく葉が繁っている。
「他の木は木の葉の色も、変わっているのに、おまえが光の詠唱を続けたこの木だけ、より大きく成長し、より葉が繁っている。これをなんと説明するか?」
なんと説明するかって……。
なんて説明したらいいのよっ!!
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